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コミュニティFMに手を振って 第4話

局から安原家までは、車だと10分ほどで着く。
だけど、車を持っていない私は
・交通機関
・自転車
・徒歩
・誰かに乗せてもらう
が帰宅までの選択肢となる。
5時過ぎに母から「イオンに寄るから迎えに行こうかい」とメールがあったが、何時に帰れるかわからなかったし、母親が局へ挨拶に来るのも嫌だったので断った。局を出て道路を一本渡るとバス停がある。時刻表を見ると、次のバスは7時45分。これを逃すと8時50分でこれが最終だ。東京に住んでいた時は0時過ぎても地下鉄やら山手線やらが動いていたが、この町では車がないと夜は早い。バス停前のベンチに座ろうとしたタイミングで、メールが届いた。
「今どこ?」
 母からだ。
「ラジオ局行ったら長内さんと言う人しかいなくて、みちる帰ったって聞いたよ」
 おいおいと思ったが、バス停で待つよりましだと思い、私は母に「バス停にいる」と電話した。
「どうだった?」
 車の中で母は私に聞く。言いたいことはたくさんあったが
「まだ初日だからわからない」
 とだけ答えた。
「長内さんに挨拶したわ。良さそうな人ね」
 余計なことを…と思ったが、これ以上会話したくなかったので生返事を返す。親にとって私は、いつまでも子供。結局親のコネで就職できたので、私は文句なんて言えない。サイドミラーに映る私の顔がげっそりして見える。何も喋らない私を見て、母はこれ以上何も言ってこなかった。
 家に帰ると父はいなかった。今日から出張で木曜まで帰らないらしい。お風呂に入り、母の作ってくれたご飯を食べて部屋に入ったのは夜9時。何通かメールを着信していたが、見る気になれず私はラジオをつける。FMビートからは音楽が流れている。私が帰った夜7時から明日の9時までただただ音楽が流れている。これがラジオなの?
「コミュニティFMなんてそんなもんさ」
 京平ならそう言うだろうな。
 
 FMビート。
 長内は開局時からスタッフだったらしい。今年で20周年。私が3歳の時からFMビートはあったんだ。中学高校と放送局に入り、アナウンサーを夢見ていた私だが、FMビートの存在は知らなかった。スマホを開き、FMビートをググってみる。
 一九××年。北海道帯城市に開局。帯城市では放送局立ち上げにあたり複数の団体が名乗り挙げていた。しかし当時は一つのエリアに一局という決まりがあり、開局までにはかなり難航。結局、電力会社と新聞社、製菓会社が大株主のFMビートと建設会社、出版社、温泉ホテルのスカイエフエムの二局が特例として開局した。しかしそれから▽年。建設会社の倒産と温泉ホテルの不渡りで経営がぐらついたスカイエフエムが閉局。現在帯城市の放送局は、FMビートのみである。
 知らなかった。FMビートだけじゃなく、この街にスカイエフエムというラジオ局があったことも、そして無くなったことも全く知らなかった。
さらに検索を進めると、19年前と思われる地域ニュースの映像を見つけた。
「帯城市にコミュニティフエムが二局開局」
 二大勢力の争いの末とか、国内初の試みでコミュニティFMの真価が問われるとか報道される中、FMビートの放送中の映像も流れる。
「あっ!」
 マイクを持ち、スーパーの駐車場で中継する長内が映る。19年前だから今の私くらいの年齢だ。今日の姿からは想像できないくらい映像の中の長内は若く、そして活気に満ちていた。
 
 翌日。私は朝8時に家を出る。
「送っていかなくて大丈夫なの?」
 母は聞いてきたが、いつまでも親に甘えている場合じゃないし、母にはあまり局に来てもらいたくない。この日から私は自転車通いを始めた。家から局までは平たんな道。楽な下り坂がない反面、憂鬱な上りもない。
「ここにコンビニできたんだ」
「ケーキ屋だったとこが、空き店舗になっている」
 4年ぶりの帯城は、私が住んでいた頃と比べ、大きく…ではないが、少しずつ変貌しているようだ。それを進歩という人もいるし、昔はよかったとマイナスに考える人もいる。昔は無かったスタバやファミリーマートがある反面、老舗の喫茶店や酒屋、友達の両親が経営していた食堂や親戚の精肉店はいつの間にか無くなっていた。
「無くなったものに感傷的になってもしかたない」
 この前帰った時、父が言った。
「時代は流れる。それは当たり前の原理だ」
 コンビニが増え商店が減る。喫茶店や食堂が減りチェーン店のカフェやファミレスが立ち並ぶ。これを便利という人もいるし味気ないという人もいる。だからってこの流れには逆らえない。
そういえばラジオの世界もラジコの登場で大きく変わったと聞く。ラジコとはスマホやパソコンで聞けるラジオ放送アプリのこと。タイムフリーを使えば一週間分の放送がいつでも聞けるし、プレミアムに登録すれば全国各地のラジオ番組を聞くことができる。私は学生時代ラジオを聞いていなかったが、昔は遠隔の放送局を聞くためにアンテナを立て雑音の中ラジオを聴く人も多かったそうだ。北海道から東京で流れる歌手の番組を、名古屋の名物アナウンサーの深夜放送を、大阪で流れる芸人のトーク番組を、雑音と戦いながらチューナーを合わせる。
「ラジオって雑音の中から新しい楽しみを発見する楽しみもあるんです」と、コミュニティFMを教えてくれたアナ研の後輩が言っていた。それが今ではラジコがあるから、エリアフリーで遠いエリアの雑音と戦わなくていい。そしてタイムフリーで、一週間以内ならいつでも日本全国のラジオを聴くことができる。
「オールナイトニッポン3時まで聞いて今日寝不足」
