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コミュニティFMに手を振って 第8話

 次の週の月曜日。番組の準備をしていると、楽器店店長の椎村がやって来た。
「安原さん、今日6時からのインフォメーション担当?」
「はい」
「じゃあさ、これ紹介してもらえないかな」
 椎村から一枚のチラシを受け取る。NTT主催の帯城アマチュアバンドコンテストのチラシ。
「来月開催なんだ。僕の番組でも紹介するけど、ほかのところでも話して欲しくてね」
 帯城アマチュアバンドコンテストで優勝すると全道大会、さらには全国大会へと繋がる。
「全国大会はテレビで放送されるんだ。今年で23回目だけど、これまで帯城代表のバンドが3組もメジャーデビューしているんだよ」
 3組の名前は、音楽に詳しくない私でも知っている。
「すごいじゃないですか」
「帯城ってアマチュアバンドのレベル高いんだよ。それから聞く人のセンスもいい」
 全国的に無名なアーティストが帯城で人気を呼び、全国区になったアーティストもいるという。
今回のコンテストには10組のバンドが出演するそう。
「もし可能なら番組で出演者のインタビューもして欲しいな」
 面白い話だと思う。だけどなんで私に聞くんだろう。
「長内さんは、面倒なことしたがらないし、野本さんはTAIZENラブでしょ。」
 もっともだ。
「僕はね。コミュニティFMにはもっと可能性があると思っているんだ。それが何なのかはまだわからないけど、いろいろ模索する中で新しい何かが生まれるんじゃないかなって」
 
「帯城サウンドステーション。ディスジョッキーは椎村幸彦です」
 椎村の番組はいつもと一緒で、私の知らないアーティストの知らない曲が流れる。耳を傾けたくなるいい曲もあるが、曲の後の椎村の説明が残念過ぎる。
「この曲のサビがいい。何て言ったらいいかわからないけど、何と説明してもサビの良さ以上のものは伝わらない」
 それでもコアなファンからメールも届くし、需要があることは間違いない。
「コミュニティFMにはもっと可能性があると思っているんだ」
 どんな可能性があるのか、試さないと可能性すら見つからない。次の朝のミーティング。私は、帯城アマチュアバンドコンテストコーナーを作りたいと提案した。
「コンテストが来月15日の日曜日ですので、5月の2週間それぞれゲストに出演してもらうんです」
 放送時間は夜7時から15分間。昨日企画書を書き、椎村にも目を通してもらい了承を得たことを話す。
「椎村店長が了承ってことは、スポンサーになるってこと?」
 局長から予想通りの質問。
「いえ、ゲストのセッティングはしてくれますが、そこまでの話はしていません」
 局長はつまらなそうな顔をする。
「長内君はどう思うの?」
「このコンテストは歴史もありますし、番組でフォローするのは悪くないとは思いますが、そこまで協力的にやる必要ありますかね」
「主催はNTTか。あそこは年度予算で動くからスポンサーになってくれないだろうしね」
 局長も長内も否定的だ。
「野本さんは?」
皆の目が野本に向く。
「やればいいんじゃないですか?」
「やればいいってことは、やってもいいと思うってこと?それとも勝手にやればってこと?」
「どちらもありますが、このイベントを紹介することは、うちの局にとってマイナスはありませんよね。椎村店長の機嫌取れるし、NTTだって喜んでくれたら、その先の可能性も期待できますよね」
 その先の可能性という言葉に前のめりになる局長。結局、安原が管理するならという条件で、この企画は採用された。
「NTTの人が来る時は、早めに教えてくださいね」
 局長の目は¥マークだ。
 ミーティングが終わり、休憩室でいつもの仮眠を始めた野本に礼を言う。
「先ほどはありがとうございました」
「私はやればいいんじゃないって言っただけよ」
 相変わらず器用に二脚の椅子をベッド替りに寝たままの野本だが、鋭い質問が飛ぶ。
「安原さんはさ」
「はい?」
「アナウンサーやパーソナリティがやりたいの?それとも地域コミュニティがやりたいの?」
 一瞬答えに迷ったが、私は今の気持ちを正直に話す。
「アナウンサーがしたくて、ここに入りました。だからここで楽しくラジオの仕事ができるならそれでいいと思ったけど…」
「ちっとも楽しくない」
「えぇ、まぁ。なんか違うのかなって。だからって、ただ惰性でやるのも違うのかなって」
「私のようにってことね」
「あっ、ええと」
「いいわよ。気遣わないで」
「すみません」
「アナウンサーとしても充実したいから番組にも力を入れようと」
「はい」
「いいと思うよ。安原さんの企画だからやればいいんじゃないっていう私の気持ちは変わらない」
「わかってます」
「でもまぁ、困ったことあったら世間話程度に聞いて。こっちも世間話程度は相手するわ」
 ここに入って初めて野本から上司らしいアドバイスをもらった。一度も目も合わせず、椅子に寝たままだけど。
 
