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ある王女のためのヘアキャップ

 バンダランダ王国のペフィ・オ・パティ・ラ・ムー王女はお誕生日を明日に控えてそれはそれはご機嫌でした。
「あ〜ぁ、わたくしの巻き毛の上に乗る可愛らし〜いお帽子があったらどんなにか幸せかしらねぇえ? 」
 欲しいものがあるとき、できるだけ多くの人に聞こえるように独り言を言うのがペフィ王女のやり方でした。そうすると王女さまの笑顔を見たい者たちが我も我もと勇んで叶えてくれるだろうと思っているのです。
 宮殿のバルコニーからペフィ王女の独り言が美しいソプラノで響き渡ります。ペフィ王女の歌声はとても美しく、高く、大きいのです。

 さぁみんな! 早い者勝ちよ! 私の喜ぶ贈り物は何でしょう? 早押しクイズよ! ヒントはおぼうし!

 ペフィ王女はお勉強の時きまって家庭教師の先生に「わからないわ! ヒントをおよこし!」と言ってはほとんど答えそのものを教えて貰っているので、ヒントというのは答えに近ければ近いほどいいと思っているのです。

 それはさておき、貴族たちはこぞってご勅命の帽子屋に「王女に相応しいとびきり可愛いらしい帽子を今日中に! 」
と注文を出しました。
 帽子屋たちはこりゃ大変と最高速度で仕事にかかり、あっという間にお城にはたくさんのきらびやかな帽子が届きます。
 孔雀の羽がついたのやら、孔雀の頭がついたのやら、孔雀そのものが丸々ついたのやら、しかもひとつひとつがとても大きな箱に入って届くのですから小間使いたちは大忙し。

「手分けして広間へ!」
「もう広間が埋まってしまいました!」
「なんて重たい帽子でしょ! 1人じゃ持てないわ! 」
「こう多くちゃどれがどなたの贈り物やら!」
「痛い! この孔雀つっついてくるわ!」
「ああもう、お誕生日パーティーの支度もあるっていうのに!」
「もういや誰か助けてェ!」

 右往左往しながら半泣きになる小間使いたち。すると突然「わたくしにお任せ!」と美しいソプラノが響き渡りました。
 小間使いたちが振り返ると、みんなと同じヘアキャップを目深に被った謎の女が立っています。
 一見メイドのようなエプロンと黒いドレスを着ていますが、よく見るとドレスはシルクの一級品でエプロンはテーブルクロスを巻きつけたものでした。

 メイド長のローズが一歩進み出て言いました。
「……何をなさっているのですか、王女様」
「わたくしは王女様ではありません。さすらいの謎の小間使い。ペー子と呼んで下さいな」
「ではペー子様、お邪魔になりますからお部屋の方にお戻り下さいませ」
「いやよ! だってみんな忙しそうじゃない。皆にばかり働かせて、わたくしだけ楽をするなんてできないわ。王女様のお祝いは、みんなで協力して作らなくちゃ」
 ペフィ王女……もといペー子はわがままで世間知らずでお勉強はまるでできない子ですが、とても思いやりのある子でした。
 小間使いたちは顔を見合わせて笑い合いました。

「それじゃあ手伝ってもらいましょうか」
「そのかわり厳しくいきますからね、新入りさん」
「ホホホおまかせ!」

 そこからみんな力を合わせて仕事を再開しました。
 まずは帽子を運びます。重たい物は2人1組。
使っていない王様専用の部屋を何故かいくつも知っていたペー子のおかげで運搬はスムーズにいきました。
 ややこしい貴族や親戚たちの名前を何故かよく知っていたペー子のおかげでお礼状のリスト作りも手早く終わりました。
 孔雀の頭はペー子がひっぱたくとおとなしくなりました。
 なんとか贈り物の整理が終わるとそこからはパーティーの支度です。もちろんペー子も走り回ってお掃除に飾り付けにお料理の仕込みに大忙し。

 仕事がみんな終わる頃には夜空が星でいっぱい。メイドたちの顔には疲れもいっぱい。そして微笑みもいっぱいでした。

「王女さ……じゃなかった、ペー子のおかげで助かったわね」
「ええ、本当お疲れ様でした」
 メイドたちの称賛に、ペー子はキャップに手を添えて笑いました。
「ふふ、いいのよ。せっかくのお誕生日の準備なのにみんながいかめしい顔をしていたら、わたく……王女様だってきっとつらいもの」
 それを聞いてみんな笑いました。
 ローズがペー子に向かって優しく微笑みました。
「今日はよく頑張りましたね。喉が渇いたんじゃありませんか、王女様?」
「ええもうカラカラだわ! ……あ!」

 目深に被ったヘアキャップを観念したように外すと、ペー子……いえペフィ王女は唇を噛みました。

「ごめんなさい。騙すつもりは無かったの」
「騙された気もしていませんとも。それに今日の王女様はご立派でしたわ」
 ペフィ王女は外したキャップを胸元でぎゅっと握り締めました。
「あのね、わたくし……みんながいつも一緒懸命に働く姿を……素敵だなと思っていたの。とくにそのお揃いのキャップ。とっても可愛いらしく見えたのよ」
 実はペフィ王女は、以前こっそり洗濯置き場からこのキャップを持ち出してかぶってみたことがあったのです。けれどドレスには不釣り合いに見えて、お世辞にも似合っているとは言えませんでした。
 大人はみんな素敵に見えるのに。どうしてわたくしはまだこどもなの? いつか迎える戴冠式で、王冠にふさわしい大人になれるのかしら。
 そんなふうに思ってこっそり泣いたことがあったのです。

 でも今日はみんなの助けになりたかったから、再び持ち出したキャップと有り合わせのドレスで変装をして、小間使いのふりをしたのでした。

 ローズは微笑んで言いました。
「今日の王女様にはとてもよくお似合いでしたわ。これは小間使い用にお城から支給される物ですけどね。私の故郷で作っているんですよ。故郷の……ハーフリングの里の綿織物なんです。汗をかいても快適で、髪一房さえ乱れない……働き者のあかしですよ」
 ペフィ王女は感激して大きく息を吸いました。
小間使いたちが全員「またソプラノが響く!」と身構えましたが、それより早くローズが声を上げました。
「さあ! もう真夜中です! 明日はお客様もいらっしゃいます、お寝坊は許されませんからね! おやすみなさいませ、王女さま。……お誕生日おめでとうございます」


 翌日のパーティーは大盛況でした。
数々の見事な帽子は大広間のぐるりにみんな綺麗に並べられ、賓客たちはそれを見て感動したり評論したり孔雀につつかれたりしました。

 並べられた帽子の1番端っこに、新品のキャップが今朝からひとつ追加されていました。

『親愛なる王女様へ バンダランダ宮殿 メイド一同より』

 質素な綿のキャップでしたが、ブリムにはバラとランの花の刺繍が施されています。その花は賓客の心を和ませました。
 ペフィ王女はうっとりとそのキャップを眺め、ソプラノのハッピーバースデーを国中に響かせました。

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