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私たちはどういう薬事行政を望むのか

抗がん剤「アブラキサン」供給停止

2021年8月、衝撃的なニュースが飛び込みました。
抗がん剤「アブラキサン」が供給停止になるというニュースです
(参考)日本臨床腫瘍学会のリリース

アブラキサンは膵臓がんのファーストラインであり、他にも胃がん、乳がん、肺がんにも適応を取得しています。

がんという病気と向き合ううえで抗がん剤がいのちの時間を延長するのに大きな役割を担っています。
アブラキサンが必要な患者さんが置かれている気持ちを想像するといてもたってもいられない気持ちでいます。

過去には卵巣がんでも供給停止が

実は卵巣がんでも過去に抗がん剤の供給停止がありました。
抗がん剤「ドキシル」の供給停止。
(参考)日本婦人科腫瘍学会のリリース
抗がん剤「ハイカムチン」の供給停止。
(参考)m3.com(一部会員しか見れません)

これらのときには、
現在対象の抗がん剤が奏功している患者の分は国内に在庫が存在
幸いにも代替的な治療(奏功率がほぼ同等に期待できる抗がん剤)が存在
代替的な治療薬を作っている製薬企業に在庫が十分確保されていた

などもあり、大きな混乱にならず供給再開まで持ち堪えることができました。

どうして供給停止が起きるのか

私たちが安全に医薬品による治療を受けるために、製薬企業には工場で医薬品を作る際に厳しいルールが設けられています。
例えばですが、「医薬品に貼り付けるラベルにはロットが鮮明に印刷されていること」「温度が一定の場所で雑菌などが湧かずに保存ができること」などです。
また医薬品が私たち患者のもとに運ばれるまでも同様で、工場からどういったルートでどの交通手段を利用し運送するといったこと、その際には気温何度で医薬品が運ばれるか、病院到着後に何度の冷蔵庫で保管されるかなども決められています。

今回のアブラキサンも米国フェニックスの工場と契約をして日本に運送してもらい患者さんのもとに医薬品が届いていました。
その工場で問題が起きたときには、本当に医薬品が今後も安全に製造されるのか工場の改善・再発防止策の徹底・安全確認が必要となり長い時間薬が届かないという状況が起きてしまうのです。

よく「ネットで購入する個人輸入の医薬品が危ない」といわれるのは、偽造医薬品が紛れ込むことの問題の他に、医薬品が品質に問題がない温度管理で適切な場所に保管されているのかなどがわからず、場合によっては不適切な保存より薬品が品質が劣化したり雑菌が沸いてしまったりする恐れがあるのです。
個人輸入をして自由診療を行なっているクリニックでは大きな病院のようにたくさんの冷蔵庫を置くこともできません。本当に医薬品が安全に管理されているのか疑問もあります。
(参考)偽造医薬品の実態(2009年)

卵巣がんでも他人事ではない

今回、アブラキサンは卵巣がんで承認されていないから私たちには関係ないと思った患者さんもおられるかもしれません。
でもこの問題は決して他人事ではありません。
過去には私たちが使う卵巣がんの治療薬でも供給停止は起きました。
将来起きる可能性もあります。

また今回、日本臨床腫瘍学会のリリースにもあるとおり、代替手段としてパクリタキセルが使えるがん種に関してはパクリタキセルを使うことになります。

そこで起きているのがパクリタキセルやドセタキセルの供給停止です。
(参考)ミクスオンライン

お気づきになった患者さんもおられるかと思います。
私たち卵巣がんのファーストラインはパクリタキセル+カルボプラチン。
アルコールにアレルギーなどがある患者さんには、ドセタキセル+カルボプラチンが選択されます。

そもそもパクリタキセルやドセタキセルは承認されているがん種も多く、それなりに供給量が多い薬剤ではありますが、それでも患者数が多いがんの代替治療になると本当に補えるのか難しい状況になります。

かといって、まだ供給停止に関しては「ある程度予測がついている状況」「予測がついていない状況」があり患者さん自身が憂う必要はありません。
というか、こういう事実が起きている以上、私たちはそういう条件下でいかに自分にとっての最善の医療が行われるていくのか医師と信頼関係を築き話し合うしかないのです。

私たちはどういう薬事行政を望むのか

供給が不安定になることは決して工場の品質だけの問題ではありません。
過去には欧州から運ぶルートにある火山が噴火して薬剤が日本に届けられないという懸念が起きたこともあります。
海輸の場合は海賊やルート上の戦争などの問題で運べないなんてことが起きる可能性もあります。
いま、アラブの情勢が不安定の中で心配すべきことでもあります。

日本では過去に薬害問題を起こし多くの罪もなき一般の方が苦しみ続けた事実があります。
だからこそ、医薬品で苦しむ人が減るように、患者さんが安心して治療が受けられるように厳しい厳しい規制が課せられています。

