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敗金主義者は二度笑う

 お金がない。貯金が出来ない。日々の暮らしはできているが余裕がないのである。これはもちろん自分の稼ぎが悪いのであるし、当然世の中の景気が悪いからでもある。それに加えて生活が苦しいのは家族を養っているからであって、家計に関与しない家族、要するに子供を、正確に言えば食べ盛りの子供達を養っているからで、自分と伴侶の意思の産物であるのだから子供達に非がないのは当然だとしても、結局のところ消費者の化身と言える存在を抱えているのであれば、必然的に金は、悪銭であれ良銭であれ身に付かないのである。
 さて、ここでこのコラムのタイトルを見ていただこう。

「敗金主義者は二度笑う」


 全くもって意味不明であろう。「拝金主義」はよく聞く言葉で、守銭奴と言ったり、金の亡者と言ったり、新自由主義と言ったり、とにかく金にめざとい人ならイメージが湧くことだろう。昨今はお金至上主義の世の中であるからしてお金を好きな人は多いし、お金をたくさんくれると言われたら拒否する人は少なくないはずだ。
 

 しかし、逆もまた然り。お金に嫌悪感を抱く人もまた多い。儲けに走りたくないんだ、俺のプライドが許さない、感性が汚れる、お金のために働いているんではない、と言った類の感情で勘定する人達である。職人、アーティスト、純粋なアナーキストなどなど、金をの存在を忌み嫌う人たちがいる。
 では、敗金主義とはそんな人たちを指す言葉なのだろうか?
 否!

 そうではない。上記の人達は金に負けているわけではない。では、要するに金を積まれてプライドをへしおられる判断を自ら下した者のことを指しているのだろうか?あるいは収入よりも圧倒的に負債が多い者を指すのだろうか?
 否!否!

 そうではないのである。これはそれほど悲壮感に溢れた思想ではないのだ。もっと情けないと言えるかもしれない。
 これはこのお金至上主義の世の中であることを自覚しながら、それでお金を儲けることを是としているにもかかわらず、実際はお金を稼げないのに、それでいて俺はお金とは縁がないから別になくてもいいんだと嘯きながら、やっぱり働くなら少しでも賃金の高いところを選んでしまうし、家族にはいい暮らしをさせてあげたいけど大きな負債を抱えるほどの気概もない人間のことを指しているのである。もちろん、己の遊びや欲望を満たすために負債に負債を重ねると言った快楽主義的な価値観も含まれていない。

 そして、そんな敗金主義者は資本主義拝金自由経済圏の只中で十分に稼ぐ事のできない己を笑いながら、その己からお金を捨て切ることができない弱さに自嘲するというわけなのである。

 ここではそんな敗金主義者が世の中に恨言を刻もうという試みが行おこなわれるのであるからして、決して金儲けとは結びつかないのでご注意願いたい。これは個人的な恨みつらみの捌け口としての産物なのであるから、他者になんら利益を生まないし為にもならないのであるので読んでも読まなくても少しも影響しないということは初めに明記させていただきたい。
 とりあえず今回はここまで。

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