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コミュニティFMに手を振って 第5話

どのラジオ局にもあるが、FMビートの番組にもキューシートがある。キューシートとは、番組の進行表のこと。「キュー」とは、ディレクターがパーソナリティに指示する合図のことでそれが語源らしい。FMビートのキューシートは毎日朝の9時から夜7時まで全部で10枚ある。キューシートの中で重要なのがCMを流すタイミング。
「帯城デパートが十時をお知らせします」のCMは9時58分から10時のタイミングで流さなくてはいけない。9時45分からは「帯城市より」という広報CMを流さなくてはいけない。ラジオ局によっては挨拶からセリフまで書かれているものもあるそうだが、FMビートは主にCMタイミングのためにキューシートが存在している。
4月5日金曜日午後3時、アフタヌーンシャウトのキューシートに、私はびっしりとメモを書き込む。3時5分に一曲目。簡単な自己紹介や、週末の情報。5時からは夕刊拾い読みがあるので、4時半からは長めの曲をかけてその間に新聞をチェックする。
「今日のインフォメーション、俺と野本さんでやるから安原さんは放送の準備してください」
 長内に言われた時、優しい人だと一瞬感じたが、番組の作り方や放送のコツを教えてくれるでもない完全放置。ホントにこれでいいのかコミュニティFM。この日は朝から黙々と生放送の準備をしている。
「安原さんランチどうする?」
野本に声かけられる。気づいたら正午。長内がビートインフォメーションを読んでいる。
「私は、いいです」
お腹も空かないし、そんな気分じゃない。
「そう、じゃあ私ちょっと出てきます」
心配も励ましもしてくれないんだ。
「野本さん昼行ったの?俺も出ていい?」
ボランティアが帰り、野本と長内が出かけ、局長は営業って書き込んだまま帰ってくる気配はない。一人きりの私はせっせとキューシートを埋めていく。ホントはテレビ局に入りたかったけど、ホントは北海道に戻りたくなかったけど、ラジオ局の中は私一人。インターンで訪れたテレビ局や就職の面接や見学で訪れた放送局はもっと活気に満ち溢れていた。私、何やっているんだろう…。落ち込みかけた時、京平からLINEが届く。
「スマホアプリから聞いてる。がんばれよ」
 わぁ、京平に聞かれる。ひたすらテレビ局の自慢ばかりされて、「私金曜から喋るんだ」とつい言ってしまった。聞かれることもないかと思ったら、インターネットってヤツはぁ。言わなきゃよかった。
本番まで2時間とちょっと。ヤバッ、急にお腹がすいてきた。そう思った時、長内と野本が一緒に戻ってきた。
「安原さんに上司らしいところ見せようと思ったら、野本さんも同じこと考えてたよ」
「この辺りでテイクアウトだったら御影堂しかないからね」
 御影堂は地元で人気のパン屋さん。
「すげぇ食べたいのか、ちょっとだけ食べたいのかわからないからいろいろ買ってきたよ」
「放送中にスティックパンつまむのもいいわよ。私もたまにやるし」
私は二人の気遣いに感謝した。ホントは焼きそばパンやカツバーガーをガッツリ食べたい気分だったが、遠慮してクロワッサンとクリームパンをいただいた。
 本番5分前。こんなに緊張すると思わなかった。そしてこの時間にしては珍しく局長も戻ってきた。
「安原さんいつもの調子でリラックスね」
 いつもの調子って、私の普段をあなたはどれだけ知っているの?と思いながら、心のない笑顔で会釈する。私はスタジオへ向かう。スタジオの中は私一人。誰にも邪魔されない、私だけの放送が始まる。3時だ!
