年金改正法に隠された狙い ~年金支給条件の悪化は確実~その対策は?
新型コロナウィルスで世間は騒がしい中で、年金制度改正法が、今年の4月から施行されました。
今回の改正ではパートなどの短時間労働者への年金適用拡大や繰り下げ受給の上限引き上げ、確定拠出年金の要件緩和などが含まれます。特にシニアや短時間労働者の働き方に影響を与えます。しかし、加入者もまた事業者も、この法改正の背景にある公的年金制度改悪の予兆に気付いていますでしょうか。
年金改正法の骨子は、(1)パート社員など短時間労働者への「適用範囲の拡大」、(2)「在職老齢年金の見直し」支給停止基準の緩和(基準額を28万円から47万円に引き上げ)、(3)「受給開始時期の選択肢」の拡大(年金繰り下げの上限年齢を75歳に引き上げ)、(4)個人型確定拠出年金(iDeco)加入要件の緩和、の4つです。
改正法の背景には公的年金財政の悪化があります。団塊世代が70歳になり年金支給額はピークを迎えつつある一方で、長引く低金利の下で年金積立金管理運用独立法人(GPIF)の年金資産運用は低迷しているために、公的年金財政はますます悪化しています。
そこで目先の収支改善策として、当面の保険料収入増加のために(1)加入者「適用範囲の拡大」が実施されます。加入者が増えればそれに応じた年金給付の負債も増えるのですが、まずは目先の収入が欲しいということです。これまでは従業員数501人以上の事業所が加入対象ですが、今年からは101人以上、2024年からは51人以上、と従業員数条件が引き下げられます。
つまり、これまで厚生年金非加入であった多くの中小企業が加入することになります。中小企業の社員、パート社員にとっては厚生年金制度に加入することで社会保障が充実し、将来の年金が増えるというメリットがありますが、逆に事業主にとっては社会保険料負担が増加して労務費増加につながります。しかし、新型コロナの影響で多くの中小企業は事業悪化に苦しんでいます。そこにコスト増につながる年金法改正となると、なんとか経費を下げようと考えるのは当然で、しわ寄せはパート社員にも及びます。パート時間の削減や、社員数の削減、またパートの賃下げにつながる恐れがあります。
(2)在職老齢年金の支給停止基準緩和も、現在60歳から65歳以上の老齢世代が年金を貰いながら働けるようにして、就労を促進する狙いです。働いている間は社会保険料の負担も続きますので、収入増を目論むものですが、この世代の支給額が増えることは中期的には年金財政悪化に拍車をかけます。
(3)繰り下げ年齢上限の75歳引き上げは、年金額増加をエサに支給開始を遅らせるものですが、老齢者には逆に不信を抱かせます。支給開始年齢が上がると、最終的な支給期間(平均余命までの残り期間)も短くなります。計算上は年金額が増えることになっても、支給年数が減るのも不安です。老後の健康不安もありますし、支給開始前や支給して数年で亡くなるリスクもあります。国の年金は長生きすればお得ですが逆に早く亡くなればそこでお終いです。そして何よりも、現行の年金支給額水準がいつまで維持できるのか、所得代替率(現役時代の平均給与額に対する年金支給額の比率)も50%に近づきつつあること、またマクロ経済スライドによる実質支給額の抑制方式も、年金額が下げられるのではという不安材料になります。
それでも、現時点で65歳以上の世代はまだ得をしている世代、いわば年金勝ち組です。(ちなみに筆者はこの世代です)
今の中年・若年世代のサラリーマンにとっては、20年から30年後に始まる老後生活を、公的年金だけに頼ることはまず無理でしょう。
ではどうするのか、70歳まで働き続ける?いずれにしても現役時代から計画的に老後資金を準備することが絶対必要です。その資金準備方法では、税金負担が減るだけでなく、社会保険料までも減らしながら、かつ安全確実に積み立てができる最も有利な方法があります。
年金不安を背景に、最近、中小企業にも広がっているのが「確定拠出年金(DC;日本版401Kとも呼ばれます)」です。これは、加入者が掛金を拠出して積立て、その積立金を自分で運用しながら、60歳以降に自分の積立金を年金又は一時金で受け取るという私的年金制度です。(国の厚生年金などの公的年金とは区別して私的年金と言います)
