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ヘン・ゲイズの剣に囚われた男ver10.5

カード名:ヘン・ゲイズの剣
英語カード名:Hen Gaidth Sword
アビリティ:
【残響】
敵軍ユニット1体に5ダメージを与えた後、閉じ込めたユニットの同名カード1枚を生成してプレイし、それに破滅を与える。
追撃:そのユニットを消滅させ、その魂を《ヘン・ゲイズの剣》に閉じ込める。
フレーバーテキストこの刃を受けてできた傷は二度と癒えることがないという。血が滴り落ちきるまで、肉が割けたままであり続けるのだ。

嘘嘘嘘。なにこれなにこれ。狭い狭い。暗い暗い。出して出して。

気がつくと私は薄暗く狭苦しい立方体のなかに閉じ込められていた。身動きがとれない。尻をついて座り込んだ姿勢だが足を伸ばすことは叶わず天井は禿げかかった頭頂部を擦っている。ここは一体どこだろう。パニックになりかけた心を落ち着かせるべく、私は深呼吸した。

ハロー私は祈祷師。ちょっぴり広めの額と白いお髭がチャームポイントのナイスガイよ。グウェント界随一の浄化の使い手としての自負があるわ。

あれは確か1R初手だ。御主人《プレイヤー》によっていきなり盤面へと投入された私は憤慨していた。カウンターでこそ活きる自分を何故この様に無造作に扱えるのか。低コスト低戦力が理由だからだとしたらそれは余りにも思慮に欠けていると言わざるを得ない。いやそれはまあ良い。問題はその後だ。

相手方が切り出してきた手札がヘン・ゲイズの剣だったのである。元々とどめの一撃の劣化コピーのような能力持ちのあいつである。「あっ確かそんなやついたよね」と幽霊部員の如く扱いを受ける存在感のあいつである。やたらと血だらけなカッティングエッジが問答むよで私を斬り裂いたかと思うと視界が暗転。そして気がつくと私はこのような懲罰房にも似た場所に閉じ込められていた。

ーーつまりここはヘン・ゲイズの剣のなか。

ふうん。バージョンが更新されて最近刃物連中がイキリ始めたって巷で噂だったわね。こいつもアビリティが一新されたのは知っていたけど、実際斬られると「こう」なっちゃうのね。カードゲームって使ってみないと挙動が分からないから勉強になるわ。成る程ね。納得。いや追撃で、こんな場所に閉じ込められるとか嫌過ぎるだろ。何の罰ゲームだ。私が閉所恐怖症だったら発狂してるレベルだぞ。

ヘン・ゲイズ。改めて考えると実に効果の分かりにくいカードだ。魂というフレーズは些か詩的過ぎる嫌いがあるし、追撃ありきのアビリティは説明文と実際の挙動とが前後しているせいで伝わり辛い。もしかしたらあまりにも不遇な時代を送り過ぎていたせいで性格が偏屈になったのかもしれない。でもそういうところ嫌いじゃないわよ。

次第に目が慣れてきた。改めて周りを観察してみると、爪先の向こうに何故か小型モニターが設置されていた。右肘のあたりには「ごじゆうにどうぞ」と貼り紙された冷蔵庫。反対側面には小窓。そして床はフローリング仕様でエアコンも完備されている。

知らなかった。この中めっちゃ環境良いじゃん。アルトードが無限増殖してた時より環境良いじゃん。とはいえまあ狭いのは確かだ。良い加減、体勢が少し辛くなってきたので腕の位置をかえようとしてーーむ。指先が何か柔らかいものに触れる。何これ。摘み上げてみるとパンの食べかすだった。もぞもぞと尻の位置を動かそうとしてーー痛い。画鋲踏んだ。一体何なのだ。先住者、誰だよ。多分そいつ片付けのできない性格だろ。

ふと視線を変えると小窓があった。向こう側に景色はない。どれだけ目を凝らしても真っ暗闇だ。夜なのだろうか。だが暫くするときらきらと何かが降ってくるのが見えた。流れ星かと思ったが違った。夢占いだ。彼女はこちらに気付いたらしくひらひらと手を振ってきた。私も笑顔でそれに応えてみせる。成程。きっと向こう側にある広大な空間は墓地なのだろう。

退屈なので狭い部屋を探索していると面白いものを見つける。リモコンだ。モニターをつけてみると見慣れたグウェントの盤面が映し出される。どうやら上の様子が確認できるらしい。戦況はまだ1Rのまま点差のラリーが続いている。まあ慌てても仕方あるまい。やることもないので何か食べながらゲーム観戦でもしよう。おっいいものがあるじゃない。「しょうぷ」と付箋が貼られたプリンに手を伸ばす。