番組のテーマソングが流れる。ノリのいいリズム。嫌いではない。リズムに乗ってマイクをオンにする。
「帯城、そして十勝の皆さんこんにちは。皆さんいきなりですが、空を見てください。今日の空は青空。十勝晴れです。私は高校を卒業するまで18年。帯城に住んでいました。今も昔も空は青いのですが、子供の頃はあまり空の事考えたりしませんでした。それが22歳になってこの街に戻ってきて、最初に感じたのが十勝の青空ってきれいだなってことです。私4年間東京に住んでいました。東京ももちろん空はありますが、ここまで青くないです。ほかの街に住んで十勝の青空って自慢の一つだなってホントに思っています。私の第一回目の放送。この話をしようって昨日から思っていました。ところで…と、ラジオを聞いている人は思っていることでしょう。十勝の青空はいいが、お前は誰だよって。はい。今日からアフタヌーンシャウト金曜日を担当します安原みちるです。今日の十勝の青空のように元気に楽しく放送できたらと思います。お時間の許す限りお付き合いよろしくお願いします」
喋りの終わりに合わせ曲をカットインする。曲はドリカムの「晴れたらいいね」。時計を見ると3時3分。烏龍茶で喉を潤し心を落ち着かせる。曲が終わりメッセージの宛先を読む。すでにメールは2通届いている。京平と母親から。もちろんラジオネームで別人に扮してくれている。誰からもメール来なかったら寂しいからと、私が事前にお願いしておいたのだ。
ここまでは計算通り。3時台は自己紹介と私の好きな帯城の話。メッセージをはさみながら4時台へ進む。3時15分になりCM。ここまでは順調。ここからも…あれ?スタジオのドアが勝手に開き、局長と店長の椎村さんが入ってくる。その後ろには着物姿の…あっ!
「安原さん、少し早いけど東郷さん着いたからCM明けでいいかな?」
局長がさらっと言い、椎村店長と東郷さんをスタジオに招く。東郷さん…演歌歌手の東郷博。3時半に出演することすっかり忘れていた。
「東郷さんのプロフィールデータ。曲は何曲かけていただけますか?」
 私が何も答えられずにいると、局長が「3曲は大丈夫だよね」と勝手に決める。
「新曲発表会が5時からなので4時にはここを出たいと思っています」
 4時には…45分もいるんですかぁ?CMが終わり、ジングルを流す。本当は私が高校時代に好きだった曲をかけてこの曲にまつわる思い出と高校時代のエピソード話そうと思っていたのに…。
「アフタヌーンシャウト、今日はゲストに来ていただきました。演歌歌手の東郷博さんです」
「東郷博です、よろしくお願いします」
 忘れていた私もいけないけど、先にプロフィールくらい見せてくれてもと思いながら慌てて目を通す。生年月日…えっ?
「東郷さんは演歌歌手ということで、今ラジオ聞いている人は結構年配の人なのかなと思っている人も多いでしょうが、東郷さん22歳なんですね」
「老け顔ですみません」
「あっ、いやそうじゃなくて私も22歳。同じ年だなと思って」
「そうなんですかぁ」
インタビューの鉄則。どんな相手でも自分との共通点を見つけて懐に入るべし。青智大学アナウンス研究会時代、先輩に言われた言葉だ。演歌ほとんど知らないし、的外れな質問しても浮くだけだから、私は22歳というキーワードから会話を掘る。
子供の頃好きだったものは?
歌手を志したきっかけは?
演歌歌手になった理由は?
「子供の頃から歌が好きだったんで、絶対歌手になろうと決めてたんです」
「私も子供の頃からアナウンサーになりたくって…」
「じゃあ僕達似てますね」
東郷さんは子供の頃から歌うのが好きだった。幼稚園の頃はNHKの歌のお兄さんに憧れていた。人前で歌ったり踊ったり、親戚の叔父さんおばさんに「博くんは、将来歌手になるね」、「今のうちからサインもらっておこうかな」
 私と同じだ。嬉しくなってきた。私もです。私の場合はね。いっぱい喋った。東郷さんも聴いてくれた。もっと喋りたいのに…私の肩をトントンと叩く男。局長だ。手にメモを持っている。
「曲紹介」
そうだ。3曲かける約束だった。
「では東郷さんの新曲お送りしましょう。曲紹介お願いします」
「はい。東郷博、3枚目のCD。港風情酒場」
 
「2曲しかかけられなくてすみません。4時台にもう一曲かけますから」
3時55分。東郷さんの出番は終了した。
「楽しかったです」
「新曲発表会がんばってください」
「ありがとうございます」
