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コミュニティFMに手を振って 第2話

その後の就職活動も連戦連敗。夏が終わると、求人情報を見つけるのさえ困難になる。10月上旬、アナ研に静岡シーテレビからアナウンサー募集の案内が届く。静岡シーテレビには、数年前にOGが採用されている。
「時期を考えるとこれがラストチャンスかもしれないな」
 京平に言われたが、そんなこと私が一番わかっている。最近の京平は、内定を貰った名古屋のテレビ局の自慢話ばかり。そして同い年にも関わらず上から目線のアドバイスも腹ただしかった。
「時期を考えるとこれがラストチャンスかもしれないな」
聞こえなかったと思ったのか、同じ言葉を京平が言う。その後も京平からうんざりするほど中身のないアドバイスをさんざん聞かされ、家に帰ったのは夜8時過ぎだった。帰宅するとそれを待っていたかのように電話が鳴る。母からだった。 
「ちゃんと食べてるの?」
 いつもの一言。心配してくれるのはありがたいが、ちゃんと食べてるから電話に出られるし、毎日ダイエットのことを考えている。
「たまには電話かけておいで」。
正月に帰ったのを最後に、良い知らせが出来るようになったら電話しよう。そう決めていたが、残念ながらその機会が訪れない。
「正月どうするの?」
「まだわかんない」
「お父さんが、いつ帰って来るんだって」
「わかんないよ。まだ」
「ちょっとでいいから帰ってきてよ。交通費は出してあげるから」
「いいよそんなの」
 みちるは3人家族の一人っ子。父は地元帯城市の大手菓子店・帯満亭の常務取締役。母は職場結婚で、寿退社後は専業主婦。市内でも高級住宅街として知られるエリアに一軒家を構えている。忙しい父は週の半分は残業、出張も多いが、それでも春夏冬休みには必ず家族旅行をするなど、子供ながらに愛されていると感じていた。
毎年正月には親戚が安原家に集まる。「いくつになったの?」、「昔はこんなに小さかったのに」、「おばちゃんの背中でおねしょしたの覚えてる?」毎年同じ事ばかり繰り返して言われるだけのお正月。年を重ねる、その話題も身長やおねしょだけじゃなく将来の話が混ざる。
「みちるちゃんは高校卒業したら、帯満亭に就職するんでしょ」
 おばちゃんに言われる。
「そりゃ当たり前でしょう」、「女の子が大学行っても仕方ない」、「お母さんも高校卒業して帯満亭就職してお父さんと結婚したんだから」、「お父さんが常務だから就職難でも安心ね」。あれ?親戚達が勝手にみちるの将来を決めつける。
私は、慌てて話を割り込ませる。
「あのね、私。大学行くんだ」
「大学、何のために?」
「アナウンサー。テレビのアナウンサーになりたいの」
 私が宣言すると、一瞬の静寂の後、親戚軍団が吠え始める。吠えるという言葉が適切なくらいに。
「テレビのアナウンサーって、何馬鹿なこと言ってるの?」、「そういう仕事は、才能のある人がなるものなのよ」、「安原家にそんな才能がある人いるわけない」
 心の涙腺にズバッズバッとキツイパンチを浴びせられた感じがして、私は何も言わずその場を離れ部屋に駆け込む。次々浴びせられた言葉の中から、脳の中に一つの台詞がリフレインする。
「アナウンサーになれるわけないでしょ。なに勘違いしてるの」
 勘違い…。子供の頃、親戚に褒められ嬉しかったし、アナウンサーを目指すきっかけになった。だけど「勘違い」。なんでそこまで言われなくてはいけないのか。悔しくて私は、枕に顔を埋め、声を出さずに泣いた。
 その日の夜。父が部屋を訪ねてきた。
「お前は自分のやりたいことをしなさい」
「お父さん」
「大学も東京もアナウンサーも、みちるがやりたいことしなさい。そして、ダメだった時はお父さんとお母さんに甘えなさい。」
 私はまた泣いた。さっきとは違う涙だ。そして決心した。大学に行く。東京に行く。アナウンサーになる。
 
