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芸人小説 イシライサヤカ(3)

ハートウォッチャーが初めて舞台に立ったのは高三の9月、そして所属になったのが12月。
学校では進学就職と進路について考える時期だったが、二人は芸人になる道を選ぶ。
「そんなに甘くないぞ」
「大学生やりながら続けてみては?」
とアドバイスをしてくれる先生や両親。
ところが、そんなこと言ってる間に高校の卒業式を待たずにハートウォッチャーは売れてしまう。
高校球児だったサカモトは、甲子園にこそ出られなかったがキャプテンでキャッチャー。チームの中心選手として地元ではそれなりに有名だった。
そして中学生時代バッテリーを組んでいた投手の斎藤が別の高校で甲子園に出場。エースとして春夏連覇。ドラフト一位で東京のプロ野球球団に入団した。
甲子園優勝投手と中学時代バッテリーを組んでいたサカモトが漫才師に。
メディアが面白がり注目してくれた。雑誌やテレビの対談。年末年始にはスポーツ関連のバラエティに出演。
サカモトだけというわけにもいかず、じゃない方の俺もお呼ばれする。
二月には斎藤の所属球団のキャンプレポートの仕事が入り、沖縄へ…のはずだったが、ここでなぜか海外に連行される。
当時流行っていたゲリラバラエティ番組のプロデューサーのお眼鏡に叶ってしまったのだ。
野球文化のない国に野球を広めてチームを結成するまで日本に帰れない。
「野球伝道漫才師」なる企画に参加させられ、我々は言葉もわからない国でバットとグローブとボールをもって野球を伝える。
こんな企画どこが面白いんだ?と思いながら、カメラマンの目が怖いし、早く日本に帰りたいから一生懸命野球の布教活動をする。
不思議なもので野球のうまいサカモトより、じゃない方の俺の方がロケにハマり、異国の地で人気者になり、ちょっとした恋も経験(収録が終わってから連絡が取れなくなったので俺はテレビ局が仕込んだやらせだと思っているが、本当のことはいまだにわかっていない)
サカモトは元々プロ野球選手になりたかったくらいの腕前。野球を笑いにするのは本望じゃない。
そこいくと俺は草野球レベルしか野球をやったことが無い。フライをおでこに当てたり思い切りバットを振ってそのままぶっ倒れたり、そんなリアクションが地元外国人にもそしてお茶の間にも受けた…らしい。
一か月半のロケが終わり(卒業式は参加できず)、四月に東京へ戻ってくると、ハートウォッチャーにはテレビ出演や営業の依頼が殺到した。
マジか???
自分たちのことをこう書くのも何だが、二枚目のサカモトと可愛らしい俺(当時ね、高校生の時はたまに女の子に間違えられた)には、若い女の子を中心にファンができた。
人気テレビ番組に出演したおかげで知名度もあったので、ライブやイベントに出ると黄色い歓声も飛ぶ。
そんな中、番組の企画でまるでアイドルのような歌って踊れる曲をリリースしたところ、これが売れちゃった。
時代に合っていたらしい、なんだか知らないがハートウォッチャーはアイドルになってしまったのだ。
アイドルになると、仕事の幅も広がる。
ドラマや映画、ラジオのレギュラー。
サイン会や握手会もあったなぁ。
気づいたら事務所ライブには出演しなくなった。
お笑いのネタを作ってる暇もなかったからね。
冗談みたいだけど、紅白に出演して、翌年の大河ドラマにも出演したんだぜ。ちょい役だけど。
・・・と自分の過去を振り返っても、なぜ売れたのか。いまだにわからない。
こんな感じで一、二年は売れていたが、そもそも何の下積みもなく勢いで売れちゃったハートウォッチャーの賞味期限はあっという間に切れてしまった。
冷静に見れば同じ二十歳前後で本気でアイドルしてる歌手より歌も踊りも下手だし、俳優に演技力では及ばない。
そしてネタも作っていない、面白いことを考えていない時期が長かったので、同期よりも後輩よりも面白くない芸人に成り下がってしまった。

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