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「光」第二話

アオは目を開けた。あたりには岩がたくさん見える。空は暗い。自分が何なのか、なぜここにいるのかもわからない。
座っている地面を見ると、アオを中心に半径1メートルほどの場所にだけ、緑の草がさわさわと生えている。

父に殺害された遠いあの日、精霊がアオを強く抱きしめたとき、精霊の持つ光の力の一部分がアオに入り込んだ。強い生命力を持ったそれは、アオのなきがらにとどまり光り続け、やがて奇跡的に魂と結びつき、転生を果たしてしまったのだった。

強い精霊の光の力とともに、アオは石の森にひとり座っていた。
空気の匂いは、なぜかどこか懐かしい気もするが、見るものが全て初めてで、目が回る。どこから見たらいいかわからない。この緑のふさふさは?あのゴツゴツした塊は何?
ゆっくりと立ち上がってみる。歩けるようだ。少し歩いてみることにした。

アオが歩くと、その場所に緑が蘇った。荒れ果てた地がパッと明るくなる。「わ、すごい!」
歩くとどんどん草地が復活するのが面白くて、あちこち歩き回った。
しばらくすると、枯れ果てた木の株を見つけた。これは何だろう…恐る恐る指先で突いてみる。こんこんと乾いた音がする。カラカラに干からびてしまっているようだった。

両手でそっと触れてみると、身体の奥底から光が湧き上がってくるような、何とも言えぬ感覚に包まれた。自分が少しだけ光っている気もした。
すると、枯れていた木の株から枝が伸び、ちょこんと若葉が顔を出した。木の肌は本来のがっしりした質感を取り戻し、命を吹き返した。
生気を失った地に蘇った緑は青々として、美しかった。

アオは芽吹く若葉に見惚れた。初めて見るけど、やっぱりどこか懐かしい………

…………気づくと、周りに気配を感じた。顔を上げると、石でできた生きものたちに囲まれていた。

アオはびっくりして、そこから動けなくなった。みんなの視線がアオに集中している。
皆さまざまな形をしていて、頭、胴、手足とアオと同じようなつくりだが、全て石でできている…

石の民は皆黙っていたが、1人がやっと口を開いた。「…何者だ?」
アオは自分が何者かわからない。前の記憶がないのだ。石の民も、自分らと姿も形も違う者が、しかも見たこともない緑色の植物と一緒に現れたのだから、皆怯えていた。

「どこから来たんだ?」「おうちは?」アオの姿が子どもであるので、そう聞いたものもいた。
「え…と、……あの…」
答えられない。囲まれて質問されて、縮こまってしまう。
すると奥から1人の石男が声を上げながら群集をゆっくりかき分けてアオの前へ出た。

「静まれ、静まれい。我が話を聞こう。」
背がすごく大きい。アオは彼を見上げなければならなかった。ゴツゴツとした肌に、硬そうなゴツゴツの身体、腕、手足はずんぐりして重そうだった。背中には石でできた大きな槍を携えている。
「我はこの村の村長。ゆっくりでよい、見慣れぬ子どもよ。おまえはなぜここにいる。」

「…あの、気づいたらここで目が覚めたんです。」やっと声が出た。少し震えている。
「信じてください…お願いだから、殺さないで…」

圧倒的な威圧感を感じ、思わず命乞いをしてしまう。
「ここは、我々石の民が暮らす村だ。おまえに攻撃の意思がないなら、こちらもおまえを傷つけることはしない」
「我々も見知らぬ姿をしたおまえに、少なからず怯えているのだ。」
………少し間が空いた。見たことのない姿、初めて見る緑色の植物…警戒をすぐに解くのは難しいことだった。相手が子どもだとしても。
…すまない。村長がそう呟くと、アオの後ろの方の群衆に目配せをし、別の民が2人、穴の空いた石の板のようなものを持って出てきた。
アオのそばに来ると、腕を押さえつけ、ゴトリと手首にそれをはめ、硬い紐でぐるぐる巻きにした。枷のようだ。
「えっ…なんで…!」アオが抗議する。
「すまない、子どもよ。我々は我々の臆病さを恥じるべきだ…しかし、おまえをすぐに受け入れるわけには行かない…」

両脇を掴まれ、立たせられる。石の枷は重すぎて1人で立てないので、脇の1人が片手で枷も持ち、村外れの小屋へアオを連れて行った。アオが歩いた後の地面は、草がそよそよと揺れていた。

小屋の石の扉の下には、アオの拳2つ分くらいの穴が縦に小さく空いていて、窓も横に広く縦に狭い幅のものがついているだけだった。窓というか、ただの穴だ。
罪人を押し込んでおく小屋なのだろう。
アオを小屋に入れると、2人の民はさっさと行ってしまった。
確かに、自分は彼らと似ても似つかないし、見慣れない植物を再生させる存在。警戒しない方がおかしい。でも、いきなり牢屋なんて…