 高校時代にそんなこと言ってた友人もいた。今なら好きな時間に深夜放送も聞ける。便利だね。便利だけど…。
 ちなみにラジコで聞けるのは県営のAMとFM局だけ。全国に200以上あるコミュニティFMはラジコの仲間に入れてもらえない。だけど日本全国のコミュニティFMを聴ける無料アプリもある。
「みちるの番組も名古屋で聞くから」
 京平が言ってくれた。恥ずかしいやら迷惑やらでもちょっとは嬉しいかな。自転車通勤は思ったよりスムーズで、8時半には会社に到着した。すでに局長と長内は、掃除ロボットに変身していた。
「おはようございます」
 私は、2人が100パーセント聞き逃せない大きな声で挨拶する。
「あぁ、おはよう」
「おはよう」
 二人は手を止め、私に挨拶をし、その2秒後、再びロボットに変身した。局に入ると、ボランティアDJが、ピーチクパーチク喋っている。リーダーの那波以外は顔も名前も知らないが、今日は4名。四婆だ。
 私は四婆の前に立つ。
「おはようございます」
 掃除ロボットの時の2倍の声を出した。さすがにピーチクは止まる。
「おはよう」
 私はもう一度会釈をした。四婆は「こいつなんだ?」と身構えている。
「挨拶は大切だ」
 東京でアナウンスアカデミーを受講していた時、講師から言われた。
「いくらきれいな声を発しても、挨拶ができない人は、いつかボロが出る」
 昨日は緊張と戸惑いでまともに挨拶できなかったが、今日からしっかり声を出していこう。ここで何ができるか、そもそもいつまでいるも決めていないが、挨拶をきちんとしよう。それがクタクタになりベッドで眠りに落ちそうな時に決めた決意だ。続いて休憩室へ。テーブルを拭いていると野本がやって来た。あきらかな二日酔い不機嫌モードの顔である。
「おはようございます」
 野本は顔をしかめ、少し頭を下げ何か言葉を発した。多分おはようと言ったと思う。野本は私が掃除をする横で煙草を吸い始める。テーブルを拭き終わった私は、電気ケトルに水を入れる。
「私もコーヒー」
 本当は紅茶が飲みたかったのだが、野本に合わせることにする。
「安原さん、今日来ないかと思った」
「何でですか?」
 野本はその問いに答えず、コーヒーを啜っていた。確かに来ないという選択もあった。昨日の夜、母の車に乗っている時は、その気持ちの方が強かった。
 中身のない放送。
 やる気のないスタッフ。
 我が物顔のボランティア。
 局を良くしようと考えていない局長。
 仕事ができると思い込む長内。
 協調性ゼロの野本。
 辞める理由はたくさんある。
 だけど…昨日見たニュース映像の長内が引っかかった。最初からやる気がなかったわけではない。そもそも二大勢力による抗争とやらで前例を覆してまで生まれたラジオ局だ。一日で辞めてしまっては、死力を尽くして開局までこぎつけた方々に失礼だ。なんてことを本気で考えているわけではない。一日で辞めるなんて言った後、母から繰り広げられるであろう「なんで」「どうして」攻撃と戦うくらいなら会社に来た方が楽だというのが本心だ。野本との会話はそれ以上続かず、無言でコーヒーを飲み時間を潰した。
 9時。朝のミーティング。
「帯城電力で定期払キャンペーンが始まります」
 局の親会社・帯城電力のキャンペーンの説明をする局長。この人、帯城電力からの出向社員だったな。
「今週の番組で必ず一度は喋るように。喋った放送は必ず録音し私のテーブルの上に置いてください」
 後で野本に聞いた話だが、局長は帯城電力のPR放送の同録を全て元上司に届けるのだそうだ。
 局長の目標は帯城電力への復帰。自分の出世のためにラジオを使う。
帯城電力の話が終わると昨日に続いてタイムテーブル配布の話。それから掃除の話。掃除は義務ではないが、早く到着したなら自主的に動くように。絶対私に言っている。
「では今日もよろしくお願いします」
 約30分のミーティングが終わると、野本は今日も奥へ引っ込む。そして局長はホワイトボードに営業と書き、忙しそうに局を出た。オフィスには私と長内の二人。
「昨日うちの旦那がさ、私の作ったおつまみに文句言うのよ」
「何って?」
「塩辛いって。お酒に合うように塩分大目にしたのにさ」
「ひどい、自分で作れって言いなよ」
 スタジオでは相変わらず素人ラジオが流れている。有名人でもないおばちゃんが話す旦那の愚痴聞いて楽しい人いるの?長内は、「旦那塩分過多で殺す気だろ」と呟いている。
 10時10分。
「安原さん、正午から喋ってね」
 10時からのビートインフォメーションを終えた野本が、私に言う。
「喋ってねって、私がですか?」
「そう。よろしく」
 野本は私に原稿一式を渡す。
「いや、あのぅ…」
 まだ入社2日目だし、一度も練習してないし、番組の流れもわからないし…。いろんな言葉が頭に浮かんだが、それらの言葉を発する前に野本は奥に引っ込む。オフィスには私一人。手元には、いくつかの資料。もう逃げられない。今10時10分。放送は正午。昨日椎村店長の番組に想定外で出演させられたが、あれは喋ったというより喋らされただけ。これが事実上のラジオデビューとなる。
野本からもらった原稿を見る。昨日から何度も読まれ、さっきも読まれた卓球大会の結果と児童館祭り。それから中古車フェアの告知と市役所の臨時職員の募集など。ほかにも新聞の地方欄やレストランのランチメニューのチラシなんかもある。これも読んでいいということか?私はそれらの原稿をボソボソと読んでみる。これでも中学から放送局に所属し、大学を卒業するまで10年間マイクの前で喋ってきた自負はある。だけど…。
「帯城体育館で第17回卓球大会が行われました。中学生の部は…」
あれだけバカにして聞いていた野本や長内よりも自分の声が劣っていると感じる。
