「一発撮りで、怪異と向き合う」コロナ禍で提示された"洒落怖"ホラーへの新たな試み

「八尺様」「きさらぎ駅」「くねくね」―――
2020年代に入り、インターネット発の怪談が急速にフォーカスされている。

その先駆けとなった、昨年スタートしたばかりのYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」。一切の無駄を排し、ただ"怖いもの"だけをカメラに収めた映像を不定期にリリースするという新たなホラー作品の手法を確立させた同プロジェクト。「洒落怖」に代表される従来の怪談とは一線を画した、一見矛盾しているかのようにも思えるこのスタイルはいったいどのようにして生まれ、どのように高い人気を獲得してきたか。

本記事では、「THE FIRST TAKE」のプロデュースならびに撮影を行うスタッフの葉純 (はすみ) 氏と、Vol.1の出演者である八尺様にインタビューを行った。

「一発撮りで、怪異と向き合う」

――それでは、自己紹介をお願いします。

八尺様 (以下、八尺): こんにちは。八尺――「様」って自分で言うのはアレですが (笑)、よろしくお願いします。「THE FIRST TAKE」には発足当時から関わらせていただいております。

葉純: ひらがなで「はすみ」の方が通りは良いですかね。この名前で18年前に「きさらぎ駅」に迷い込んだ様子を2ちゃんねるで実況していました。今は「THE FIRST TAKE」のプロデューサーをやっています。

――まずは、「THE FIRST TAKE」という企画の誕生経緯について、お聞きしたいです。

葉純: 何年も前から2ch発の怪談に対して新しいメディアミックスの形はないかとは考えていたんですが、一昨年から去年にかけて、コロナ禍でも楽しめる形として一つの短い動画に完結したホラー作品を作ろうと思ったのが始まりです。

八尺: 去年は葉純さんが「きさらぎ駅」から帰還 (※1) してちょうど10年になる年でもあったので、企画のスタートとしてはいい滑り出しでしたよね。「10年も経ったらここまでできるのか」と思ってもらえる。

葉純: 最近流行りのノブレス・オブリージュじゃないですけど、きさらぎ駅の存在を歴史上はじめて報告した当の本人として、当事者意識や責任のようなものはずっと感覚としてありました。SNSの普及に比例してフェイクニュースが跋扈するという社会問題が急速に可視化され、ともすれば怪談でさえも「意図的に不安を煽る架空の情報だ」とか言って叩かれかねない世の中でも、何か形にしていかないといけないわけで。

(※1) http://yoshizokitan.blog.shinobi.jp/Entry/5391/  のコメント欄。


――数ある表現方法の中で、どうしてYouTubeの短い動画という形態に落ち着いたのでしょうか?

葉純: 常に念頭にあったのは文化のリバイバルです。仰る通りもちろんコミカライズやノベライズ、映画化などいくらでも方法はあったんですが、ある意味ターゲット層を意図的に絞らないやり方をしたかった。「最近の若者は映画もYouTubeも倍速で楽しむ」や「最近の若者は漫画・活字の読み方がわからない」といった記事も溢れかえっていて、それが本当かどうかはさておいても、居るかわからないそういう層にもアプローチできるスタイルとして動画のコンパクトさは大事にしました。

八尺: ただ、多くの方が懸念されたことだとは思いますが、動画という形式はある意味で我々とはことごとく相性が悪くて。それこそ葉純さんが最初に立ち入ったきさらぎ駅でも「写真を撮っても赤みを帯びて不明瞭になる」という不具合がありましたが、今までの怪談って第三者に伝わる視覚情報があんまり出てこなかったんですね。

葉純: 考えてみればそれはそうで、怖い話を怖い話たらしめているものは突き詰めていけば「本当かどうかわからない」、つまりは読者もいつ当事者になるかわからないという点になります。ネット怪談では所謂「自己責任系」と呼ばれる、その話を読んだことによって読者にも怪異の影響が現れる (かもしれない) というものがしばしばありますが、これはまさに第四の壁を揺るがすという怪談のこれ以上ない王道思想を地で行ったやり方で。

八尺: そうそう。怪談の基本思想である「対岸の火事じゃいられないよ」というのを、自らの手で破壊しにいっちゃったというか。動画にすることで怪異の実在が確定されて、しかも「撮影に同意した」というある種の人間味が担保されてしまうわけですから。

