見出し画像

休憩ソロキャンプ

 人が集まると、なんか特殊な人が現れるものです。以前いた職場にもいらっしゃいました。仮にその方を高瀬さんとしておきます。

 職場には休憩室がございまして、休憩時間になると皆さんが集まって食事をしたり談笑したりと、思い思いにリラックスし、職場へ戻ってゆきます。シフト制だったので、休憩室に行けば大体誰か休んでいるような状態でした。

 高瀬さんもまた休憩室の愛用者でございました。最初は高瀬さんも普通に休んでいたんです。職場の休憩室は倉庫を軽く改造した部屋でございまして、広さだけは結構あったんです。だから、かなりの数の机と椅子が置かれているのに、まだ隅には空きスペースが残っている状態でした。それを見て高瀬さんは思いついたんだと思います。

 最初はレジャーシートでした。私が休憩室に行くと、高瀬さんは空きスペースにレジャーシートを広げ、その上で悠々とお弁当を食べていました。完全なるピクニックスタイルです。

 当然ながら上層部で「高瀬は何なんだ」という話になりまして、上司が高瀬さんにやめるよう叱ったようです。でも、高瀬さんは一歩も退きませんでした。なぜか高瀬さんは私に「俺はどれだけ言われてもやめない」と、ポツリと決心を漏らしていました。その言葉通り、高瀬さんは来る日も来る日も、休憩室にレジャーシートを敷いて食事をしていました。

 そんな高瀬さんの休憩は、いつの間にか変化していました。ある日、私が休憩室に入ると、何やら黒くて長い物体が床に横たわっているんです。その先っぽから高瀬さんの顔が飛び出している。寝袋でした。高瀬さん、いよいよ寝袋を休憩室に持ち込んだんです。

 それからというもの、高瀬さんの休憩は、レジャーシートの上で食事をしたあと、寝袋で仮眠をとるという、ソロキャンプみたいなルーティンになりました。最初はみんなビックリしていましたが、人間とはすごいもので、そんな光景にも慣れていき、寝袋でスヤスヤ眠る高瀬さんをみんな特殊な置物くらいにしか思わなくなりました。

 なんで高瀬さんがそんなよく分からない方向に優遇されているのか。恐らくは高瀬さんが「仕事ができる人」だった点が大きいと思います。「あの部署は高瀬さんがいないと回らない」というのが従業員の共通認識でしたし、私の目にもそう映ってました。問題と言える行動は休憩室でのソロキャンプくらいで、あとは従業員としてちゃんとしている。寝袋仕方なしと判断されても不思議ではなかったんです。

 一方で、そんな高瀬さんを、巨大汚物を見るような目で眺める人もいました。「あれ以上、図に乗ったらどうするんだ」と陰で話している人を見たこともあります。陰口がいいとは思いませんが、陰口を叩く人の気持ちも分かります。来客が休憩室をチラ見したら従業員がソロキャンプしてました、では会社として確かにマズい。高瀬さんの休憩ソロキャンプが進化したらどうするんだと危惧するのは当然です。真面目な人はそう考えるはずなんです。

 しかし、不真面目な私は休憩室の高瀬さんを見るたびにワクワクしてきたんです。「いよいよ休憩室でテントを張り始めるんじゃないか」と考えただけで胸が高鳴るようになったんです。そのうち、テントの前で肉を焼き始めて、仮に休憩室のスプリンクラーを作動させても、落ち着いた様子で雨具を取り出したりするんじゃないか。つまり、私は休憩室で高瀬さんの変な楽しみ方を覚えてしまったんです。

 その後、高瀬さんが寝袋モードを保っている間に私は転職をしてしまいました。当時の同僚で、今でも連絡を取り合う人たちもまた軒並み退社してしまい、高瀬さんが新たな形態に進化したのかしてないのか、私には確認できなくなってしまいました。

 転職自体は全く後悔していない私ですが、高瀬さんのあれからが把握できないのは唯一の心残りです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?