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コミュニティFMに手を振って 第6話

土曜と日曜は何もしなかった。正確には良く寝たし、ご飯も食べたし、テレビも見たし、京平と電話でも話したが、外出することもなく家にいた。疲れたという程働いた意識はない。むしろこれで給料もらっていいのかなと思うくらいだ。
そして月曜の朝。8時少し過ぎにFMビートに到着。お掃除ロボに挨拶し局の入り口へ。玄関と外をほうきで掃き、看板を拭く。毎日拭いたから前のように雑巾が真っ黒にはならなかったが、土日分の汚れをゴシゴシと拭く。『これじゃ私もお掃除ロボットじゃない?』と思うとなんだかバカバカしくなり、看板横のコンクリートに腰掛ける。局の前はそれなりに大きな道路で通勤に向かう車が次々と通る。しばらくボケーっと眺めていると野本がやってきた。
「あっ、掃除さぼってるんだ!」
さぼるも何もあなたは掃除しないでしょ、と言いたい気持ちを抑え挨拶する。9時からはミーティング。いつものようにやる意味もわからない連絡事項だけで終了した。
「今日は戻らないから」
と言い残し局長は出ていく。
「局長ってどこに行ってるんですか?」
ホワイトボードに書かれた営業の文字を指して私が聞くと
「家でも帰ってるんじゃないか」
と長内。
「行きつけの喫茶店、白風だっけ?平日の昼間はたいていあそこ」
と野本。いずれにしても局長は働いていない。だから新しいスポンサーがつかない。
那波達は相変わらず、不倫するならどの芸能人がいいだとか朝から話すまでもない事を公共電波に垂れ流す。これでいいのか?10時のインフォメーションは長内、正午は野本。先週も聞いた市役所の臨時職員の募集と「車上荒らしに注意しましょう」という警察からのお知らせ。これでいいのか?
「2時は安原さんお願いね」
私も市役所の臨時職員の募集と「車上荒らしに注意しましょう」という警察からのお知らせを読んだ。
「新しい情報必要ないですかね?」
私が聞くと、いい情報があれば入れていいよ、と言われたが、そう言われると無理に探す気も無くなった。この後は、4時が長内、6時は野本が担当。だから私の仕事はもうおしまいだ。今2時半。7時まで何しよう?奥の部屋では野本が昼寝中。私も隣に座り、時が過ぎるのをただ過ごす。本当にこれでいいのか?
6時少し前に帯城楽器の椎村店長がやってきた。
「安原さん先週ありがとうね。東郷さん、喜んでくれたよ」
 え、喜んでくれた?
「あの前にテレビ出演と新聞取材二つあったけど、どれもありきたりの質問ばかりで、安原さんが自分の言葉で喋ってくれたのが嬉しかったって」
「そうですか?私あの後局長に叱られて落ち込んだんですよ」
 私が言うと、あの人はゲストやクライアントは、よいしょすれば喜ぶと思っているから、だって。
「いやぁ。CUグループさんは凄いですね、椎村店長はやり手だから!あんな歯の浮いた事言われて、相手が喜ぶと思ってるのかね」
 意外だった。局長の前でニコニコ喋っていた先週とは全く別人の椎村がいる。
「はーい時刻は六時十分になりました。帯城市のFMビートから生放送でオンエアは、帯城サウンドステーション。ディスジョッキーは椎村幸彦です」
 喋りは相変わらず下手。先週と一緒。そして喋りは下手だが選曲は良い。
 次の日も朝の掃除。意味のないミーティング。そして今日のインフォメーションは10時と18時。
 「午前10時になりました。ここからの時間は、帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション…」
