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コミュニティFMに手を振って 第7話

 翌週の月曜日。ミーティングの途中で荒々しくドアを叩き、男が入ってくる。カフェペンギンランドの藤川だ。
「藤川さん、どうしたんですかぁ?」
 などと暢気に聞ける雰囲気じゃないのは、藤川の顔を見ればすぐわかる。私以外の三人は、藤川と面識がない。
「先週金曜日、番組で紹介したカフェペンギンランドの藤川店長です」
 私が説明し、局長が挨拶しようと立ち上がったが、それを無視し藤川は私に近づく。
「安原さん、いったいどういうことですか?」
 先週金曜の放送日。電話ゲストで出演した藤川は、打ち合わせで一切話していなかったメッセージを最後にぶっこんだ。
「土曜日曜のランチセットですが、FMビート聞いたよで通常800円のところワンコインの500円でサービスします」
 誰も来なかったらどうするのよ、と一瞬頭によぎったが、生放送に追われてすっかり忘れていた。
「ラジオで紹介したから、仕込みの量を3倍に増やしたんです。アルバイトも1人増やして。なのに…」
 ランチタイムの入りは、普段と変わらず。ランチセットの注文はあったが、FMビート聞いたよ、と言った人は一人もいなかったそうだ。
「それは申し訳ありません」
 局長が立ち上がり、これでもかというほど平謝りをする。
「局長の沢村と申します。今回の件、イチからお話し聞かせていただけますか。こちらへ」
 局長は応接室へ藤川を連れていく。私もついていこうと思ったが、局長に目で制される。そして野本に小さい声で「お茶」と伝える。野本は奥の休憩室へお茶を入れに向かう。私はどうしたらいいか困って立ち尽くしていると、長内から、座ったら、と声をかけられた。
「ラジオ聞いたら 割引にするって、藤川店長が勝手に喋って」
「だろうね。ラジオで一回喋ったくらいで客が増えるわけないからね」
 長内は私を責めるのでなく、勝手に告知をした藤川が悪いと私に同調する。叱られるのを覚悟していた私は長内の言葉にホッとしたが、その後呟いた「誰も聞いてるわけないじゃん」には耳を疑った。このセリフ、私が言うのと長内が言うのでは重みが違う。
 
 15分後、応接室から局長と藤川が出てきた。私はどんな罵声でも受ける覚悟でいたが、意外や意外、藤川は温和な表情をしている。
「安原さん、急にごめんなさいね」
「こちらこそ申し訳ありませんでした」
「また食べに来てくださいね。では局長、またご連絡します」
「玄関まで送りますよ」
 和やかなムードの二人。何があった?藤川店長のお見送りから戻った局長は、私を応接室へ呼ぶ。
「安原さんも良かれと思ってやったことでしょうが、今後このような告知をする時は必ず私に一声かけてください」
 番組聞いたで値引きやプレゼントは、日本中のメディアで行われている。しかしエリアの限られた放送の場合、影響力は弱い。FMビートで告知しても行動する人数はごく僅か。今回のようにゼロの時だって珍しくない。
「だから事前に動員をかけるんです」
 局長が説明する。
「ラジオで告知をする時は、帯城電力や帯満亭など親会社の社員に情報を提供するのです。そして番組で紹介された直後に問い合わせの電話をしたり、実際お店に訪れてラジオ聞きましたと伝えたり。会社総出で攻撃をかけます」
 帯城電力の社員は80名。帯満亭はパートも含めると100名は超える。ほかにもグループ企業やお得意様にもラジオの情報を伝える。
「頼まれた人は、お得な価格で食事ができプレゼントがもらえる。お店も多くの来店者を確保でき、結果が出たからFMビートにCMをと考えてくれる。そうなると我々にも広告収入が入る。みんながプラスになるのです」
 言っていることはわかる。理屈上は。だけど…。
「安原さんは正直な人ですね」
「えっ?」
「今の説明が不満のようですね」
「いえ。不満というか、それじゃクライアントさんを騙す」
「騙すね…。だけど考えてください。お店としてはラジオで紹介されるだけでもメリットがあります。今はどこのお店もブログやSNSをやっていますからね。○○で紹介されましたと取材の様子をインスタグラムに載せるだけでもお店のステイタスになります。そしてお店はそのステイタスを買うためにテレビやラジオや雑誌なんかにお金を払って紹介してもらうことも。でも我々の取材ではお金を取らない。タダでラジオに出ることができる。さらに我々が動員を仕掛けてお客も増える。お店にとって悪いことは何一つないのです。だからお店も良い思いをした後、我々から広告依頼があると断りにくいですよね」
 言っていることはわかる。だけど私が納得いかないのはそこじゃない。お店に動員するのが親会社や取引先ではなく、リスナーに向けなくてはいけないのでは?