「メッセージお待ちしています。差し入れも…ギャハッ」
 さすがに那波に負ける気はしないが。正午が近づき、私の出番が近づく。いよいよだ…と構えていると、奥から長内が出てくる。
「ミキサーは俺がやるから」
 この局は専属のディレクターがいない。
「あとで卓のいじり方も教えるから」
 基本ワンマンDJスタイルだが、さすがに初心者の私にいきなりは無理と判断してもらったようだ。
「それじゃまた明日、那波真由美でしたー」
 ミキサーを自然に操る那波が一瞬凄い人に見えた。
 そして…いよいよ。
 
「4月2日正午になりました。ここからの時間は、帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション。この番組は、焼肉平和館の提供でお送りします」
 私の放送デビュー。平静を装ったが、緊張していた。声もうわずっていた。読んだ原稿は、卓球大会の結果と児童館祭りの話題。中古車フェアの告知と市役所の臨時職員の募集。さらに「車上荒らしに注意しましょう」という警察からのお知らせと市民ギャラリーの今月の予定。5月に行われる親子ふれあいコンサートの詳細。違う情報も読もうと考えたが、無難に野本が読んだものを選んでしまった。最初は自分のものとも思えないトーンだった声も、少しずつ冷静になってきた。後半は初めての放送にしてはうまくいったんじゃないかなと思う。喋っている内容は別としてね。
「この番組は、焼肉平和館の提供でお送りしました」
 BGMがフェイドアウトされ、CMが流れ、ジングルを挟み音楽。ミュージックラインが始まった。
「お疲れ様です」
私が言うと「お疲れ」とだけ呟き、長内はスタジオから出ていく。え、感想とか言ってくれないの?褒めてくれないまでも、初めてにしては良かったとか、ここの読み方こうした方がいいよとか。アナ研だと先輩が細かいチェックをしてくれた。的外れな注意もあったが、聞いてくれているから出る感想。先輩からいつも注意、指導をもらったから、私も後輩の喋りは真剣に聞いて感想を伝えた。長内さんにも上司としてそれを期待していたのだが、もらった言葉は「お疲れ」だけ。放送を終え、オフィスに出ると那波達がいた。私より先にスタジオを出た長内が会話をしている。
「いや、ホントマジでうまいですよ」
「長内君のうまいは、当てにならないしなぁ」
「いやマジで」
私は、那波達の横を通る。
「ねえ。安原さん」
 那波に声をかけられ、思わず「はい?」と声が裏返る。
「広小路のチャムカってカフェ行ったことある?」
「え、いや。ないです」
「長内君がチャムカのカレーオムライスがうまいって言うの。どう思う?」
 どう思うと言われてもチャムカって店も知らない。
「どうでしょうね?」
 私から有益な情報をもらえないと分かった那波は、再び長内の方を見る。用済みの私は、逃げるように奥の休憩室へ向かった。
別に褒めてもらいたいわけじゃないですよ。
「さすが青智大学のアナ研出身だね」
「声がキレイだね」
とか別に言ってもらいたいわけじゃないよ。
「2つ目の原稿。一か所イントネーションおかしかったよ」
「最後の原稿。時間気にして少し巻いちゃったでしょ」
とか具体的な指摘を欲しかったわけでもないけど…。初めて私がメインで喋った番組が電波に乗ったんだから、良いことでも悪いことでも一言くらい…。休憩室では野本がコンビニの弁当を食べていた。BGMはロック。野本はラジオすら聞いていなかった。
この日の夜のボランティア番組は「クリエイ・トカチ」。多分クリエイトと十勝をかけたタイトルなのだろう。パーソナリティは玉木忠英。6時少し前、玉木が局にやって来た。
赤い帽子と赤いサングラス。赤のブラウス。似合う人が着たらおしゃれなのかもしれないが、私から見たら派手に浮いただけの男。心の中のニックネームはポストに決めた。
「あぁ、君か。新人ちゃんって」
 新人ちゃん…。その言い方に虫唾が走る。
「安原です。よろしくお願いします」
「安原ちゃん、青智大のアナ研なんだって」
 え…ここに来て初めて言われた。
「はい。アナ研ご存知なんですね?」
「もちろん」
 玉木は青智大出身のアナウンサーの名を何名か挙げる。
「青智は、アナウンサーの宝庫だもんねぇ」
 派手なだけのポストが、クリエイターに見えてきた。 
「俺も青智のアナ研入ろうか迷ったことあったんだよねえ」
「玉木さん。青智大だったんですか?」
「学校は違うんだけど、放送に関わるなら青智かなって」
 青智大の放送研究会には別な大学から入っている人もいる。その後も、玉木から他の大学の放送研究会やアナウンス研究会の話を聞いた。あの大学はアナウンサー多く出しているが大成はしないとか、A局の上層部はB大学OBが多いのでB大学のアナ研は有利だとか。どこかで聞いた話が多かったけど、こっちに来てから東京の話をほとんどしていなかったのでちょっと嬉しい気分になる。
「そろそろ時間だな。ではまた」
玉木はそう言い、スタジオに入る。
「あいつ、ほっといていいから」
 長内が言う。あいつ…玉木のこと。長内曰く玉木は自称クリエイター。マスメディアの知識も詳しく業界人ぶっているがそれは上っ面だけだという。
「青智のアナ研入ろうか言ってたけど、あんなの嘘だよ。あいつ高卒だし、帯城出たことないもん」
「え?」
 玉木は長内の2つ下で今年40歳。高校卒業後、地元の専門学校に入学したが半年持たず退学。高校時代から続けていたバンドや自主映画の活動に20代の頃は力を入れていたらしい。
「その頃FMビートも開局して、地元で目立った活動している人には片っ端から声かけて」
 その中の一人が玉木だった。