 いつもの原稿を読んでいる自分にだんだん腹が立ってきた。
 昨日の帰り際、椎村店長に言われた言葉を思い出す。
「安原さんは、自分がしたいことをどんどん話せばいい。安原さんの言葉で伝えた方が、きっと面白い放送になるよ」
 
「安原さんどうしたの、怒ってるの?」
那波に言われる。うん、怒ってる。でも那波には言わない。本音はラジオの中で言うことにする。ホワイトボードに外出と書き込む。「どこ行くの?」とは誰からも聞かれなかった。局を出て、私は自転車で市役所へ向かう。入社初日に名刺交換した広報課の飯野課長を呼び出す。
「安原常務の…今日はどうしたんですか?」
「番組で紹介する新しい情報ないかなと思いまして」
「新しい情報?この前送った臨時職員の募集は?」
それは先週から毎日読んでいる。
「他にないですかね。イベントや募集とか」
「そうねぇ…」
と言って飯野の目が泳ぐ。明らかに面倒くさい空気が出ている。
「山崎君」
 飯野が呼んだ山崎は、広報課の新入社員らしい。
「今後は彼から情報発信してもらうんで」
 たらい回しだ。これ以上いても収穫がなさそうなので、名刺交換だけして席を立った。市役所の一階には多くのポスターが貼られ、チラシがラックに溢れている。温水プール営業時間変更、家庭菜園講座、女性のための健康体操講座、お父さんのための料理教室。へえ、いろいろあるじゃない。バカの一つ覚えみたいに車上荒らしに気を付けましょうばかり読むのも飽きた。私は持ち帰り可能なチラシを取る。全部で40くらい、カバンがパンパンになる。
市役所を出て図書館へ向かう途中、気になるお店を見つけた。水色の看板が可愛らしい。店名はカフェペンギンランド。私はココでランチを食べることにする。正午前だからか、客はまばらだ。
「お好きな席にどうぞ」
 と言われたので、窓側の席を選ぶ。
「ご注文お決まりですか?」
「ランチドリアセットください」
 ランチセットには、ドリンクとミニパフェがセットで800円。安ッ。激ウマ…と絶賛するほどではないが、ドリアもパフェも美味しかった。私が食べ終えた時間は正午を過ぎていたが、相変わらず客は少ない。
「いつオープンしたんですか?」
 会計の時、店長らしき人に聞く。
「先月です」
「できたばかりなんですね」
「店の内装も自分で作ったんです」
 店長の名前は藤川さん。東京で5年間レストラン勤務をしていたが、地元の帯城に戻り、この店を始めたのだそうだ。
「もっと宣伝しないと客来ないですよね」
 自虐的に藤川店長が言う。そうだ…私、宣伝できる。
「ラジオでお店を紹介しても良いでしょうか?」
 私は名刺を渡す。
「でも広告費とか払えないですよ」
「大丈夫です。私が食べに行った店として紹介させていただきますので」
 放送時間は営業中なのでスタジオに来ることは難しいが、電話取材ならと引き受けてくれた。店を出て図書館へ。新刊入荷情報をチェックする。それから市民会館にも立ち寄り、コンサートや演劇のチラシをゲットする。カバンがさらにパンパンだ。2時過ぎに局へ戻り、放送の準備を始める。情報はたくさんある。それを伝えるのが私の仕事。
「午後6時になりました。ここからの時間は、帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション…」
 いつものCMの後、家庭菜園教室生徒募集のお知らせ、お父さんのための料理教室、市民プールの営業時間変更、図書館の新刊情報。最後に今月の市民ホールのコンサート情報を読み番組は終了。
「…この番組は、フイットネス十勝西帯城店の提供でお送りしました」
