桜花絢爛 「エピソード3 権現山公園」


「EP 3 権現山公園」
 ある時、彩香は一人で公園にいて、その小さな手をフェンスにかけて、その先の景色を眺めていた事があった。
大きな都会が広がっている。
 帰る家のない彩香は一人いつまでも、その下を走り去る電車を眺めた。電車の轟音は風向きによって公園の笑い声をかき消すほど大きく響く時もあった。
 どこへ向かうのか分からない、ただひたすらそこを通り過ぎていく白く高速の物を目で追った。そうしていたら、閉ざされた世界に、一人ぼっちになったような気持ちになった。誰もこんな私になど気づかずに前を通り過ぎていく。そこに声をかけることも出来なければ、その視界に入る事すらない。
永遠に私はそうなのか。
 やがて夕暮れが顔を出し、背後の楽しそうな声もいつの間にか聞こえなくなった。
 すると、後ろから涼の声が聞こえた。振り返れば、御殿山の街と、涼の笑顔がそこにあった。
 彩香は両の頬を大きく上げて笑った。
 ここにいれば、涼に会う事が出来る。
 彩香の両親の離婚が決まったのは、小学校に上がってすぐのことだった。財産の枯れた橘家は他所の血を抱えた加奈子を受け入れなかった。彩香はただでさえ、そういった陰にある母親の動向で不安な上、これまでと一変して違う世界であったので、越して来てから中々友達も出来なかった。家にもいられない。仕方なく外に出た。その時、この桜の咲く公園を見つけた。
そこに涼がいた。でも、涼が沢山の友達に囲まれていたからか、すぐに声をかけられず、遠巻きに見ていると、気づいた涼が駆け寄って来た。
 「彩香。どうしたの?どうしてここにいるの?一人?」涼は楽しそうな様子で息を切らしていた。
 彩香は首を傾げた。
 「わかんない」
 離婚したての頃は、加奈子はよく元夫に電話をかけていた。途中から必ず口調が荒くなり、汚い言葉を大声で叫び、ヒステリーに怒鳴り続けていた。隣人から苦情が来る事も度々あったが、その内に諦めたのか何も言って来なくなった。
 彩香も途中から諦めていた。3年生になり、ある程度の事は自分で出来る様になると、加奈子に頼ることもなくなった。それに、加奈子が鬱病の薬を飲み始めてから、ヒステリーは少し安定したものの、テーブルに突っ伏したまま寝てしまう様な事があり、加奈子自身が自分の世話すらままらない様な状態になっていた。
 彩香は、テーブルで伏せる母の背にブランケットをかけた。
 ある時、そうして伏せたまま寝てしまった加奈子の手元にノートが開いたままになっていた。毎夜カリカリと何かを書き記しているあのノートである。ぐったりと寝入った加奈子は中々起きないのを知っていたので、彩香はふとノートに目を落とした。
 そこには、加奈子の苦しさや、悲しみなど、両親への恨み、自分の生い立ちや、それを受け入れてくれたはずの元夫に対しての怒りなどが永遠と綴られていた。ぞっとするような汚い言葉もあれば、孤独に暮れた悲哀な声もあった。それを読んだ彩香は、やはり、自分より先に、加奈子の方に悲しみがあったのだと思った。この人が、一人の女性として、どれほど辛く苦しい人生を歩んで来た事か…。
 彩香は寝ている加奈子の背中にそっと手を置いた。その体にはまるで温度がない。骨ばって、ごつごつとしていた。この体に抱かれた記憶もない。思えば、涼達に会うまで、ずっと人の手は冷たいものだと思っていた。加奈子の手がいつも冷たかったからだ。
 彩香は加奈子の背に手を置いたまま、更にノートを読み進めて行った。
 そこで、気が付いた。
 私の事が書かれていない。
 どれだけページをめくっても彩香の名前がなかった。本来なら、一番に出て来ていいはずの、「私への悪態」がなかった。
 彩香は鳩尾の辺りがひやっとする、あの嫌な感覚を味わった。