「昔はね、毎日夜6時から9時までボランティア番組がひしめいていたんだ。ジームスや湊谷泰三も出ていたんだよ」
「え、ジームスも?」
ジームスは、帯城出身のロックバンド。ドラマの主題歌がヒットして紅白にも出場した。湊谷泰三は漫才コンビ・トコロテンのツッコミ担当。漫才王者を決める年末のグランプリ番組でファイナリストにもなったことがあり、今もバラエティ番組で活躍している。
「すごいじゃないですか」
私が言うと
「すごかったんだよぉ」
長内が遠い目で言う。
 開局当初のFMビートは、6時から9時まで「スペシャルゾーン」と名付け、地元で活動するクリエイターやアーティストの番組が日替わりで立ち並んでいた。その中からジームスや湊谷泰三のように全国で活躍するスターも生まれたし、何年かしてフェイドアウトした人(それがほとんど)、地元で活動する人に分かれる。スペシャルゾーンのパーソナリティは、一人また一人と番組を去り、今では5番組が辛うじて残っているだけとなった。
「要するによそにも飛び立てず、辞める踏ん切りもつかないだけの男さ」
長内の玉木評はかなり手厳しい。その口調が相当厳しかったので個人的な恨みでもあるのかと思ったが、玉木の放送を聞くと、長内の個人的な恨みでないことがわかった。
「十勝の中心地・帯城市から今日も発信しますクリエイトカチ。この番組は、何かを伝えたい、聞いてほしい、全ての人に捧げます」
 伝えたい人と聞いてほしい全ての人に捧げる番組は、私の耳には不快な気分しか捧げてくれない。先週帯城市民ホールで行われたアーティストのコンサートの話では、イチ観客として見に行った玉木が、音楽評論家かのような口ぶりでコンサートの模様をリポート。
「ベースのパワーがなくなったよね」
「選曲がヒット曲に頼りすぎなんだよね」
何様とばかりのコンサート評を終えると、なぜかギターを取り出す玉木。
「では、アンコールの一曲目で歌ったこの曲を弾き語りします」
 お前が歌うのか?しかも下手糞。私はそんなに音楽詳しくないけど、これが心に響かないレベルだというのはわかる。
「酷いだろ」
 私の気持ちを察した長内が言う。
「酷いですね」
 そうとしか答えようのない酷い歌だった。ところが…。
「ラジオネーム・五輪の五月さんからのメッセージ。玉木さん最高!玉木さんのオリジナルもぜひ歌ってください。どうもありがとう。それからFAXもきています。ラジオネームがモットホットパパさん…」
 玉木の歌を称賛するメールやFAXが次々届く。昼や朝の番組では数えるほどしか届いていなかったのに。
「人気あるんですね」
 私が言うと、
「全部友達さ」
 と長内。玉木の友人や知人らがメッセージを送っているそうだ。
「続いてはラジオネーム五輪の五月さん」
 しかも同じ人が何回も。長内の話では10人ほどのリスナーが何度もメッセージを送り、玉木がひたすら読む。中身のない話、自分に酔ったトーク、それを否定しないメッセージ。長内のいうことはあながちオーバーではないようだ。
「ラジオネーム五輪の五月さんからリクエストいただきました。私・玉木の冬の恋。弾き語りで歌います」
 また五輪の五月、また歌うのか。で、春なのに冬の恋って。
「玉木の代表作らしいよ。自主制作のCDだけど」
 さっきの弾き語りは、ヒット曲のカバーだからまだ聞けたが、聞いたこともない曲の弾き語りは拷問としか思えない。だけどこんな番組でも続けなくてはいけない局の事情がある。FMビートは、地元の情報、市民の番組を電波から流すことでスポンサー収入や市からの助成金などを得ている。市民の番組とは、朝の3時間番組と夜の番組のこと。平日毎日4時間の市民DJ番組が放送されることで、局には地域文化事業協会から助成金がもらえるそうだ。市民DJはボランティア。一度や二度喋るくらいなら喜んでマイクの前に立つ人もいるだろうが、毎週同じ時間に番組を続けてくれる人はそう多くない。自分の活動のために話す那波や自称クリエイター玉木を番組がつまらないという理由だけでは降板させることができないのだ。
「今日もたくさんのメッセージありがとうございます。帯城市がもっともっとクリエィティブな街になるよう、一緒に頑張りましょう。クリエイトカチ・玉木忠英でした。最後の曲は上を向いて歩こう」
坂本九の曲が流れるかと思いきや、これも玉木の弾き語り。九さんに呪われるぞ。こんな番組でも流すことで局に収益が入り、局員の給料が支払われる。そっか、私の給料もか。
「お疲れ様でーす」
 スタジオから出てくる玉木の表情は、ひと仕事終えた満足感で満ち溢れている。
「安原ちゃんは、自分の番組はいつから?」
「金曜の午後です」
「アフタヌーンシャウトか。番組ネタ困ったらいつでもゲストに呼んでね。金曜なら比較的時間あるから」
 断ることもできず、曖昧な笑顔で頷く。比較的時間あるは、玉木の見栄。
「あいつ呼んだらいつでも飛んでくるよ。時には呼びもしないのに勝手に来るし」
 玉木の実家は酒屋さんで、忙しい時だけ配達を手伝っているらしい。
「肩書は玉木酒店の専務だと。両親と妹の四人の酒屋で専務ってなんだよ」
個人商店とはいえ玉木は跡取り息子。長内の玉木への愚痴はしばらく続いた。
昨日の椎村店長にもいい顔をしていなかったし、もちろん那波にも。長内はボランティアDJのことが嫌いのようだ。
…と思っていたが、全て嫌っているわけではなかった。
水曜日のアフタヌーンシャウトは野本。私は4時と6時のビートインフォメーションを担当した。4時の放送中、オフィスに三人の女子高生がやってきた。局長から読むように頼まれた、フリーマーケットイベントの原稿を読んでいたが、女子高生の一人が発した奇声のような叫びに一瞬驚き、読み間違えてしまう。あの女子高生何者?