葉純: もちろん、一番苦労したのがそのギャップをいかに乗り越えるかでした。でも一方で、今の考え方は例えばちょっと前のホラー映画には当てはまらなかったりする。ああいうのは創作であることを前提にして、それでも視聴者に激しい不安を残せる、というある意味でこの上ない「純粋な恐怖」を形作っていて、とても優れているんです。そういうものをネット出身の怪談からも切り取りたかった。

――では、本プロジェクトのモットーにもなっている「一発撮り」という言葉について。

八尺: 多くの怪談とか心霊スポットの例に漏れず、私の話がはじめて2chに出た2008年ごろから発生場所を特定するだとか実際に出向いて怪異の存在を検証する、といった試みは断続的に行われてきました。ただ、オリジナルにしてもこういった後続きのフォロワーたちの目撃談にしても、いちユーザーがWeb掲示板に書き込んで人々の反応を見るという営みですから、どうしても多少の脚色やフェイク、伝わりやすくするために情報が落ちてしまう箇所などは混じってしまう。こういうものから解放された本当の怖さを形にしたかったというのがモチベーションのひとつでした。

葉純: もちろん撮影企画が一つ候補に上がれば、実際にあった怪談の原典から類似する体験談まですべて洗い出し、我々も実際に出向いたうえで再現実験を行い、怪異が観測できれば撮影の旨を伝えて後日セッティングと本番のレコーディング、というプロセスは踏んでいます。

八尺: よく「怪異のほうが撮影に同意しているのなら本気で脅かしていないんだから元の怪談より劣るのでは」という声を耳にするのですが、我々にしてみればアポのあるなしで手を抜くだの抜かないだのしても仕方ないので。そもそもが語り手の演出に頼らず怪異の本気の脅威を見せるというのがポリシーの撮影ですからね。

――撮影で難しかった点などはありましたか?

葉純: いま言っていただきましたが、収録にあたっては必ず怪異本体以外の人間を映さないように、その他の飛行機や車のノイズなども可能な限り排除していて、それでもどうしても特定の人間が怪異の本質と関わってしまうケースはあって。どこまでがカット可能な演出で、どこからが不可欠な脅威の構成部分なのかを正確に見極めて、どのようにすれば当事者を映すことなく後者を再現できるか。手前味噌ですが、こういうことを怠らず正確にやる、というのを導入したのが新しさかとは思います。

八尺: そういう「ノイズを可能な限り削ぎ落とす」という哲学に則って、恐怖のライブ感というか、没入性を与えるために一発撮りというシステムを導入しました。おおもとのアイデアを提案したのは私だったんですが、いざ一発目で自分がやってみると難しいこと難しいこと (笑)。

葉純: 撮影は「一発撮り」「怪異以外の人間は映さない」に加えて「原典からストーリーは変えず、ただし何かしらのアップデートは必ず施す」という制約のもと行っています。ですからインプロ的な点は必ず現れていて、割と難しい要求をしています。

八尺: 先ほども言いましたけど、怖がらせる台本を用意しているわけではないんですよね。撮影側も演者側も当然ストーリーは前から知っていて、頭に入れとかなきゃいけないのは人を省くという撮影の都合だけですから、実際に人が訪れた時とほぼ同じ対応をすればいい――とわかってはいるんですけどね。リフォームしたから盛り塩の部屋1Fだったわ、つって。

一同: (笑)

葉純: そこまで込みの「ライブ感」としてすべて収めています。あの時は八尺様が2Fを回ってる時間もノーカットだったから、その時間ですごく不安が増幅される映像になって結果オーライという具合でした (笑)。

「人間の恨みがベースにある怪談というのはコンテンツ化しにくい傾向にあります」

――それでは、個々の撮影に注目していこうと思います。直近では「リアル」(※2) の映像公開がありました。

八尺: 先ほども言いましたけど、人を映しちゃいけないのがネックでしたね。アレはお寺の尼さんがキーパーソンというか、そういう人が介入してもダメだったっていうのがオリジナル版の怖さだったから。

葉純: あぁ~、彼は大変だったね (笑)。知識を持った人もダメで、時間経過もダメで、っていう恐怖のファクターが動画では再現のしようがない。結局「ついてくる」のが一番のフォーカスすべきポイントと割り切って、視点の推移を細かく描く方式になりました。

八尺: そう思うと双眼鏡 (※3) とかすごい楽でしたよね。

葉純: 向こうがベテランというのもあるけれど、人に依存しない怪談はやっぱり考えることが少なくて済みます (笑)。

(※2) https://yakou-ressha.com/post-565/
(※3) https://yakou-ressha.com/post-3391/


――最近では「THE FIRST TAKE」への出演によって再ヒットのきっかけとなった方もいらっしゃるようです。

葉純: コトリバコ?

