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同じ病気を経験した落とし穴

はじめに

登場人物に関してはご本人に予め文章に目を通していただき許可を得たうえで、個人を特定されないよう仮名とし、居住地や医療機関名などを出すことなく投稿させていただきます。
また今回の口コミサイトについては管理者様がすでに投稿を削除するなど対応済みということもありサイト名は出していません。

私は再発手術をしません

沢井さん(仮名)から対面での相談がしたいとメールをいただきました。
今は安全面の観点から直接お会いしての相談はお断りしています。
zoomでお話ししましょうと時間を設定。

「再発したのですが、主治医から手術を勧められています。
 私は手術をしたくありません。
 今の病院を出て行った方がいいでしょうか?」

再発の際に【手術が適応ではないか】の相談は多いのですが、今回は【手術ができるのにしたくない】というご相談。
初発手術の時に嫌な思いでもされたのかなとお話を伺うと意外な答えが。

「患者同士の口コミサイトで、再発手術は人工肛門にするときだけといわれた。」
「同じ口コミサイトで、再発手術は前と同じところを切るために癒着を起こして腸閉塞になる患者が多いといわれた。」
(上記2つの投稿を確認し管理者に連絡。現在は投稿が削除されています)

私は沢井さんにいくつか主治医に確認することを提案しました。
「主治医に、沢井さんが受ける手術は人工肛門にするための手術なのかを確認する。」
「主治医に、再発時に手術をした場合のメリットとデメリットの確認と、もし数字をとっているならば癒着による腸閉塞がどれくらい起きているかの確認をする。」
「術後後遺症への不安感が強いため、どうして沢井さんに手術を勧めたのか主治医の考えを聞かせてもらう。」

後日、沢井さんから手術を受けたと報告がありました。
沢井さんの再発箇所はPET-CTなどの画像から大腸からは離れていると思われ人工肛門になる可能性は極めて低いこと、主治医のこれまでの経験から腸閉塞がどういう患者さんに起きているかなど詳しく聞けたことなどから不安が解消され、沢井さん自身が主治医の提案に同意し手術という選択をしたと伺いました。
術後の経過も良好ということでホッとされた様子でした。

「あのまま口コミサイトを信用して”手術をしない”という意思決定していたら」
「同じ卵巣がんという病気というだけで、他の患者さんのいうことを信じてしまった」
沢井さんは先日の相談の内容を悔やんでおられますが、患者さんを支援しているとそういうことはよくあることです。
私自身も患者さんの意思決定に全く影響していないとも限りません。
話した内容をどう受け止められるかは患者さん自身ですから。
沢井さんは、鵜呑みにしてしまいそうになったものの、主治医に不安や疑問を伝えることができ、主治医と合意をしてメリットもデメリットも納得して治療ができたので、それで良かったのではないでしょうかと私はお伝えしました。

同じ病気を経験したことの落とし穴

実は、沢井さんと同じような相談は少なくありません。
昨年、同じ口コミサイトで、卵巣がんの患者さんが「卵巣がんに放射線治療は使いません」と断言されていたこともありました。

公益財団法人日本婦人科腫瘍学会(https://jsgo.or.jp/)に掲載されている
卵巣がん治療ガイドライン2015年版(https://jsgo.or.jp/guideline/img/ransou2015-04.pdf)の
CQ29「再発に対する放射線治療の適応は?」という項目に
「疼痛・出血などの緩和に使用される(グレードC1)」
「脳転移に対しては疼痛緩和だけでなく、予後改善のために考慮される(グレードC1)」
ときちんと明示されています。

実際にこれまで患者会の相談支援をした患者さんのなかでも脳転移で放射線治療を受けたあと症状が落ち着き、しばらく良い経過を過ごされた患者さんもおられます。
また骨転位の痛みの緩和などで放射線治療を受けられる患者さんもおられます。

「口コミサイトを真に受けるほうが甘い」とおっしゃる方もいるでしょう。
「主治医に確認して修正してもらえばいいだけの話」なのかもしれません。
でも誰もが「同病者のアドバイスを疑ってかかり、主治医に裏を取れる」性格の持ち主でいられるとは思いません。
また、がんになって間もない患者さんの場合は、ステージ・組織型での治療の違いがあることなども思い至らないかもしれないのです。

沢井さんの事例でも紹介しましたが【人工肛門にするときだけ】【腸閉塞になる患者さんが多い】などと同じ病気を経験した患者さんに断言されると不安になるのは当然のことだと思います。
また口コミサイトは公開されている場合が多いので、やりとりの当事者じゃない他の患者にも影響を与えてしまうかもしれないのです。

意思決定に必要なのは他の患者の主観ではない

先ほどの【腸閉塞になる患者さんが多い】について。

よく患者さんとのやりとりのなかで「骨髄抑制が多い」などというやりとりが出てきますし、私もついついそうした表現を使いたくなることが多いです。

例えばですが、「抗がん剤ジェムザールの副作用で骨髄抑制が多い」と聞いた時、あなたはどれくらいの患者さんにgrade3(重度の有害事象)以上の骨髄抑制が出ていると思いますか?