「ビートインフォメーションは、回転寿司マリンスターの提供でお送りしました」
 CMが終わり、野本が「今月の一曲」を紹介する。
「お疲れ様です」
 私がスタジオから出ようとすると、野本が言う。
「水曜はバカトリオ」
 バカトリオ。誰のことかと聞くまでもなく、制服を着たバカがオフィスにいる。
「あいつらといると胸糞悪くなるから、安原さんスタジオに残ってもいいわよ」
 そう言われたが、スタジオにいてもやることがないし、野本と2時間ここにいるのも、私にとって有意義な時間と思えなかったので遠慮した。オフィスには女子高生3人。それと長内がいた。
「安原さん紹介するよ。水曜のビートニックラジオ担当のバカトリオ」
 バカトリオ?野本と同じことを言うので、本当にバカトリオという名で喋っているのかと思ったが、どうやら長内のジョークのようだ。
「バカトリオってなんですかぁ」
「そうよ。バカは奈々だけ」
「なんで私だけバカなの」
「この前の数学赤点だったじゃない」
「えぇそれここで言うの」
 薄い会話のやり取りと大きな高笑い。スタジオの中にいた方がよかったかも。3人は帯城商業高校の2年生。ハイスクールラジオ組という番組を1年の秋から担当しているそうだ。名前は愛華、奈々、美瑠。苗字は教えてくれなかったが知る必要もないので聞かなかった。
「安原さん、みちるなんですね。美瑠と一文字違い」
美瑠がオーバーに驚いて、私と無理やり握手をする。高校2年ってことは私と6歳しか違わないのに、この若さに全くついていけない。ところが20歳以上上の長内は、3人のペースに合わせて笑ったりはしゃいだりと大張り切り。玉木と一度も目を合わせなかった昨日とは大違いだ。放送は6時10分から。一応打ち合わせのようだが、バカトリオと長内は、ずっとバカ話で盛り上がる。私は「原稿読みがあるので」と奥の休憩室へ逃げ込んだ。
「6時になりました。ここからは、帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション…」
 この時間は、地元吹奏楽団のコンサートやハワイアンサークルの発表会など、週末の催し物情報を中心に喋った。ネタ元はさっき届いた夕刊。夕刊に載っている情報をそのまま読む。京平にバレたら「放送を舐めるな」って怒られるだろうな。たった3日通っただけで、私はFMビート色に感化されている。私の放送中にバカトリオがスタジオに入る。さすがに生放送中のスタジオではおとなしい。
「この番組は、中古ゲームショップ・サンポピンズの提供でお送りしました」
 ビートインフォメーションが終わり、私の今日の仕事はこれでおしまいだ。
「安原さん上手ですね」
「ホントホント。入社して3日とは思えない」
女子高生たちが口々に褒めてくれる。局長も長内も野本も他のボランティアも、誰一人私の番組の感想すら言ってくれなかったので、褒められて悪い気がしない。よく見たら3人とも可愛い…。
「私達より上手ですよー」
 可愛いと思った心、取り消す。
 
「みなさんこんばんは、奈々です」
「愛華です」
「美瑠ちゃんです。せぇの…」
「ハイスクールラジオ組!!!」
 女子高生が好きそうな音楽が流れ番組が始まる。番組の内容は、3人のバカ話。オフィスで話していたノリのまま喋っている。20年も経てば彼女達も那波みたいになるのだろう。この番組のミキサーは長内が担当している。あれ?ボランティアはみんな自分でミキシングも担当するって聞いていたのに。私の疑問を察した野本が教えてくれる。
「長内さんのお気に入りなのよ。真ん中の愛華って娘」
「お気に入り…ですか?」
「あいつ、愛華のこと女として狙っているよ」
「えっ?女子高生ですよ」
 長内は42歳。それはあり得ないのではと思うが、それ以上聞くのは止めた。
「安原さん、この後時間ある?」
 野本からのお誘い。
「水曜日は長内さんに任せればいいから。帰ろう」
ホワイトボードを見ると、局長のネームがいつの間にか赤にひっくり返っていた。私が番組を担当している間に戻ってきて、気づかないうちに帰ったようだ。
野本に連れられ、やって来たのは焼肉平和館。ビートインフォメーションのスポンサー店だ。
「こんばんは。店長います?」
野本が挨拶すると奥から店長が出てくる。
「あら野本さん、食べに来たの?」
「はい。無性に焼き肉が食べたくなって。うちの新人連れてきました」  
私は店長と名刺交換する。野本は私の経歴を簡単に紹介し、金曜から番組を担当することも話した。
「今月は歓迎会プランもやっているから是非紹介してよ」
「明日の私の番組で話しますよ」
「そりゃ助かる。実はさ…」
 野本と店長は、しばらくお店のプランについて立ち話をする。いつもやる気なさそうに働いている野本とは大違いだ。
 
「じゃあ、ごゆっくり」
 私達を席まで案内し、店長は厨房に戻った。
「この店の営業担当私だからさ」
「そうなんですね」
「まじめに働いて珍しいって思ったんでしょ」
心の中を見透かされている。
「自分のことだけ考えて、協調性がない。仕事もいい加減って思っていたでしょ。」
 いえ、そこまでは…少し思っていました。
