【無料公開】日が昇る瞬間~Rising Sun~エピソード1

わたしが欲する手はたまに血に塗【まみ】れていることがある大きくてゴツゴツした傷だらけの手。

わたしが大好きなそのふんわりと柔らかい笑顔を浮かべる笑顔の裏には冷酷さと獲物を狙う肉食獣のような表情が隠れている。

わたしを救ってくれたあの言葉を紡いだ声であなたは獣のような咆哮をあげる。

わたしがずっと長い間密かに想いを寄せるその人はRising Sunというチームのトップに君臨する男の子。

◆◆◆◆◆

4時間目の授業が終わった途端、親友の蛯原結菜【えびはらゆうな】がお弁当と自分の椅子を持ってわたしの席に
駆け寄ってきた。
「蜜璃【みつり】、お腹空いた~。早くご飯食べよう」
「うん。食べよう」
わたしは結菜と向き合ってお弁当を広げる。
「相変らず蜜璃のお弁当は美味しそうだね」
結菜はわたしのお弁当を覗き込み言った。
「そう?」
「うん。毎日、自分で作ってるんでしょ?」
「まぁ、私の特技は料理だけだから」
「なに言ってるの? 蜜璃は器用でハンドメイドの雑貨とかも上手に作るじゃん。そのピンだって手作りなんでしょ?」
結菜はわたしの頭のピンを視線でさす。

「これは趣味だから」
「あたしはそれ普通に売れるレベルだと思うよ」
「そ……そんな、売ったりできるわけじゃないじゃん」
「そうかな?」
「そうだよ」

「てか、天沢【あまさわ】も幸せ者だよね」
「えっ?」
結菜の口から出たその名前にわたしはつい動揺してしまった。
その動揺は結菜にも伝わったらしく、ニヤニヤされてしまった。
「こんな家庭的な子に愛されてて、しかもその料理だって天沢のためだし」
「べ……別にそんなんじゃないよ」
「でも蜜璃が料理できるようになったのって、天沢にごはんを作ってあげるためなんでしょ?」
結菜に言われて
「ちょっと、結菜」
わたしは余計に焦ってしまった。
「うん?」
「声が大きいよ」
わたしが凪を好きだということは、優菜にしか言っていない。
だから周りにいるクラスメイトにバレるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまった。
「あっ、ごめん」
結菜が申し訳なさそうに言うから、私はそれ以上彼女を責めることはできなかった。

わたしには好きな人がいる。
その人の名前は天沢 凪【あまさわ なぎ】。
彼は私と同じ歳。
彼との出逢いは今から7年前。
わたし達が小学2年生の時だった。
お父さんの仕事の都合で突然、決まった引っ越しと転校。
心の準備をする暇もなかったし、そもそもわたしは社交的な子どもなんかじゃなくて内向的の典型みたいな大人しくて人見知りが激しい子だった。
それは今でも現在進行形なんだけど……。
そんなわたしが突然の転校を受け入れ、新しい学校に問題なく馴染めるはずがなかった。

転校初日。
学校に行きたくないと愚図るわたしをお母さんは宥めたり、叱ったりしながら最後には強制的に連れて行った。
転校してからしばらくの間は毎朝、学校に行くのが苦痛で堪らなかった。
最初の頃は転校生という存在が珍しくて、みんなが積極的に声を掛けてくれる。
『前の学校はどこだったの?』
『どの辺に住んでるの?』
『テレビの番組はなにが好き?』
『蜜璃ちゃんって呼んでもいい?』
だけどなにを聞かれてもオロオロするばかりのわたしにクラスメイト達は徐々に声を掛けることが減り、最終的にはわたしに声を掛けてくれる人はいなくなった。
一日中、誰とも話さない日が何日も続いた。
そんな日が長くなれば長くなるほど学校に行きたくない気持ちはどんどん膨らんでいく。
だけど行かないとお母さんに叱られるから仕方なくいく。
あの頃のわたしはどこにも自分の居場所がないように感じていた。
そんな日が1ヶ月ぐらい続いた頃。
ひとりで下校していたわたしに凪は話しかけてきた。
「なぁ。お前はなんでずっと俯いてんの?」
急に背後から、でもすごく近いところから声を掛けられたわたしは
「えっ⁉ なに⁉」
本当にびっくりして、思わず叫ぶように声を発した。
わたしが大きな声を出したことに凪は最初こそ驚いていたけど
「なんだ、普通に喋れるじゃん。全然声を出さないから離せないのかと思っていた」
すぐにそう言って笑っていた。
その笑顔をみてなぜか安心できたわたしは
「……普通に喋れるよ」
声は小さかったけどなんとか答えることができた。
逸れには自分でもびっくりした。
だって転校してから誰に話しかけられても答えることなんてできなかったから。
意識的に答えなかったわけじゃない。
答えないといけないと思っても声が出なかったのだ。
でも凪には思ったことをちゃんと伝えることができた。
「声、ちいさっ!! てか、それなら喋ろよ。そうしないと、誰とも仲良くなれないぞ」
「それは分かってるんだけど……人と話すのが苦手で……」
お父さんやお母さんにも何度も訴えた私なりの主張。
でもその主張は『今からそんなんなこと言ってるとこれから先困るよ』毎回一蹴にされてきた。
だからこの子もお父さんやお母さんみたいなことを言うのかなって思ってわたしはビクビクしていた。