80%以上ですか(5人に4人くらい)
それとも60%(半分よりやや多い)
それとも40%(半分には届かないけど半分近い)
それとも20%(5人にひとりくらい)

ジェムザールの重篤な副作用として
白血球減少(Grade≧3) 21%
好中球減少(Grade≧3) 23%
血小板減少(Grade≧3) 5%
とされています、(参考 J Clin Oncol.26(6):890-6(2008).(p894))

この数字をみて
「4人に1人か、多いな」と感じる方
「4人に3人は大丈夫なのか」と感じる方
さまざまだと思います。
(もちろんこれはGrade3以上の副作用の頻度なのでそこまで酷くないけど副作用が出る患者さんはおられますが、その場合は適切に対処して治療の継続ができるか否かなど検討されます。)

何を伝えたいのかというと、他の患者がいう「多い・少ない」という主観で意思決定をしてしまっては危ないということです。
きちんと正確な情報を医師から得たうえで、患者さんご自身がそれをどう評価し意思決定をするかが大切だと思います。

腸閉塞が多いも、その情報をくださった患者さん自身がたまたま腸閉塞の経験者かもしれないし、たまたま腸閉塞を経験した患者さんと出会ったためにその印象が強いだけでそう表現したかもしれないのです。

同じ病気の患者同士だからいいこともある

こんな投稿をしていると私ががん患者同士の支え合いを否定しているとでもいわれかねないので、説明をしておくと、同じ病気の患者同士だから救われる部分もたくさんあると思うのです。

私自身も同じ患者同士の支え合いにより気持ちが軽くなった経験をしています。
私の場合は抗がん剤治療後、3日目くらいから激しい関節の痛みを経験しました。
特に足首は血が通ってないのかと思うくらい冷たく痛く感じてベッドから降りてお手洗いにいくのも苦痛なほどでした。
しかし一緒に入院して同じ抗がん剤で治療している患者さんに伝えても「えー、そんな副作用なんのー?はじめてみたで」と言われました。
主治医に「足の骨に転移したのではないのか」と訴えても笑われるだけ。
その辛さをブログに書いていたら、同じように関節の痛みと足首の冷たさを経験した患者さんがコメントをくださり、「辛いですね、でも二日ほどで私は引いたのであと少しですよ!」という言葉にめちゃくちゃ励まされました。

抗がん剤投与前の不安な気持ちをも「やってみたらこんなもんかーって思いますよ」という経験談かつ励ましに勇気をもらえたし、当時私は2歳の息子がいたので、同じように小さい子供のママでもある患者さんが、治療を終えてお子さんと買い物に行ったり日常を過ごされていることにめちゃくちゃ励まされました。

患者会でも、会員制のSNSを運営している時、リンパ浮腫でもう飛行機に乗れないと嘆いていた患者さんが、他の患者さんから適切なケアをしながら旅行をしている話を聞いて後藤学園などに相談に行き、ご自身も旅をしたことなども伺いました。
共感してもらうことでがんばれることっていっぱいあるのだと思います。

ちなみに私が昨年ブラジルの学会に参加するのに片道25時間飛行機(もちろんエコノミークラス)に乗っていたと知った患者さんから足大丈夫だったんですか?という質問をいっぱいいただきました。
私は弾性ストッキングを販売している友人や、リンパ浮腫と付き合いながらツアコンをしている友人がいますのでアドバイスをもらい、また主治医にも相談をしたうえで着圧ストッキングを履いて旅行をしました。
大阪に新幹線で行く時もストッキングを履いています。

昨年からぼちぼちはじめていた新宿でのおしゃべり会も、私がいないほうが盛り上がってるなと思うこともチラホラあって、できるだけ患者さん同士のお話に任せて、質問などがある時に参加する体でいさせてもらいました。
(もちろんインチキ治療などの話が出た時には、ルールを設けていたのでその範囲内でのお話にしてね、など介入させてもらいましたが。)

同じ経験をして共感することや気持ちを支える力が大きこともわかっているからこそ、いっぽうで悪い意味での”いいかげん”な情報提供、無責任なアドバイスが行われたことで、それが患者さんの不安につながったり、意思決定に影響を与えているのをみると残念で仕方がないのです。

私も含めて、他の患者の意見は「他人の主観」であり、主治医から正確な情報提供を受けて意思決定ができるよう、他の人の意見については鵜呑みにしない心構えが必要であり、主治医に大切なことを確認できる関係を築くことが大切だと思います。

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