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君は変わっちまった

臨機応変は初志貫徹の対極ではなくその一部として存在している。

なんだかノルウェイの森の科白みたいだけどもそんな気がしている。

「すごいね、前からずっと言っているよね」
となるか「え、まだやってるの、いいかげん現実みたら」の違いは何かと考える。

これは似ているようで全然違う。
聖飢魔IIのファンと聖飢魔IIの信者くらい全然違う。

初志貫徹というのは志を最後まで貫く事とある。

貫くと言っも玉砕覚悟で特攻する事ではない。

もちろん10回でできなかったら100回、それでもできなかったらできるまで何回でもやれ、というのでもない。それは、「そのやり方ではできない」という再現性が取れただけである。

たしかに何事にも愚直に反復練習は必要だろう。

けれど、それは思考フル回転状態で反復するのが必要条件でもある。

臨機応変を内包する初志貫徹は、どうやったら上手くいくのか、あーでもないこーでもないと、その場その場で対応していく事で成り立つ。何があろうと前進あるのみ、怯むな進め、ではない。それは敗戦濃厚のインパール作戦で戦局は結局好転しない。

竹槍では戦闘機にまず勝てない。
諦めなければ夢は叶い、努力は必ず報われる。そんな甘えた人生観でクリアできるなら、人生はなんてチートで素晴らしいんだろう。

わりと優しい世の中だけれど、しかし残念ながら間違った戦法にわざと負けてクリアさせてくれる程には優しくない。

なかなかクリアできなかったらどうするか。

必要なのは努力が足りなかったとか才能が無いせいにする事でも無い。ましてや中国とか韓国とか原発の再稼働のせいにする事でもない。恨みつらみを持っていれば、そりゃ厳しくなる。聖人君子じゃない。

まずは世の中に優しくするようにしている。

優しくするというのは辛い事を我慢してやり遂げる事じゃない。

自分がそんなに頑張って努力しなくてもできる事と、社会が今の時代に求めている事の接点を模索していく事じゃないか。

貫く為には時代に適応して変化していく事である。

お金なんて大嫌い、世の中に媚びているだけのマスなものは虚構、メジャーシーンなんて腐ってやがる、くらいに言っていた。
ところが今ではICOだ非中央集権だブロックチェーンだと金の亡者になっている(生活かかってますから、身銭切ってますから)。

久々の再会、「君は変わっちまった。。。」

この一言は最高の賛辞だ。

思い出話にひたる程、まだ人生を諦めていないのだよ。

変わり続ける事を変えずに。

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印象派作品のような淡い光と豊かな色彩で飾る、Art Photographer/ DesignerのPrius Shotaさん(プリちゃん)の写真を使わせて頂きました。

(photo by Prius Shota
Twitter  https://twitter.com/PriusShota 
Instagram https://www.instagram.com/priusshota)

 https://camp-fire.jp/projects/view/61719

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