 私が言うと、局長は鼻で笑う。
「もちろんそれが理想ですよ。理想ですけど…」
 ですけど…の続きの言葉を待ったが、局長が何かを言う前に局長の携帯が鳴ってしまいその続きは聞くことができなかった。カフェペンギンランドは、帯城電力の利用者に配布されるフリーペーパーの「オススメNEWスポット」で掲載されることになった。このフリーペーパーは帯城電力の利用者全員に配布され多くの人に読まれている。ラジオの何倍も広告効果があることは間違いない。帯城電力のフリーペーパーに掲載してもらえることを藤川さんは大変喜んだそうだ。フリーペーパーにはクーポン券が付く。ランチ利用300円割引チケット。ラジオで一人も利用がなかった特典だ。掲載されたフリーペーパーの読者は年配が中心。クーポンを持って多くの読者がカフェペンギンランドを訪れる姿が頭に浮かぶ。
 藤川さんは喜ぶ。
 読者も喜ぶ。
 局長も、帯城電力へアピールができた。
 誰も損をしていない結果だ。
「カフェペンギンランドは、一度も取り扱ったことがないお店だったからそこをピックアップした安原さんは評価できます。ただその後のフォローですね。今後もこういう情報をどんどん探し出してください。そして番組で扱う前には必ず私か長内君に報告すること」
 会社の組織だから上司へ報告するのは当然だと思う。だけど私の心の中にはモヤモヤしか残っていない。スポンサーは大事だし、お金は大事。でもラジオを聞いている人は大事じゃないの?
 給湯室に行くと、野本が仮眠をしていた。
お湯を沸かすと「私もコーヒー」と言われる。予想していたので、カップは2つ用意していた。
コーヒーを淹れていると、野本が仮眠の姿勢のまま私に目を向けることもなく、でも間違いなく私へ向けて呟く。
「ここでは深く考えれば考えるほどバカバカしくなる。考えないでバカなふりをするか、バカになりたくないなら…早くここを辞めた方がいいよ」
 一週間前に言われた時は、ぼんやりとしか感じなかったが、今はその言葉が心に刺さる。
 そうだ。バカになりたくない。
「辞めるなら早いうちがいいわよ。私のようになる前に」
 その日の夜。京平に電話をした。仕事の愚痴や、就職活動再開の話をしようと喋り始めたが、何か元気がない。
「京平、何かあったの?」
「配属先が決まった」
「どこ?」
「営業部だってさ」
 制作部か編成部を希望していた京平にとって希望外の部署。
「うちの営業部ってさ、完全体育系なんだよね。飲み会、マージャン、ゴルフ。クライアントとの付き合いのためならアフターファイブも週末も使う。いまだにセクハラやパワハラだって当たり前らしい」
 去年営業部だけで6人が退職したという。
「名古屋まで来たのに、営業だって」
「でも希望出せば移動できるチャンスもあるんでしょ?」
「あることはあるけど、その前に潰されそうで。はぁ、なんで宮田と黒永は制作で俺は営業なんだよ」
 新入社員のうち、5人が制作部に希望を出し、希望通りになったのが2人だけ。
「黒永なんか、放送サークル出身でもないのにさ。あいつは絶対コネ昇進だ」
 愚痴は相変わらずだが、相当落ち込んでいるのは、声のトーンでわかる。
「ところで、みちるの方がどうなんだい?」
 落ち込んでいる京平の前で愚痴を言うのも一瞬躊躇ったが、私だって落ち込んでいるのだ。私も不平不満を京平に話す。ゲストの東郷博より喋りすぎだと叱られ、地元青年団の中身のない飲み会に付き合わされ(さすがにホテルへ誘われた話は伏せておいた)アマチュア無線の取材をしたら2時間も話を聞かされ、自費出版の自称作家のクソ話を垂れ流し、カフェを紹介したらリアクションゼロで怒鳴りこんできた店長。話しながら怒りと悲しみが次々交差する。京平は聞いているのかわからないが、ずっと黙っている。ひと通り話し終えて私も黙る。すると京平が意外なコトを言う。
「みちる、楽しそうじゃん」