2011年、私は「厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会」という薬事法を改正する部会の委員を拝命しました。
患者さんを守るためにという使命は当然のことですが、利害関係者があまりにも多く患者さんのためにを貫き通す難しさを感じつつも最後まで踏ん張りました。
12月26日の最後の会議の帰りに電車内で卒倒してしまうくらい気力が削られました。

日本は医薬品の安全に重きを置く国です。
私は歴史を振り返ってもそれはとても大切なことだと思います。

一方で、過去に抗がん剤の供給停止で医師や患者さんが困る姿を見ているものとして、また今回も膵臓がんなどの治療にあたる医師や、患者さんを支える患者会のみなさん、患者さんの声を聞き何かできることがあるのではないかとも思います。

例えばドキシルは当時は米国ベンベニュー社のみで製造されていましたが、現在はベンベニュー社は工場を閉鎖、欧州GSKの工場と台湾の製薬工場で製造されて日本に供給されています。

アブラキサンも日本が契約をしていたフェニックスの工場だけではなく、イリノイなど複数の工場で製造されています。
もし医薬品が複数の工場で製造されているのであれば「複数の工場と供給の契約をする」というルールを課せば少しでもリスクが下がるかもしれません。

また国内に輸入するルールについても、例えば別の国が契約している工場は稼働しており外国では在庫がふんだんにあるならばそれを譲ってもらうという方法も考えられます。
そうするには運送ルートが煩雑になるなどの問題もありますからそうした場合のルールを定める(薬を承認するときに対策マニュアルを作るなど)などもできるかもしれません。
ただしこの場合は外国から譲ってもらう・・・つまり「外交問題」であり政治マターになるかもしれません。

再発防止策を企業が定めるにはせいぜい「工場の安全安心を維持するために検査をしっかり行う」くらいしかできないと思うのです。
(個人的意見を申し上げると今回のアブラキサンにおいては大鵬が学会などには情報提供するのは早かったけどエンドユーザーである患者向けのリリースが後手後手で患者中心の医療ってなんやねんという怒りはあります)

少なくとも薬機法改正時に、承認する医薬品を製造する工場が複数ある場合は供給停止に備えて対策を準備させるなどを課して、リスクを減らすような方向に持っていくことができれば・・・

ただ、規制を変えるというのはリスクもあります

みなさんご存知の通り、日本ではいま開発ラグが起きています。
かつてドラッグラグは独立行政法人医薬品医療機器総合機構の医薬品の審査にあたる審査官が少なく審査が遅れている(通常審査で4年ほどかかる)といわれていましたが、医薬品医療機器総合機構はいまや医薬品の承認審査は9ヶ月から1年以内にほぼほぼ終わらせており欧米よりその期間は短いのではないかといわれるほどにスピードアップしています。

いま、日本でドラッグラグが起きている理由の多くは開発ラグです。
日本でニラパリブが海外に比べて承認が遅れたのは、ニラパリブを開発したのは米国ベンチャーのテッサロ社でした。
日本でテッサロという製薬企業を聞いた人はいないと思います。
その製薬会社がないならば、医薬品のライセンスを日本で販売活動をしている製薬企業が買収するなど何らかの対策が必要になります。
私は欧州臨床腫瘍学会でニラパリブが有効性を出した後、多くの製薬企業に卵巣がんに開発してほしいとお手紙を送りました。
しかし、その多くが「それには多額の費用がかかる」「弊社は婦人科がんの治療薬の開発の実績がない」などの理由で断られました。
(そもそもこんな一人の人間のお願いを聞く企業はありませんよね。)

医薬品の開発企業が国内にあっても、卵巣がんのある抗がん剤は開発ラグが起きました。その理由として患者数が少ないこと、医薬品の特許が切れるので開発企業が儲からずジェネリックメーカーだけがおいしい思いをするという開発できない理由を告げられました(医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議で医療上の必要性が高いと認められ結局は承認に至りましたが・・・長い戦いだった・・・)。
また国際共同治験が行われていても日本語のプロトコルや同意説明書他の資料を企業は用意しなければならずその負担が大きいことなどもあります。

私が厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会で外国で導入されている「コンパッショネートユース(人道的薬剤供給)」の実現をお願いした際も、そうした制度を導入することでメーカーの医薬品開発のモチベーションが落ちるといった指摘をたくさんいただきました。
(検討部会では医薬品アクセス制度という名前で議論→2016年拡大治験という形で導入)

こうしたさまざまな理由での開発ラグが起きているなかで、日本が規制を増やしたり製薬企業に課す役割を増やせば、さらに開発ラグが起きたり、その要望を叶えるための設備等々が増え薬価が上昇する可能性もあるのです。

私たちは供給停止を嘆き悲しみ怒りするだけではなく、ではどうしていくのが良いかリスクもベネフィットも考え再発防止策を考えなければならないのです。

それも患者会の使命の一つだと思いますが今の患者会で同じ思いでいてくださる患者会がどれくらいあるのかな。
なかなか難しいところでもありますが諦めるわけにはいかないのです。

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