 ページをめくる手も早くなる。いつの間にか、加奈子の背に置いていた手も放して、両手でノートの文字を追っていた。
 結局、そのノートには一行も、一文字も彩香について書かれている事はなかった。
 嘘だ。そんなはずはない。
 他のノートは…。
 彩香は押し入れの中を探し、すぐに大量の束になったノートを見つけた。その場にしゃがみこんで、一冊一冊文字を追った。
 自分の名前がない。自分への悪口は?なんでもいい。自分の事を書いていないはずはない。これだけ一緒にいて…。うるさいとか、うざいとか、邪魔だとか、可愛くないだとか、馬鹿だとか、何でもいい。何かあるはず。
 何十冊というノートを、彩香はそれこそ取り付かれた様に全部のページをめくった。
 それでもなかった。悪態でもいいから書かれていてほしかった。そして、その中に一つぐらい、希望を持てるものがあるのではないかという期待もしていた。
 彩香は、これまで自分が何に耐えて来たのか分からなくなった。耐える事で加奈子の怒りが解消されれば、やがては自分に向かって微笑んでくれるものだと思っていた。
 加奈子の世界には元々、自分などいなかった。
 自分とは、一体なんなのか。
 彩香は散らばったノートの中で膝をついたまま茫然とした。
 加奈子の静かな寝息が聞こえていた。
 それからまた月日が経つと、加奈子は、体力を失くし怒ることもなくなり、ついには彩香の事を空気の様に無視をするようになった。まさにノートの中の様な状態であった。加奈子は家事はおろか動く事もなく、布団で寝ている事がほとんどだった。代わりに、少し大きくなってきた彩香が家事をする様になった。簡単な食事を用意して枕元に置くと、加奈子は何も言わずに起き上がってそれを食べた。
 そうして、後年の数年間は、彩香は加奈子と目が合うことすらなかった。
 そんなある日の夜中、彩香は外に出て公園にいた。月の綺麗な夜だった。桜がちょうど見ごろだったので、彩香は赤い滑り台の上に座って、真正面に映える桜を眺めていた。
 桜は月の明かりと重なって、とても綺麗だった。
 あの家にいるぐらいなら、外にいる方がまし。真冬でもよくそこに来た。そういう冬の桜も好きだった。その時はカラカラに乾いていても、春にはうんと綺麗な花を咲かすのだろうと思うと、その乾いた姿すら美しく見える。その太い幹に頼りがいがあった。花木は裏切らない。その時がくれば必ず自分を迎えてくれる。
 そうした静かな夜が好きだった。
 すると、声がした。
 「いると思った」
 そう言って駆けて来たのは涼だった。
 「涼君…」
 涼は、短パンから伸びる日焼けした擦り傷だらけの足でヒョコヒョコと走って来て滑り台の上に上がって来た。まるで、ひよこが跳ねてる様な動きだった。
 「どうしてわかったの?」
 「なんかいる気がした。桜を見に来てるだろうなあと思って」涼は口の端を上げて笑った。
 彩香も微笑み返した。どうしてか、そのゆで卵みたいな顔と話していると自然と笑顔になる。
 「今日も、ありがとう」
 「ん?ああ、カオル達のことか。いいよ。また来ても追っ払ってやる」
 彩香は唇を丸め照れた表情でうっとりと涼を見つめた。その、ひよこの頬は幼くても、頭には立派なトサカがついているように見えた。
 キックボクシングは、体が小さい内は「…」だからどうしてもやめて欲しいと志麻子が言ったので、涼は代わりに空手を習っていた。強くなれれば特に何でもよかったので、それについてはあまり文句は言わなかった。
 「彩香のこといじめるやつは、絶対に許さない」
 「本当?」
 「本当だよ」
 「でも、涼君みんなに優しいだもん。それ皆にも言ってない?」この頃から既に彩香は上目遣いで甘える仕草を持っていた。
 「そんなことないよ。俺は彩香のこと絶対に守るって決めたんだ」
