OWCモノローグ)悪夢 by 笠羽流雨

狭いトンネルの中を死に物狂いで這い進んでいた。
目的は分からない。けど、きっと何かから逃げていたのだと思う。
私を追う恐ろしく大きなやつがいて、それはあまりに大きくて、大きすぎて、見ることができない。でも、それが発する音を聞くことはできる。それはとてもゆっくり、ゆっくり、けれど止まることなく私を追いかけてくる。キリキリキリと、世界が軋むような、言葉にしがたい不快な音をたてながら。
 私はひたすらトンネルを進んだ。手も足も血だらけだった。関節という関節がとっくに限界を超えていた。私の体は体というよりは、肉体。いや、肉の塊。死んだ肉の塊。指先の感覚はもうずっと前に失われていた。
トンネルの中は真っ暗闇で、前も後ろも分からない。でも、止まることはできなかった。止まったら……どうなる? 止まったら……の先のことを想像もしたくない。考えたくない。進め、進め、進め、その先に何があろうとも。
暗闇の中にいると、このまま世界の果てまで進める気がした。進め、進む以外に私には選択肢はない。選択肢がない限り、その先に何があろうとこれは間違いじゃない。少なくとも私のせいじゃない。
……あれ? 意識の断絶。瞬間、闇が途切れた。投げ出された私の肉体は薄暗いトンネルの分岐点にいた。その狭い空間の四方には私が進んできた穴と抽象的なレベルで同じようにみえる穴が四つあった。このうちどれかを選ばなければならない。けれど……。

【問題】
次の選択肢AからAの中で最も適切なものを一つ選びなさい。
A トンネル
A トンネル
A トンネル
A トンネル

私は巨大な無力感によって打ちのめされるのを感じた。私にはこの穴のどれかを選ぶことができない。そう直感した。この問題は私には解けない。私にはその力がない。考えるうち、自分がどの穴からこの部屋に来たのかさえ分からなくなった。恐怖が、私をとらえていた。ここにも追手が来る。

【問題】
生きるべきか、死ぬべきか。
A 生きるべき
A 死ぬべき
A どちらでもない
A どちらでもある

ある選択を他の選択を排して掴み取るための合理性がない。これは必然じゃない。この問題には答えがあるはずなのに私にはそれを解く力がない。解く力がないが解く以外に道がない。道を選ばないという道はないのに、道を選べない上に道は目の前にいくつもある。
 その思考の鎖が私自身を雁字搦めにしてゆく。鎖は繭糸のようにベタベタ纏いついて、いやらしい。ああ、息もできないない。苦しい。
 窒息する間際になって、私は偶然のうちに四つある穴のうち一つのほうへよろめいた。回転する駒が倒れる瞬間。自発的対称性の破れ。隠れていた微かな必然性。その必然性に私は私のすべてを託す。一筋の光へむけて私は飛び込む。もう、なにも考える必要はない。考えるのは疲れる。私は再び死に物狂いでトンネルを這い進み始めた。この先に何があるのか分からない。しかし、あの場所より悪い所へは出ないはずだ。それ以上苦しみに満ちた場所なんて、想像もできない。私は自分を鼓舞してはい進んだ。何かをしているときは何もしていないときよりはずっと安心できた。
 断絶。私はふと、トンネルを抜けた。そこは、四方に四つの穴がある空間で、私が通ったあの場所と抽象的なレベルでそっくりだった。
うああああああああ!!
私は涙を流し絶叫した。全身を波打たせ、激しく怒り、頭を掻きむしって嗚咽した。……しかし、私は発狂しなかった。私はこういう時に自分が発狂していいのかさえ判断できなかった。世界に存在するすべての問題が、私には難しすぎるように思われた。

「試験終了、五分前です」

目が覚める。揺らぐ目の焦点が合って、前方の時計の針が網膜の上で像を結ぶ。
 あ、終わった、終わった。人生が終わった

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