見出し画像

みんな髪の毛が分からない

 以前、「チャンスの神様」ことカイロスの話を書きました。チャンスの神様は前髪がフサフサで後ろはツルツルである、すなわち「サッと手を伸ばして掴まないとチャンスは逃げてしまいますよ」という例えを髪型で体現したようです。

 チャンスが来たらすぐに掴まなければいけない。悩んでる暇はない。サッと動こう。そう勧める人や、そういう一派が書いたであろう本が存在します。何しろ世の中は締め切りであふれています。限られた時間内で動かなければ成果は得られないという考え方には一定の根拠が存在しているのでしょう。

 もちろん根拠があるから「確かにそうかも」と思うんですが、よく考えると早すぎてダメなパターンもあるんですよね。一刻も早くゆで卵を食べたいからってすぐに卵をお湯から上げてしまっては片っ端から割ったところで黄身も白身もドロドロの卵しか食べられません。もうちょっとゆでておけばよかったと後悔したところで後の祭りです。何でも早く動けばいいわけじゃない。じっくり考え、待つことが重要だ。そう勧める人や、そういう一派が書いたであろう本も存在します。バタバタ慌てていては成功するものもしなくなる。こちらもまた一定の根拠が存在していると考えられます。

 チャンスは早すぎても遅すぎてもダメという主張もございます。適切な時に動かなければチャンスを得られない。これはこれで「まあそうかもなあ」と思いそうになります。しかし、ここまでで既に「早くしろ」「ゆっくりいけ」「タイミングを計れ」の3派閥が確認されています。一体どれが正しいのか。多分、「場合によって異なる」という何とも言えない結論が一番近いんだと思います。万能な方法なんてそうそうあるわけがないという、身も蓋もない現実です。

 更に難しいのが、どれがチャンスなのか見分けることだと思います。「チャンスはピンチの顔をしてやってくる」「人間万事塞翁が馬」といった言葉があるように、何がチャンスかなかなか分からず、後になって振り返って初めて「あの時掴んだのがチャンスだったのか」と理解できる場合が往々にしてあるからです。人に未来予知の能力が備わっていない以上、「あ、チャンスが来た。よし掴むか」なんて判断できるほうが少ない。チャンスかと思ったらピンチだったり、ピンチかと思ったらチャンスだったり、もちろんチャンスかと思えばチャンスだったり、ピンチかと思えばピンチだったり、世界は本当によく分かりません。

 確かにチャンスの神様は前髪がフサフサで後ろはツルツルなのかもしれない。しかし、人間はそんな神様が見えていないに等しい。何だったら、目の前にチャンスの神様の髪の毛がゆらゆらしてるのに、髪の毛と分かっていない可能性があるんです。「これ、太さ的に髪の毛だろ」「いや、わき毛もこれくらいだよ」「そもそもこれ毛か?」とか言ってる間に掴んだり掴みそこなったり、掴んだら無事に髪の毛だったりやっぱりわき毛だったり、まさかのそのどちらでもない毛だったり。

 そう考えると人類はまだまだですね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?