「時期を考えるとこれがラストチャンス」
カメラテストや集団面接を勝ち抜き、最後の重役面接にこぎ着けたのは、私を含めて4人だった。
「本当はどの局に行きたかったんですか?」
 最終面接は、意地悪な質問から始まった。
「私は静岡生まれ静岡育ちですので、地元で働きたい。そう思っていました」
静岡出身なら自然な回答だなと、心の中で思う。次は私の番。
「私はアナウンサーになりたくて、北海道から青智大学に入学し、アナウンス研究会に入りました。この4年間、アナウンサーになることだけを考えて毎日を過ごしてきました。だからどこの局とか関係ありません。私をアナウンサーにしてくれる放送局。それが私の入りたい局です」
 我ながらうまく切り抜けた。と思っていたが、
「私は昨年の6月に見学をさせていただきました時、アナウンス部長の藤崎さんとお話しさせていただく機会があり、御社の社風が私には合うと考え…」
「私は現在静岡大学に通っていて、御社でアルバイトをさせていただいています…」
 アウエーという言葉が私の頭の中で響く。正直に話した自分だけが静岡と全く接点がない。頭の中は完全に動揺している。この後の質問でもしどろもどろになったり、言葉に詰まったり…。ベストを尽くせないまま、最終面接は終了した。
 
 その3日後、不採用通知が届く。終わった。全てが終わった。私は青智大学での生活を思い出す。頭の中に浮かぶのは、アナ研の活動、それと就職活動のことばかり。アナウンサーになるためだけに入学した青智大学。しかしその夢も費えてしまった。
「私の4年間、何だったんだろう」
 一人の部屋で言葉にした瞬間、目からポロポロと大粒の涙がこぼれる。泣くだけ泣いて忘れよう。泣くだけ泣いて諦めよう。私は体中の水分を全て出し尽くすのかのごとく泣き続けた。
 
「当機はまもなく帯城空港に到着します」
 窓から見える水田や平野。
「わぁ大自然だ」、「さすが北海道」
前に座るカップルがはしゃいでいる。窓の下ばかり見る旅行者達を尻目に、私は上。空を見上げる。
「青い」
 そう呟きながら何となく嬉しくなる私がいる。帯城の空は青い。雲一つない澄んだ青空は、十勝晴れ、十勝ブルーなどと言われる。私はこの青空が好きだ。東京に来てホームシックになったことはなかったが、時々この青空だけは見たくなる。特に今のような気分の時は。
 
 さんざん泣き続け、体内の水分を出しきったタイミングを見計らったように電話が鳴る。母からだった。
「帯城遊びに来ないかい」
「じゃあ今週末でも」
後で思えば魔が差してしまったわけだが、その差した魔によって、私の人生が大きく変わることになる。
 