 火曜の夜、「クリエイトカチ」の生放送にやって来た玉木に、コンテストのことを話してみる。玉木の知り合いが二年前の準グランプリだそうだ。
「こういうのはね。ストーリーが必要なんだよ」
 玉木は今イベントを仕掛けるには、インターネットを抜きでは語れないと、ブログやSNSを駆使しながらリスナーに訴え広げていくべきだと言う。
 それはわかるが、専門用語ばかりでほとんど理解不能。
「それからね…」
 長いよ玉木。そういえば私から玉木に声をかけたのは初めてだ。頼られたことが嬉しかったのか、自分の専門分野だから張り切ったのか。生放送の本番時間ギリギリまで玉木のアドバイスという名の拷問は続いた。
参考になったのは、ブログとSNSで情報を紹介する。それから近隣のコミュニティ放送局の話。
「安原さん、FM池村知ってる?」
 池村町は帯城市から車で一時間ほどの位置にある町。ワイン城が有名で十勝の観光名所の一つでもある。池村町にもFM局あるんだ。知らなかった。
「FM池村ってインディーズのミュージシャンに力入れていた頃もあったんだ」
 イケムラドットという独自レーベルを作り、CDや音楽配信に力を入れていたこともあったそうだ。
「僕もFM池村で番組やってたんだ。写真見る?」
 スマホの写真データを見せつける玉木。そこには、放送中の玉木やミュージシャンらしい人と写る姿があった。イケムラドットレーベルは今でも細々と続いてはいるが、CDのリリースは三年以上無し。所属ミュージシャンもいつの間にか活動を停止し、玉木の番組も終了したそうだ。
「音楽に力を入れてた前の局長が辞めちゃってね。不良債権の音楽事業が実質休業状態」
 8年前に閉局したスカイエフエム同様、利益に直結しない活動は先細り。帯城アマチュアコンテストに対して、局長も長内も乗り気がない理由がわかる。
「あっ、もう時間だ。ほかに聞きたいことあったらいつでも声かけてね」
「ありがとうございます」
 玉木は私の知らない情報や音楽知識も深く、学べることが多そう。だけど話が長くつまらない。そこが問題だ。
 水曜日。「ハイスクールラジオ組」の三人にも聞いてみる。
「私のお兄ちゃん出場したことあるよ」
最初に食いついたのは、私と一文字違いの美瑠。
「私が小6の時だから6年前かな?広いホールで歌うお兄ちゃん見て感動した」
「美瑠のお兄ちゃんってバンドやってたの?」
「うん、もう辞めたけどね」
 3人とも音楽は好きでライブに行くこともあるそうだが、アマチュアは知り合いしか見たことがないそうだ。
「だってアマチュアでしょ。知り合いならともかく、知らないアマチュアの音楽聞く時間と労力がもったいないよ」
 もっともだ。だからお前達のラジオも知り合いしか聞かないのだと言いたい。
「アマチュアじゃなくてさ、プロのミュージシャンをFMビートで呼べばいいのに」
 三人が口々にアーティストの名を挙げる。どれも音楽に詳しくない私でも知っている有名どころばかり。
「十組くらい呼んでフェスやろうよフェス」
 FMビート、潰れます。
「そういえば昔はFMビートでもアーティスト呼んでの公開放送したんですよね?」
愛華が長内に聞く。
「あぁ、昔ね」
 長内の口から過去に局のイベントで呼んだアーティストの名前が出る。その中に有名なアーティストもいた。
「今は呼べないの?」
 愛華が聞くと
「予算がねぇ」
長内はこれ以上この話はしたくないという顔をしている。
 
