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直さないこともある門

 人が生まれた瞬間から年を取るように、物だって出来上がった瞬間から古くなっていくんです。どんな大きなものだろうが同様で、家だって完成した瞬間から古くなってゆく。

 私が以前に住んでいた賃貸物件は結構な築年数でございまして、いろんなところにガタが来ていました。もちろん、ボロボロのままにしていては借り手がいなくなってしまいますし、場合によっては住民の生命にかかわる事故に繋がりかねない。ですから、建物や設備をちょこちょこリフォームしていました。外壁の塗装とか、インターホンの付け替えとか、樹木の剪定とか、そういう作業をしているのを住民の私も見てきました。

 その中において、門だけはぶっ壊れたまま放置されてきました。本来は鉄の扉で開け閉めできるようになっていたんですが、蝶番ちょうつがいにあたる部分が完全に破断しておりまして、外れた鉄の扉は近くの壁に立てかけたまま放置してあったんです。私が引っ越してきた時からそうだったので、最初はそこに門扉があったことさえ知りませんでした。

 そんなある日のことです。いかにも建設作業員といった格好をした男性が、例のぶっ壊れ門扉の様子をあれこれ確認しておりました。彼の足元には工具箱が置かれています。「いよいよ直すのか」と思いました。別に壊れていようがいまいが、そんなに困んないと言えば困んないんですけれども、やっぱり壊れているよりは壊れていない方がいいに決まっています。よかった、よかった。そう安心して私は自分の部屋に戻ったんです。

 翌日、すっかり直った門扉が見れるのだろうと思いながら部屋を出た私ですけれども、門扉はこれまで通りぶっ壊れたままなんです。昨日は門扉の状況を確認しに来ただけで、そのうち本格的に修理されるのだろうと勝手に推測していたんですが、次の日も、そのまた次の日も、門扉が修理される兆しがありません。

 別に門扉がどうなろうと暮らす分には何の問題もないのですが、なんか気になります。一体どういうことなんでしょう。

 恐らくなんですけれども、あの男性が門扉を直しに来たのはマジなんだと思います。しかし、男性の予想以上に門扉がぶっ壊れていて、「あれじゃうちは無理っすよ」と管理会社に報告した。管理会社は「無理か、じゃあしょうがないな」ということで現在に至ったんだと思います。

 大人になり、仕事をするようになると、多少の無理を何とかする場面が出てきます。何なら、その繰り返しで仕事が成り立っている感すらある。賃貸住宅のリフォーム工事だって、それまで私が見てきたものはどれもちゃんと直していましたから、この時の門扉工事のように、ちょっと様子を見ただけで「あ、これ無理だ」と簡単に諦め、以降もそのまま放置されている光景は逆に新鮮でした。

 ちゃんとだらしがない人だっているし、それでもなんか社会は回っている。だらしない私としては、妙に安心した次第です。

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