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第50回 一縷の望みを託して

 母の葬儀は、感染防止のため、親族のみで執り行った。

 私は、結局、母が亡くなった日に涙を流しただけで、それ以降は一度も泣くことはなかった。
 幼い頃、母にベッタリ甘えていた自分だから、もっと悲しみの涙が出るんじゃないかと思っていたが、それ以前に、あまりにも突然のこと過ぎて、頭が追いついていなかった。

 母の遺骨は、一周忌を迎えるまで、実家に置いておくこととなった。
 それが父の願いだった。
 父もまた、愛する人を突然失ったことに耐えられずにいたのだ。

 不幸中の幸いで、海外に移住していた二番目の姉が、葬儀参列のために来日してくれていた。それから帰国するまでの約一ヶ月間、父の面倒を見てくれた。家事を一切やってこなかった父だから、姉がサポートしてくれるのは、非常にありがたかった。

 そんなこんなで、年末年始を何とか乗り切ることが出来た。

 姉が再び日本を発った後、私と一番上の姉は、二人で協力し合いながら、父のことをサポートしていった。
 父は、時に弱音を吐きながらも、洗濯や炊飯といった家事を、一つずつ覚えていった。

 こうして、母のいない日常が、次第に当たり前のものとなっていった。

 ※ ※ ※

 2021年2月になり、私は新作『水滸ストレンジア』を各投稿サイトにアップし始めた。私自身が無名であり、タイトル的にも流行りの要素を入れているものでもないので、反響はあまりなかった。それでも、書き続けていればそれなりの認知度は得られるだろうと思い、頑張って毎日更新していた。

 2月の終わりになって、今度は『バニーガールと斬鉄剣』をアップし始めた。こちらも、毎日更新するようにしていた。

 とにかく、今の自分は無名の存在であるから、一人でも多くファンを獲得するようにしなければいけない。そのためには、とにかく書いて書いて、書くしかなかった。

 一方で、投稿サイトでの活動だけでは、ジリ貧になることは目に見えていた。

 作家活動を行う上でのPDCAサイクルがある。すなわち、

 PLAN=計画を練り、事前PRをする準備段階。
 DO=作品を売り出す。
 CHECK=売上と反響を確認し、分析する。
 ACTION=より売れ行きを伸ばすための販促を行う。

 この一連の流れを繰り返すことで、安定した作家活動を続けることが可能になると思われた。しかし、そのためには、私はあまりにもDO=売り出すための作品数が少なかった。もはや過去のものとなり、評価も定まってしまった『ファイティング☆ウィッチ』や『天破夢幻のヴァルキュリア』を、ここから改めて売っていくことは難しい。
 何よりも、出版社の支援もない(全く無いわけではないが、半額セールとか、そういう施策くらい)状態では、個人で頑張ったとしてもタカが知れていた。

 そこで注目したのが、出版エージェントの存在である。

 ちょうどTwitterで、とある出版エージェントのツイートが流れてきた。
 その会社の理念に共感を覚えた私は、一か八か、自分の作品を売り込んでみることにした。
 X社のために書いたものの、結局お蔵入りになってしまった『金沢友禅ラプソディ』の原稿を、出版エージェントの担当者宛にメールで送ってみた。

 それから一ヶ月半が経ち――

 出版エージェントの担当者より、返事が来た。

 そこには、こう書かれていた。

「残念ながら、すぐに弊社でお預かりするのは難しいのですが、金沢という土地、加賀友禅という題材、友禅作家になれなかった藍子という主人公の「再生」といった物語の骨子は面白く、可能性はあると思います。
 現在、ライト文芸の読者層も年齢が上がっており、さらに金沢や加賀友禅となりますと、30〜40代ぐらいの女性になりそうです。となると、人物や展開によりリアリティが求められます。
 勿論多少デフォルメされていたり、ファンタジックな部分はあっていいのですが、その場合は、それも含めてキャラクターや場面を魅力的に描く筆力が必要です」

 丁寧な文章ではあるが――よく読み込むと、厳しいことばかり書かれている。

「可能性はある」=つまり、今の原稿では商業で勝負にならないということ。

「リアリティが求められます」=つまり、リアリティのない原稿ということ。

「筆力が必要」=つまり、私には筆力が足りていないということ。

 一縷の望みを託した出版エージェントに、このように言われてしまい、私はガックリと肩を落とした。
 出版社からも断られ、出版エージェントにも拾ってもらえず、自分がいかに商業作家としてやっていくには無力かを思い知らされた。

 そして、そんな風に気落ちしているところに、さらに追い打ちをかけるような出来事が起こったのである。

記事を読んでいただきありがとうございます!よければご支援よろしくお願いいたします。今、商業で活動できていないため、小説を書くための取材費、イラストレーターさんへの報酬等、資金が全然足りていない状況です。ちょっとでも結構です!ご支援いただけたら大変助かります!よろしくお願いします!