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【現代アート読解】不便さによって世界への愛着を取り戻す~伊藤咲穂「Transfer / Stone」

現代アート作品を前に、考える楽しさを伝えたいという思いで続けている現代アート読解シリーズ。

今回は和紙を使ったインスタレーションを多く発表されている伊藤咲穂さんの「Transfer / Stone」について考えてみます。

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この作品は2021年3月6-7日に行われたタグボートアートフェアで展示されていた作品なんですが、実在する石の形を和紙でかたどり、東京まで運んできたという作品です。

「紙」というのは人類の歴史を大きく動かした発明の一つですよね。言語をもたない民族は滅びていったという話を聞いたことがありますが、「紙」のおかげで言葉や絵を遠くまで伝えることができるようになりましたし、1000年後の人にも当時の様子を伝えることができるようになりました。

日本の和紙っていうのはとても優秀で、1000年経っても保存されていると日本の紙やさんから教わったことがあります。

紙は「保存」や「伝達」という機能をもっていると言えます。

しかし、デジタルの時代になって、保存性や伝達性のような機能は、デジタルの方がだいぶ便利になりました。遠くまで一瞬で届きますし、ものすごく大量に保存できます。電子書籍とか検索ができるので、紙よりも便利です。すっかり電子書籍派の私にとって、紙の本を買うのは「読む」よりも「所有しておく」ためだったりします。片手で読めない紙の本はそこそこ不便だし、お菓子を食べながら読んでると汚れちゃうかもしれないし。もはや、ごはんを両手で食べている時に視線のフリックで勝手にページめくれておくれよって思うこともあります。

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デジタル作画している時は、ちょっとミスっても描き直すことが容易です。でも、紙に描いていると失敗すると直すのが難しいこともあります。

紙はデジタルと比較すると、不可逆で不便なのです。VR技術などが発展していけば、今後は手触りや匂いなど、体感覚まで保存・再現できるようになってきますよね。一瞬で世界の裏側の景色を臨場感もって体感しに行けるかもしれない。そうなった時、リアルである意味ってなんなのかを考えるのです。

最近、Dispoという使い捨てカメラ風の写真SNSアプリが流行っていると聞きました。

使い捨てフィルムカメラでの撮影のように、画像が荒かったり、デジタルなのに撮った写真がすぐに見られなかったりします。インスタみたいに何枚も写真を撮って美しい写真だけアップするっていうことができないみたいです。その時に撮った写真はそれがすべてだということ。このアプリが人気だということについて、すでに便利な世界に生き慣れた私たちが、娯楽としての不便さを求めているのかもしれないと考えさせられます。

紙はもともとはとても便利なものでした。でも、デジタルの時代になって紙は不便なものに変わってきました。

不可逆で不便であることというのは、まるでヒト(生き物)そのもののようです。私は生きている間に人間の体を出て行くことはできないですし、子どもの頃に戻ることもできません。

しかし不便さは、私たちの想像力をかきたてます。たとえばテキストを書くだけなら、音声入力やタイピングのほうがはるかに速いしキレイで読みやすいです。

手紙を手書きする場合には、紙やペンを用意しなければならず、電車の中でサクサク書いて送っちゃうみたいなことはできません。

だからこそ、不便さの中に創った人の大変さが感じられ、そこにその人の想いがこもっているのが、相手に分かりやすく伝わります。

アートはそもそも生きるのに絶対に必要なものではありません。でも、時間とお金をかけまくってわざわざ創ってしまう人たちがいること。

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この作品について作家が考えた時間、手を動かして創る時間、持ってくる時間、設置する時間。作家が作品とともに生きた時間を想像し、作家の視線を通じて世界を見ることで、私たちはこの世界に対して愛情を覚えます。

便利さは機能で、機能はより優れた機能に代替されます。不便さには意味があり、私たちは不便さを通じて世界への愛着を取り戻すのかもしれない。そんなことを考えさせてくれた作品です。

作品の詳しい解説はこちらから。気に入った方はぜひ応援にStickerしてみてください!

伊藤咲穂さんはひきつづき、2021.3.19 (金) - 2021.5.9 (日)開催のタグボートのアートイベント「アート解放区 EATS 日本橋」にも出展されるので、お時間がある方はぜひ見に来てください!(私も出します)

タグボートアートフェアの作品搬入中と会場直前の様子はタイムラプス動画にまとめているので、興味がある方はのぞいていっていただけると嬉しいです!


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