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よく分からないネタばかりやってた、とある学生芸人の話

 学生芸人が話題みたいです。学生芸人出身者の中にプロで結果を残す人が出てきたのが大きな理由だと思われます。

 こういう本人の実力が如実に反映される世界ですと、ごく一部の華々しい上位陣と、ほとんど日の目を見ずに終わる圧倒的大多数の人々に分かれるものです。学生芸人もまた例外ではありません。トップクラスの方々は非常にしっかりしていて、M-1のような賞レースでも1回戦は普通に突破しますし、たまに準々決勝辺りまで食い込んだりする。卒業後にはプロへ転向する方もいます。一方で、学生の大会でもあまり勝てず、大学卒業と同時に就職してしまう人もいます。

 じゃあ、就職した人たちは面白くないのか。そう結論づけるのは早計というものです。上位陣は優れたネタをするという点においては間違いなく面白い。ただし、ハプニングを始めとする、誰も意図しない面白さとなると、むしろ優れたネタをする人以外を探したほうがよく出てくる場合が往々にしてあります。

 例えば、演者が次に言うセリフを忘れる、すなわち「ネタを飛ばす」という現象がおきます。それ自体はネタに慣れた人でも、それこそプロでも起きる現象で、慣れている人ですと相方がフォローに回ったり、ネタを飛ばしたことをネタにしたりして、うまくしのぐものです。しかし、とある学生芸人大会の予選に出場した学生漫才コンビは違いました。ネタを飛ばし、互いにもじもじする気まずい十数秒が過ぎた辺りで、突然、喧嘩を始めたんです。最初は私もネタだと思ったんですが、どうもマジのようです。

 ネタをやっていた時は緊張で縮こまっていた部分があったのかもしれません。しかし、もう決勝進出の芽がなくなったと見るや、ふたりとも「もう知らねえや、やるだけやってやんぞ」みたいなノリになって緊張から解き放たれたようで、この喧嘩がまた本ネタより面白くなってしまったんです。私だけかと思いきや、他の観客も笑い始めたんで間違いないと思います。「お前が考えたこのつまんねえオチで誰が笑うんだよ」とキレながら自分の腹に描かれた変な顔を相方に見せつけたりするところなんて、ひねった設定の漫才を見ているようでした。

 アクシデントやハプニングが面白くなってしまう場合はもちろんあります。でも、普通はそんな風になりたくない。そもそも1回受けたからって2回も3回も同じことが出来るとは限らない。だから、ネタをしっかり作って、ちゃんと練習をして本番に挑むわけです。しかし、どの業界にも問題児がいます。どう考えてもハプニング狙いで舞台に飛び込む人がごく稀に、それこそ華々しい上位陣よりも少数いるんです。

 仮に福井君としておきます。個人情報の関係で、内容に虚実織り交ぜて書いて参りますのでご了承ください。

 彼の存在を知ったのは某大学のお笑いサークル主催のライブでした。お笑いサークル主催のライブだったんですが、ライブのMCが「福井君は半年間の謹慎が開けて」などと不穏なことを言ったんです。大学のサークルで何を謹慎することがあるのか、と思ったんですが、そのライブのMCや他の演者の話を総合すると、どうもライブのネタに使うためと言って部室にあった、本来取り外してはいけないものを取り外して会場に持っていこうとしたところ、運び方がまずくて部室のドアを破壊した、という訳の分からない事故を起こしたんだそうです。その結果が半年謹慎だったそうです。

 最初に見た福井君のネタは、コンビでのコントでした。本当にオーソドックスなコントで、とても半年謹慎するような人のネタとは思えませんでした。しかし、それは相方に気を遣っていたのだと、彼のピン芸を見て思い知ります。

 舞台にひとりで出てきた福井君の手には当日のスポーツ新聞が握られていました。福井君はどの日のスポーツ新聞でもうまい縦読みを見つけてみせると豪語しますが、自信満々に公表する縦読みはどれも日本語の体を成していません。そのうち、オチを放棄した漫談でお茶を濁し、そのまま飄々と舞台をさってゆきました。

 学生漫才も上位陣になるとプロ顔負けなんて表現をされますが、福井君はそれとは真逆の方向に振り切れています。ウケを取りに来てるのかスベりに来てるのかもよく分からない。この人は何なんだという興味が湧き、ちょこちょこ彼のネタを見に行ってしまいました。

 そんなある日のことです。福井君が参加予定のライブ会場前で、開場を待っておりますと、どこかでよく見た人がちょこちょこと歩み寄って来て私に声をかけてきました。福井君です。縁もゆかりもない大学のお笑いサークルが主催するライブに何度も足を運ぶ私のような存在は、控えめに言っても不審者です。よくもまあ声をかけられるものだと不審者の私は思いました。

「いつも来てくれてありがとうございます。うちの大学の関係者ですか」
「いや、無関係なんです」
「お笑いがお好きなんですか」
「ええ、そうですね」

 その辺の大学生より礼儀正しくはありましたが、やっぱりちょっと変わった子なのかなとも思いました。

 福井君はそれからも笑いを超越したかのようなピン芸を続けました。彼の努力が実ったのか、審査員の気まぐれのせいなのかは知りませんが、福井君は卒業を間近に控え、いよいよ学生お笑い大会の決勝に進出することとなりました。不審者の私、もちろん見に行きました。何なら、やる気を出しすぎて開場の2時間前に着いてしまいました。

 すると、会場の前でそわそわしている福井君が私を見るなり駆け寄ってきました。

「見に来てくれたんですか」
「あ、はい。決勝に行ったとネットで知りまして」
「ありがとうございます。ただ、決勝って予選より持ち時間が1分長い4分なんですね。それに、上位3組になったらもう1本ネタをやらなければいけないんですけど、僕、決勝用の4分ネタが1本しかないんですよね」
「えっ、じゃあ最終決戦の3組に残ったらどうするんですか」
「みんなに土下座して4分しのごうと思ってます」

 相変わらず、ウケを取りたいのかスベりたいのかよく分からない福井君でしたが、この時ほど特定の芸人に最終決戦へ行ってほしいと願った時はありませんでした。しかし、私の願い届かず、福井君の4分間土下座1本勝負が披露されることはありませんでした。

 福井君はその大会を最後にお笑いから足を洗い、普通に就職したようです。プロのお笑いはさすがに厳しいと思ったのでしょう。その判断は、残酷ではありますが恐らく正解だと思います。ただ、時々思うんです。もし、まかり間違ってプロの門を叩いたとしたら、福井君はどうなっていたのか。

 たらればの話なんか不毛だと思ってたんですが、最近、福井君に似た雰囲気のピン芸人を見かけました。クリスタル大坪さんという方です。

 カンペというか、何をしゃべるか書かれているノートを手に持って舞台上に現れるのに、何を言っているのかよく分からない。かろうじて日本語らしいということだけは分かる。この何言ってんのかよく分からないけど何だか笑える雰囲気がどこか福井君を思い起こさせます。

 やっぱり福井君は就職して正解だったと思います。いや、こんな感じで業界を席巻してくれたほうが楽しいに決まってるんですけど。

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