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食べ物の未来はちゃんと軟らかくなるのか

 何かの番組で「最近の若者は硬いものを食べていないからあごがとがっている」というようなことを言っていました。私は驚いたんです。「まだ食べ物が軟らかくなっているのか」と。

 と申しますのも、私も子供の頃に同じことを両親から言われていたんです。硬いものを噛まないから、顎がとがっていると。このままでは親知らずの生えるスペースがなくなって、そのうち抜かなければならなくなると。

 親知らずを抜くのはものすごく痛いと脅され、両親主導で親知らずを抜かないように顎を鍛える特訓を始めました。とりあえず、何度も噛む必要がある食材を毎日食べようという話になりまして、両親が用意したのはスルメでした。

 確かにスルメは何度も噛まないと飲み込めない、強固な食べ物でございます。そんなスルメをしばらくはムシャムシャしていた私でありますが、割と早い段階で食べなくなりました。硬いのは平気だったんです。ただ、他にうまいものがいくらでもあったんです。最初は「昔の子供はみんなこうやって食べてたんだぞ」なんて言いながらスルメを食べていた両親も1週間後には私と一緒にティラミスプリンを食べてるんです。顎は鍛えられないけどとにかくうまい。これじゃスルメに勝ち目はありません。

 結局、私は親知らずを3本抜く羽目になりました。それなりに痛かったですが、別に耐えられないほどではありませんでした。だからみんな親知らずをスポスポ抜くんだと納得したくらいです。我慢してスルメを噛む人生よりも、痛みに耐えてでもティラミスプリンを食う人生を圧倒的多数の人が選んでいるんだと。

 食べ物の差によって、みんな顎の鍛錬より抜歯を選んでいる。国民の顎を鍛えさせたいならば、中毒になるくらいうまいけどガッチガチに硬い食べ物を作るしかありません。でも、これだけいろんな食べ物がある現在でもそんなものは存在していない。たぶん無理なんでしょう。だから、現代は顎がとがった世の中になってるんだと思います。

 顎の鍛錬に失敗した私も結構な大人になりました。今でも顎は全く鍛えられていない自覚があります。それなのに、なんかどこかの誰かが若者の顎は更に弱くなっているとか言ってるんです。

 私が顎を鍛えなかった理由は、うまいものが大体軟らかいからでした。肉も野菜もご飯もお菓子も、スルメに比べて食べやすいものが大半です。どれもうまいし軟らかい。ティラミスプリンなんて昔からプルプルのフニャフニャです。そんなものばかり食べていたから親知らずがなくなったわけです。

 そんな私より下の世代は顎が更に鍛えられてないとなると、理由はひとつしかありません。私が子供の頃よりも、食べ物が一段と軟らかくなっている。だから冒頭のように「まだ食べ物が軟らかくなっているのか」と驚いたんです。あれだけ軟らかかった食べ物が、ここ数十年でまた更に軟らかくなっているのかと。

 しかし、私には食べているものが徐々に軟らかくなっていった感覚がまったくありません。昔の肉も今の肉も同じくらい軟らかくて食べやすいように思います。野菜もご飯もお菓子も同様です。

 もちろん、私が気づかないくらい、徐々に徐々に軟らかくなっていった可能性は考えられます。それでもです。昔より今のティラミスプリンのほうが軟らかいとか、そんなことありえるんでしょうか。あんな軟らかいものをそれ以上軟らかくできるものなんですか。そんなことに情熱をかけてどうするおつもりですか。

 あと、これに関連してもうひとつ疑問があります。人類の顎がとがってきている話の続きとして、将来的にはもっと顎がとがってしまうだろういう予測があるんです。これ以上、顎をとがらせるには、食べ物が今よりも軟らかくなければいけません。ティラミスプリンより軟らかい食べ物なんて、もう流動食じゃないですか。今はこれだけいろんな食べ物があるのに、どれも片っ端から流動食になるとでもいうのでしょうか。

 これが釈然としないんです。今でさえ、サラッとした液体が誤嚥性肺炎の原因だと言われているのに、このまま全ての食べ物が流動食になるんでしょうか。肺のためにももうちょっと食べやすさを重視し、固形物も残しておくのがいいと思うんです。それとも、ドロドロ流動食で何とかするつもりなのか。

 食の未来は思ったより混沌としているようです。

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