椎村店長と東郷博さんは局を後にする。ゲストの存在を忘れていた時はどうなるかと思ったが、なんとかなったと思う。4時からはビートインフォメーション。残り2時間。スタジオに戻ろうとした私の肩がグッと掴まれる。局長だ。
「安原さん喋りすぎだよ」
「え?」
「私が私がって自分のことばっかり喋って」
「…すみません」
「東郷さんいい人だから良かったけど、気難しいゲストだったら怒って帰っちゃったかもしれませんよ」
「すみません」
局長の小言はさらに続いたが、長内からの助け船。
「安原さん、あと1分で4時。早くスタジオ入って」
「はい。失礼します」
 私は局長に会釈をしてスタジオへ戻る。あと1分って、いやいや30秒無いよ。急げ~。
「午後4時になりました…」
4時のビートインフォメーションはボロボロだった。下読みができず、心の準備ができず、何度も噛み、そして言い直し。躓いた流れはこの後も取り返せないまま。4時台は、母と京平のメッセージ、それからたった一通だけ届いた本物のリスナーからのメッセージを読んで、何かを喋ろうと思うけど、自分の言葉をうまく伝えられない。
さっきまで楽しかったはずなのに…。4時からは時間だけが過ぎるのをただただ望む。そんな消化放送で何とか6時が近づいた。
「そろそろお別れの時間です。初めての生放送。3時間、ずっと緊張しっぱなしで聞いている方にどれだけ言葉が届いたか。お聞き苦しいところもたくさんあったと思います。ごめんなさい。これから毎週金曜日この時間、安原喋ります。少しずつでも成長できたらと思います。今後ともよろしくお願いします。アフタヌーンシャウト。安原みちるでした」
 マイクをオフにし、野本に席を譲る。私の第1回目の放送が終了した。
「お疲れ様です」
野本に言うと、「頑張ったわね。お疲れ」と声をかけてくれた。放送中ずっと自己嫌悪感が頭や喉や胃や心臓をグルグル回っていたけど、今の言葉で救われた気がする。スタジオを出ると、長内と局長がいた。局長?普段は6時前に姿を消すのに。
「お疲れ様」
 何か言いたそうな口ぶりだったが、その前に私に声をかける男がいた。
「みちるだよな?」
「え?田崎先輩」
 高校の放送局の田崎先輩だ。金曜のビートニックアワーは、帯城青年団による「ラジオDEほちら」。週替わりで青年団のメンバーが出演すると聞いていたが、そっか。田崎さん実家の農家を継いだのか。
「お久しぶりです」
 私が言うと、田崎は私の手を取る。
「みちる、夢叶ったんだな」
 言われた瞬間、私は顔が真っ赤になる。高校生の頃からアナウンサーになりたいと話していた。田崎もそれを知っていた。
「みちる、夢叶ったんだな」
 田崎のこの言葉は本心だと思う。だけど私は東京のテレビ局の試験を全滅し、ローカル局も次々落ちて、行く当てがなくなった先が地元のコミュニティFM。
「俺も夢に向かって頑張ってるんだぜ」
 田崎の夢?
「帯城に世界中から人が集まる祭りを作りたいんだ」
そんな夢あったんだ。帯城青年団のラジオ番組名は「ラジオDEほちら」。
「番組名に深い意味があるんだよぉ」
田崎が意味深に笑ったが、その意味を説明する前にスタジオへ入っていった。こんなところで先輩と再会するとはと思っていると、局長が自分の前に座るよう促す。心なしかいつもより表情が厳しい。
「まだ早かったのかなぁ」
早かった?そりゃ早いでしょ。何の教育も無くいきなり番組持たされたんだから。
「3時間は確かに長いけど、ただ喋って曲かけてだったらリスナーの心に響かないよ。もっと一つの言葉に責任もって」
「夕刊拾い読みもなぜあのニュース選んだの?最初に読んだ町内ゴミ拾いの記事。代表の人は、カラオケボックスエルムのオーナーさんだよ。うちはカラオケトイスポットがスポンサーなのに、ライバル会社を大きく扱ったら、もしトイスポットのオーナーや店長が聞いていたらどう思う?」
 ほかにもメッセージを読んだ後の読者への感謝の言葉が足りないとか、電話番号やメールアドレスはもっとゆっくり読まないと年配のリスナーには聞き取りにくいとか、それからさっきも言われたゲストトークへの対応法とか、事細かに今日の放送のダメを出される。ボクシングのスパーリングならすでにノックアウト。倒れたところを無理やり起こされてまたパンチ。私は局長のダメ出しでひたすら心を打たれまくった。
「じゃ、あとはよろしく」
 言いたいことを全て言えて満足したのか。局長は颯爽と局を後にした。
「気にしなくていいからな」
