「前向きになろう」


 無理である。


 一時期、木村拓哉のライブ映像をこれでもかと言うほど見まくっていた。
 彼はいつでもばかみたいに前向きで、ネガティブなことを言わない。もし言ったとしても、その後には必ず「でも、」と逆説が続く。

 そんなワンシーンを一度見ただけの人は、それを「ヒーローらしい、主人公っぽい綺麗事言ってるな」くらいにしか思わない。人はスーパースターが悲観的なことを言った時にこそ心を動かされるもので、明るそうな人が明るいことを言っていても当たり前のように感じてしまう。

 だけどとことん貫かれると、それはそれですごいものだと分かるようになる。
 なにより、悲観的な発言を繰り返すことは利己的と言える。ストレス発散になったり、人々から同情を引き好感度を貰えるが、それで得をしているのは自分ひとり。

 同情の涙を流させるよりも、楽しいパフォーマンスを提供してたくさんの人を笑顔にする生き方は、尊敬に値すると思うわけで。

 実際、「腐るなよ」と何十回も画面の向こうから掛けてもらった言葉は、幾度となく自分の力になっていて、感謝しかない。

 そういうわけで、自分も前向きになろう!と長いこと思っていた。

 話は飛ぶが、「完璧主義」というのはひどく疲れると思う。毎日ぐーたらしてスマホばっかり見ている自分がまさかそうだとは思っていなかったが、やると決めたら必ず自分が決めたクオリティ以上に持っていかなくては気が済まないという性分はそれに近いものがあるのだと最近少し分かった。

 勿論自分がやると決めたら、その末端の作業でさえ他の誰かに任せるわけにはいかない。一度言ったのだから。他人はアテにならないし、自分でやるのが一番早い。

 と、思い上がり仕事を抱え込み挙句爆発するというのが恒例行事であったので、そのうちに「あんな辛い目に遭うのは二度とごめんだ」と言ってできる限りの面倒ごとを避けて通る自分が完成したわけだけど。
 つまるところ、「完璧主義」に、私は向いていない。というか、向いていないのに、向いていないことにも完璧主義であることにも気付いていない人が、多い。

 諦めない、という美徳は危険だ。
 小学校の頃、絵のクオリティが気に入らなくて居残って描き足していたことがあったが、そうすると教師陣は「えらいね」と褒めてくれた。美術的な制作に関しては時間内に終わらせることがひどく苦手で、しかし「これでいいや」と思えずに引き延ばしていけばいくほど偉いと言われる。

 逆上がりなんかも同様に、諦めず挑戦することがあの世界観ではどうやら素晴らしいことであって、そういう刷り込みを受け続けて育つがために、
 大人に近付いていく中で、仕事が時間内に終わらず自分のキャパをとっくに超えていようとも、諦めてはいけない、諦めないことこそが正義のような気がしてくる。

 しかし諦めも肝心との言葉があるように、「諦めてはいけない」という考えはある種の呪いだ。
 ほとんどの人が、色んなことを少しずつ諦めて生きている。諦めるというと悪いことのように聞こえるが、言い換えれば「許容している」ということになる。

 一度できると言ってしまったことを覆すのは、プライドが傷付くかもしれない。他者からの視線もひどく気になる。
 だが、できないものはできないし、助けてほしいならそう言うべきで。言わない方が結果として迷惑をかけたりするのだから、その「諦め」は余程の完璧超人でない限り、生きていく上で必要不可欠な「許容」であるのだろう。 

 それは悔しく感じられるものかもしれないけれど、ある意味では時に「救い」にもなると思う。

 無理をしてまで、やらなくてもいいということ。


 それで私は、前向きになるというのは、無理だから諦めよう!と、思ったわけである。


 私は暗い。いつもぺちゃくちゃ煩いようでいて、基本的に自分のことが嫌いで、「そう言ってる自分が好きなんでしょう」だの、「じゃあなんで好きになれるように努力しないんだ」だの、言われたくない言葉を自ずから唱えてさらなる自己嫌悪のループに突入するという繰り返しの日々を送っている。そんなやつに前向きになれるわけがない。

 だから結局は、漠然と「前向きになろう」などと思うのではなく、「自分自身を許容する」ということからはじめるしかないのかな、と思った。

 そういう前向きになり方も、アリなのかなぁと思った。

 後ろ向きな自分を肯定することが前向きに生きることに繋がるというのも、ひどいパラドックスのような気もするんだけど。

 前向きになろうなろうと思って、全く出来ずにいる人には、結構オススメの方法ですよ、と。

 逃げるは恥だが役に立つ、的なことで。
 卑屈で陰気で性格の悪い自分を、「まあそれでもええやん」と言って一旦諦めてやることで、毎日少し息がしやすくなるのかなと

 いう

 発見。


 ……ていうか、学校行きたくねえなぁぁ。

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