 マイクをオフにし、CMを流し、ほっと溜息をつく。
完璧ではないけど、少なくても置きっぱなしの情報を読むだけよりは、しっかりした放送ができたと思う。
「お疲れ様です」
 私の座っていた席に、この後番組を担当する玉木が座る。スタジオを出ると、野本が帰る準備を、長内は新聞を読んでいた。
「お疲れ様です」
「お疲れ」
 この人達に期待しても仕方ない。でも私は本気で番組を作りたい。ここにいる意味。ここで電波から発信する意味。そう決意してのビートインフォメーションだが、誰も評価してくれない。誰かに聞いてほしい私は京平にLINEを送る。15分後、京平から電話が来た。アプリでアーカイヴから放送を聞いてくれたそうだ。仕事が早い。さすが京平!私は嬉しくなった…が…。
「あれって台本?チラシ読んでるでしょ?」
 うん。さっき入手したチラシ。自分の足で稼いだ情報。
「自分の足で稼いだ情報?チラシやWEB見てただそれを喋るだけなんて誰でもできるよ」
 そうだけど…。
「家庭菜園教室のお知らせなら、その講師の人とか主催者に話聞いた?」
 聞いてない。
「お父さんのための料理教室。何作るのか、誰が教えるのか、定員何名なのか。興味のあること何も伝えてないよね」
 それはチラシに書いてないし。
「チラシに書いてないなら直接問い合わせればいいじゃない。チラシやWEBに書いていることをただ読むならみちるじゃなくてもいいじゃない。情報は自分の足で見つける。興味を持った人に直接会ったり連絡したりさ。そうやって素材に自分の味をつけていく。青智のアナ研で先輩に言われたことあったよね」
 何回もあった。後輩にも言った。私は電話を握りしめたまま何も言えない。さすがに言い過ぎたと思ったのか、京平がフォローを入れる。
「現状を改善したいという行動はたいしたもの。午前に動いて夜には実践した。さすがみちるだよ」
「いいよ。京平の言う通りだから」
「チャンスはいくらでもあるでしょ。これからも番組チェックするから頑張れよ」
 
 
 次の日。WEBで帯城市にアマチュア無線クラブがあることを知る。アマチュア無線とは、金銭上の利益のためではなく、無線技術に対する個人的な興味により行う、自己訓練や技術的研究のための無線通信である…と検索サイトに書いてあった。帯城アマチュア無線クラブのホームページを見ると、メンバー募集や無線資格試験の案内、6月に行われる無料講習会のことも書いてある。無料講習会?昨日京平に言われた事を思い出す。
「6月15日にアマチュア無線クラブ無料講習会が行われます」
 これだけを発信しても、リスナーには伝わらない。どんな講習会?聞いてみよう。私はホームページに書かれている問い合わせ先へ電話をしてみる。代表者は富樫さんという男性。ラジオでアマチュア無線クラブ無料講習会を紹介したいと言ったら是非にと喜ばれた。
「FMビートって駅近くだったよね」
「そうです」
「そっち寄っていいかな?今近いんだよね」
電話で聞き取りと考えていたが、直接話した方がわかりやすい。
「ではお待ちしています」
会う前に少しでもアマチュア無線のことを理解しようと、WEBで調べ始めたが、5分とかからず富樫がやって来た。声の感じ四十代くらいかと思っていたが、実際はもっと上。たぶん六十代だろう。
 富樫から名刺をもらう。
帯城アマチュア無線クラブ代表・富樫勝也と書かれている。
「それから」
富樫は、もう一枚名刺をくれる。そこには印刷会社の名前と総務部部長の肩書が記されていた。
「私が元いた会社のです」
元?二年前に定年退職となったらしい。辞めた会社の名刺を持ち歩くってどういうこと?