局長がいる間、一言も言葉を発さなかった長内が言う。
「そう。あの人放送知識なんか何もないから」
同じく野本も。2人曰く局長より先に局にいる長内と野本には、生活態度や社会人としての姿勢は語れるが放送に関しては何も言えない。そこに新人の私が入ってきた。
「間とか選曲とか言ってたけど、じゃあどうしたらいいんですか?って聞いたところで、何も答えられないに決まってる」
「あとは長内君か野本さんに聞いてって」
「そうそう。あいつの頭の中には放送をよくするアイデアなんか何もない」
「ただの腰掛だからね」
 長内と野本が息の合う姿を初めて見た。
 
帯城青年団の「ラジオDEほちら」は、良くも悪くも想像通りの内容だった。「ほちら」とは青年団メンバーで考えた造語だそう。祭りを盛り上げるためにはその準備が必要。祭りの前に何が必要か。メンバーで考えているうちにそれぞれの平仮名の前の文字を並べたのだとか。
「ま」の前は「ほ」
「つ」の前は「ち」
「り」の前は「ら」
祭りより前を行く祭り。それが「ほちら」なのだそうな。
「なるほどね」
私が呟くと、「なるほどと思うのは最初だけだよ」と長内。この番組は3年続いているそうだが、毎週「ほちら」の説明をし、そしていまだに新しい祭りは誕生していないそうだ。
「農家や本屋や床屋や喫茶店。みんな親の元で働く後継ぎ息子で、まだ親が元気だから時間もたっぷりあるわけさ」
長内が言えば
「クビや出世で悩む必要もない、気楽でいい身分の人ばかり」
と野本。今日の二人は、本当気が合う。番組では地域のためとか帯城のいいところなんかをメンバーでワイワイ話している。それなりに良いことを言っているが、話はずっとループしている。
 【俺達は街をよくしたい】【帯城を俺達が変えたい】
 熱いのはわかるが、さっきもこの話してなかったっけ?結局帯城をどう変えたいのか?どんな「ほちら」をやりたいのか。その欠片も話すことなく、番組は終了した。
「この後、青年団の飲み会あるので、皆さんもどうですか?」
 放送終了後、帯城青年団から誘われる。
「俺と野本さん、明日朝から中古車フェアの中継入っているんで」
長内が即答。「俺と野本さん」だから野本も回避。あれ?
「みちるは、大丈夫?」
「え、あぁ」
「久々だし、飲もうぜ」
 長内と野本はとっととスタジオへ逃げ込む。一人残された私は、「ほちら」な青年団の飲み会にほぼ強制的に出席させられた。
 場所は、FMビート近くの居酒屋。参加者は8名。そのうち女性は、私ともう一人。誰かの奥さんのようだ。
「それじゃあ乾杯。せーのー、ほ・ち・ら!」
 そう言って8人はグラスを重ねる。他の客もこちらを見て笑っている。恥ずかしい。私は、ほちらのメンバーではありませんと、一人一人に説明して回りたい。青年団のメンバーは、農家や自営業。ほぼ全員が跡取り息子。今日来なかった人も含め十数名いるらしい。飲み会でも番組中同様、帯城の良いとこ悪いとこ、若者はもっと地元愛を持つべし、などと熱く語る。語るのは勝手だが、「そうだろ、みちる」とか「安原さんも同意見だよね」と確認するのはやめてほしい。
 飲み会は9時に終わった。二次会も誘われたが、さすがに断った。タクシーを探して歩いていると、田崎が声をかける。
「みちるタクシー探してるの?一緒に乗ろうよ」
「田崎先輩二次会は?」
「あいつらと飲んでも楽しくないから」
 楽しくない?一番楽しそうでしたけど?タクシーが来て、田崎が乗り私も乗る。田崎の呂律がだいぶ回っていなかったし、タクシーに乗るのもフラフラだった。田崎はとりあえず走って、と場所を告げない。おかしいなと思っていると、私の手を握る。
「みちる。いい女になったな」
 いきなり手を離すのも変だし、握られても減るもんじゃないと我慢する。
「運転手さん、二つ目の信号超えて右曲がったところのホテル街まで」
 それは我慢できない。
「運転手さん止めてください」
 タクシーは止まる。私は強引に手を放し、田崎を睨む。
「いや、冗談だって」
「次誘ったら訴えます」
そう言って私は田崎の腹をパンチする。
田崎の「グヘッ」と言う声が聞こえたが、私は振り向かずタクシーを降りた。むかつく。イライラしながら私は早足で歩く。
 なんだよ、ほちらって。なんだよ、田崎は。
とんでもない夜だ。とんでもないことばかりの一週間が、やっと終わった。
 

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