「え、楽しそうってどういうこと?」
「だってどれも自分が動いて起きた出来事だろ。俺演歌の人の放送聞いていたけれど、そこまで喋りすぎたとは思えないけど、局の方針なら仕方ないよね。無線の人もカフェも自分でアポイント取った結果。取材やゲストの選定なんてみんながみんなうまくいくはずないだろう」
「そりゃそうだけど…」
「嫌味でもなんでもなく、みちるのやっていることは楽しそうに感じる。自分が起こした行動が成功するか失敗するか。それは自己責任だろ。そしてうまくいかなかったら、次は頑張ろうってチャンスもある。俺なんか、番組すら作れないんだから」
 確かに希望の制作部に配属されなかった京平には同情する。だけど、私からしたら小さなコミュニティFM局よりも、愛知県全域のテレビ局勤務の方が羨ましい。もし変わってくれるっていうなら営業でもいい。ゴルフだって覚えるし、セクハラだって受けてやる。落ち込んでいる京平には楽しそうに見えても、私にはここでの未来は全く見えない。
「バカになりたくないなら…早くここを辞めた方がいいよ」
 先輩だってそう言っている。私は次のステージ探しを本気で考え始めた。といっても入社僅か2週間で辞めるというわけにもいかない。辞めるためにはきちんとした理由が必要だ。
 ○○から誘われまして
 ▼▼と契約できることになりまして
 私はFMビートを辞めるための売り込みをスタートした。
 十分間の情報番組・ビートインフォメーション。私はこの時間を、自分の売り込みの場に使うことにした。
「今日のビートインフォメーションは、道の駅のおすすめグルメ。現在十勝管内に9つある道の駅。それぞれのおすすめグルメをご紹介します。まずは道の駅広尾。ここのおすすめは特製海鮮丼…」
「今日は十勝出身でメジャーデビューを果たした若手アーティストをご紹介」
「私は今、帯城図書館に来ています。館長の山岸さんにおすすめの文庫本を紹介していただきます」
 町の情報や音楽、グルメに文化、芸術、教養まで。私は毎日1本の情報番組を作ることをノルマと課して、取材リサーチをする。資料やチラシ、新聞記事だけを読む長内や野本の番組とは全く異なる放送をしているが、反響があるわけでも評価されるわけでも、局長や長内、野本に放送内容について言及されることすらない。でもそんなこと最初から期待していない。私は毎日の放送をせっせと録音する。そして録音したデータを全国の放送局にメール送信する。
 
 突然のメール失礼いたします。私は北海道帯城市にあるFMビートでパーソナリティをしている安原みちると申します…
 メールには中学高校大学と十年間放送局で活動した経緯と子供の頃からアナウンサーを目指していたこと。そして今ラジオの仕事をしているが、もっと大きなステージで仕事をしたいという本音も書き記す。それと私が担当したビートインフォメーションの放送データを一緒に送る。連絡先はもちろん会社ではなく、私の携帯番号とメールアドレスだ。1日1本情報番組を作りこみ、毎日3社ずつ売り込みのメールを放送局に送り続けた。東北、関東、北信越、東海へ送り終え、関西、四国、九州を抜けとうとう沖縄の放送局まで私の音声データを送った。
 送った…が、成果はゼロ。
「今募集をしていない」や「何かあった際にはご連絡します」という優しい返信もいくつかはあったが、「残念ですが…」、「データお返しします」。まだ返信があるだけいい方で、9割以上は返事すら無し。冷静に考えれば、地方のラジオ局に入社一か月のパーソナリティからデータと共に、「使ってください」「いつでも行きます」なんて売り込みが送られてきても当惑するに違いない。後になって考えてみたら恥ずかしい話。でもその時は本気だった。