「帯城アマチュア無線クラブは昭和50年に発足されまして、十勝の中では一番老舗の団体です。北海道では札幌と函館の次に古いです…」
「会員はピーク時には400名を超えていたのですが、時代ですかね。今は70名ほどに減りました。それでも北海道のほかの団体と比べたら人数は多い方ですよ…」
「もちろんインターネットは便利です。SNSを使えばコミュニケーションは簡単。だけどこんな時代だからこそ、アマチュア無線文化を守らなくてはいけない…」
 富樫は喋る。ひたすら喋る。私はほとんど会話に参加できない。
「で、本題なんですが、」
 そういって富樫はアマチュア無線クラブ無料講習会のチラシを出す。本題に入るまで1時間が経過していた。
「わかりました。では講習会の参加案内を番組の中で…」
「チラシだとわかりづらいでしょうから、簡単に説明します」
「…」
この後、富樫は帯城アマチュア無線クラブ主催で初心者歓迎。無線に興味がある人は誰でも参加してください!という講座のことを40分かけて説明した。
「そんな感じでよろしくお願いします」
10時にやって来た富樫がようやく席を立った時、スタジオからは放送を終えた那波達が出てきた。まるまる二時間だ。
「あら富樫さんじゃないの」
那波が声をかける。
「那波さん。この時間喋っているんですね」
 会話の感じからすると深い知り合いではなさそうだが、数分の立ち話。まだ富樫は帰ってくれない。
「那波さんのラジオ。今度出してくださいよ」
「やめてくださいよ。無線の達人がマイクの前に立たれたら、私達立つ瀬ありませんもの」
 間違いなく体の良い断られ方をされたのになぜか富樫は機嫌良く笑い、やっと局を後にした。長かったぁ。
「ところで安原さん。なんで富樫さんがいたの?」
 無線のサイトを見つけて電話をしたらやって来たことを話すと、
「なんで呼んだの」
と非難めいた口調で言われる。
「あの人、喋り出したら止まらないでしょ」
 はい。止まりませんでした。帯城アマチュア無線クラブの代表に富樫が就任したのは印刷会社を定年退職した2年前。それまでは那波とも付き合いがあったそうだが、富樫が代表になってからは疎遠になりつつあるという。
「スカイエフエムでも10年くらい前は番組やってたわ」
「あぁ、やってましたね、大和印刷提供の番組」
 長内が言う。大和印刷。富樫が勤務していた印刷会社だ。
「うちにも広告出したいと言われたのですが、番組以外にも無線の情報コーナー入れて欲しいとか、FMビートで無線コンテスト開けとかうるさかったから、枠がないって嘘ついて断ったんですよ」
 長内が言うと、長内君それ大正解、と那波が言いなぜかハイタッチ。そのあとも富樫の話が続く。印刷会社勤務時代から会社の電話番号を無線クラブの窓口にしていたこと。定年になっても何年かは嘱託になれるはずなのに富樫はそのまま退職になってしまったことが、会社の富樫に対する評価の全てだとか。そのくせいまだに大和印刷にいるような振る舞いをすること。ほかにも酒癖が悪い、女癖も悪い、裏通りのフィリピンバーで酔っ払って出入り禁止になったなど。
「とにかく富樫さんには気をつけなさいよ」
と那波。長内からも、取材やリサーチはいいことだけど、事前に誰呼ぶか教えてほしいとクギを刺された。
 その日の夕方、富樫から電話が来る。
「放送日は、いつになりますか?」
 このまま無かった話にしたかったがそうもいかない。目先だけ逃げて明日の夜6時と告げて電話を切った。
「午後6時になりました。ここからの時間は、帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション…」
翌日6時のビートインフォメーション。児童館祭りと市役所の臨時職員募集。これまで読み古した原稿をあえて読む。そして…。
「最後にアマチュア無線クラブ無料講習会のお知らせです。6月15日。帯広市民文化センター第三会議室にてアマチュア無線クラブ無料講習会が開催されます。時間は午後1時から。アマチュア無線に興味がある人、やったことはないが話を聞いてみたい人、昔やっていたけどもう一度やってみたい人、もちろん免許を持っている人の参加も大歓迎です。詳しくは帯広アマチュア無線クラブのホームページでご確認ください。帯城市や十勝の話題をお届けするビートインフォメーション。この番組は、フイットネス十勝西帯城店の提供でお送りしました」
 無線の情報を読まなきゃと何度も原稿を書き直しながら、昨日のことを思い出し、喋りたくない。でも約束したから。選んだ手段が最低限の情報のみ。時間にして四十秒。
「お疲れさまです」
私のため息に気づかない女子高生トリオが元気にスタジオへ入ってきた。
「無線情報紹介してたねぇ」
 女子高生と共に入ってきた長内が含み笑いで私に言う。
「明日のインフォメーションで使っていいですよ」