「みちる、痩せたんじゃない?」
 空港ロビーには母親が迎えに来てくれた。
「お母さんは太ったんじゃない?」と言いかけたが、そうかな、と曖昧に微笑む。空港を出ると、父の車が横付けしてある。
「お父さん喜んでるよ」
 無関心を装う横顔を見ても、それはわかる。
「ただいま」
「おぉ」
 この一言で会話は終わり、車は発車する。帯城空港は帯城市の中でも外れの外れにあり、しばらくは直線道路が続く。車の中では「ちゃんと食べているの?」、「服は買っているの?」と他愛ない話が続く。ボケーッと青空を眺めたり、前を行くバスを眺めたり。あれ?さっきの信号から右に曲がるはずだが、なぜか左折する。   
「どこか寄るの?」
 私が聞くと、二人の背筋が硬直する。
「うん」
 母が言い、少し間が合ってから、「ちょっとな」と父。その言い方が不自然に感じたが、前の夜が遅かったこともあり、気づいたらうとうとしてしまう。
「みちる、起きて」
 母の声で目を覚ます。車を降りると、そこにはFMビートという大きな看板があった。
「FMビート?」
「みちる知ってる?」
 母に言われ、コミュニティFMだよね、と答える。
「さすがマスコミ志望だな」
 父が言い、そのまま建物に入っていく。
 中に入ると一部分しか電気がついていない。今日は放送休み?そんなことを考えていると男性が現れる。40台後半。真面目な紳士風。
「安原常務お待ちしていました」
 男が深々と礼をすると、「日曜なのにすまないね」と父が言う。
「うちの娘です。東京にいる」
「10年くらい前に帯城祭りの会場で一度見たことあります。当たり前ですが大きくなりましたね」
 今何が起きているのか、そして何が起きようとしているのかもわからない。
「では、局の中を案内しましょう」
 案内?
「ここがメインスタジオ。ここから生放送をオンエアします。こちらがディレクターブースでこっちがスタジオ。人数が少ないのでワンマンDJで放送することもあり、その時はミキサー室のマイクを使用します」
 まるで社会見学のように、男は私を案内する。なぜ案内されているのか分からないが、言われるままに後ろについて男の説明を受ける。CD収納室に録音室。過去の音源の保管倉庫、そしてタバコの臭いが充満する休憩室まで。全ての紹介が終わると応接間に案内される。そこには、父と母が座っていた。
「お茶も出さずにすみません」
 男が席をはずし、家族3人になった応接間で、母が私に言う。
「どう?」
「どうって?」
「案内された感想よ」
「東京のラジオ局と比べたらこじんまりしてるね」
 ちょっと喋り方が京平に似ちゃったかな。
東京と比べたらそうだよな、と父が言い、こじんまりは地方にとっては褒め言葉ね、と母が言う。
 男が戻ってくる。4人分の湯飲み茶碗を、父と、母と、私と、そして自分の前に置く。何が始まるんだ?
 男が名刺を取り出し私に差し出す。そこにはFMビート局長 沢村勝と書かれている。
「局長だったんですね」
 私が言うと、母が慌ててその場を取り繕うとする。
「すみません。この子にはきちんと説明していなくて…」
 すごい慌てようだ。局長は、いいんですよ、と和やかに微笑む。
「履歴書は持ってきましたか?」
局長が言うと、写真はついていませんが、と母が封筒を取り出す。中には母が書いた私の履歴書があった。
「こういうのは本人に書いていただかないと」
 局長が言うと、急いでいたので、と母が言い訳をする。そういうことか…。
 履歴書を見ながら局長が質問するが、私が答える前に母が何でも答えてしまう。
「昔からアナウンサーになるのが夢で」
「高校の時、放送コンクールで全道大会にも出場したことがあるんです」
 意外だったが、母は私の経緯をかなり的確に話している。両親は私のすることに一度も文句を言うことはなかった。放送局の活動が活発という理由だけで、越境の高校進学を希望した時も、青智大学の時も、全て私の好きなように生きてきた。きっとどこかの放送局に就職が決まっていたら、私の進路を受け入れてくれたはず。母の売り込みトークとそれを聞く局長。そして終始無言の父。主人公であるはずの私は、先ほど局長にもらった名刺を見る。FMビート局長と書かれた名刺の下に、帯城電力総務部長兼務と書かれている…。そういうことか。
 父が勤める帯満亭と帯城電力は、系列会社のはず。父が帯満亭常務という肩書を利用して私の入社をゴリ押ししようとしている。
「あの…。よくわからないまま帯城に帰ってきたのですが、やっと意味が分かりました」
 局長はポカーンとしている。母は「みちるは、関係ないから」と一番関係のある私の言葉を遮ろうとする。父は何も言わない。
「私は今就職活動中でして、何社か最終面接にも進んでいます」
 本当は過去形だけど、この際どっちでもいい。
「御社のこと、実は最近知りました。帯城に住んでいたのに地元にラジオ局があるの知りませんでした」
 母は卒倒しそうな表情をしているが、私は母に喋る時間を与えず話を続ける。
「学生時代からアナウンサーを目指していました。毎日部活して、家に帰ってからもニュース番組やアナウンサーが出演する番組を見ることが多かったです」
 御社は知らない、テレビばかり見ている。私が面接官なら絶対落とす。
「残念ながら、何社か最終面接までは進んだのですが、結局全て玉砕しました」
 あれ、私は何を言っているんだ!?さっき最終に残っているって嘘をついたのに。
「同期は全員合格。情けない話です」
「どうして、安原さんだけが不採用になったと思いますか?」
 局長からの質問。本当の面接のようだ。
「私の気持ちが強すぎたのかもしれません」
「強すぎた?」
「私は自分がマイクの前で、カメラの前で話したかった。だけど求められるのは、カメラの向こう、電波の向こうの人にきちんと言葉を伝えることができる人。もしかして…私は独りよがりだったのかなって」
「それは、いつ頃思いました?」
「今です」
 母は喋るのを止めた。父はずっと無言を通した。30分ほどカウンセリングのような面接が続き、私はやっと解放される。局長に見送られ、車に乗り込むと、私はどっと疲れが湧き出た。
 