平成13年10月施行の“確定拠出年金法”という法律に基づいて運営されている制度で、法的な保護と税金面の優遇措置があります。制度導入以来、大企業からまず導入が広がり、2021年3月末では全国で約750万人、勤労者の5人に1人が加入しているほど普及しています。
この確定拠出年金には、会社が運営する“企業型“と個人で加入する”個人型“(これが宣伝されているi-Deco:イデコ)がありますが、特におすすめは、オデコ(O-Deco:選択制確定拠出年金)という”企業型“年金です。
オデコ(O-Deco)の仕組みを簡単に言えば、社員が自分の給料の一部を会社の拠出金に振り替えて、自分のDC口座に拠出積立するものです。給与から振り替える拠出金の分だけ額面給与が下がりますので、”給与振替型の会社拠出金”と言うこともあります。その拠出金額は自分で決めます。
拠出金は個人別のDC積立口座に会社経由で振り込まれ、その積立金をどう運用するのかも自分で選びます。資産運用と聞くと心配だという方もいるかもしれませんが、安全確実な運用商品(利回りは低いけれど元本確保できるもの)から、高利回りも期待できるがマイナスになる場合もあるハイリスク・ハイリターン型まで様々にありますので、これも自分で選択できます。
選択という意味の英語”Optional”の頭文字から”オ”をとってO-Decoです。ちなみに、個人型イデコI-Decoの”イ"は、個人の "Individual" からきてます。
給与振替の会社拠出金については、個人の税金(所得税や住民税など)は非課税になり、社会保険料負担(健康保険・厚生年金保険料など)もその分だけ減ります。さらに、積立金の運用益も非課税ですので、個人にとっては非常に有利な老後資金の積立方法です。税金も社会保険料までも減って、老後資金はしっかり積立できるという、一石二鳥の方法です。
会社にとっても、社員が老後の不安もなく安心して働いてもらえるという効果が期待できます。また、退職金制度に加えて企業年金制度も持てますので福利厚生面が充実し採用にも有利になります。さらに、会社負担の社会保険料までも削減されるので、経費削減のメリットも出てきます。
あるオデコを導入した企業の事例をご紹介します。
<事例>T社は婦人服アパレルの販売会社で社員数は約40名。退職金制度に加えて、業界で設立した厚生年金基金にも加入して社員の老後生活の支援を行っていました。しかし、業界の厚生年金基金が解散したことで、企業年金部分がなくなることになりました。そこで、その代わりとしてDC(確定拠出年金)の導入を検討しました。厚生年金基金と同じ規模のDC(確定拠出年金)にすると、会社掛金は1人あたり月額2,000円から8,000円の水準になることが分かりました。
この場合、DC掛金の非課税上限額、月額55,000円まではまだ余りがあるので、この「非課税メリットを社員のために活用」できないかと考えて、会社掛金に加えて社員個人もDC掛金を拠出できる方法を模索しました。
その方法としては2つ、“マッチング拠出”と“選択制DC・オデコ”、があることが分かりました。
”マッチング拠出”とは、会社掛金に加えて社員個人も自分のDC積立口座に個人拠出ができます。但し、マッチング拠出の上限額は会社拠出金額を超えない金額という条件があります。となると、同社の会社拠出額は月額8,000円が最大ですから、社員のマッチング拠出額も8,000円までしかできません。
一方、”選択制DC・オデコ”では給与振替で会社拠出金として掛金拠出するのでDC掛金の上限55,000円/月から会社拠出2,000円~8,000円を差し引いた、47,000円から最大50,000円の額が、社員が増加拠出に活用できることが分かりました。
社員も、老後の安心に向けて非課税メリットを最大限利用しながら有利な積立をしたいと思っていたので、同社はオデコを採用しました。
オデコを選択した結果、社員の8割以上の方が本人選択の掛金(給与振替掛金)を増額して、1人あたり平均26,000円の追加拠出になりました。拠出可能の上限額50,000円~53,000円まで拠出する方も多くでました。
また会社にとっても、社会保険料の削減効果として年間約199万円ものコスト削減につながりました。まさに社員にとっても会社にとっても一石二鳥のメリットを得ることができました。