桜花絢爛 「エピソード7 品川 横浜」
「EP 7 品川 横浜」
涼がユウジと知り合った次の日のこと。
「これから品川まで車で迎えに行くよ」
ユウジは電話でそう言っていた。
約束の夜6時になって、涼と彩香の二人が、涼の家の前で待っていると、間もなくして、ユウジは本当に車を運転してやってきた、
車はユウジの兄の物で、外国産の白い大きなワゴン車だった。
「まさか冗談だと思ってた。大丈夫なの?」
まずはそう聞いた。ユウジは中学2年なので、無論、免許を持っているはずはない。
「大丈夫だよ。横浜流。東京で捕まったらやばいけどな」そう言ってユウジは銀歯が覗く笑みを浮かべた。
後ろの席には、ユウジの中学の同級生である、須藤と、シュウ、マコトの三人も乗っていた。昨夜、ユウジが涼達と話している時に「仲間の」「友達の」「親友の」としきりに名前を出していた、その3人である。
須藤は一人だけ口数も少なく硬派な印象だった。髪も短くピアスもない。背はユウジと同じぐらいだが、がっちりとしているのでユウジよりも大きく見えた。「でも、俺の方が高いんだぜ」とユウジが自慢をして、それに対し「たった1センチな」と須藤が言い返すのがお決まりのやりとりになっている。
それに比べてシュウは軟派な印象で、髪が長く、服装も一人だけこ洒落ていた。ピアスも、ユウジの様にジャジャラと沢山付いているのではなく、お洒落な物が一つだけ左耳に光っている様な小粋な感じだった。
マコトは男なのに化粧をしていて、髪型は左右非対称であるし、服装は女物のニットを4サイズぐらい上げて着るというような、一風変わった印象だった。
涼達は、ユウジの様に軽いノリを持つ、シュウと、マコトとは、すぐに打ち解ける事が出来たが、須藤は品川のよそ者にはすぐに心を開かないという様子で終始腕を組んでいて、涼が明るく話しかけても、三文字程度の返事を返すだけだった。
「まあな」
「だよな」
「アキラ」
それでも、須藤は、保育園から幼馴染みのユウジの紹介だという事で、仕方なく一旦は、仲間として涼達の事を受け入れたようだった。
そうして、涼の家の前で、お互いの紹介と、簡単な立ち話が終わった所だった。
シュウが言った。
「品川って、もっとビルばっかりだと思ったけど、この辺にはねえんだな」
それよりも、目の前にある城の様な家が気になった。
「ここはなに?神社?寺か」
涼の家の高い塀が通りの先まで続いている。
「ここが俺の家だよ」
「えぇ?」
「家!?」
大抵の人がそういう反応をするので涼は慣れっこだった。「中に入れてくれ」と言うシュウの言葉にも「また今度ね」と笑顔で返した。
ユウジ、シュウ、マコトは、涼の家を眺めいつまでも騒いでいたが、やはり須藤だけは終始腕を組み、あまり関心を示さなかった。というよりも、関心は大いにあったが、まだその胸の内を見せられる程、涼に心を開いていなかったということである。
「じゃあ、涼の家はまた今度ってことで、とりあえず東京見学だべ」
ユウジがそう言うと、他の3人はすぐに車に乗り込んで行ったが、涼と彩香の二人は躊躇していた。
「早く。大丈夫だって。東京走るのはちょっとだけびびるけどな」ユウジはそう言ってシートベルトをつけた、「運転は全然大丈夫だからまかせとけ」
二人は顔を見合わせた。さすがに、ちょっと怖かった。
「本当に大丈夫かなあ」
彩香はそう言いながらも、小さい頃、涼の家の階段をダンボールで滑って遊ぼうとした時と同じように、好奇心がその心配を越えて口元が少しだけ笑っていた。
涼はその口元を見て、自分の口角もニッと上げながら、うんうんと2回頷いた。
「行こう。大丈夫だよ」
スリルとドキドキからか、二人はにやっと笑い合った。