「放送局は、クライアントからのスポンサー収入が大事なの。うちみたいな小さなラジオ局は地元のお店や企業から広告費をいただく。一社一社は少なくても束になると大きな力になるのよ」
 驚いた。野本から真面目な話聞けると思ってなかった。野本はクライアントのお店はもちろん、地元のお店や会社に時間が許す限り顔を出しているという。行けない時には電話をしたりメールをしたり。
「会社でスマホいじるのも、だいたいが営業活動よ」
 長内は、あいつ仕事中にスマホばっかり触ってと文句言っていたな。
「安原さん、今うちの局のスポンサー何社あるか知っている?」
「いえ」
「約50社。そのうち番組の冠スポンサーが20社程度であとはスポットCM。ほかに期間だけスポットCMを流す会社やイレギュラーで広告出す会社含めると70社くらいになるわね」
 冠スポンサーとは番組のメインクライアント。
「帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション。この番組は、焼肉平和館の提供でお送りします」
このお店も大事な冠スポンサーだ。スポットCMは、番組の間に流れるCM。
「○○の提供でお送りします」
と社名が読み上げられないが、その分広告費は安い。ビートニックアワー月曜担当の椎村店長の勤務するCUグループは、ドラックストアやガソリンスタンドなどあらゆるお店のスポットCMをこれでもかと流している。そりゃ局長も満面の笑みを見せるわけだ。
「当たり前だけどクライアントは局にお金を払ってくれているの。それは局を通じて自分の会社を宣伝するという名目もあるけど、うちみたいな小さな局だとCM流したからって集客効果がバンバン出るわけじゃない。私達ができることは、お世話になっている気持ちを見せること。全部回ることは物理的に不可能だけど、できる限りは回ろうと思っているの」
とても意外な発言だ。でもクライアントのためにと本気で思うなら、ビートインフォメーションで毎回同じ情報ばかり読むのは止めた方がいいのでは、といえる空気じゃなかったので黙っていた。私達はビールで乾杯。野本が注文したお肉が次々運ばれる。
「美味しいです」
私が言うと、店長は「ありがとうございます」と深々とお辞儀をしてくれた。ビールをお替りしてからも、野本の話は続く。帯城市だけでもまだまだ局を知らない企業も多い。単純に100社から1万円募っただけでも100万円の収入になる。ゼロからの会社にアプローチするのはハードルが高いが、閉局したスカイエフエムの元クライアントなら交渉する価値はある。それなのに誰もそこに頭が回らない。
「平和館もスカイエフエムのスポンサーだったのよ。私がプライベートで通って店長と仲良くなって、スポンサーになったの」
こうやって野本が足で稼いだスポンサーは10社くらいあるという。
「あいつらは、そういう努力をしない」
 あいつらとは、局長と長内。野本曰く、局長は親会社の帯城電力と帯満亭と付き合いのある企業、それからCUグループのように広告資金が多い会社しか営業をしない。
「それから土日の公開放送ね。中古車フェアみたいなイベントとのタイアップ」
 PR用の広告費と当日のイベント進行で局の収益は大きいが、当日の準備や当日進行はすべて局のスタッフ。
「公開放送は仕事だから構わないけどさ、吉田真理子ちゃんという2歳のお子様が迷子になっていますみたいなインフォメーションまで読まされるの。ただの便利屋よ」
 長内に関しては自ら進んで営業をすることすらしないという。
「自分は制作の人間ってプライドがあるのよ。いいソフトを作れば、クライアントも寄ってくるって。」
京平も同じようなこと言っていたな。いくら営業が頑張っても限界がある。ソフトが良ければファンもお金もついてくるって。ソフト…?女子高生が放課後の延長でわいわい喋るだけのソフトに、いくらの価値があるのだろう。他にも、口は出すけど金は出さない那波達への不満、ただ垂れ流しているだけのビートインフォメーション、自称DJばかりのビートニックラジオと、私もこの3日見ていて感じたことと同じ不満を野本は喋り倒す。えぇと、ビートインフォメーションは野本さんも喋っているんですけどぉ…。
「それもこれも局長が事なかれ主義なのが一番の原因」
沢村局長が親会社の帯城電力から移動したのが2年前の春。3年勤めたら本社に戻るという約束らしい。
「最初の2か月くらいは張り切っていたけど、やることなすこと空回りでね。いつしか親会社にアピールできる広告案件以外は、何もしないようになっちゃった」
本社に戻る日まであと1年。余計なトラブルさえ起きなければとしか考えていない。聞けば聞くほどこの局には夢も希望も感じられない。だから野本は私に言った。
「長くいない方がいいわよ。腐るわよ…私のように」
でも…だったら野本にも聞きたい。
「野本さん。なんでFMビート辞めないんですか?」
 関係ないでしょと交わされるかと思ったが、野本は狼狽える
「いや…そりゃ…まぁ…」
私から目を逸らし、肉をひっくり返したり、焦げてしまった肉をジューっと押し付けたり、ズバッと聞いたばかりに気まずさだけが残った。
 
野本と別れ家に帰る途中、携帯電話が鳴る。京平からだ。