 「でも、涼君、家では僕って言ってるのに…」上目遣いの少し悪戯な笑顔だった。
 「だ…だって、「僕」って恰好悪いじゃん。でも、お母さんが僕って言いなさいっていうから…」涼は恥ずかしそうにしていた。彩香はそんな顔も好きだった。
 「どうして私のことだけ守ってくれるの?」
 そう言うと、涼の顔はもっと赤くなった。
 「そ…それは…。彩香のこと大事だし…」
 彩香はまた、にやっと笑う。
 「でもいいの。涼君に心配かけたくないから」彩香はそう言って膝を抱え、膝の上に顔を寝かせ涼の顔をみつめた。涼がどう言い返してくれるかはもうわかっていたが、その台詞が聞きたくていつもわざと甘えてみせた。その証拠に、その期待を待つ体の足の指先が気持ちを隠せずにいつもチョンチョンと動いていた。
 「いいんだよ。彩香。困った時は俺を呼べばいい」
 彩香は顔を上げた。
 「本当?」
 「本当」
 「本当にいつでも呼んでいいの?」
 「うん。いつでも呼んでいいよ」
 そして涼は、彩香の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。
 「…」
 その凛とした眉の下にある大きな目は力強く輝いていた。この頃になると、彩香はもう、涼の事が「好きだ」と言う気持ちをはっきりと持っていた。そして、それと同時に彼の内にある可愛らしいものの存在にも気づいていた。
 だから。彩香は思わず、そのむいた茹で卵みたいな顔をうっとりと見つめながら言った。
 「涼ちゃん…」
 涼は噴き出すように笑った。「りょ…涼ちゃんって言うなよ」そう言って顔を赤くした。
 彩香は涼の赤くなった顔を上目で覗き込んだ。「いいじゃん。涼ちゃんのお母さんも、涼ちゃんって呼んでた」
 「お母さんが?なんだよ。涼ちゃんて呼ばないでって言ってるのに」涼の口が尖った。
 「私も涼ちゃんって呼びたい」そう言って、彩香は下唇を噛んで涼を見つめた。涼は横目でそんな彩香を見た。この頃になると、涼は、彩香が女の子らしい仕草を見せると、何も言い返せなくなってしまう事にだけは気づいていた。
 「えーやだなあ…。恰好悪いじゃん」
 「やだ。そんなことない。可愛いじゃん」
 「可愛いったって…」
 「いいじゃん。私だけ。ねえ、いいじゃん。私だけ涼ちゃんって呼びたい」
 その彩香の丸めた唇と、大きな瞳に迫られると、涼は口を尖らせながらも渋々と頷いた。
 「わかった。いいけど…、誰かの前では呼んじゃだめだよ」
 「やだ」彩香は首を横に振った。「みんなの前で呼びたい」
 「駄目だって。恥ずかしいよ」
 「やだ。だって私とお母さんだけだもん。みんなの前で呼ばないと意味ないもん。私だけならいいでしょ?」
 涼は額を掻いた。「わかったよ。彩香だけ特別だよ」
 そう言うと、彩香はまた唇を丸め微笑んだ。
 それから、二人がしばらくの間、桜を眺めながらお喋りをしていると、遠くから誰かが走って来る音が聞こえた。異様に慌てた様子がその足音を聞いただけで分かった。
 それは志麻子だった。志麻子は二人を見つけると、非常に慌てた様子で駆け寄って来た。まるで二人のお尻の下にあるダイナマイトのスイッチでも止めに走るかのような勢いだった。もしくは、二人の頭の上に落ちる雷を止めに来るような動きか。
 前に来た志麻子は大きく息を切らし、肩を揺らしていた。
 「どこも怪我ない?大丈夫?」
  二人は目を丸くして志麻子を見下ろし、きょとんとした顔で頷いた。
 「もう…、お母さん、死ぬ気で探したわよ。誘拐されたのかと思ったじゃない」
 志麻子はそう言って膝に手を付いた。「靴がないから、あれーと思って。そしたら涼ちゃんどこ探してもいないから…」そう言ってむせた。
 「ごめん。勝手に出かけて…」
