スピリットサークルに「思い遣り」を見た

以前書いた「シュトヘルって漫画、おすすめ」記事にスキ!を付けてくれた人がいらっしゃった。共感までいかなくとも、良い感じのものが共有出来ていたら嬉しい。ので、調子に乗って第2弾を書くことにした。

今回は水上悟志作のスピリットサークルという漫画です。物凄く推したい漫画が「シュトヘル」であることは変わらないけれども、これもまた素晴らしい作品なのです。個人的には水上悟志作品の中で一番好き。

「スピリットサークル」である。この物語、どうやら粗筋を決め切らないで描かれたお話のようで、道理で「これが魅力だ!」と一言で言い表しづらい感じがある。とりあえず、私はこの作品で自分が泣いた部分に注目した。その結果出てきた言葉が「思い遣り」であった。

どんな話か(作品概要)

前世の因縁をテーマにしたお話である。

中学二年生のごくフツーの少年が転入生の少女に命を狙われるようになるのだが、その理由は二人の前世にあるという。少年は原因を探る為、スピリットサークルというアイテム(?)を使って前世の記憶を回想することになるのだが、実は少女と因縁のある前世は1つ等では無く、複数あったのである。

前世の回想を重ねるうち、少年は人との今ある関わりを見つめ直すようになっていく。だが、過去に強く影響を受けるあまりに「自分が誰なのか」わからなくなる時が出てきてしまう。少年と少女の因縁の正体を知る謎の背後霊達は、少年を心配し、回想することを止めようとするものの、少年の素直な言葉に心を打たれ、応援したい気持ちになっていく。

少年と少女。二人の共通の理解者である、優しき謎の背後霊達。それでも、なお、「少女が少年の命を狙うのはなぜなのか」。様々な因縁、出会いと別れを回想して人の温かさを確認しながらも、だからこそ大きくなる疑問と不吉な予感を伴って、物語は核心の記憶へ向かっていく。

他者を思い遣る素朴な気持ち

主人公の少年は様々な前世を回想することになるのだが、そこには少女の他にも「今世での知人」等が登場する。今の人生での関係者にも、前世からの縁があった人がいた、という話である。

前世での彼らとの関係や因縁は、その時々によって異なる。似た人間関係になることが多いのだが、明確に異なるのは社会的身分等で、これが理由で運命が変わる(決まる)という展開がよくある。

そんな前世の出来事、知人との交流を見た少年は、その時々に応じた感想をこぼすのである。

軽くネタバレを話します。ごめんなさい。
最初の回想(前世)で主人公が大切にしていた少女は、悲惨な死を遂げてしまうのだが、次の回想では捨て子(赤子)として少年(の前世)の前に現れる。少年はなんやかやで彼女を大人になるまで養育し、自身の生を終える。彼女を育てた前世の自分の気持ちはどんなものだったのだろうか。回想を終えた少年は涙を流して、ベッドから飛び起きるのである。

ルン(少年の背後霊)「いい夢 見れましたー!?」
風太(主人公の少年)「…どうだろ 大長編だったのは確かだけど…」

ぼんやりしているが、「大長編」という文句が印象深い。この大長編が少年にとってどんな印象のものだったかは、次の回(以下)で明かされる。

風太「魔女に呪われた者として追放されて…」
風太「放浪した後 辺境で酒浸りの生活をした」
鉱子(少年の命を狙う転入生の少女)「そう 知らないの」
鉱子「その上 逆恨みで酒浸り… 最悪の男ね」
(中略)
風太「さみしくなったら赤ん坊を拾って」
風太「それはレイの生まれ変わりで 人に助けられながら育てて」

翌日、少女(鉱子)と前世の回想で何を見たのかを話したシーン。「生まれ変わり」はこの一連の会話のメインテーマになる最大の焦点であることは間違いないが、「人に助けらながら」という言葉が入っていることがなんとなく心に残った。そのセリフのコマでは、少年の目には涙が浮かんでいる。

