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芸人小説 イシライサヤカ(8)

こんなに饒舌だっけ?と思うほど、坂本はずっと喋っていた。
話してる内容は他愛のないことばかり。
この店のソーセージは旨いとか
隣の駅の立ち飲み屋で呑んだ生ビールが洗剤の味がしたとか
酔っぱらって山手線乗ったら寝てしまい3周まわったとか
ひな壇のエピソードトークとしても正直弱すぎる話を坂本は
会話を脱線したり戻ったり、まぁ酔っ払いトーク。
こっちも酔っぱらってるんで、笑ったり頷いたりしてるが
会話の8割は覚えていない。
覚えていることと言えば、坂本が必死に俺の目を見て話していること。
この話はどう?
これだったら笑える?
これがダメならこれは?
まるで俺にネタ出しをしてるような。
俺がちょっとでも下を向いたり、坂本の話に笑わないと
「じゃあこの話は・・・」
とトークの中身を変える。
こんな感じで坂本は一方的に話す。
俺は頷くか笑うかうつむくだけ。
そしてビールを飲むふりをして、グラスの中にこっそりとため息を吐いていた。
帰る時に時計を見て気づいたが、結局一時間坂本は喋り続けた。
その間、俺はビールを3回お替りし、坂本はホッピーを3本、中を6買い注文した。
さすがに酔いも回ったし、立ちっぱなしで足も疲れたし、そしてお店も混みだしてきたので、店を出ることにした。
お互い5センチほど残ったアルコールの液体を飲み干すため、最後に俺達はグラスを重ねる。
これを飲み干して終了。
さぁ、帰ろうと荷物を手に取った時、坂本が言った。
「お前・・・変わらないな」
太って剥げて老けた坂本とは違うよ!と軽口を叩いたら
「見た目もだけど・・・お前、なんも変わらないな」
さっきまでのテンションと違い、まじめなトーンで坂本が言う。
「俺は・・・考えないで動いちゃう」
「・・・」
「でもお前は、考えないし・・・動かないもんな」
言葉の意味はその時分からなかったが、俺を馬鹿にしてる感じではなかったし、そして、自分の今を後悔しているのだろう・・・酔っていて頭は回らなかったが、それくらいは理解した。

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