 私はわざとそう言ったが、長内は笑うだけだった。スタジオを出ると野本が電話を受けていた。
「いえ、はい…はい…」
なんか様子が変だ。私に気づき「少々お待ちください」と電話を保留にする。
「安原さん、無線の富樫さんって知ってる?」
「はい、昨日お会いしました」
「電話口で怒っているのよ。今喋った女を出せって。もう帰りましたって誤魔化してもいいけど」
 今は誤魔化せても、いつかは話さなくては。私は覚悟を決めて電話に出る。
「お電話代わりました。FMビートのや…」
 名前を言い終わる前に電話の向こうから怒声が響く。
「なんだあの放送は!俺のこと舐めてるのか。あんたが無線のこと知りたいっていうから忙しい中、説明してやったんだろ。2時間かけて説明した俺の時間返せよ」
 私も同じ言葉お返ししますよ、と言いたい気持ちを飲み込み、ひたすら平謝り。こういう時は言い訳や反論をすると、火に油を注ぐことになる。そもそも普通に会話している時でもこっちの話なんか聞いていない。私は富樫の怒りが鎮まるまでずっと「すみません」、「申し訳ありません」を言い続けた。10分くらい喋り続け富樫も気が済んだのか、怒るのに疲れたのか。
「まぁ、紹介してくれたのはありがたく思っている…。時間があればスタジオで喋るし、那波さんみたいに番組持つこともやぶさかじゃないから」
急にトーンが下がった。何のことはない。ラジオに出して欲しいのだろう。
「お気持ちありがとうございます。何かある際にはご連絡させていただきます。今日は申し訳ありませんでした。それでは失礼いたします」
私は今だとばかりに畳みかけ、そして電話を切った。何かあった時…何もないだろうな。
 
 次の日。朝8時半頃、玄関前を掃除していると那波が私の前にやって来た。
「安原さん、あなたね!」
表情が怖い。怒っている。
「ラジオで家庭菜園教室のこと喋ったんですって」
「はい。一昨日ですね」
「なんであんなの紹介するの!」
 玄関前で那波の大声が響く。家庭菜園教室の主催者は家庭菜園評論家の大里ひろ子さん。この家庭菜園イベントは、那波の発案で数年前から開いていたが、2年前に仲たがいしてからは、那波の手を離れ継続されているそうだ。
「あなたが知らないのは仕方ないけど、この前の富樫さんもそうだけど誰でも受け入れるのは考えようよ。今後は局長や長内君と相談しなさい」
確認もせずにアポイント取ったり、番組で紹介した私に落ち度はあると思う。だけど那波と仲たがいした人だから紹介してはいけない?それはおかしいと思う。
「誰でも受け入れるのは考えよう」
 そうだろうか?帯城市のコミュニティFMなのだから、帯城市民の声を一つでも届ける努力をすることのどこが悪いのか。
私はスマホで大里ひろ子を検索する。「家庭菜園評論家 大里ひろ子のホームページ」。顔写真付き。写真を見た時、那波が怒ったのも納得できた。姿形は似ていないが、醸し出す雰囲気が那波に似ている。ブログの文章も自分目線で自己中心的。那波への当てつけで大里ひろ子をゲストに呼ぼうかと一瞬考えたが、富樫で懲りたので見なかったことにした。
朝9時過ぎ。いつもの不毛なミーティングが終わると、局長から声をかけられる。
「明日安原さんの番組にゲスト入れてほしいんだ」
局長が私に本を手渡す。書名は「止まらない時計」。著者は近藤雄一。出版社はひばり丘出版。聞いたことない。
「近藤時計店の三代目で、私の高校の2つ先輩なんだ」
「時計屋さんが本を出したんですか?」
「昔から小説を書くのが趣味の人でね。将来は作家になりたかったようで東京に行ってたが…」
大手出版社に持ち込み、デビュー目前まで行ったが編集者と作品の方向性の違いで喧嘩したそう…あれっ、前にも似たような話聞いたな。それから帯城に戻り実家の時計屋を手伝いながら執筆を続けているという。
「この本、明日発売で紹介を頼まれて」
局長も積極的という感じではない。
「とにかくよろしく。明日4時半頃来るから」
 そう言っていつものようにホワイトボードに『営業』の二文字を書き、忙しそうなふりをして局長は出かけた。
「止まらない時計」は全部で150ページ。50本ほどのエッセイ集のようだ。自分の生い立ち、学生時代の話が書かれていたと思ったら、プロ野球のことが書いてあったり、海外旅行は嫌いだという自分の主張、若者のマナーへの提言やゴミを道端に捨てる人etc。バラエティに富んでいるといえば聞こえはいいが、構成が無茶苦茶。そして…読んでいてつまらない。独りよがりの文面には全く感情移入ができない。
「面白くないだろ」
私の気持ちを見透かした長内が言う。
「えぇ」
「局長も先輩の頼みだから断れないんだ」
近藤が本を出すのはこれが3冊目。いずれもひばり丘出版。
「聞いたことない出版社です」
「自費出版の会社」
 長内がひばり丘出版のサイトをスマホで見せてくれる。
 あなたの本を出版します!夢を実現!書店にあなたの本が並びます!