実は前世の自分の気持ちも明確に描写されている。とても感慨深いシーンなので、紹介は避けた。是非とも読んで確認して頂きたい。

ともかく、こんなことを繰り返して少年は「他人を想う」ことを自然に行うようになっていく。行うといっても特別なことは無く、「他者に思いを馳せる」みたいな感じである。だが、その台詞や描写の「さりげなさ」「平凡さ」「素朴さ」みたいなものが私にはとても印象深く、少年の素直さとその思い遣りの心の純粋さのように感じられ、感動した。

「悲劇的な死からの生まれ変わり」という死を伴う出来事だから、余計にショッキングに感じられるのは間違いない。だが、少年が涙を浮かべる時のセリフに「人に助けられながら育てて」という、大変だったかもしれないが幸福な時間が言及されていることが非常に大切なことのように思う。

ちなみに、この取り上げたシーンは全6巻中で2巻冒頭の回までの話である。1巻を最後まで読んだだけで泣く。

あとの紹介は他のレビュワーに任せたい

なんてこったと思った。
私がこの作品をお勧めする一番の理由は前述のような要素である。他にもこの作品の優れていると思う部分はあるのだが、それはなんというか、「巧みだ」とかそういう次元のものであって、私がおすすめする最大の理由とは違う気がするのである。

ということで、この作品の持つ他の魅力は他の書評に紹介を勝手に託すことにした。手を抜いたわけではない。なんというか、違うのである。「それ」と「これ」を一緒に語るのは違う気がするのである。私の脳が役者不足だった。

一応付け加えておくと、これに似た要素はこの後も出てくる。わかる人だけに言うと、戦国時代篇のエピローグで2つとネコ型のアレで合計3つ、私はいつも泣く。つまり、軽くネタバレぶちまけた部分以外にもいい感じのエピソードがあるので、大丈夫!!読んでも楽しい!!!(?)

水上悟志氏について

漫画好きには名が知られた涙腺アタッカー(涙を流させることが得意な人という意味)であるかと思う。読んだことが無い人は十中八九絵柄で敬遠(とりあえずこの言葉を使った)していると思う。ありきたりな言葉で悔しいが、私を含めたファンを虜にするこの人の魅力は、ストーリーテラーとしての力である。面白い粗筋とかというよりは、語りが魅力的である。で、そこらへんにはまりこむと、「この絵じゃないと」と思えてくる。そういう魅力のある絵柄である。とても記憶に残る作家。

個人的に氏の作品で他におすすめなのは「戦国妖狐」が次点という感じ。(書評なんて全部主観的なものであろうが)個人的にかなり多くの時間、心を揺さぶられた作品だった。当然、通しで1回は泣ける。私はそれなりの中堅水上ャーなので3回は確実に泣けます。この間は4回いけそうだった。でも大体真介関係だった。やっぱり。内訳は真介系2回、千夜系1回です。なんのこっちゃ。

最後に

繰り返しになるが、私には「思い遣り」という言葉が連想されたので、その言葉で紹介した。なんとも難しい言葉のように思える。とにかく、主人公の風太が自分の前世や他者になんとなく思いを馳せ、「こうだったらいいな」と大げさでなく、素朴に思う様子が印象的な作品なのである。

唯一、主人公が素朴な対応でいられない相手がヒロインであるが、まあ理由は推して知るべし。語るのは野暮であろう。

「忖度」という言葉が悪しき印象で世に広まってしまった。言葉の意味を調べると、これは決して悪いことを意味する言葉ではないことがわかる。「思い遣り」に近い。なんというか、「思い遣り」は主体と客体があって初めて存在するものであり、時にそれは「わがまま」「自己中心的な考え」とも言えると思う。しかし、「思い遣り」に含まれた人の心は暖かい。

「スピリットサークル」では多くの人生が描かれる。人の生である以上、そこには感情の熱が載っている。時にそれはわがままにも映る。わがままとわがままが衝突したとき、悲劇が起きる。衝突の悲劇を終わらせようとするヒロインは、衝突によって幕を引こうとしているように見えるのだが、主人公は「理解」から始めようとした。主人公は物語の進行と共に成長していくのであるが、なるほど、その始まりから「思い遣り」があったのではないかと思ったりもした。

なんのこっちゃ。


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