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凡庸な鉄道本を出すことについて

 出版社名を『架線舎』としたのは、鉄道好きだから。「競馬小説」や「あるある本」も出していますが、架線舎の中心は鉄道本です。
 
 鉄道本の著者の方は、とにかく、古い鉄道写真を持っています。編集の段階でそれらを見せてもらうのですが、よくもこんなものを撮ったなぁというものが多くあります。
 
 特急や蒸気機関車、絶景ポイントなんかでなく、通勤電車が駅に停まっているだけの写真……。
 
 たとえば、こんなものです。
 

 福生駅を通過する貨物列車の写真。
 
 今でこそ、歴史を感じさせる、ちょっと貴重な写真です。先頭を引っ張るED16がかすかに写っています。そしてまた、今はこのような車掌車は連結されないで、反射板で済ましていますね。だいたいにして、もう現在では、貨物列車は青梅線を走っていません。
 
 でも、これを写した時点では、まったく普遍的な車輛であって、風景でした。貨物はばんばん走っていたし、ED16は青梅線内では最も一般的な牽引車。車掌車が世の中から消えるなんて、思ってもいませんでした。

 おそらく、なんでこのときこれを撮ったのか聞いても、明確な答は返ってこないでしょう。子ども時分に、とにかく手当たり次第に撮った。そんなところでしょうか。
 
 当時はフィルムだったので、写すには限りがあります。カメラに入れるフィルムは何故か12の倍数が既定の枚数で、24枚撮り、36枚撮り、48枚撮りとありましたが、一般的なのは24枚撮り。
 つまり、24枚撮ったら、フィルムを取り出して新しく入れるという作業を要していたのです。これはちょっとした手間で、時間はかかるし、ヘタをするとフィルムを光に当ててダメにしてしまう怖れもあります。
 
 だから、今のように次々と写せなかったのです。写したら写しただけ、カネと時間が飛んでしまう。そんな感じでした。
 
 しかし、意外にも、当時のその平凡な写真がけっこう残っています。
 
 だから私も、電子書籍の編集をしていて、まぁ気軽に、「残そうか、とりあえず」と考えるようにしています。
 架線舎出版の出している鉄道本は、隙間産業の中の隙間産業ともいえる、希少性のないもの。お宝とはほど遠いものです。
 しかし、「もの珍しさのないもの」は、今のことで、30年後、50年後はどうなるか分かりません。
 本を出す意義など、こむずかしく考えず、往時の鉄道少年たちがパチパチと衝動的に撮っていったように、出していこうと思っています。なにしろ、フィルム購入費、現像代すらかからないのですから。

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