そして200社以上の局に送った売り込みは全部空振りに終わる。売り込みは終了したが、まだ諦めたわけじゃない。「何かある時は…」と連絡くれた局もあるし、返事はないがタイミングが合えばと思っている局もあるかもしれない。FMビートの番組はスマホアプリを使えば全国どこでも聞ける。いつかスカウトが来るかも…私はそんな一縷の思いを持ち続けた。そうでもしないと、この環境で毎日生活していくのに耐えきれなかったから。
 
「安原さん。今夜よろしくね」
 ある朝出社すると、那波から声をかけられた。何が?私がポカーンとしているのに気付いた那波が局長に言う。
「局長、安原さんに話してないんですか?」
 お掃除ロボの局長が那波の言葉で人間に戻る。
「あぁすまん。忘れてた」
 那波が代表を務める帯城市文化振興委員会の懇親会が今夜開かれるそうで、FMビートからも出席を求められ、局長が勝手に私を選んだのだそうだ。
「聞いてないですよ」
「ごめん、忘れてたよ。那波さんの集まりには帯城で活躍している人がたくさん参加するから、一度安原さんにも顔を出して欲しいと思っていたんだ」
 とってつけたことを言う局長だが、自分は出たくないし、長内や野本も嫌がるから私に押し付けただけだろう。
 
「今日はFMビートから期待のルーキー安原みちるさんが来てくれました」
 いつものラジオのノリで3、4人の婆が集まる飲み会かと思ったら、なんと23名も参加。乾杯を終えビールを口につける間もなく、次々私の前に名刺を持った大人達が並ぶ。
 帯城市クラシック音楽協会会長
 吹奏楽連盟代表
 帯城演劇協会会長
 帯城市で野外フェスを開催する会
 帯城ジャズダンス協会etcetc
 初めて聞く団体ばかり、知らない集まりの知らない偉い人が次々私に挨拶する。那波のように一人でいくつも肩書を持っている人もいるので20人以上の名刺には、トータル50以上の肩書が並ぶ。もちろん顔と名前と肩書がまったく一致しない。帯城市文化振興委員会の集まりは年に一回行われているそうで、それぞれの団体の情報交換や現状報告が中心だ。
「今年の市民オペラの会は11月23日に決まりました」
「帯城演劇協会は、北見と釧路の劇団と道東演劇祭を10月に予定しています」
「帯城太鼓の会は小学生が6人増えたので、夏祭りや秋祭りなどに参加します」
 いろいろな団体があるんだなと感心していると、突然矛先がFMビートへ。
「FMビートさんは、後援してくれますが、協賛ついてくれないんですよね」
「せいぜいイベントで当日配布するパンフレットの広告くらい」
「それも一番小さいサイズで5000円」
「うちは3000円でした」
 8年前に閉局したスカイエフエムはイベントに積極的で、協賛イベントも多かったそうだ。
「局長が代わってから、文化イベントに消極的だしね」
「十勝のラジオなんだから、もっと地元の文化を応援してもらいたいものだ」
 次々出る意見に私は何を言っていいかわからない。
「新人の安原さんに言っても何も始まらないけどね」
 とフォローしてくれた那波がさらに喋る。
「私の番組では皆さんの団体の情報やイベントの告知をできるだけ伝えようと努力しています」
 今日の放送ではスポーツ選手と不倫するなら誰ってテーマで1時間以上喋っていたけどなぁ。
「長内さんも野本さんも、帯城の文化とか芸術って部分にはあまり協力的じゃないのよねぇ」
「安原さんにはこれから頑張ってもらわないとね」
 その後も次々各団体が、うちのステージをラジオで流して欲しいだとか、公演前にはPR番組を作ってほしい、その番組にはどこかの企業をスポンサーにつけてほしいだと言いたい放題。ラジオに出せ、金も出せ、私たちの活動を応援せよ、それに終始した2時間半。私は頷いたりもっともそうな顔したり、とりあえずメモしたりとその場を繕った。
「それでは時間になりましたのでお開きとなります。今日の集会の模様は金曜のモーニングシャウトでオンエアされますので皆さんも聞いてください」
 飲み会の模様を放送するんだと思ったら、那波が録音していたデータを私に渡す。
…へ?