そうして、二人がワゴン車の一番後ろの席に乗り込むと、車は夜の街へと走り出した。
「あ、煙草、禁止な」ユウジが言った。
「なんで?」そう言いながら、マコトは煙草を口にくわえた。
「彩香が喘息なんだって」
「だから?」
「知らねえの?喘息って煙草やばいんだぜ」
「えー。大丈夫だよ。気にしないで。吸って平気だから」彩香は身を乗り出して両手を振った。
「ほら、本人がいいって言ってるぜ?」そう言ってマコトが火をつけようとすると、須藤がマコトの口からすっと煙草を取って灰皿に捨てた。
「ユウジが駄目だって言ってんだろ」
マコトはそれに対し、小声で何かぶつぶつと言っていたが、やがて吸うのを諦めてライターをポケットにしまった。
「ありがとう」涼と彩香の返事がピッタリ重なった。
「仲間の女は、俺達の女でもあるからな。それが横浜流だ」ルームミラーにユウジの得意げな笑顔が映った。
須藤は窓の外を眺め、腕を組んで黙っていた。
車はまずユウジの「皇居が見たい」という希望を叶えるために、15号線を上り日本橋方面へ向かった。
その途中、とある東京の建物が見えた時、シュウが叫んだ。
「やっべー!みんな見ろよあれ、あんなとこに城あんじゃん。東京って城あんの?」
涼と彩香はそれを聞いて笑った。
「ほら、笑われてるぞ。城じゃねえよバーカ」マコトが言った。「あれはどう見たって大使館だろうが」
「まじか。東京の大使館ってでかいんだな」ユウジが言った。
「きっとアメリカ大使館だろうな。あの大きさだから」須藤までそう言った。
「まじだ。言われてみればホワイトハウスっぽいや」
それは国会議事堂だった。
やがて皇居の回りを走ったが、夜を覆い尽くすように映える東京のビル群と、速度の速い東京の車達、そして警察の多さに圧倒されて、東京見学はあっという間に終了した。
「やっぱ肌に合わねー。横浜に帰るべ」ユウジはハンドルをぐるりと大きく切った。「下道でいいっしょ?」
「まじかよ。高速乗れよ」マコトが言った。
「じゃあマコト高速代くれよ」
「そんな金持ってる訳ねーだろ」
「だったら、黙っとけ~」
そうして、一同を乗せた車は横浜へ向かった。
マコトが二人を振り返って言った。
「静かだと思ったら…、お前ら観光バスじゃねえんだからよ」
涼と彩香の二人はきょとんとした顔で静かに座っていた。
「品川が名残おしい?」シュウが聞いた。
涼は首を傾げた。「そんなことはないかな…」
「うん…」彩香もうんうんと2回頷いた。
「品川の二人はクールだから気をつけろよ」ユウジがそう言った。
やがて、車は15号線を小一時間ほど下りみなとみらいに到着した。
横浜の高層ビルが6人を迎える。東京のそれと比べたら確かに規模は小さいが、東京のそれを見ている時と何かが違う。涼と彩香の二人は、それをしばらく見上げていた。
あの時と同じ気持ち。
車はその光の渓谷を抜けていくように走って行った。
やがて涼が口を開いた。
「やっぱり横浜っていいよね。オレンジ色が多い。品川と似てると言えば似てるけど…」
白銀に輝く品川の都市に比べ、横浜はその街全体の光に暖色が多い。
「なんか暖かい感じがするよね」彩香が言った。
ユウジが得意げに笑った。
「東京は冷てえ街だからな。横浜は誰でもウェルカムだぜ」
「港町だから確かにそういう気質はあるよな」マコトが言った。
「その分喧嘩も多いけど」
「それで結局は仲直りすんのが横浜流」
「どうだ?いい街だろ。横浜って」
ルームミラーにユウジの得意げな顔が映った。
「ね…すごい。観覧車の前も通る?」彩香が運転するユウジに言った。
「通れるよ。オッケー。じゃあ、ちょっと寄り道していくか」
すると、須藤が小さく舌打ちをした。
