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ハーフリングのヘアキャップ

 今日はハーフリングという種族がいかに素晴らしいか、皆さんにもわかるような例を挙げてご紹介しましょう。

 ハーフリングの娘、ローズは働き者の小間使いでした。生家は綿織物とそれを使った製品を拵えて売っているのですが、家計は厳しく、上の子のローズは実家を出てからバンダランダ王国のお城に住み込みで働いているのでした。

 メイドの仕事をするとき、ローズはいつも家族が作った木綿のヘアキャップをかぶります。
 汗を吸ったり髪をおさえたりするためのもので、ハーフリングの里の女性は仕事の時によくこういったキャップを被るのです。ローズはそれを被るときいつも母親が仕事をする時の姿を思い出して、懐かしいような誇らしいような気持ちになるのでした。

 ハーフリングは小柄な種族ですが、ローズは小さな背丈で愛想よくきりきり働くので、召使いたちの間では評判でした。その仕事ぶりときたら「あいつはきっとゼンマイ仕掛けに違いない」なんて噂されるほどでした。

 あるとき王様がこんな命令を出しました。

「明日は王子の誕生日の宴だ。賓客を多く招くので城中の廊下を全てピカピカに磨いておくように」

 メイドたちは悲鳴を上げました。
「お城中の廊下ですって!」
「しかも全て!ピカピカに!?」
「いつもメイド全員、当番制で1週間がかりでやってるお掃除なのに!」
「明日までになんてとても無理だわ!」
「ああもう、お誕生日パーティーの支度もあるっていうのに!」
「もういや誰か助けてェ!」

 メイドたちはおろおろするばかり。しかしローズは落ち着いてみんなに言いました。
「大丈夫よ。私に任せて下さいな。みんなはパーティーの支度と、本来の自分の仕事だけしてくれたらいいわ」
「ローズ、そうは言うけどね。いくら働き者のお前さんでも明日の朝までにたった1人で城中の廊下をピカピカに、なんていくらなんでも出来っこないよ」
「いいえ大丈夫。私にやらせて下さいな」
 ローズはそう言うと雑巾とバケツを持ってスタスタと去っていきました。
 メイドたちは半信半疑でしたが「まぁ、ローズがそう言うなら……」と思い思いに仕事へ戻って行きました。そもそもローズの言う通り、いつもの自分の仕事に加えてパーティーの準備もあるのですから今日はとにかく大忙しで、仕事に戻るとみんなローズの心配をしているどころでは無くなってしまったのでした。

 さて翌朝。国内の貴族や海外の王族など、さまざまなお偉い方々がバンダランダ王宮にやってきました。
「おお、なんと見事な宮殿だ」
「廊下にチリひとつ落ちていないぞ」
「行き届いた宮殿ですこと。うちのメイドたちにも見習わせたいですわ」
「あっちの美術品を見たか? 台座までピカピカだ」
「さすがはバンダランダ王国の宮殿だ」
 お客様にたちに褒められて王様もニッコリです。

 宴というのは始まりの空気が良ければその後もえてして順調なもの。王子様の誕生パーティーは大成功でした。
 パーティーの後片付けをしながら、メイドたちはみなローズに興味津々でした。
「よくやったわねぇ!」
「ねえどうやったの!?」
「うんうん知りたい! どんなトリックよ!」
 ローズはばつが悪そうに笑って「トリックなんて、ないわ」と言いましたが、メイドたちは納得しませんでした。

 実のところ、本当にトリックなんて無いのです。
 ご承知のとおり、バンダランダ王宮では全ての廊下を全てのメイドが当番で1週間がかり掃除します。
 つまりどんなにほったらかしにされた廊下でも6日前には掃除がされているのです。
 その上、みんなが日頃どんな掃除をしているか、みんなどんなに優秀なメイドかと言うのをローズはよく知っていましたから。
 だから簡単な掃除用具を持って、汚れがないか見て回るだけで十分だとわかっていたのでした。

 みんなの期待の眼差しに観念したローズが、さぁなんと言って説明したらみんなをがっかりさせないかしらん、と言葉を選んでいたところに、扉を開ける音が響きました。そこにいたのは王様でした。メイドたちはあわてて頭を下げます。

「国王さま! このようなところにいらっしゃるなんて」
「何かご用がございましたか?」
「皆! こたびはよく働いてくれた。特にそなたたちが宮殿を磨きあげたお陰で余は鼻高々だったぞ!おかげで宴は大成功だ 」
 メイドたちはきゃあと歓声を上げました。
「陛下、それはここにいるローズのおかげですわ」
「彼女がたった1人でお城中をピカピカにしたんです」
「パーティーの支度に人手がいるからと言って、お掃除は彼女が全てやったんですのよ!」
「なんと、1人でとな!?」
 王様が鼻を膨らませるのを見て、ローズは慌てて言いました。
「私は本当に大したことはしていません。パーティーが盛り上がったのは支度をしたみんなのおかげだし、お城が綺麗なのもみんなの日頃のお掃除のおかげです」
 ローズは本当のことしか言っていないのですが、周りはまたまたと言って冷やかします。
「王様にお褒め頂いたのよ! 素直に喜びなさい!」
「まったくローズったら! 」
「陛下、彼女の働きぶりときたら普段からゼンマイ仕掛けみたいなんて言われているんですのよ! 」
 女中たちの声は落ち着くどころか、どんどん大きくなっていくようです。
「よいよい! 今宵の余は機嫌が良い! メイド全員に特別に手当てを出そう!」
 王様の声にひときわ大きな歓声が上がりました。
「そしてローズと言ったな? そちには特別な報酬をとらせよう! 何がよい? 昇給か? 休暇か?」
それを聞いて、ローズはひとついいことを思いつきました。
「それでは王様、私の頼みを聞いて頂けますか?」
「よきにとらせよう! 申してみよ」
「実は……先ほどから言われている私の仕事ぶりというのは、このキャップに秘密があるのです」
 みんながざわつきますが、ローズは落ち着いて先を続けます。

「このキャップは私の故郷、ハーフリングの村の織物です。もちろん魔法などはかかっていませんが、汗をよく吸いすぐ乾き、髪の毛一房乱れない優れものなんです。私がキリキリと働けるのもこのキャップのおかげなのですわ」
 みんな、へぇ!だのふむふむ!だの言いながら頷きあって聞いています。
「そこでどうでしょう。このキャップを城のメイドみんなに与えては頂けませんか? きっとみんなの仕事も今よりもっとすばらしい物になりますわ」

 というわけで、さっそくハーフリングの里に織物が注文され、木綿のヘアキャップは城のメイドの制服になりました。
 それどころか『バンダランダ王室御用達』『宮殿メイド指定品』なんて看板がぶら下がっているくらいです。
 そうなるとおかしなもので、木綿のキャップなんて野暮ったいと思われていた物が、途端にトレンディなもののように扱われ、バンダランダ王国の女性たちは貴族から庶民まで先を争って、我も我もとこのヘアキャップを被り出したのでした。
 おかげでハーフリングの里の織物屋は大繁盛。今ではすっかり裕福になったといいます。これが世に言う『バンダランダプロパガンダ』です。

 さてこれで皆さんにも、ハーフリングという種族が素晴らしく、働き者で、仲間思いで、そして何より賢いということがよくわかって頂けたと思います。

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