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世紀末訂正印伝説

 訂正印を知ったのは中学生の頃です。学校で高校受験の書類にあれこれ記入する時、間違いを訂正するための手法として習いました。

 世の中には便利なものがあるもんだと思いました。同時にこうも考えました。「やっぱみんな間違えるんだ」と。既に数々のウッカリをやらかしてきた歴戦の勇士である私としては、重要な書類でもこんな救済措置がある点に安堵を覚えて仕方がありませんでした。

 それからちょっとした年月が過ぎまして、私は大学卒業を控えていました。下宿を引き払い、新天地での暮らしを始めるため、様々な手続きをしなければなりません。手続きと言えば書類です。久々に重要な書類をいくつも作らなければいけない時期に来ていました。

 もうどこで何をしたか覚えていないくらい、いろんなところでいろんな書類を作成していました。ただ、とある書類だけはよく覚えています。

 事務所で担当の女性から書類を渡された私は、言われた通りの場所に言われた通りのものを記入していました。当然、印鑑も必須の、それなりに重要な書類です。

 言われた通りにやったはずなんですが、この「言われた通りにやる」というのがどうも昔から苦手なんです。私としては相手を全面的に信用して言うことを聞いてるつもりなのに、言った側から見ると「ふざけてんのか」というレベルの行動をしているようなんです。あろうことか、割と重要な書類で私の心に巣食う不治の病が暴走を始めてしまいました。ちゃんと記入したつもりの書類を受付の女性に渡すと、女性はチェックしながら「あらあら」なんてコメントを漏らします。

 「訂正印を押してもらってもいいですか」と女性は尋ねてきました。記入をミスったのだとすぐに察しました。申し訳なくは思いましたが、私だって訂正印くらいは存じ上げております。早速、印鑑を用意しますと、受付の女性が押す場所を指で示してゆくのですが。

 「ここと、ここと、それからここと……」。訂正印が必要な間違いは7箇所にも及びました。1枚の書類としてはかなりの訂正印密度でしょう。印鑑を押し終わった書類は訂正印で蜂の巣状態です。私としては「胸に7つの傷を持つ男」なんて単語まで思い浮かべていました。世紀末訂正印伝説です。思い返せば、こんな心持ちだから訂正印が7つも必要になったんでしょう。

 間違えるにしたって酷すぎる。私はダメなりに反省いたしまして、以降はもう少しちゃんと気をつけて書類を記入するようになりました。心がけが功を奏しているのか、今のところ訂正印記録を更新したことはありません。このまま更新せずに一生を終えたいと切に願っております。

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