 「本当にどこも怪我したりしてない?大丈夫?」そう言って志麻子は滑り台の上に上がって来ると、涼の顔を覗き込み、涼の体のあちこちを触って確かめた。志麻子の髪の毛は汗でぺったりと顔に張り付いていた。
 「大丈夫だよ。ここで話してただけだから…」
 「そう…。もう…。良かった」志麻子は、やっと安堵のため息をついた。そんな志麻子を見て涼は少し困った様な表情を浮かべたが、彩香はその横顔を見て微笑んだ。
 「ああー本当、死にそう。ちょっとお母さんも入れて」そう言って志麻子は、ゼエゼエと息を切らしながら二人の間にお尻をついた。「でもいいダイエットになったかしらね」そう言って笑うと、二人もその大きな笑顔につられて笑った。
 志摩子は携帯電話を取り出すと、誠一に涼達が見つかったことを伝えた。
 「あなた達どうしても一緒にいたいのね」志麻子は半ばあきらめた様に笑った。
 涼と彩香は顔を見合わせ頷いた。
 「お母さんもそうさせてあげたいけど…。そうは言ってもねえ…。どうしたもんかしら。とにかく、今、お父さんも来るから、お父さんにも聞いてみましょう」
 やがて、すぐに誠一も公園にやってきた。涼と彩香は、滑り台の上と下で話し合う夫婦の顔を交互に見上げながら、自分たちの行く末が決まるのを待った。
 「どうしたって二人は出て行ってしまうだろうし、それがうちだったとしても同じことだと思う。なんにせよ、子供二人が暗い外にいるより、まだ家の中にいた方がいい」
 誠一がそう言うと、二人の顔は、ぱあっと明るくなった。
 「けど、もしそこで何かあったり、彩香ちゃんのご家族が心配しちゃったりすることだってあるじゃない。もし誘拐だって言われたらどうするの?」
志麻子がそう言うと、二人の顔はすうっと俯いていく。
 「わかった。じゃあ、もう僕が責任を取る」
 最終的に、誠一はそう言った。
 「責任って?」
 「誘拐だろうと何だろうと、彩香ちゃんの責任は僕が取るよ」
 「本当?お父さん」
 涼は身を乗り出して答えた。
 でも、誠一はその興奮を一度遮るように静かに語りだした。「でも、涼、分かるね?」その目はいつになく真剣な眼差しで涼を見た。「彩香ちゃんのことを本当に守って行くのは涼だ。今日、彩香ちゃんを一緒に連れて帰るっていうのが、どういうことか分かるね?」
 涼は頷いた。
 「その責任を取る覚悟はあるね?」
 涼はうんうんと2回頷いた。
 「そんなこといったって…。涼はまだ子供じゃない?」志摩子が笑いながら割って入った。
 「子供だって、男だ。ね?涼」
 涼はまたうんうんと2回頷いた。
 「彩香は一生俺が守る。お父さんにも約束する」
 それを聞いた誠一は暖かく微笑んだ。「わかった。それなら、お父さんも覚悟を決めるよ」
 それを見た志摩子は大きく息をついた。
 「分かった。もうお母さんも腹くくるわ。分かった。もう任せなさい」そう言って志麻子は二人の両肩を強く抱いた。「誠ちゃんがそう言うなら。涼ちゃんがそう言うなら。お母さんも一緒に頑張ります」
 その胸の内で涼と彩香は顔を合わせて笑った。
 「賑やかな方が楽しいしね。志穂も喜ぶよ」
 そうして、4人、同じ家に帰ることとなり、その日から、ついに源家は彩香のことを家に迎え入れることとなった。
 その後、涼と彩香の二人は、涼の部屋にいた。
 「お母さんが、一応、彩香のお母さんに泊めるって言って来るって言ってたよ」涼が彩香の枕を部屋に運んで来たところで言った。
 その途端に、彩香の表情に影が差した。
 「お母さん一人で大丈夫かな…」
 涼はじっと彩香の顔を見た。「「…」?」
 彩香は首を横に振った。
 涼はベッドに枕を二つ並べた。
「ずっと一緒に寝たかったな…」そう言って、涼のベッドの上に座る彩香は、その手の中で涼の香りのする羽毛布団をいじった。