「金さえ払えば作家になれるってわけさ」
「幾らくらいかかるんですか?」
「近藤さんは知らないけど、知り合いで本出した奴に聞いたら200万以上かかったって」
 出版社によって異なるが、自費出版社の多くが持ち込原稿を新聞広告やWEBで募集している。優秀な作品は無料で出版すると大きくアピール。なかには出版社の名のついた新人賞や文学賞といった公募もあり、ドラマ化や映画化されるケースもあるというが、ごく稀な話。それなのに原稿を送った作者に、出版社の営業担当や編集担当から電話やメールが来るそうだ。
「惜しくも賞からは漏れましたが、このまま埋もれさせるにはもったいない。弊社との共同出版をしませんか?」
 共同出版。自費出版じゃなくて共同出版。自費出版よりも安い価格で本を出せます。しかも全国の書店に流通します。
「近藤さんも共同出版ってところ強調するんだ。全国で私の本が発売されていますって。でも近藤さんの本、帯城市内以外では見たことないんだよね」
 自費出版の場合、初版で多くても3000部程度らしい。全国の書店数は1万店以上。本当に書店に流通していたとしても、半分以上の書店には届いていない。
「本人は経営者兼作家ですって挨拶するだろうけど、流しちゃっていいから」
 次の金曜日。3時からはアフタヌーンシャウト。私のレギュラーが始まって2回目の放送だ。先日ランチで寄ったペンギンランドは3時半頃から紹介する。
「続いては、帯城市西3条北4丁目にありますカフェペンギンランドのご紹介。店長の藤川さんと電話が繋がっています。もしもし」
「はい。カフェペンギンランドの藤川です」
「今日はよろしくお願いします」
 番組では、お店を始めるまでの経緯や特徴。ランチとカフェのおすすめを聞いた。一度直接お話を聞いているのでインタビューもスムーズ。藤川さんの喋りも上手で、いい感じの放送になっている手応えがある。
「今日はカフェペンギンランドの藤川店長にお話し伺いました。店長最後にメッセージをお願いします」
「はい。えぇと明日と明後日の土曜日曜のランチセットですが、FMビート聞いたよで通常800円のところワンコインの500円でサービスします」
 打ち合わせでも言ってないことを店長が言う。
「えっ、ワンコインでランチセット。本当ですかぁ?」
テレビショッピングのオーバーリアクションみたいで嫌だったけど、この流れならそう言うしかない。最後にもう一度お店の住所、電話番号、営業時間を伝えて終了した。
 4時からのビートインフォメーションの放送中。スタジオに男が入ってきて私の前に座る。ボサボサの髪の毛でくたびれたスーツ。結び目が変なネクタイ。確認するまでもなく近藤だろう。
ビートインフォメーションを読み終え、ジングルとCMを流す。
「もう喋っていいですか」
 かかり気味でマイクをオンにしようとする近藤を、私は慌てて制する。
「ラジオネーム・チェンさんのリクエスト曲です」
 曲紹介をし、マイクをオフにし、ヘッドセットを外す。それを待っていたかのように私の後ろに立つ局長が話しかける。
「安原さん、昨日お話しした作家の近藤雄一先生だ」
「作家だなんて止めてくださいよー」
 前に座る男はそう言うが、止めてくれは本心とは思えないほど喜んだ表情をする。
「少し時間早いけど大丈夫かな?」
 四時半から十五分と聞いていたのに断れそうな理由もなく、このまま四時半まで無言で座っていられるのも耐えられそうもない。
「続いてはスタジオにゲストが来ています。ひばり丘出版から止まらない時計という本を出版されました近藤雄一さんです」
「作家の近藤です。よろしくお願いします」
