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あの時、僕たちは。②国士舘大学

国士舘大学新体操部の練習場所は、東京都多摩市にある。緑が多く、のどかな土地柄であるが、コロナ禍は容赦なく部員たちを直撃した。

あの時、新潟演技会が中止になって

2020年3月。部員たちは、新潟演技会に向けて練習を積んでいた。この演技会では団体、個人、集団演技、長縄がいっぺんに見られるとあって、毎年大人気を博しており、今年はチケットも即日完売していた。個人の新作演技が披露される「年度のスタート」的な意味合いも持つ演技会だ。長縄や集団演技の新作も、ほぼ完成しかけていたという。

しかし、コロナのために中止されることが決まった。(写真上:新潟駅に掲示された演技会中止の告知)

あの時、部活動が禁止されて

国士舘大学では、3月中頃から部活の活動が中止になり、4月には「部活動全面禁止」という指示が大学から出された。キャンパスにも立ち入り禁止。部員たちはこの頃、Zoomを使ってオンラインミーティングを行っていたという。

例年であれば、団体の構成作りをする時期。主将の池谷海都(神奈川・光明相模原高校出身)らは、Zoomでアイディアを出し合い、なんとか新構成作りを進めようとしていた。

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「構成の案について、こんな感じで…とか動画を送りあって、家でその動きを試してみたりもしたのですが、全然イメージができなくて。結局、大学で練習できるようになってから、それを踏まえて作り出した、という感じでした。」

地方出身者が多い国士舘では、帰省していた部員もいた。

齋藤凌(山形・遊佐高校出身)は実家に帰省したが、畑の中の空き地にブルーシートを敷いて練習していたという。彼は自粛期間を「メンタル・体のトレーニングとして捉えるべき」と考えていた。高校時代、山形県で個人が1人という環境で過ごしてきた彼は、東京に戻った時、仲間がいることが嬉しかったと語る。

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吉村龍二(福井・科学技術高校出身)は、東京の下宿で自粛期間を過ごした。体重が増えたかどうかは、倒立をするとわかるという。普段から、体のことを考えて自炊。「料理の腕が上がりました」とのこと。「ロープはなかなか難しいんですけど、クラブを回したりするのは、部屋の中でもなんとかできていました。」

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浅尾素成(岡山・井原高校出身)もまた、自粛期間をポジティブに捉えている。「今の期間にしかできないことをやろうと思っていました。さすがにタンブリングができない不安は少しありましたが、体はしっかり動かしていました。」

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5月末に緊急事態宣言が解除されてから、帰省していた部員がだんだんと東京に戻りはじめる。この頃には、公園に集まって基礎的なトレーニングや手具操作をしていたという。

あの時、人生の決断を

しかし4年生の部員の中には、この時点で今後の試合に出ない、つまり新体操人生に区切りをつけることを決意した者もいた。

国士舘大学男子新体操部の年間スケジュールは、タイトである。海外遠征、イベントや演技会へのゲスト出演も多いし、東京都内にある唯一の大学チームということもあり、TVメディア等の取材も積極的に引き受けてきた。ところが今年は、予定されていた2つの海外遠征や東インカレも中止され、全てのスケジュールが白紙になった。

自粛期間中に「考える時間」ができたと、選手達は口を揃える。この異常事態ともいえる中で、何が自分の人生にとってベストな選択なのか。4年生たちは、それを必死に考えたに違いない。

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そして、例年通りならば存在しなかったであろう、「現役を退く」という選択肢が、彼らの前に現れた。

個人リーダーを務める石川裕平(東京・国士舘高校出身)は、教育実習や就職活動、さらにはインターンなどを経験し、インタビューを行った7月19日に、自粛以降じつに4ヶ月ぶりに体育館での練習を行ったという。

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「どちらの道を選んでも、モヤモヤが残ると思いました」と、複雑な胸の内を明かす。しかし、「人のせいにはしたくない。自分が決めたからには決めたことをきちんとやっていきたい」と、すでに心は整理され、未来に向かっているように見受けられた。

団体のリーダーを務める村上惠右(静岡・島田工業出身)は言う。「今までは新体操漬けで、新体操のことしか考えてこなかった。でも実家でニュースを見たり将来のことを考えたら、視野が広がったというか。いろいろなことを考えられるようになった自粛期間だったと感じました。」

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川端勇輝(国士舘高校出身)もやはり、自粛期間に進路について考えた。「新体操が終わった後の先の人生を考えるようになって。就職後のことなども含め、新体操だけが全てではないということを、真剣に考えました。」

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(photo: gfotos.de)

わずか2時間の練習の中で

現在、練習は団体2時間、個人2時間の制限の中で行われているという。団体の新構成については、「今までの国士舘の良さを生かしつつも、新しさをさらに追求した、見栄えの良い構成になっている」と池谷。「1位を目指すのはもちろんだが、審判だけではなく、見ている人に伝わる演技を意識している」のは、これまでの国士舘団体の特徴を受け継ぐものと言えるだろう。

