第25回 『オバマの大統領』
コミティアが終わってから、すぐに自分の同人誌作成に取りかかり始めた。
タイトルだけは、もう決まっていた。
『オバマの大統領』。
毎年冬に遊びに行っている、福井県小浜市を舞台にしたアクション小説を書こうと思っていた。もともと、小浜市では、バラク・オバマが大統領に就任した時、名前の読みが一緒だからと非公式にコラボした饅頭「オバマまんじゅう」を販売したりしていた。そこから妄想を働かせて、「もしも小浜市に本当にアメリカの大統領が来たらどうなるだろう」ということで付けたタイトルが『オバマの大統領』である。
オバマ大統領、ではなく、オバマの大統領、だ。
だが、肝心の内容は、あまり決まっていなかった。
武装した大統領がゾンビ軍団と戦う、という内容で、ひとまずは考えていた。タイトル通り、ひたすらオバカなノリで書こうと思っていた。
ところが、いざ書き始めてみると、なかなか筆が進まない。
出だしからして、パンチが効いていないのである。
当初書いていた書き出しは、こんな感じだった。
※ ※ ※
犬熊地区にしんしんと雪が降っている。ドサッと、屋根に積もった雪の落ちる音が聞こえた。
部屋の中は静かで、灯油ストーブのシュンシュンと燃える音や、白髪交じりの五〇代の男二人が将棋を指している「パチッ」という小気味のいい音だけが、ただ響いている。
「王手」
二人のうち、サングラスをかけた中年男性のひと言が発せられた瞬間、それまで静けさを保っていた空気が、ポンッと弾けた。
「オーウ! 私の負けデース!」
自分の投了を認めた金髪碧眼の男は、頭を抱えて、しかし朗らかに笑った。
「お前の打ち手はわかりやすいな、アーサー」
「カンクロウ。『真っ向勝負』が私の信条デス」
「どこでそんな難しい日本語を覚えやがった」
ニヤリ、とサングラスの男、貫駆郎は口元を歪めた。その凶悪な面構えから、知らない人からすれば、その筋の人間が悪巧みしているようにしか見えないだろうが、本人はいたって穏やかな心境である。
「少しは頭使え。あんた、一国のトップに立つ人間だろ」
「ひどいデス。私だってちゃんと考えて打ってますヨ」
「待て。『打つ』のは囲碁。将棋は『指す』だ。お前、駒を進める時、バチンバチンと盤面に叩きつけているだろ。そこからまず違う。指で持った後、パチンと盤に置き、それからスッと進める。それが正しい指し方だ」
「言うことが細かいデスね」
「お前が考えなさすぎなんだよ」
やれやれ、と貫駆郎はかぶりを振った。脇の卓上に置いてある一升瓶を取り、コポコポとお猪口に注ぐ。瓶のラベルには「やおびくに」と書かれている
「罰杯だ。飲め」
「サケは苦手デス。ビールを所望しマース」
「同じアルコールだ。グダグダ言わないでとっとと飲め」
「口の中がベタベタするのデス」
「そりゃコンビニで適当に売られている、不味い日本酒を飲んだからだ」
「私が飲んだのは母国でデス」
「だったら尚更だろうが。カリフォルニア巻なんて出すような味覚の狂った連中に美味い酒の味なんてわかるか。こいつは地元で作られた銘柄だ。とにかく一杯やってみろ」
渋面のアーサーは、貫駆郎に勧められるままに、お猪口をクイッと傾けて酒を飲み干した。それからゲホッとむせる。
「やっぱり口に合いまセン」
※ ※ ※
何よりも、大統領のキャラが弱かった。書いても書いても、作者自身が、このキャラクターに魅力を感じられず、やる気が湧かなかったのである。
これは駄目だ、と思い、七千六百字ほど書いたところで、また一から書き直し始めた。
もっと強烈なキャラクターを……と思い、自分が過去に読んできた漫画や小説の中から、特にインパクトの強かったキャラを引き出して、考案してみたりした。
そこで頭に浮かんできたのが、少年ジャンプの漫画『魔人探偵脳噛ネウロ』の主人公「ネウロ」である。
さらに、ネウロと対になる主人公「弥子」のことを思い出して、これだ、と閃いた。
例えば、小説『チーム・バチスタの栄光』や、漫画『うしおととら』もそうであるが、古今東西、バディ物は鉄板で面白い。片方は常識を外れた存在で、もう一方は常識人であると、なお面白い。そういう組み合わせでキャラを考えればいい、と思った。
すなわち、非常識な大統領と、常識人の女性キャラ、というバディで物語を展開すれば、これは実に刺激的で面白い内容になるのではないか、と考えたのである。
そうして書き始めたら、今度は面白いように筆が進んでいった。
結果、出来上がった書き出しは、こんな感じである。
※ ※ ※
実家に帰ったら、大統領がいた。
木造の、年季の入った和風空間の中に、スーツを着たマッチョな白人が立っている。身長一九〇センチはあろうかという大男。私は言葉を失って、思わず後ろを振り返った。
外は、しんしんと雪が降り積もっている。
何度見ても、日本の、北陸の雪景色だ。欧米ではない。
この状況をどう説明すればいいんだろ。私が頭悪いのかな。ううん、違う。これはわかりやすいくらいに、シチュエーションがおかしい。
第四六代アメリカ合衆国大統領アーサー・ヘイゲン。
歴代の大統領の中でも、特に愛国心の強い男で、他国のことは常に見下している、世界中からの嫌われ者。
そんなとんでもない男が、玄関先で、腕組みして立っている。
「この家のガールか」
私の顔を見るなり、流暢な日本語で、横柄に話しかけてきた。
「ガールって年齢じゃないよ。見ればわかるでしょ」
「日本人の小娘の見た目など、我輩にとってはみなセイムだ。わからん」
「で、こんな辺鄙な場所に、何の用なの?」
芸人かな、と考え始めた。だってここは、福井県でも僻地の小浜市の、さらに外れた場所にある小さな村の民宿だ。そんなところに大統領が来るはずない。そもそもこんなに日本語ペラペラなのがおかしい。大統領のそっくりさん芸人ではないかと疑い始めたところで、父さんの声が聞こえてきた。
懐かしい、父さんの声。高校卒業以来だから、七年ぶりくらいだろうか。
「帰れ。プレジデントだかキシリデントだか知らんが、土産も持ってこないやつに用はない」
廊下の奥から、ゆらりと姿を現した父さんの見た目は、髪の毛に白いのが混じっているくらいで、あまり七年前と変わっていない。だけど、放たれているオーラは、前にも増して怖い。頬にある傷跡(たしか猟で熊にやられたやつ)のせいで、見るからにヤクザだ。
「それは心外だな。我輩は平和な話をしに来たのではない。場合によってはこのヴィレッジにウォーを仕掛ける覚悟で乗りこんできたのだが」
「ウォー……戦争、ってことか」
「イエース。心当たりはあるだろう?」
「知らんな」
※ ※ ※
これで執筆は問題なく進められそうだった。
あとは、表紙絵をどうするか、だった。
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