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3月の日曜日「節目」

 もう三月だ。ひなまつりを終えて、我が家の生活にも一つの節目があった。一月の半ばから続いていた義理の妹とその赤ちゃん、義母との共同生活が終わった。新年度になって色々と世間もバタつく前に義理の妹夫婦の新居も決まり、荷物を車に積み込み見送った。伽藍とした部屋をあらためて眺めると、こんな広さだったか、と月並みなことを思った。僕が「しずかだねぇ」と、これまた月並みなセリフを口にすると、娘も面白がって「しずかだねー」と真似をした。

 振り返ってみるとあっという間で、最初は義理の家族とはいえ他人との共同生活ができるのか不安だったけれど、蓋を開けてみれば、常に家に誰かがいてくれて、尚且つ家事のほとんどをやってくれていたので、助かった面の方がかなり多く、正直に言って僕と妻は楽をさせてもらったと言っても過言ではないだろう。そうはいっても気苦労も多いだろうとも思ったけれど、特段気にするほどではなく、これはまぁ、僕には自室があることも大きいのだけれど、ストレスというほどのことではなかった。もちろん最低限のマナーはあったけれど、それも別になんてことはなく、むしろ普段とは違う賑やかな生活が楽しかった、まである。

 だから、見送るときに、もしかしたら娘が寂しくて泣いたりしちゃうかな、なんて思ったけれど、そんなこともなく、アッケラカンとして「バイバーイ」で終わった。でも、考えてみれば、別に一生会えないわけではないのだ。

 とはいえ、環境の変化はさまざまな影響があるのか、はたまた季節の変わり目なのか、その日の夜、僕はお風呂上がりに急激な悪寒に襲われた。異様に寒い。二、三日前から花粉症のような症状が出ていて、でも花粉症じゃないし、風邪でもないし……? と思っていたのだけれど、先週から娘が鼻風邪を引いていたので、ついに伝染ったのか、と毛布にくるまってソファで横になっていると「ココちゃんもさむい〜」といって、もぐり込んできた。奇遇だな〜、なんて一緒になってテレビを見る。でも娘が夕食の時間になってもウダウダしているので、なんかおかしいな? と思っているうちに、僕の方もどんどん悪寒がひどくなってきて、食べ終わるやいなや、布団に潜り込む。これは間違いない、絶対そうだと体温を測ってみると、やっぱり発熱していて、久々に来たわコレ、という感じで厚着して寝ることに。

 妻が夜にわざわざ買ってきてくれたポカリを飲みながら悪寒に耐え浅い眠りを繰り返していると、次第に熱くなってきて、発熱のピークを超える。ここからは額と足の裏に冷えピタを貼り冷却に移行した。熱も下がってきて、見立てでは明日までには治まりそうだ。ただ、この時になってようやく、そういえば娘も寒がってたな、と思い至り熱を測ると娘も発熱していて、あちゃー、と言った感じ。しかも結構高いので、妻と二人で寝ずの番(というわけではないのだけれど)をすることに。幸い僕の方は、見立て通り翌朝には熱も下がり、なんなら花粉症のような諸症状も完全に治まっていた。強いていうなら免疫を総動員したんだろうな、という疲労感はあったけれど。娘の方は朝になっても熱が下がらず病院へ行くことに。でも、耳の奥が痒いと言っていたので、恐らく中耳炎だろう、と思っていたら、その通りだった。

 そんなわけで金曜日と土曜日は慌ただしかったけれど、日曜日にはほぼ完治。でもまだ病み上がりなので、家でおとなしくしていることに。でもせっかくの日曜日だし、ということで久々の外食でイタリアンを食べに行った。生パスタはやっぱり美味しかった。

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