「30分くらいに編集してね、よろしく」
私がやるの?金曜にオンエア?今日は水曜。
「局への文句や愚痴はカットしてね」
 
 翌日の朝、とっとと編集しようと思ったが、飲み会2時間半を永遠に回したデータを聞くだけで午前中が終わってしまった。これどうやって30分にしたらいいんだ。野本に相談すると、テキトーでいいのよ、と。そのテキトーのセレクトが難しい。最初の活動報告で15分。ここはそのまま使うとしてその後は…FMビートが金を出さないみたいな話は使えない。途中からだんだん酒も入って呂律が回ってない人も、誰かがいい話をしている時に、それより大きな声で世間話をしている酔っ払いも。「姉ちゃんビール2つ」って声でトークが全部かき消されているし。悪口や問題発言をしていないところを中心に、呂律が回っていないところはカットして…とやっているうちに気づいたら夕方。あっ、今日6時のビートインフォメーション私だった。何も準備していない。昨日読んだ原稿でいいか。編集室から出てオフィスに行くと、TAIZENがいた。
「安原さん昨日文化振興委員会の会参加したんだって?」
「はい」
「大変だったでしょ」
 TAIZENが意味ありげに笑う。
「文化だ芸術だうるさいだろ。帯城市の芸術発展のためにラジオは必要だとか」
 言ってた。何回も、何人も。TAIZENも以前は参加していたそうだが、口だけで何も発展しない集まりに嫌気がさして参加するのを辞めたそうだ。
「助成金や協賛金ばかりに目が行き、やるべきことが完全にぼやけているんだよなぁ」
TAIZENの言うことはよくわかる。だけどTAIZENのやっているロックやラジオで熱く語るトークも何がやりたいのか私にはさっぱりわからない。野本は目をハートにして聞いていた。TAIZENの番組が終わっても、私はまだ編集室にいた。
「安原さんまだ帰らないの?これから俺の店で飲もうって野本さん誘ったんだけど、君も来ないかい?」
 明日までに編集しなくちゃいけないのでと、私は誘いを断った。TAIZENは残念そうな顔をしていたが野本は嬉しそう。デートエンジョイしてください。私はクソトークをまとめます。結局編集をすべて終えた時には夜9時半を過ぎていた。お腹空いた。ビール飲みたい。一瞬TAIZENの顔が浮かんだが、野本の顔も浮かび頭から消す。どうしようかなと考えている時、編集室の棚に目が行く。そこには過去の放送データがたくさん置かれている。
 その中から私は、『開局放送』のデータを聞いてみる。開局放送。今から20年前。私が2歳の時だ。
「JOZZ1ADFM こちらはFMビートです。周波数76・1メガヘルツ。出力10ワットです」
FMビートのジングルが流れ、クラッカーらしき破裂音が次々鳴り、誰かの「せーの」の声の後、『FMビート開局でーす』と複数の人の叫び声。そして拍手のあと、音楽が流れる。
「帯城市、そして十勝の皆様初めまして。帯城市に新しいラジオ局が誕生しました。ラジオ局の名前は、せーの」
「FMビート」
 けっして上手ではないが、みんな一生懸命だ。パーソナリティが次々自己紹介をする。そして5人目に…彼が出てきた。
「帯城市の皆さんハロハロー。長内信孝と申します。今日から始まるFMビート。十勝でしか聞こえないちっぽけな放送局ですが、札幌の放送にも全国放送にも、いえ、世界の放送にも負けないパワーいっぱいの番組を作っていきます。よろぴくー!」
 聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい元気たっぷりの長内。ハロハローでもよろぴくでもほかのメンバーの笑い声が聞こえたので、当時はムードメーカーだったのかもしれない。
「帯城のいいところ、根こそぎ電波から発信しまーす!」
 長内と飲みに行った日のことを思い出す。局長や放送を作ってない人間は、1時間番組は1時間で作れるものと思っている。だから番組作りに時間をかけても、褒められるどころか仕事が遅いと注意される。クライアントの番組は、良い番組を作るよりクライアントの機嫌取りが優先でリスナー無視の番組になる。スポンサーよいしょでつまらない番組を作らされた結果、番組にもスポンサーにもマイナスの評価になっても、悪いのは全部作り手のせいにされる。そんなことが毎日毎日繰り返され、良い番組を作ろうという意識が削られていく…。
「番組の内容や放送の技術的なことで注意される分にはいいんだけど、経費や付き合いやマナーのことばかり。上層部や株主は別に良い放送をして欲しいわけじゃないんだよね。スカイエフエムより業績を上げたい。それだけだった」
 しかしスカイエフエムが8年前に閉局。目標も目的も失った。
 開局から残っているのは長内一人だけ。
「続いて中継です。レポーターの長内さん」
「ハロハロー長内です。私は今帯城デパートの前に来ていまーす」
 20年前の長内はやる気満々。長内だけじゃない、他の先輩も一生懸命マイクの向こうへ伝えようとする熱を感じる。そうだよ。みんな最初はアツかった。長内だってたぶん野本だって。そして、二人とも『どうして辞めないんですか?』の質問には答えない。文句を言いながらもマイクの前に立ち続けている。きっと…そうきっと、今の放送に満足しているわけがない。乗り掛かった船だ。このまま文句と不満の塊を背負ったまま、機械的に出社して当たり障りのない番組を作り続けるなんてまっぴらだ。
 私の中で何かが変わろうとしていた。

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