ちょっと不味い展開になってきたわね。対戦相手ーー現御主人のマッタ・ヒューリによって元御主人(ややこしい)が引いたカードに嫌な予感を覚える。これは良くない。奴は、あのカードは非常に厄介な存在だ。構築コストも戦力値も四。ポイントに大きく貢献できるわけでもない凡庸なブロンズ。だが状況が良くなかった。あいつは私の同類。目まぐるしい速度で変わる環境を、ファーストフードのようなリーズナブルさで乗り越えてきたいわばグウェント界の常連。互いにその性能は熟知しておりライバル意識もあったが、何より今この状況において言えば天敵そのものーーやつの鋭く尖った前歯が光ったのが見えた。

これは非常に危険な流れだ。予想通り早速投入されるとやつはずずずと墓石をずらしていく。そして小窓の向こうに巨大な何かが顕われる。鼻先だ。手のひらサイズの癖に、私が剣に閉じ込められているせいかやけに巨大に見える。やつはただのリスーーだがクンクンと匂いを確かめる可愛らしいはずのその仕草はまるでヴィレントレテンマースの如く迫力があった。

ヘン・ゲイズは反響持ちだ。寧ろ次ラウンドこそ真価を発揮するカードである。故に標的にされるのは必死。不味い。このままでは餌食にされてしまう。手札に戻される前に前歯でガリガリやられてしまう。つまりそれは私も道連れにされることを意味していた。

まだにおいを嗅いでやがる。探してるんだわ。多分私のこと探してるんだ。無駄と知りながら私は息を潜める。いうて野生動物が金属の長物なんて食べないよねという常識は通じない。あいつは極度の雑食。墓地に入ってるなら熱波だろうが屍毒だろうが平気で平らげる変態級の奇食家だ。

ついに見つかった。円だが恐怖を掻き立てるほどに巨大な瞳がギョロリとこちらをとらえてくる。やばいやばいやばい。旧知のよしみで何とか見逃して貰えないだろうか。必死で懇願を試みるが声が聞こえないのかそもそも言葉が通じないのか、リスは小首を傾げるのみ。そして舌舐めずり。喰われる。よし覚悟を決めた。こうなったらーー小窓をバンバン叩きながら私は最後の抵抗を試みる。

再び小首を傾げるリス。よし声は届かないがジェスチャーは通じる。何度も指差すことでどうやら意図が伝わったようだ。リスはぐるりと首を背後へと巡らすと新たな獲物を見つける。墓地に落ちたものはヘン・ゲイズだけではない。そう夢占いだ。

あんたも長年グウェントの常連ポストに居座ってるからどっちを食べた方が美味しいかくらいわかるでしょう。同じ残響持ちでも9コストのマイナーカードと、年季の入った13コストじゃ比較にならないはず。どっちがお得か小さな脳みそで考えなさい。

きゅうーきゅうー。リスが悩ましげな表情でこちらとあちらを逡巡している。悩んでいるらしい。悪くない兆候だ。よし。こうしましょう。今度あんたがロクデモナイものを食べて毒化した時、ただで浄化してあげちゃう。封印も裂傷も治しちゃう。今なら浄化十回券と引き換えよ。サーチしかできない馬鹿女には無理な芸当でしょう。そうこうしているうちに残り時間を指し示すバーが短くなっていく。

やがてーーリスが心を定めたようだ。

残念ながら巨大な前歯はこちらに向けられてしまった。仕様のはっきりした夢占いよりも慣れないカードの挙動を脅威ととらえたらしい。悪食畜生が。四コスの癖に。私より一コス低い癖に。いや私も同コストだったか。いや今はそんなことどうでも良い。

ヘン・ゲイズごと咥えられ、夢占いの高笑いを聞きながら墓地から抜け出していく。私は盤面へと戻されていくが決してそれは戦線復帰を意味していたわけではない。これから始まるのは残虐なランチタイムなのだから。

ボリボリボリボリ。リスがヘン・ゲイズごと私を貪っていく。役目を終えたご褒美といった感じで恍惚の笑みを浮かべている。調味料もかけず無心に前歯で掘削しては、嚥下していく姿には何か闇を感じる。こうなってしまった以上、どうにかする術はない。小窓から映る戦況は互いのパスを経てラウンド2へと移行していく。だがもはや私にはどうでも良い話だ。喰われた後はどうなるのかしら。消滅ってことは死ぬのかしら。排泄物としてブロキロンの森に還るのかしら。

ああ無念。CDP、どうかお願い。次に生まれ変わる時は私を15コストのゴールドに昇格させてちょうだい。そしてその時はヘン・ゲイズを片手に凡ゆるリスというリスを消滅させてやるわ。そんなことを夢想しながらやがて私の意識は途切れていった。

※本小説は「CDPRファンコンテンツガイドライン」に従って作成された非公式のファン作品であり、CD PROJEKT REDによって承認されたものではありません。

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