「どうだい、FMビートは?」
 言いたいことはたくさんあったが「まだ3日なんでわかんない」とだけ答え「そっちはどう?」と聞く。
 京平は、待ってましたとばかりに話し始める。全国区のアナウンサーが司会をした入社式で緊張したこと。局内で見かけた芸能人の話。2週間の研修後に配属先が決まるが、昨日制作部の部長に声かけられたので制作部に入れるかもという期待。
「そうなんだ」、「すごいね」と言葉は返すが、心はどっかに飛んでいた。入社1日目に出会ったのが掃除をする上司とお菓子を食べて大笑いするボランティア。2日目にはポストの下手糞な弾き語り。今日は女子高生のバカ話と女上司の不満話をさっきのさっきまで聞かされた。
「まっ、お互い頑張ろうよ」
本心から出たであろう京平の言葉も、今の私には嫌味にしか聞こえない。喧嘩もしたくないから「うん、じゃあね」とだけ言って電話を切った。
次の日の朝から、私は局の入り口やその周りの掃除を始めることにする。掃除は自主性ということで強制はされないが、野本のように堂々さぼることはできないが、お掃除ロボと一緒に張り合いたくもない。私は局の入り口前をほうきで掃く。それから入り口の看板を拭く。しばらく誰も拭いていなかったようで雑巾が真っ黒になる。それから局の周辺のゴミ拾いもしてみた。都合30分。これが私のルーティーンになる。
 
この日から私はミキサーの操作法を教わる。放送局時代も使っていたが、自分で操作して自分で喋る。この当たり前の行為に戸惑う。ミキサーにばかり目を向けると喋りが疎かに、喋りに夢中になると操作が…。
「4月4日木曜日。アフタヌーンシャウト。本日の担当は野本薫子です。番組へのメッセージは、メールとFAXで受け付けています。メールアドレスは…」
と喋りながら次にかける曲を用意する。
「皆さんのメッセージお待ちしています。今日のオープニングナンバーは、ラジオネーム日吉ママさんからのリクエストです」
 オープニングテーマをフェイドアウトしながら一曲目をフェイドインする。見ていると簡単そうだが、いざやるとこれが難しい。それを難なくこなす長内や野本はもちろん、ギャハハッと笑いながら番組を進行する那波もこの時は凄いと感じた。この日の野本は終始機嫌がよい。いつもなら「自分で考えたら」と突き放すような私の質問にも丁寧に答えてくれる。同じニュースを淡々と繰り返し読んでいたビートインフォメーションでは、アマチュアバンドの情報や地元商店街が開設したホームページのことを事細かに紹介。昨日までとは別人のようだった。
野本の番組は3時から6時まで。生放送の担当者は、トイレに行く時以外はたいていスタジオの中にいるものだが、5時を過ぎたあたりから曲をかけるたびに野本はスタジオと奥を何度も行き来する。最初はトイレかなと思っていたが、奥から出るたびに口紅が塗られていたり、香水の匂いがきつくなったり…。その理由がわかったのは、奴がやってきた5時半頃。
「うぃーっす」
 長髪にサングラス、革ジャンを着た男が気だるそうにやって来る。その男の姿を見つけた野本は、番組の途中なのにスタジオから出てくる。
「お疲れ様です。TAIZENさーん」
 言葉からハートマークが出るくらい、野本が女を出している。そういうことか。木曜ビートニックアワーの担当はTAIZEN。帯城駅裏のBAR TAIZENのオーナーでありミュージシャンらしい。
「4月に入社しました安原です」
私が挨拶すると、軽く手を挙げる。何となく話しかけるなオーラが見えたのでそれ以上話すのをやめた。6時からのビートインフォメーションの途中、おもむろにTAIZENがスタジオに入る。そしてTAIZENの番組がスタートする。
「太陽が沈み、長い夜が始まる。この長い夜を暗闇と呼ぶか、自分だけの空間と呼ぶか、その決断ひとつで夜という時間の使い方が大きく変わっていく。ここからの長い夜をただの一夜とするか、特別でスペシャルな夜にするのか。決めるのはあなた次第。ここからの50分…俺に時間をくれ。ビートニックアワーサースデーTAIZENDELAXNIGHT」
 なんだこれ?自分に酔っている。まるでスーパースターのお出ましさ!という感じ。
「自称スーパースターなんだよ」
長内が言う。
「こいつのファン以外は誰も聞かない番組だけどな」
確かに。
「そのファンの一人が野本さ」
いつもなら6時を過ぎたら帰り支度する野本が、スタジオから出てこない。
「木曜日は野本に任せればいいから。帰ろう」
ホワイトボードを見ると、局長のネームが赤色に。今日も朝しか会わなかった。
「火曜の玉木とは違うオーラがあるだろ」
私と長内は、駅近くの居酒屋に。野本を残して長内に誘われた。昨日の逆だ。TAIZENは長内の1つ上。中学と高校は同じだったが、ほとんど面識はないらしい。
「中学の時からバンド作って、学校祭なんかでも目立ってたよ」
高校生になるとライブハウスでの活動も増え、オーディションやコンテストを受けていた。高校卒業と同時に東京へ行ったが、5年後スカイエフエムの開局に合わせて帯城に帰ってきた。
「スカイエフエムにいたんですか?」
「そう。東京でミュージシャンしていたらしいが、スカイエフエムの局長にスカウトされ、帯城に戻って来たんだと」