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川端は「いろいろあった年なので、見ている人を感動させたい。やはりスポーツは、人に夢や希望を与えるもの」と力を込める。そして、「今年はとにかく曲が今までにない感じで、部員からの評判もいい。ぜひ見てもらいたい」そうなので、期待したい。

団体の4年生にはもう一人、髙橋稜(宮城・名取高校出身)がいる。村上は優しく、川端は明るく、そして髙橋はピリッと引き締める役割分担が自然にできているという。人にあえて厳しいことを言うのは、誰もができることではない。団体にはそのような役割が絶対に必要で、それを髙橋がやってくれている、と村上・川端は口を揃える。

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(photo: gfotos.de)

目標に向かう姿勢はブレていない

部員数の多いチームをまとめていくのは大変な苦労が伴うだろう。それについて、池谷はこう語った。「自分と全く同じ考え方をする人は誰もいません。皆、違う考え方や個性を持っています。自粛期間は直接話すことができない分、画面越しだと本当に伝わっているのか分かりにくく、コミュニケーションがうまく取れない時期があり、チームの人間関係、信頼関係を作り出すのがとても難しかった。ただ、部全体として、目標に向かう姿勢に関しては誰一人ブレていません。その点はやりやすかった。」

チーム力を日本一に

現在の4年生たちが最上級生になった時に掲げた目標が、「チーム力を日本一に」である。「選手、支える人、応援する人全てを含め、勝ちに向かえるチーム作り」を目指して、試合での結果につなげていく。それが彼ら4年生のプランだ。

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国士舘には、4月に新入生が10名入部している(団体8名、個人2名)。例年であれば、新入生たちも3月から少しずつ練習に参加し、新しい環境に馴染んでいくのであるが、今年は先輩部員とほぼ関わらないまま、自粛期間が始まってしまったケースもあるという。新入生同士も、お互いに十分な話し合いができないままに、先輩達とのオンラインミーティングに参加する状態になった。大学での練習が始まってからは、1年生がチームに早く馴染めるよう、上級生が気遣う場面もあるという。

追い抜かれて追い抜いて…

黄金世代と言われ続けてきた今年の4年生達。石川は、全国の強いライバル達について次のように語った。「追い抜かれて追い抜いて、追い抜かれて追い抜いて…。ライバルとして切磋琢磨してきた。離れているので直接的に話をする機会は少ないですが、お互い意識しあって、成長しあってきたのは、いい関係性だったなと思います。」

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自粛期間中に山田小太郎監督の口から語られた言葉で石川の印象に残っているのは、どのような状況であっても準備をしっかりしておくこと、環境のせいにしないこと、の2つだという。

今、彼らが感じていること

水戸舜也(北海道・恵庭南高校出身)は、石川が教育実習やインターンで不在の時に個人のリーダーを務めている。練習で大きな声を出して仲間を鼓舞する姿が印象的な彼は、今後の試合に関しても貪欲な姿勢を見せる。

「去年のジャパンは、入賞できない、何も持って帰ってこれないという状態が悔しかった。川東先輩を見て、この人のようになりたい、あの大舞台でいい演技をしたい、そして勝ちたいと思いました。」

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吉村「新体操ができない時間に、自分は本当に新体操がしたかったんだな、ということを感じていました。」

浅尾「全日本インカレが行われる福山市は、井原の隣。全カレでの姿を親に見せたい。」

齋藤「新体操ができる、という当たり前のことが当たり前じゃなかった時期があったので、それに感謝するのが一つ。そして、当たり前のことができるということは、誰かしら、それを支えてくれる人がいるということ。監督、保護者、OBの先輩達、どれだけの人が関わってくれているのか、ということを考えたい。」

25-4斎藤

山田小太郎監督からのメッセージ

この記事を山田監督に事前に読んでいただいた。次のような感想をいただいている。

「まだ今年は何も始まっておらず、そして何も終わっていないのに何故か感慨深い気持ちになりました。今年の4年生たちは本当に、これまでの人生の中で、そしてこれからの人生においても、一番苦しく、一番耐え、一番自分自身を見つめ考えた時期であったのではないでしょうか。
彼らが今年1年を乗り越え、本当に大きな人間になってくれるのを最後まで傍で見られることを誇りに感じます。」

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部員からのメッセージ

インタビューの最後に、水戸選手が部員の思いを代弁してくれた。

「今、僕たちは、2時間という縛りの中でやれることを最大限やっています。

楽しんで新体操できることが、今は幸せだと思っています。

僕たちがフロアに立った時に、その姿を皆様に見ていただけたら

進化した僕たちを見てください。

国士舘大学、頑張ります!」

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「あの時、僕たちは。①花園大学」も公開中です。


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