八尺: でしょうね。Vol.3で出演されたんですが、かなりウケが良かったように思います。

葉純: 実は「裏世界ピクニック」(※5) のアニメ化の話が出たぐらいの頃からオンエアに合わせられないかな、とか考えていました。それがピタっとはまった感覚です。

八尺: それでいて一発撮りの哲学からはある意味で最も離れた回でもあります (笑)。意志を持った霊というよりは呪いの類ですから、わりかしいつでも好きなタイミングで仕込んでリリースできたんですよね。なので録画開始前までにどれだけ努力をかけられるかで勝負が決まったタイプの撮影でした。

(※5) https://www.othersidepicnic.com/

――大きな話題を呼んだ回として、初めて生身の人間が出演したVol.19「危険な好奇心」(※6) がありました。

葉純: 発足当初からやりたかった回のひとつでした。下手に降霊術なんかを使って撮るよりも、中年女――原典に準拠した作品なのでそう呼ばせていただいてます――さんなんかのほうがかえって難しい。結果的にターゲットが無差別だったとはいえ、人間の恨みがベースにある怪談というのはコンテンツ化しにくい傾向にあります。

八尺: 裏を返せば、自分たちにとっても後進の人たちにとってもパイオニアワークとして役立ってほしいという思いはありました。脅威とのコミュニケーションを前提としたホラー作品の制作ということになると、当然初心者にとっては人間相手の方がやりやすいわけで。我々にとっても扱える作品の幅がぐっと広がる。

葉純: そうなんだよね。私たちもこれをやったからこそヒッチハイク (※7) とかに挑戦できた。

(※6) https://horror2ch.com/archives/2271199.html
(※7) https://horror2ch.com/archives/2345415.html

「きさらぎから世界へ」

――最後に、お二人に今後の展望をお聞きしたいです。

八尺: まだまだベンチャーというか、プロジェクトの成長段階としては題材を増やすプロセスにあると思います。呪いから霊に、霊から人間に、と食指を伸ばしてきたので、次は「場所」なんかできるといいですよね。

葉純: 痛いところ突くね (笑)。

八尺: むしろここからが本番じゃないですか。なんせ「裏S区」(※8) が控えてますから。

葉純: そうそう、今のところは裏Sが目の上のタンコブです。無理やりカテゴライズするなら「特定の地域に住む住民の思想」が怪異なわけだけど、こればっかりは人が大勢絡むドキュメンタリーみたいにしないとしょうがないんですよね。

八尺: だから、もしかすると今後別の名前を新設してシリーズ化していくかもしれません。私個人としては、そういう群像劇的なスタイルが確立すれば「巣くうもの」(※9) なんかが好例になる気がします。

葉純: 場所の怪異を扱える何よりの強みは「猿夢」(※10) みたいな一見どうしようもないものを映像化できるところにありますね。特段不思議なことをやる必要もなくて、はじめの方でも言ったけど怪異を記録に残すかどうかは当人次第なところがあるから、夢の中でひとたび話をつけてしまえばたちまちミステリアスな作品ができあがってしまう。

八尺: どうしてもここ一年の活動を見ていると日本の掲示板文化にルーツを求めてしまいがちですが、発想自体はオリジナリティがあるんだから「Backrooms」(※11) や「Blank Room Soup」(※12) も一発撮りでよく映えるようにアレンジを施せるとは思うんですよね。

葉純: 仰る通りです。元来いままで扱ってきたものも言語的な恐怖にはほとんど依存していないし、そういうものを海外の怪談ファンを取り込む切り口としても作れたなら、洒落怖をはじめとする日本発のクラシックが日の目を浴びるようにできる。当事者として、きさらぎ駅から世界へ、さらなる「THE FIRST TAKE」をお届けしていきたいです。

(※8) https://kowaiohanasi.net/ura-s-ku 
(※9) https://kaidanstorys.com/suku-mono-list/
(※10) https://kowaihanasi.ghostmap.net/hanasi.php?cd=275
(※11) https://ja.wikipedia.org/wiki/The_Backrooms
(※12) https://wikiwiki.jp/boudai/Blank%20Room%20Soup





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