「なんだよ。いいじゃねえかよ別に。照れ屋さんなんだから。す~ちゃんは」マコトがそう言うと、須藤はじっと黙ってマコトを睨んだ。
「おーこわ~」
「まあ、むこうに着くまで大人しくしてろって」ユウジが二人を宥める。
「見て見て。昔、みんなで行ったよね」彩香はランドマークタワーを指差した。「お母さんすごい怖がってたよね」
涼は頷いた。「高いとこ駄目だからね」
「なんだよ。あんなしょぼいもんにびびったのか?」ユウジは笑った。「横浜にはもっとすげーもんがいっぱいあるぜ」
その後、車は、店の前にヨットが飾ってあるハンバーガー屋の前を通った。
「あそこのハンバーガー美味いよ」
「知ってる。シュウ君も好きなの?私と涼ちゃんも好きだよ」
「マジか。俺も好きなんだよ。今度みんなで行こうぜ」ユウジが言った。
「俺はいいや。そんなに好きじゃねえ」須藤が言った。
「そうだったっけ。お前三つぐらい食ってなかった?」ユウジは笑った。
「そうだよ。そんな事いうなよ。す~ちゃん」マコトは須藤をからかった。
須藤はじっと睨みを効かせてマコトを見た。マコトはニヤニヤと笑った。
その後、車は赤レンガ倉庫の角を曲がり、像の鼻パークの前を過ぎて行く。すると大桟橋ふ頭に豪華客船がついているのが見えた。
「わあ!すごい!」彩香はプレーリードッグの様に視線を伸ばし口を手で覆って喜んだ。その目の中には煌びやかにライトアップされた大きな船が映っていた。「涼ちゃん見て見て。ほら、船。船だよ船。すっごい大きい船。船船船船船」彩香は子供みたいにはしゃいで涼を叩いた。
「本当だ。すごい綺麗だね」涼も窓の外を覗いて目を輝かせていた。
「そんなにかよ」二人の喜び様を見て、前の四人がゲラゲラと笑った。
「そしたら、中華街も見せてやらねえと」そう言ってユウジはハンドルを切った。
「別にそんな…」須藤はまた小さく舌打ちをした。
「まあまあ、いいじゃねえかよ、すぅ~ちゃん」マコトが調子づいた笑みでそう言うと、須藤は険しい表情でマコトの方に体を向けた。
「てめえ。次言ったらマジでぶっ殺すぞ」
その勢いに、涼と彩香は目を丸くした。
「そんな怒んなよ。…すぅーちゃんっ」そう言って、マコトはニヤニヤと笑いながら首をかしげて見せた。須藤はじっとマコトを睨んでいたが、やがて窓の方を向いて黙った。
「おい、あんまからかうなって。まじでぶっとばされるぞ」
ルームミラーに映るユウジの顔は笑っていなかった。
やがて、車は開港広場前の信号を通り、イチョウ並木が有名な山下公園通りへ抜けていく。その通りは博物館や、ホテル、横浜マリンタワー等が並び明るく賑やかであり、それらの対面の海岸側には夜の情緒溢れる山下公園が続くような、横浜を代表する通りの一つである。
「この通り超好き。どうしよう、涼ちゃん」
彩香は感極まっていた。
「港の見える丘公園も良いよ」助手席からシュウが振り返って言った。 「夜景が綺麗だよ」
「ふん。何が夜景だ」
須藤がそう小さく呟いた。
「うるせえな、だまっとけチンカスが」
シュウは半笑いで言い返した。
「誰がチンカスだ」それに対し須藤も半分笑っている。
「あ、くせえ…チンカスが喋った」シュウは鼻をつまんだ。
「てめえは小学生か」須藤は助手席に手を伸ばし、シュウの肩の辺りを小突いた。
「幼稚園児に言われたくねーし」
そう言って、シュウはそこから長い足を延ばして須藤の足の辺りを小突き返した。
「いってーな、てめえ」須藤はまたシュウを小突いた。
「てめえが先にやったんだろ」シュウはまた足を延ばした。須藤はそれを避けようとしたが、シュウは上手く須藤の足に当てた。
「へっへーざまあ。ゴリラ」と言うシュウの憎たらしい笑顔を見ると、須藤は席を立ちあがってシュウの方へ行った。