「みちる、起きてるの?」
 階段の下から母の声が聞こえる。
「うん、今行く」
目覚ましが鳴るずっと前に起きていた。
4月1日。私の社会人第一歩の日。FMビートの入社式だ。あの日、両親に無理やり連れていかれたFMビートで、面接らしきことをした。それ以来一度も局に顔を出していないのにアナウンス試験も重役試験も何もなく、私は正社員の座を勝ち取った。
「すごいじゃん、みちる」
 学校の仲間に言われた。
「この時期に就職見つかるなんてすごいよ」
 絶対心の中で思っているはずだ。地元の小さいラジオ局。コネ入社だろうって。私なら思う。
「みちるならどこかに採用されるって信じていた」
 東京キー局で局アナデビューする早苗に言われる。
「みちるは、テレビよりラジオの方が向くと思ってた、声キレイだし」
 と、祝福してくれたのは愛子。2人とも私が就職浪人しなくて良かったと思っているのかもしれない。しかし気分は負け組の私には、2人の言葉がこう聞こえる。
「そりゃ田舎の放送局なら拾ってもらえるよ」
「みちるはカメラ映り悪いから、ラジオの方がマシだよ」
 元々性格が良い方ではなかったが、就職活動期間で当社比50%は歪んだ性格になってしまった。
「東京一極集中の時代は、そろそろ終止符を打つだろうし、コミュニティFMは地域メディアの役割としては大事な仕事だよ」
 京平に言われた。
「お互いに地域メディアを盛り上げよう」
 と言われたが、京平は愛知県の県域放送局。私は帯城しか聞こえない地方ラジオ局。全然同じ土俵にいる気がしない。市民も参加するマラソン大会で、実業団の選手に「お互い頑張りましょう」って言われている気分。早苗と愛子は最前列、京平も二列目でスタートを待つ。私は後ろのポジション。彼らに羨望の気持ちはあっても、同志やライバルと言った気持ちを持てない。3人は入社前だというのに、すでに何度も局には足を運んでいるそうで、メールで近況を報告してくる。
「この前ダウンダウンの浜ちゃんと廊下ですれ違った」
「アナウンス部長に、アクセントがなってないって叱られた」
「電通の偉い人と飲みに行って、しこたま飲まされた」
 これを読んで私に何を言わせたいんだ?
「へえ。浜ちゃん、スゴイ」
「新人が通る道だよ、ファイト!」
「飲み過ぎに気をつけてね」
 可愛い同級生や恋人を演じているが、メールを読んだ瞬間の本当の気持ちは、
「だからどうした」
「そりゃそうだろう」
「だからどうした」
 昨日の夜も京平からメール。
「明日は入社式。お互いのスタートライン。しっかり自分史に刻もうな」
 酔っ払いながらのメールだろう。
明日は入社式。私も京平も、早苗も愛子も。だけど世間から期待も注目もされているみんなと私は違う。
 入社式。社会人のスタートライン。
「位置についてヨーイドン」
私の位置からは、スタートの号砲だって聞こえない。誰かがくしゃみをしたら間違ってその音に向かって走り出してしまうかも。
下に降りるとすでに朝食の準備はできていた。
「いよいよね」
 母が言い、私は面倒なので深く頷く。
 