 誠一は二人に、二人が一緒に寝るのは今日だけ特別で、明日、志穂が帰って来て、志穂が良いと言ったら、今後、彩香は志穂と一緒か、別の部屋で寝る事を条件として出した。
 「二人はまだ、結婚してないからね。男の人と女の人が一緒に寝るのは、結婚をしている二人だけだ」
 誠一はそうも言った。
 涼はそんな彩香の顔をきょとんした顔で見て、やがて言った。
 「…」
 それを聞いた彩香の顔はパっと華やいだ。
 「じゃあ頑張る。約束ね」
 涼は優しく微笑んだ。
 「約束。じゃ、寝ようか」
 そう言って涼は部屋の電気を消そうと立ち上がった。
 「待って。さっきの台詞もう一回言って」
 涼は振り返った。「さっきの台詞って?」
 「一生俺が守るってやつ」
 途端、涼の顔は真っ赤になった。
 「や、やだよ。恥ずかしいから」
 「じゃあ寝ない」
 「駄目だよ。もう寝ないと」
 「やだ。駄目じゃない」
 「駄目だってば。怒られるよ」
 「やだ。駄目じゃない。言って。言ったら寝るから」
 涼は額をポリポリと掻いた。
 「彩香の事は、俺が一生守るよ」
 すると、彩香はにやっと笑った。「分かった。寝る」そう言って布団にくるまった。
 涼は電気を消すと椅子に座り、椅子の高さや角度の微調整を始めた。
 彩香は、涼が暗い部屋の中で何をするのかと首を伸ばした。
 涼は椅子とベッドを同じ高さに繋いで、下半身をベッドの上に、上半身を椅子の上に乗せた、例のいつもの恰好で寝始めた。
 彩香は虫かごの中を覗く様な表情で聞いた。
 「それで寝るの?」
 冬眠を始める虫の様な姿で涼は言った。
 「落ち着くんだよ。これ」
 「…」
 彩香はそう言って笑った。
 その後、誠一が二人の様子を見に部屋へやってきた。二人が小さな寝息を立てて寝静まっているのを確認すると、誠一は静かにドアを閉めて志麻子の待つ寝室に戻った。
 「どうしてた?ちゃんと寝てた?ゲームとかしてない?」戻った誠一に志麻子が聞いた。
 誠一は笑った。「なんか生まれたばかりの子猫みたいだったよ」
 「ええ?どういうこと?」志麻子は笑った。
 誠一は口の端を上げて笑った。
 「二人して椅子とベッドをつなげた上に寝てたよ」
 そうして、涼と彩香の二人はすやすやと寝息を立てて、朝までゆっくりと…。
とは行かなかった。
 明け方近くになって、急に彩香は体を起こした。その拍子で涼も起きた。涼は、彩香が喘息の発作が始まったのかと思い心配で覗いたが、そうではなかった。
 彩香の眉間には、小さな皺が寄っていた。
 明け方は肌寒い。涼はとりあえず、布団を引いて彩香の胸の辺りにかけた。
 「どうしたの?怖い夢でも見た?」
 彩香は首を横に振った。
 「お母さん…。お母さん…またテーブルで寝てるかも知れない…」
 彩香は涼の顔を見た。「布団、かけてあげないと…」そう言って、彩香はベッドから…椅子から降りた。
 「帰るの?」
 涼もベッドから…椅子から降りた。
 「涼ちゃん…。涼ちゃんごめんね。私…」
 そう言い終わる前に、涼は優しく首を横に振った。
 「そんなことないよ。大丈夫だよ」
 玄関まで見送られた所で、彩香はどうしても「ここまででいい」と涼の気持ちを押し切った。
 「でも、送ってくよ」
 「もうすぐ明るくなるから平気」
 「でも…」そう言いかけて、涼は言葉を飲み込んだ。
 「本当に辛くなった時だけ、また来るかもしれない。でも、やっぱりお母さんが「…」だから…。、お母さんの側にいないと」
 涼はまた優しく首を横に振った。「分かってる。大丈夫だよ」そして、口の端を上げて笑い、うんうんと2回頷いた。
 「いつか迎えに来てね」
 そう言って、彩香は加奈子のいる家へと帰って行った。


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