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局所的ハリウッドザコシショウブーム

 流行と申しますと、世間一般が対象だと思っていました。それまではほとんど知られていなかったのに、ある時期を境にみんなが多かれ少なかれ知るようになる。それが流行なんだと。

 でも、流行はそんな単純なものではないようです。世間一般に広まったものばかりが流行ではなく、限られた範囲にだけ広まるものもある。そして、それはきっと私が考えているよりも遥かにたくさんあるんだと思います。

 さて、私にはギャンブル好きの友人がいます。ここでは仮に上川さんとしておきますけれども、上川さんは世の合法ギャンブルは大体経験済みで、海外へポーカーの大会に行ったりもしているようです。ギャンブルだけで普通に生活できるようなんですが、「ちゃんと会社勤めができるようになりたい」との理由で一般企業で働いてもいます。でも、「会社勤めができるように」なんて理由で働くくらいですから、物凄い失敗を日常的にやらかしているんです。この間なんか、彼の上司が「20年一緒に仕事しているけど怒ったところを見たことがない」と言わしめた取引先の担当者をブチ切れさせたと言ってきました。

 担当者をどうやってブチ切れさせたのかは知りませんが、会社勤めが向かない原因は何となく分かります。会話がおかしいんです。

 例えば、私は長い間、こうやって役に立たない文章を書いてはネットに公開するという作業を繰り返していますけれども、それを知った上川さんは私にネタを提供しようと考えたようです。

 それ自体は比較的よくある話なんです。「こんな面白い話があるんだけど、ブログのネタにどう?」だなんて、私をよく知る家族からあまりよく知らない知人まで、そこそこ言われ続けてきました。様々な理由からネタにしなかったものもありますし、もちろん有難く使わせてもらったものもございます。

 ただ、上川さんの提供は他の方と毛色が違っていました。

「星野には是非、競輪を見に行ってもらいたいんだよ」
「どうして?」
「あんなヤバいギャンブル、日本で見たことがない」

 私のnoteをいくつかご覧になった方はお分かりだと思うんですが、私、別にヤバいところに突撃して体験記を書くようなタイプではないんです。ギャンブルだってしませんし。それは上川さんも知ってるはずなんです。でも、会うたびに私を競輪に誘ってくる。

「どこがヤバいの」
「罵声がすごいんだよ。もう笑っちゃうくらい客が選手に無茶苦茶言う」

 結局、私は上川さんの誘いに乗らず、競輪と無縁な日々を過ごしておりました。しかし、それから10年は余裕で経ったある日、とある競輪場から「無料ご招待当選のお知らせ」というメールが届きました。最初は迷惑メールの類かと思いましたが、軽い気持ちで応募した懸賞に当たったようです。

 上川さんを誘えたら面白かったんでしょうけれども、彼は貯まりに貯まった大量の有休をつぎ込んで海外のポーカー大会を転戦している最中でございましたので、別の友人を誘って見に行きました。

 その頃には様々な公営ギャンブルもだいぶやわらかな感じになっておりまして、みんなが気軽に楽しめる娯楽へと変貌しておりました。競輪もまた例外ではなかったようで、上川さんが言っていたような罵声はついに聞くことはありませんでした。

 ただ、殺伐としていた頃の名残みたいなものは見て取れました。もちろん、ご存じの方は本当に常識なんでしょうけれども、入口で手荷物検査があるんです。世間一般で言われる危険物はもちろん、缶や瓶があるだけで場内に入れてもらえない。選手に向かって投げる人が後を絶たなかったんだろうなと思わせるに充分な警備体制でございました。

 とりあえず、何の知識もないまま競輪を見ていたんですが、漫然と見ているだけでもいろんな発見があるものです。例えば、競輪選手の中には走る前にちょっとしたパフォーマンスをしている方がいるんですけれども、チラホラと見られるのが芸人のギャグを丸々使う方です。他のスポーツ選手でもたまに見られますね。

 競輪は分かりませんがお笑いならまだ分かる私、競輪選手が誰のギャグを使っているのか統計を取ることにしました。そもそも芸人のギャグを丸々使う方自体が少数派であったため、数えるのは楽でした。大体は本当に有名な一発ギャグだったんですが、最も真似られていたのはハリウッドザコシショウさんでした。というか、唯一、複数の人にギャグを使われた芸人でございました。一応はよそとかぶらないようにしているのか、手の甲を見せながら「シュー」とやる人もいれば、ゴスゴス言う人もいる。

 家に帰ってからもなんか気になった私、ネットで何となく検索してみたところ、確かにハリウッドザコシショウさんのギャグを拝借してパフォーマンスしている競輪選手が出てきたんですが、その方は私が競輪場で目撃した人とはまた別の選手でした。「まだいるんすか」との驚きを禁じ得ませんでした。

 私が知らなかっただけで、競輪業界は空前のハリウッドザコシショウブームが訪れているのかもしれません。それこそ、私が知らないだけで、あんな業界やこんな業界で、「何でそれが?」と首を傾げずにはいられない芸人のギャグが流行りに流行っているのかもしれない。

 そういうこともあるから芸人はギャグをやめられないのかもしれないとさえ思っています。

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