アナ研の卒業イベントが忙しいと嘘をつき、私は昨日まで東京にいた。FMビートからは12月に内定をもらったものの、私の中でまだ逆転のチャンスを模索していた。
「アナウンサーになりたい」
 私の夢のために、一肌脱いでくれた父には感謝している。でもどうせなら東京のテレビ局の親会社で働いてくれていたらよかったのにと、親の気持ちも知らないバカ娘。だけどせっかくの恩を仇で返さないためには、それ以上の結果を出すこと。放送局への就職のチャンスは潰えたが、フリーアナウンサーやプロダクション所属のアナウンサーへの道はあるのでは?雑誌や新聞、WEBで見つけたオーディションを私は片っ端から受けた。オーディション会場では就職の面接会場で会った人も見かける。みんな同じこと考えている。就職活動の後半では心に余裕がなく、挨拶程度しかしなかったが、ここまできたら開き直りというのか一緒に傷口舐めましょうかってノリで、オーディション後に飲みに行ったりと挫折チームの結束が高くなっているのが可笑しいような、悲しいような、そして虚しい。就職試験では二次三次と勝ち残った我々がほとんどの一次審査も通らない。理由は簡単。我々はアマチュアだから。オーディションには、芸能プロ所属のタレントやアナウンサーが多数参戦する。会場内にはテレビで見たことある人や聞いたことのある声の人がワンサカ。ちょっとした芸能博覧会だ。
「CXで春から準レギュラー1本決まったんだけど~」
「名古屋の隔週番組が、春から月1に減らされちゃうんだ」
「ラジオのナレーションは時間拘束されるからパスしたいんだけどね」
 こんな会話が飛び交う控室。傷口舐め軍団は、次々戦線離脱。軍団がカルテットになり、トリオになり、とうとうコンビになってしまった。最後まで残ったのは百合ちゃん。何度聞いても覚えられない都内私学放送研究会出身で、私が最終前に落ちた西東京テレビでは最終面接にまで残ったそうだ。彼女は宮崎県の生まれ。地元のラジオ局の制作部にアルバイト枠でならと誘われたそうだ。
「みちるちゃんにだけ言うけど、親のコネなんだ」
 百合ちゃんの父親は宮崎県では有名な企業の社長。放送局の偉いさんとも友達で口利きしてくれたのだとか。
「アナウンサーでと父も頼んだんだけど、アナウンス部はコネじゃダメ。制作部でバイトなんだけど、2.3年頑張ればアナウンサーのチャンスもって言われてるんだけど、テンションがねえ」
 わかる…と、同意したいが言えない。私のコネの話、百合ちゃんには話していない。
「みちるにだけは話すけど」
 私は人から秘密話、内緒話を打ち明けられることが多い。みちるに言っても安心と思っているのか、いいアドバイスを期待しているのかはわからないが、みんな誰にも言わないでね、と必ず念を押す。だから誰にも言わないのに、人によっては話して欲しくて言っている人もいる。私にはその線引きがわからない。だったら、この話誰にも言わないでって話したけどみんなに話してね、と念を押して欲しい。ちなみに百合ちゃんのコネ入社の話は、傷舐め軍団のほとんどが知っていた。
 3月15日。ラジオ番組のオーディションに落選した私と百合ちゃんは、傷舐めコンビを解散した。
「不本意だけど放送局で働けるから、よしとするわ」
 百合ちゃんが言うので、私もFMビートのことを話す。すると祝福してくれると思った百合ちゃんが怒りだす。
「みちるちゃんが可哀想と思って受け続けていたのに、みちるちゃんはアナウンサーになれるの!」
 いやいやアナウンサーじゃなくて、小さいラジオ局だから何でもやらされると思うけど~と私が釈明しても、百合ちゃんの怒りは止まらない。
「私が宮崎でアルバイトって聞いて内心バカにしていたんでしょう。自分は正社員でアナウンサーだって優越感あったんでしょ。みちるちゃんには失望した。本当の友達だと信じていたのに…」
 怒りながら泣き、そして泣きながら私を睨む。いろいろ言いたいことはある。内緒にしてねと言われたから私は言わなかった。私の事は聞かれなかったから答えなかった。正社員だからってバイトを見下すつもりはない。百合ちゃんは県域放送、私はコミュニティFM。ひとつひとつ掻い摘んで説明していけば理解してもらえるかもしれないけど、勝手に勘違いして勝手にキレる子と長い付き合いする気もないので、彼女が納得するまで謝り続けた。私が何一つ反論せずに1時間以上愚痴を言い続けたからか、帰り道の百合ちゃんは上機嫌だった。
「いろいろあったけど、ここまで本音で話し合えたのはみちるちゃんが初めて。北海道と九州は遠いけど、いつまでも友達でいようね」
 なぜ一方的に捲し立てておいて、本音で話し合えたと言えるのか不思議だが、その場は最高の作り笑いを演じ、交換した連絡先を即ブロックした。
 私の悪あがきにも期限が迫ってきた。母に電話すると、局長はいつでも来てくださいって言っているわよ、だって。面接から3か月間無視を続けているのに、私はどれだけの好待遇だ?
正直今の生活にくたびれていた。もういいや、悪あがきは。
「3月31日に帯城帰る。4月1日からでもいいなら、お世話になります」
 こうして私の就職活動は終焉した。


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