「午後7時になりました。今晩は。安原みちるです。いつもはミュージックラインの時間ですが、今日から2週間は10分間のSPプログラム・帯城アマチュアバンドコンテスト応援ラジオをお送りします」
 10組のバンドを毎日ゲストに招く応援番組。当初は生放送で行う予定だったが、スケジュールが合わない、生だと緊張する、スタジオには行きたくないなどの都合もあり、録音放送となった。10組それぞれのスケジュール確認。番組でオンエアする楽曲の確保。音源を持っていないバンドは、椎村さんの楽器店内にある音楽スタジオで録音させてもらう。収録は平日の夜が中心。日中仕事をしているメンバーが多く、夜8時過ぎからの収録、日曜日に収録のために休日出勤したり、ライブ後取材のために土曜に池村町まで足を運んだりもした。帯城アマチュアバンドコンテスト応援ラジオは、私の企画番組。椎村店長の協力はあるが協賛はないので、局長は一、二度顔を出しただけ。長内はノーフォロー。
「困ったことあったら世間話程度に聞いて」と言った野本は、世間話程度のアドバイスをくれただけだった。頼りになったのは椎村店長。10組のバンド全ての収録に立ち会ってくれて、ライブ音源も編集した状態で納品してくれた。
「何から何までありがとうございます」
 最後のバンドの収録を終えたあと私が頭を下げると、
「僕の方がありがとうと言いたいよ」と椎村。
「僕本当はバンドマンになりたかったんだ」
「え、初めて聞きました」
「局長や長内さんにも言ってないからね」
 東京の大学在学中、バンドマン志望だった椎村だが、才能がないことを自覚し、伝える側に立とうと決意した。
「東京のレコード会社とか音楽プロモーターも受けたが全部落ちちゃってね。最後の最後に拾ってくれたのが地元帯城の楽器店だったわけ」
 あれ?
「本当のこと言うと東京残りたかったけど仕方なくここに戻ってきた」
 よくわかる。仕方なくの意味が。
「楽器店にいても田舎だから、プロモーションに来るアーティストも少ないし、この前みたいに演歌歌手のサポートもしないといけないけどさ、ある時からこれらも全て受け止めながらこの街から音楽を発信できたらと思うようになったんだ」
 ラジオではアイドルからブラックミュージックまで広すぎる幅のジャンルを50分という短い時間の中でかけまくり一曲一曲丁寧に解説する椎村店長。選曲は良いが喋りが下手なんて生意気に聞いていたけど、良い曲を聴いてほしい、音楽の良さを伝えたい。その気持ちがビシビシ伝わる番組だ。椎村店長の番組にはSNSのフォロワーが多い。そして店長が紹介したCDは一定の予約注文が入るという。
 そんな椎村のサポートで制作したアマチュアバンドの応援番組。
 帯城アマチュアバンドに出場する10組の音楽レベルはというと、正直アマチュア。プロへの登竜門という言葉を使ってはいるが、それは昔の話。今の時代なら本気でプロを目指すならネットで自分達の音楽を配信することでもチャンスを掴める。TAIZENも東京で音楽活動してデビュー目前までいった…の話の真意はともかく、自分に自信があれば大きな舞台に挑戦するだろう。
 バンド歴15年のロックバンドや、好きな歌手のコピーバンド。どこかで聞いたことのあるフレーズやメロディなのにオリジナルだと言い張るシンガー。まっ、いろいろだし無線の富樫みたいに、私が興味のないことをベラベラ喋り続け、オンエアでそのトークを全カットされてクレームを入れたバンドもいたけど、それはそれで勉強になった2週間だった。
意外と言っては失礼だが、玉木もずいぶんとサポートしてくれた。自身のSNSでは、応援番組の宣伝も書いてくれ、「今日のゲストは○○」、「○○さんが出演しました」と事前事後のフォローを事細かくしてくれた。
「あいつは暇なだけさ」
 長内は言うが、暇な時間に女子高生にLINEを送る上司よりよっぽど頼りになった。
「ということで2週間お送りした帯城アマチュアバンドコンテスト応援ラジオ。今日で最終日となります。明後日の日曜日が帯城アマチュアバンドコンテスト本番です!午後1時から帯城市民会館中ホールで行われます。入場は無料。お時間のある方、ぜひ足を運んで音楽を生で楽しんでくださいね。私も見に行きます」
 大変だった番組が無事終了。私の中ではものすごい充実感があった。これが伝えること。コミュニティFMなのかなと思った。椎村からは「お疲れさま。日曜のコンテストは客として楽しんでくださいね」とLINEが届き、玉木も日曜日のタイムスケジュールなどを事細かにフォローしてくれた。…が、局長と長内はすでに帰宅。辛うじて野本からだけ置手紙が私のデスクにあった。
先帰るね、お疲れ!
 