1人呆然として、辺りを見回した。手にはまった枷が重い。静かになって、囚われの身とはいえ、少し気が抜けて眠くなってきた。

夢うつつのなか、何だか遠くで、光っている気がする。ずっと遠くで、見えるわけではないけれど、身体の奥底で感じる。とてつもなく、そこへ引き寄せられるような…アオは眠ってしまった。


ふと目が覚めた。あたりは暗い。夜になったようだ。喉が渇いてきた…
すごく静かだ。ザッザッと、足音が聞こえる。
びっくりして、息を潜める。
上の窓に、影が見えた。こちらを見ている。
小さな1対の寄った目が、月明かりに照らされて不気味に光る。石の民の1人のようだ。村長と違って、石の肌は凹凸がなく滑らかだ。見張りの者かもしれない。
襲われると思ったが、その様子もなさそうと見て、アオは勇気を出して声をかけた。

「あの、すみません…お水が、欲しいんですけど…」語尾がどんどん小さくなってしまう。
「あ?聞こえねえよ」
つっけんどんに返され驚いたが奮い立たせて必死に言う。「…水をください!」

石男は、また窓越しにアオを見つめた。この男は石の森での騒ぎのときあの場にいなかったから、今初めてアオの姿を見たのだ。
小屋の中の地面が、緑の草で溢れている。男は、それを不思議そうに見つめた。
何分そうしていただろう。ふいに男は目を逸らし、来た道を戻って行ってしまった。
たくさん奇妙なことが起こって、疲れ果てたアオは、とうとう眠ってしまった。
男が水の入ったコップを置きに来たことにも、気付かなかった。

朝になった。外が明るくて目が覚めた。コップに気づく。「持ってきてくれたんだ…」手が使えぬので、口を直接近づけて飲んだ。飲みづらいが必死に飲んだ。
村外れの小屋だから、誰も来ない。目を閉じると、また身体の奥にずんと響くものがある。強く引き寄せられる、あの感覚。苦しくさえなりそうなこの感覚。たまに見張りが見に来る。でも、昨日の夜の男ではなかった。
時間の経過に気が遠くなりながら、うたた寝したりもぞもぞ動いたりして、日が暮れる時間になった。

「お前がさっさと飲まねえから怒られたじゃねえかよ」急に上の窓から声がして飛び起きた。
「え…?」
「えじゃねえよ水も何もやるなって怒られたんだって」
小屋の外に昨日の男が立っていた。
「あの、昨日は水、ありがとうございました…」
「別に」
「僕いつまでここにいればいいの…?」
「さあ。」つっけんどんに返す。
「食い物も水もやるなってことは、あいつお前のこと殺す気かもな」
「あいつって?」
「村長だよ」

「でも僕、この草とか葉っぱがあれば大丈夫な気がするんだよ。ここからすごいエネルギーが出てるんだ」地面に生えた草をさらさら触りながら言う。子ども特有の勘から、口は悪いがこの男に邪心は無いと見て、アオは話しかけ始めた。
「名前はなんていうの?」
「ボウ」つっけんどんに言う。
「お前、自分の名前も知らないみたいだな。他の奴らが言ってたけど。どういうことだよ。」
「だって、急にあそこで目が覚めたんだもん、僕にだって何が何だかわからないよ」
「俺がつけてやろうか」ボウは笑いながら言う。
「アオとかでいいんじゃねえの。お前の周りどこ行っても青いから。」奇妙な偶然。
「いいね!じゃあそう呼んでよ…」

ボウは少年と話しながら、不思議な充実感を覚えていた。未来に希望を見出せない、やる気のない青年。ボウの心の奥には、緑あふれる大地の記憶が、少しあった。だから、アオが再生させる緑を見た時、目を疑った。
昔から誰も相手をしなかった。ボウが小さい頃、緑の大地がいつか蘇るなんて空想話をしてよく馬鹿にされたものだ。今のままだよ、そんな世界ないよと。
この光のない暗い世界にも嫌気がさしていた。村の兵団へ入り、体を鍛えた。動いている間は、何もかも忘れられた…
昔信じてやまなかった希望の存在が、今目の前にいる。何もかも斜に構えてひねくれていたが、幼い頃の純な心を思い出していた…

その後も、アオは不思議な引き寄せられる感覚の話をしたり、石のことやこの世界のこと、いろいろなことをボウに聞いた。
ガキの子守かと言いながらも、ボウは聞いてやったし答えてやった。奇妙な組み合わせの2人は、互いの仲を深めていった。

「次に水持ってきた時寝てやがったら叩き起こすからな。怒られるのは俺なんだから」
「ボウさんに叩かれたら潰れちゃうよ僕」

そろそろ夜が明ける…

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