だけど――
「そうなのか?」
「えっ?」
「人と話すのが苦手なの?」
「うん。慣れれば話せるんだけど、慣れるまで時間がかかるの」
「そうなんだ。それなら転校とか大変だよな?」
「……大変?」
「だって周りは知らないヤツばかりじゃん」
「う……うん」
「じゃあ、お前はただ喋らないんじゃなくて慣れようと頑張ってる最中なんだな」
――それまで大人の人達は誰も分かってくれなかったことを凪はいとも簡単に理解し、そして受け入れてくれた。
もしかしたら、凪はわたしが思うほどのつもりはなかったのかもしれない。
だけど、あの時のわたしは凪の言葉に救われた気がした。
しかも
「なら、俺が手伝ってやるよ」
「手伝う?」
「お前が早く今の学校に慣れるように俺が手伝ってやるよ」
そんな心強い提案までしてくれた。

その言葉の通りその翌日、凪はクラスメイト達にわたしが慣れない人と話すことが苦手だってことを説明してくれた。
でも慣れたらちゃんと話せるということも伝えてくれた。
それだけじゃない。
凪はわたしがクラスに慣れるまでよく一緒にいてくれたし、自分が友達と遊ぶときには必ず私も誘ってくれた。
そのお陰で、わたしは転校先の学校に慣れることができたし、友達だって作ることができた。

「小学2年生の頃からだから7年だっけ? そんなにずっとひとりの人を想うことができるってのもあたしからしたら尊敬ものなんだけどね」
「結菜、それは内緒だから」
「分かってるって。でも、あんたが天沢のことを好きなのはみんな知ってるよ」
「えっ⁉」
結菜の言葉に私は驚愕した。
「てか、天沢と蜜璃が付き合ってるって思っている人も多いし」
「はっ⁉」
驚きすぎて声も出ないというのはこんな状態なんだと思う。
「やっぱり気付いてなかったんだ。てか、あれだけいつも一緒にいて、毎日手作りのお弁当を天沢に渡してたら周囲は普通に付き合ってると思うんじゃない?」
「で……でも、わたしと凪は付き合ってないし」
「今はね。でも、付き合うのは時間の問題でしょ?」
……もしそうならいいと思う。
凪と付き合えるならそんなに嬉しいことはない。
凪は優しい。
でもわたしのことをどう思っているのかは分からない。
友達と思ってはくれているはずだけど、それ以上の感情はないと思う。
「蜜璃はさ、天沢と付き合いたいって思わないの?」
「なに? 急に……」
「ただの幼馴染から彼氏と彼女になりたくないの?」
「……そりゃあ、幼馴染じゃなくて恋人の方がいいけど……」
「けど、なに?」
「微妙なんだよね」
「微妙?」
「うん」
「なにが微妙なの?」
「ずっと一緒にいすぎて、今更どうやって関係を変えればいいのか分からないっていうか……変えるのが怖いっていうか……」
「もう、そんなこと言ってたらいつまでも蜜璃は天沢の幼馴染でしかいられないよ」
「……」
「てか、そんなに余裕をかましてたら、他の女に天沢を取られちゃうよ」
「……へっ? 凪を取られる?」
「そうよあんた、天沢がどれだけ女にモテるかちゃんと分ってる?」
「……」
「もともと天沢は男にも女にも優しくて天性の人たらしなのはあんたも知ってるでしょ?」
「う……うん」
「今はRising Sunのトップという肩書も手伝って、他校からも注目される存在なんだよ」
そう、凪はただの男子高校生じゃない。
凪は中学3年生の時、仲のいい友達と一緒にRising Sunというチームを結成した。
なんでもストリートギャングのチームらしいけど、そっち方面のことに疎いわたしはどういう活動をするチームなのか全く分からない。
でもそのRising Sunというチームはどんどん勢力を伸ばし、かなり大きなチームになったらしい。
これは結菜に教えてもらった情報だから、わたしには詳しいことはよく分からない。
でも、凪はいつの間にかわたしが知らないところで有名人になってしまっていた。

わたしが知っているのも好きなのもRising Sunのトップの天沢じゃなくて、ただの同級生の天沢凪なのだ。
「ちゃんと分かってるの?」
結菜に問いただされて
「も……もちろん」
わたしは答える。
答えながらさりげなく視線を動かす。
そこには凪がいる。
中学生の時はクラスが別々になっていたけど、高校ではまた同じクラスになれた。
凪が教室にいる時は、いつでもその姿を見ることができる。
わたしは別にそれだけでも十分だった。
ちょっとお行儀悪く、机に直接腰かけてる凪の周りにはたくさんの人がいる。
男子はもちろん女子もいる。
凪はどこにいてもいつも人の中心にいる。
それは小学生の頃からそうだった。
だから結菜が凪のことを“天性のひとたらし”っていうのも納得できる。

「それならさっさと告っちゃいなさいよ」
結菜は背中を押してくれるけど
「そのうちに……」
わたしはまだその決断ができずにいた。
「別に蜜璃のペースでいいと思うけど、他の女に取られちゃう前に行動したほうがいいと思うよ」
「うん」

確かに結菜の言うことにも一理ある。
これまで凪に彼女ができたという話は一度も聞いたことがない。
でもこの先、いつ凪に彼女ができるかは分からない。
明日かもしれない。
一ヶ月後かもしれないし、一年後かもしれない。
そう考えると、結菜が言う通り早く告白した方がいいのかもしれない。
だけどわたしは今の関係が壊れてしまうことの方が怖いと思ってしまう。
もし告白して、その告白が失敗してしまったら……。
それを考えたら、私は一歩踏み出すことを躊躇ってしまうのだ。
「まぁ、あたしはいつでも蜜璃の味方だから、いつでも相談に乗ってあげるから言ってね」
「ありがとう。結菜」
お昼休みの教室はとても賑やかだった。

陽が昇る瞬間~Rising Sun~エピソード1 【完結】


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