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停滞が続く回文ネタ業界

 お笑いが好きというと、どのコンビが面白いかたまに聞かれます。その昔、私はパンクブーブーと答えていました。すると、ニコニコしながら「マニアックですね」と言う人がいました。

 当時のパンクブーブーは若手で、地元である福岡から上京するかどうかくらいの時期でした。ただ、往年のお笑い番組「爆笑オンエアバトル」で初出場にして高得点を記録しており、知る人には知られた存在だったため、随分と意外に思いました。それから数年後に彼らはM-1グランプリ優勝、続けてTHE MANZAIも制覇するようになります。

 錦鯉と答えていた時もありました。2015年のM-1グランプリ2回戦、バカなおじさんが頭をビタンビタン叩かれる姿に腹を抱えて笑って以来、ずっと追い続けていました。ある日、どの芸人が好きですかと聞かれ「錦鯉」と答えると、あまり知らなかったのか相手は微妙な顔をしていました。5年の時を経て錦鯉はM-1グランプリ2020年4位、2021年には優勝という快挙を成し遂げます。

 こう書くと先見の明があるかのように見えますが、もちろん売れずに終わる場合もあります。むしろ、そちらのほうが圧倒的に多い。

 レム色もまたそうでした。レム色は2003年結成、2008年解散、横浜国立大学卒と東京大学中退という、当時としては珍しい高学歴コンビでした。彼らのネタはいわゆるフリップ芸なのですが、上から読んでも下から読んでも同じ文章である「回文」に特化したものでした。

 最初はフリップをめくりながら変な回文を変な絵と共に紹介してゆくだけでした。1フリップに1回文という、フリップ芸としては基本の形です。しかし、やがて彼らは回文同士で関連付けを始めます。

「ナマハゲはマナ」
「中はカナ」

 双子タレントのマナカナを用いた回文です。最初にナマハゲの面を取ったマナさんの絵を出し、続けてマナさんの着ぐるみを脱ぐカナさんの絵を出して「中はカナ」という。これまでは回文ひとつで1笑いを目指すネタでしたが、回文ごとにフリやオチといった役割を持たせるようになります。

 更には通常の漫才では理想形のひとつと言われる「後半の畳みかけ」を回文でやるようになります。

「曲がるガマ」
「曲がるし走るガマ」
「曲がるし鉢持ち走るガマ」
「曲がるし鉢も餅も持ち走るガマ」

 ここまでを素早く言い、間を取ってから次の回文を言います。

「中はカナ」

 絵はもちろんガマの着ぐるみを脱ぐカナさんです。これを見た私は「回文ネタの新境地だ」と驚き、レム色の今後に期待したのですが、やがて解散してしまいます。以降、回文で一点突破を目指す芸人はおらず、回文ネタ業界は停滞してゆきます。残念ですが、仕方ないでしょう。回文だけでネタをするなんて困難がすぎます。わざわざ全裸で雪山を登ろうとするようなものです。回文ネタ業界が停滞って、回文でゴリゴリやってきた芸人がそもそもレム色だけなんですが、そんなのは些細な話です。

 レム色解散からもう10年以上が経ちまして、ネタの記憶もだいぶ曖昧になっていました。「曲がるガマ」のくだりはどんなだったのか、ネットで検索して正確な表現を確認しようとしました。いやあ、驚きました。私が昔ブログで書いた文章が上位に出てきたんです。レム色について詳しくもないのに、生粋のレム色マニアみたいですごく恥ずかしい。なので、noteにも載せて検索結果を散らそうと思い、改めて書いてみた次第です。

 ちなみに、日本回文協会という任意団体も存在します。「世の中に存在しない協会はない」と、まことしやかに言われていますけれども、回文の協会もありますか。ここから将来の回文芸人が出てくるかもしれませんね。

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