2019年 井原高校 インターハイ団体優勝

岡山県立井原高校は、緑濃い山々に囲まれた静かな町にある。日本全国のみならず、世界にファンを持つ男子新体操の強豪チームは、長田京大監督のもと、この小さな町でひっそりと練習を積んでいる。

インターハイで劇的な優勝を遂げたこのチームの演技は、多くの人が「井原史上最高の演技」「圧巻」等々、最高の褒め言葉で称えた。筆者はインハイTVのリアルタイム中継で観戦していたのだが、井原高校の選手たちがマットの上で開始のポーズを取った瞬間、涙が溢れてきたのに驚いた。そのあとの３分間、どのような演技が予定され、どのような構成・実施が行われるか全く知らずに見ていたにもかかわらず、なぜ冒頭のポーズだけで涙が勝手に出てくるのか。

インターハイから５日後に井原高校を訪れ、動画を撮影させてもらった。たった1日の取材は、彼らの1年間のわずか365分の1を「傍観者」として見せてもらうにすぎない。それでも私は、あの開始ポーズだけで涙が流れた理由の一端を垣間見た気がした。

マットが敷いてある武道場にはエアコンがない。猛暑の中、選手たちは水筒、タオル、塩の小ビンの３点セットを持参して練習していた。

撮影が進むにつれ、選手の肌が水浴びでもしたかのように汗で光る。全国制覇を遂げたアスリート達といえども、さすがに集中力も削られてくる。すかさず、キャプテンの有田海音（ありたかいと）選手の檄が飛ぶ。

「キツいのは自分だけじゃないぞ」

「相手のことを考えろ」

「自分が今、何ができるかを考えて動け」

２年前、井原の新体操に憧れて広島から越境入学してきた少年は、控えめでおとなしく、それでも井原にいることが嬉しくてたまらないという様子だった。素直で美しい動きを持ってはいたけれども、決して目立つほどの柔軟性があったわけでもなければ、自己主張する性格でもない。お母様にお話を伺うと、「親子共々井原にいること自体が夢のようで、その夢がずっと今でも続いているような気持ちです。」とのことだった。「長田先生の指導が、新体操以前に人としてどうあるべきか…という点を重視してくださるので、親としても全面的に信頼してお任せできました。」

↑高校１年生当時の原田知輝（左）と有田海音（右）

有田選手自身の、おそらく想像を絶する努力もさることながら、彼を受け入れ、彼をキャプテンに選び、総体優勝するチームを作り上げた、関係者全員の勝利だったのだという気がする。

そして今年度は福島の名門、華舞翔新体操倶楽部に所属していた田中紳介選手が新たに越境入学をしている（二人の兄はそれぞれ国士舘大学、青森山田高校で活躍中）。井原市内の一軒家に住む彼を、保護者やチームメイト達が協力してサポートしているという。

↑（田中紳介選手は後列右）

練習場には、大きな冷風扇と扇風機が何台か設置してある。午前中にもかかわらず、38度にまでなった取材当日。あちこち動きながらカメラを構える私の背中に、気がつくと常に風が当たっている。あの場で一番キツい思いをしているはずの選手たちが、こちらに扇風機を向けてくれる。「これ使ってください」と西江祥平選手が団扇を持ってきてくれる。彼らはきっと、監督に指示されてそんなことをしているのではない。「相手のことを考える」という態度が、彼らの骨の髄まで染み込んでいるのだろうと思った。

↑40度を超えることもざらにあるという

↑井原市役所で行われた祝勝会で。西江選手と長田監督

長田監督は「今年のチームは気持ちの優しい子ばかりで」と言う。どこのチームもそうだと思うが、団体練習は地味な繰り返しの連続だ。むしろ、相手のことを考えられる、気持ちの優しい選手でなければ、とうていあのような団体演技は作り上げられないのではないか。誰か一人でも自分本位の考え方をしたら、その瞬間、あのリスキーな技だらけの演技は崩壊してしまうだろう。
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 冒頭のポーズ。
５人がつま先立ちで片足を高く上げ、中央の原田知輝選手がゆっくりと両手を胸の前で組み合わせる。その彼の足先も、踵が高く上がっている。
静まり返ったアリーナ。
音楽と共に、彼らの３分間が始まった。
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