 作家?思わず声に出しそうになる。先生は止めてくださいと言いながら自分では名乗るんだ。
「近藤さんは…」
近藤がいらついている。私が『さん』と呼ぶことに納得がいかない様子だ。近藤さんが学校の先生や政治家なら先生って呼んでもいい。自動車教習所でも先生って呼んであげる。だけど時計屋は先生じゃない。共同出版の本を出す人を、私は先生と呼びたくない。
「近藤さんはこれが三冊目の本ということになりますね」
 私は意地になって『さん』を強調した。
「ひばり丘出版編集者の飯塚さんが、私のブログを見つけてくれましてね。面白い文章だからぜひうちから本を出したいと依頼されたのが2年前。その年の夏に【夢とトワ】というエッセイ集を発売。それが好評で昨年の夏に【はじまりの夕陽】。これも好評でひばり丘出版の飯塚さんから、年に一度は近藤さんの作品集を出しましょうって頼まれまして、今回が3作目となります」
 喋りは滑らか。普通に聞いていたら作家が話しているように聞こえるだろう。自費出版なのに。ただの時計屋のせがれなのに。
「明日発売となります【止まらない時計】は、どんな内容ですか?」
私が聞くと、『さん』付けした時同様にいらついた表情をする。
「内容…安原さんは読んでいただけてないのですか?」
「昨日読ませていただきました。私が紹介するより、作家自ら紹介していただいた方がリスナーも喜ぶと思いまして…近藤先生お願いします」
 心にもないことを言うと、近藤の機嫌があっという間に直り、著書の紹介を始める。この作品はどんな時に書いたとか、執筆の際の苦労話など、作家気取りで近藤が気分よく話す。何人聞いているかわからないが、ラジオのリスナーにだけ伝えることのできる、SNSの裏垢があるなら伝えたい。
「この人作家じゃありませんよ。ただの自費出版作家ですよ」
 先週の演歌歌手・東郷博さんの時は、話を聞いて共感することが多くたくさん喋ってしまったが、近藤の話には共感することも何もなく、聞き役に徹し、番組としてはスムーズに進行した。
「そろそろお時間となりました。近藤雄一さんの著書【止まらない時計】。ひばり丘出版から今日発売。市内の書店、またはネットショップで購入することができます。近藤さんありがとうございました」
 最後まで先生じゃなくて『さん』だったのは不満のようだが、喋りたいことは一通り話せた様子で満足そうだった。
 今日は電話ゲストと作家先生で正直力尽きてしまった。5時台はリクエスト特集と銘打ち、曲を流し続ける。
「ラジオネーム舞妓さんからのリクエスト」
「いすずのママさんからリクエストいただきました」
「グレイのニューアルバムへのリクエストが多いので、二曲続けてお送りします」
 本当にリクエストが届いていたのは、いすずのママさんだけ。この人はヘビーリスナーで朝の那波さんから夜のボランティア番組までありとあらゆる番組でメッセージが読まれている。いすずのママさん以外のメッセージは、私が作った。この日のメールは、たった1通。
1通しかメールが来ない番組。いったいリスナーは何人いるのだろう?
「アフタヌーンシャウト。そろそろお別れです。また来週同じ時間にお会いしましょう。安原みちるでした」
 午後6時。2週目の番組が終了した。スタジオを出ると帯広青年団のメンバーが準備をしている。
「お疲れ様です」
 私が声をかけると皆が振り向き挨拶をしてくれた。田崎もいて何か言いたそうだったが、気づかないふりをして休憩室へ逃げた。先週烈火のごとくダメ出しをぶつけてきた局長は、すでにいなかった。

#創作大賞2024 #お仕事小説部門

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