日曜日に行われた帯城市アマチュアバンドコンテスト。500人収容の中ホールは空席だらけ。ほとんどの人はお目当てのバンドを見ると席を立つ。会場はお客より、出場者の方が多いくらい。しかも出番が終わった出場者は他のバンドが演奏中でも会話している人さえいる。
「私も見に行きます」
 リスナーから声をかけられるかもと期待していたが、声をかけてくれたのは椎村店長と参加バンドだけ。この空席具合を見ていると、ラジオを聞いて来た人は、ほとんどいないのかも。
「誰も聞いてないよ」
 長内や野本が自虐的に言うセリフ。
 誰も聞いてないなら、誰も足を運んでくれないよなぁ。
 コンテストは20代の社会人バンドが優勝。40代のオヤジバンドが特別賞を受賞した。どちらもうまいなと思ったが、それ以上の感想はなかった。それより賞はもらえなかったが高校生四人組のガールズバンド・HYAが一番印象に残った。椎村店長にそのことを話す。
「賞を獲るバンドと印象に残るバンドは違うもの。僕も彼女達が一番良かったと思う」
 
 次の週、椎村店長から別のライブに誘われる。
「セレクトO」と名付けられたイベントは1時開演で終了は5時。一組の持ち時間は15分で16組の演奏が行われた。アマチュアコンテストは、審査を通過したバンドだったが、セレクトOは参加費を払った先着16組による演奏会。はっきり言って酷いバンドもいた。セレクトOの会場は200人も入ればいっぱい。出演待ちや終了したバンドのメンバーは、ホールの中にいる。演奏を見ている人より自分達のファンと話したり、大声で笑ったり。まだ出番前なのにビールを飲んでいる人もいたのは、ちょっと常識を疑った。そんな中で気になったのは3組。
 一組目は男性アコギユニットのサブカル。二十代の男性二人組で、彼ら目当てのファンも多かった。店長によると、週末の夜は路上ライブをしているらしい。二組目はシルクハット。「オヤジバンドです」と紹介しているが、そこまでのオヤジではない五人組。カバーとオリジナルと混ぜた選曲、そして曲の合間のトークも含め楽しめた。それからもう一人。女の子の弾き語り。名はKANAKO。飲み屋ビルの一階で週末に弾き語りしているそう。歳は私と同じくらい。アイドル系で可愛いルックスも手伝い彼女のファンも多かった。4時間のライブ観賞は疲れたけど、収穫もたくさんあった。この街には面白い人がたくさんいる。まだ知らないだけの人、出会っていない人。そこに可能性が詰まっているかもしれない。すぐにというわけにはいかないけど、時間をかけて考えていけば、何かできるのでは?

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