東京ではインディーズ歌手のバッグバンドやアイドル歌手のアルバムのアレンジなどを担当していたと話しているが、それが本当なのか証拠もないと長内は言う。
「本名でもTAIZENでもない名前使っていたからネット調べてもわからないって。絶対嘘だよな」
 ちなみにスカウトした局長は、TAIZENの叔父に当たる人らしい。長内曰く東京で5年活動したが鳴かず飛ばず。本人のプライドを尊重して帯城に戻りやすい環境を作ったのではのこと。
「確かそのタイミングで、TAIZENって名前にしたんじゃなかったかな」
 TAIZENを快く思っていない長内が言うのだから間違いないだろうが、人気はかなりのものだったとのこと。インディーズバンドでCDデビューを果たし、1000人入る市民ホールが満員になるなど、帯城では有名人になった。10年以上スカイエフエムの看板DJとしても活躍していたって…同じ町にいたのに全然知らなかった。
「野本はその頃のTAIZENリスナーさ」
中学生だった野本はTAIZENのライブに通い、ラジオにメッセージを送るファンだった。
「あの頃のTAIZENさんは、輝いていてかっこよかったって。TAIZENの前でそれ話したら、今は輝いてないのかよってツッコまれていたがね」
 暗闇がどうののあの喋りに私は輝きを感じないが、少なくても野本の中でまだTAIZENはスターなのだろう。
「スカイエフエムのTAIZENさんが、なんでFMビートで喋ってるんですか?」
「まっ、それも話すと長いがな」
 ビールをお替りし、長内は30分かけて説明した。要約すると、8年前にスカイエフエムが閉局。TAIZENは再びプロを目指し東京へ向かったが半年で帯城に戻る。
「俺の音楽は東京より帯城の方が合うって。帯城で音楽活動再開し、その時にバーも始めたんだ」
 そして7年前、当時のFMビート局長がTAIZENを誘った。
「正確にはね、地元のパチンコ店がTAIZEN使うならスポンサーになるって局長に売り込んだんだ」
月曜から金曜まで毎日夜7時から2時間の生放送。ちょうどこの番組が始まるタイミングで野本はビートFMに入社したのだという。
「憧れの人と同じ職場なんて、幸せだったでしょうね」
ところが毎日の生放送は9か月後、突然終了する。パチンコ店が倒産したのだ。ところがそのまま転ばないのがTAIZEN。自分の経営するBARがスポンサーになり番組を継続させた。もっとも予算の都合もあり週1日だけ。それが今も続く。
「朝の那波や火曜の玉木と違い、TAIZENのBARが番組を買っているから局長も黙っているが、番組への苦情が多くて困ってるんだ」
 TAIZENは自称アーティストながら、政治や経済のことも番組で話すらしい。しかもワイドショーのコメンテーターがどこかで話したような薄いコメントを、いかにも自分の意見として、カッコつけて喋る。
「いじめ問題をラジオで話した時は大変だったよ」
いじめで悩んでいるリスナーにTAIZENは、こう答えた。
「君が辛い気持ちはよくわかる。だけどね、塞ぎ込んでいるだけじゃダメ。いじめはいじめる方が勿論悪いけど、いじめられる方にも問題があるんだ」
 誰が聞いているかも、何人聞いているかもわからないラジオ局だが、この時は苦情が殺到。ラジオ局だけじゃなく、親会社の帯城電力や帯満亭にもその苦情が届き、TAIZENの降板問題にまで発展した。結局この事件が原因で局長が退職。代わりに帯城電力から沢村がやってきて局長になった。
「局長は、ポカ無しで帯城電力に戻りたいから、腫物でも触るように接しているよ」
 さらに酔いが回った長内。TAIZENの喋り方が腹立つという。
「普段の喋り方の方がラジオ的にも聴きやすい。それがラジオの前ではアーティストを演じる。ファンは求めているのかもしれないけど、不特定多数のリスナーからしたら、何あれ?だからね」
TAIZENに続き、月曜も火曜も、それから朝の那波達のラジオも、長内はそれぞれのダメ出しをする。聞いていて思うのは悪いところの指摘はしているがただの悪口ではなく、良いところ、改善すべきところもしっかり見ている。
「椎村の選曲は良いが、曲の伝え方が下手。進行役をつけて、選曲と曲の説明だけに徹したら番組はスムーズにいく」
「玉木は人脈があるからゲストを呼べばいい。あいつの喋りで一時間は聞くに堪えない」
「那波さん達は自由すぎる。人数が多い時ほど酷い。でも那波さん一人の日は案外聞きやすい。曜日別に人数固定した方が、方向性が見えると思う」
 長内はみんなのことが見えている。そうだ、これも聴きたい。
「じゃあ、水曜日は?」
「え?」
「女子高生の番組は?」
「上手い下手で言ったら下手だけど。まっ、あれはいいんじゃないの」
 さっきまでの饒舌はどこへやら。
「そんなことより安原さん、明日は大丈夫?」
「明日?」
「初めての3時間生放送。準備はバッチリなの?」
 そうだ。明日だ。
「そろそろお開きにしようか」
 長内に言われ頷いた。酔いは一瞬で醒めてしまった。

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