そうして、横浜名物「二人のじゃれあい」が始まる。
須藤は、シュウの首根っこを捕まえようと掴みかかったが、シュウはそれを上手く防ぎながら隙をついて須藤の股間の辺りを突いた。
「いてっ」須藤は身をくの字に曲げた。
「うわ。「いてっ」とか言って、ちょーダッセー!もしかしてホモの方ですかぁ?」
「うるせえ。誰がホモだ」
じゃれ合いのきっかけを作るのは双方どちらもだったが、展開はいつもシュウが口で上手を取る形で進み、最後には須藤がシュウを力で抑えこむ形で終わるのが常だった。シュウは抑え込まれると「ギャーごめんなさーい」と言う様な大声を出す。それでやっと懲りたのだと思って須藤が力を緩めた途端に、シュウはまたすかさずちょっかいを出す。須藤がまた抑えつける。シュウが大声で謝る。須藤が力を緩める。シュウがちょっかいを出す。それを永遠と繰り返すのだった。
「このやろう、二度と、口きけねーようにしてやる」
「ギャーいたーい。ゴリラ!ダボハゼ!ブタゴリラー!」
「てめえ。好き勝手言ってんじゃねえぞ」
「えー!?否定しないってことは、今の認めたって事ですかー!?」
それは車が揺れる程だった。じゃれ合った二人が、運転するユウジに倒れかかることもあった。それに、とにかく、シュウの「ギャー」とか「ウー」とかいった声が大きくてうるさい。
「やめろって。あぶねえだろ」そう言いながら、ユウジもゲラゲラと笑った。
「また始まったよ」マコトは呆れた様子だった。「うるせえなあ、座れって」そう言うマコトの声は一切届かず、二人のじゃれ合いは続く。
涼は、そのじゃれ合いを見て笑っていた。
「港の見える丘公園って名前も素敵…。涼ちゃん。今度行こうね」
彩香は弾む様な笑顔でそう言った。
「いいよ」
涼は、そんな彩香を見て微笑んだ。
「ガキみてえな事ばっか言いやがって」
「そのガキみたいな事にむかついてるやつは、もっとガキだって事分かって言ってますぅ?」
「すごいね、横浜ってお洒落な街だね。街自体がテーマパークになってるみたい」
じゃれ合う二人のやかましい声を他所に彩香はそう言った。
「ふん。東京の方がすげえだろ」マコトの冷たい声がした。
「俺はこの感じの方が好きだな。賑やかで暖かい感じがする」
「な?横浜ってすげえだろ」ユウジが言った。「品川に勝った」というような誇らしげな笑みがルームミラーに映っていた。
「ちきしょうあちーな」
要約じゃれあいが終わったか、須藤はそう言って胸の辺りの服を掴んでパタパタと仰ぎながら自分の席に戻った。
「うへへへへ。ゴリラは新陳代謝激しいからな」シュウはすかさずそう言った。その額からは汗が流れ、肩も激しく上下に動かしている。そんな風になりながらも、椅子の陰から憎たらしい笑みを浮かべる姿は、須藤とじゃれるのが本当に楽しくて仕方がないという様子だった。
「うるせえ。いい加減にしろ。あちーんだよ」
「須藤の「ス」は、スーパーゴリラの「ス」だよ~」
「てんめえ」
須藤はまた椅子から立ち上がった。
二人のそんな関係は小学校の低学年の頃から変わらない。それだけで、二人は何時間でも遊んでいることが出来そうだった。
「わー!ゴリラに殺されるぅ~」
シュウの大きな声。それを見て笑う4人の笑い声。
「ゴリラって言うんじゃねえ」
「ゴーリラゴリラ。ゴーリラゴリラ」シュウは余計に調子づく。
「ったく…。しょうがねえな、こいつらは」マコトもいつの間にか笑っていた。
やがて、車は、東京湾沿いの工業地帯へと進んで行く。
一同を乗せた車は公会堂へ。
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