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国士舘大学 全日本インカレ前練習 (2022年6月)

真夏のように暑い6月の土曜日、国士舘大学多摩キャンパスにある新体操部の練習場を訪問した。

団体

団体メンバーは、全カレの演技を細かく分け、秒単位で繰り返していた。この時期、よく見られる光景である。だがそこには、例年と違う風景があった。山田小太郎監督が、自ら動きながら選手に手本を示していたのだ。

ポーズ
左端:中田真太郎選手、右端:宮野太一選手
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左端:貝瀬匠選手

その動きの美しいことといったら。
選手は監督を真似て動こうとするが、なかなか同じ形にならない。

今まで何度か国士舘の練習を見せてもらったが、山田監督は正面の椅子に座り、言葉で指示を出すことがほとんどだった。高校から男子新体操を始め、大学、社会人で日本一になった偉大な先輩でもある山田監督は、後輩たちに何を伝えようとしているのだろうか。どんな意図があるのだろうか。一つ、確実に言えることがあるとすれば、

山田監督が、選手達が、国士舘が、何かを変えようとしている、

ということだ。

山田小太郎監督

団体の練習では、浪田倭選手(なみたやまと・恵庭南高校出身)が積極的に声出しをして雰囲気を作っていた。前回、国士舘の練習を見学した時にまだ1年生だった彼は、緊張した面持ちで必死に先輩達についていこうとしていた。ところが今は、実に楽しそうに練習しているし、インタビューでも饒舌にハキハキと答えてくれる。「自分の存在意義は、新体操の技術というよりはむしろ、声を出すことなんです」と笑う。短い時間にずいぶん変わるものだと感心する。選手の成長は早い。

左から:栗山隼輔選手、浪田倭選手

一方、3年生の乾蒼真選手(いぬいそうま・神埼清明高校出身)は、東インカレを怪我で欠場した。辛いことも多いに違いないが、いつ見ても雰囲気が変わらず、飄々と練習をこなしているように見える。かつての山本悠平さんや佐々木駿斗さんのように、国士舘団体を下級生の頃から寡黙に支えてきた存在が、今のチームではこの選手なのだろうと思う。

左:乾蒼真選手、右:貝瀬匠選手

今年のチームは若い。その中で、4年生の前田幸大選手(科学技術高校出身)が全体を見てダメ出しをしていた。素人にはほとんどわからない微妙なズレを的確に指摘し、修正していく。これまで、佐藤守弘さんや藤井貴也さんらが、最上級生として同じように指導しているのを見てきた。団体選手の個人名がメディアに登場することはあまりない。しかし、世界を驚愕させる「男子新体操」というスポーツの緻密さは、こうした日々の地味な練習から生まれている。

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左から:前田幸大選手、乾蒼真選手、宮野太一選手

前田選手は言う。「この構成をやり切ったら、きっと成長できる。今後の国士舘の未来のためにも、今この演技をやり切りたいと思っています

この言葉を聞いて、2018年に山口聖士郎さんが語った言葉を思い出した。「僕らはもちろん強くなりたいと思っていますが、自分らの世代が勝つためには…と考えるだけではダメだと思うんです。今後10年間、ずっと勝ち続けるチームを作り上げていくにはどうしたら良いだろうか?と僕は考えています」

山口さんの思いは後輩達に受け継がれている。自分自身の、そしてチームの未来のためにマットの上で汗を流す選手たち。
これだから男子新体操は…、と私は思う。
これだから、応援せずにはいられない。

個人

変わったことがもう一つある。
基本徒手と呼ばれる男子新体操の基本となる動作を、クラ選組(全日本インカレには出場せず、秋のクラブ選手権でジャパン進出を目指す選手たち)が繰り返し行っていたことだ。「イチニイ、イチニイサーン!」と独特のリズムで掛け声をかけながら、基本徒手を繰り返す。

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マットの端で基本徒手を繰り返す選手達

男子新体操の独特さというのは、このかけ声にもあらわれる。「イチニイ、イチニッサーン!」というリズムはそもそも、いったい何拍子なのか。今年国士舘に入学した星野太希選手(名取高校出身)や赤羽拓海選手(青森山田高校出身)らが、この変拍子のリズムに乗って、見るからにキツそうな基本練習を行うが、時々バランスを崩したり、リズムが取れなかったりするのが素人目にもわかる。

毎年、高校時代に全国で活躍した有望な選手が国士舘にやってくる。そして今年も、団体よりも多くの個人選手が国士舘大学の門をくぐった。徹底的に基礎練習をさせることで、彼らをこう育てたい、という青写真が山田監督の頭の中にはあるのだろう。彼らの数年後が早くも楽しみである。

野村壮吾選手(1年生)

埼玉栄高校でキャプテンをつとめ、団体・個人ともに全国レベルで活躍していた野村壮吾選手。タンブリングが得意な彼は、団体ではなく、個人の道を選んだ。

「高校時代の団体は絶対的なものでした。個人の場合はある意味気楽に、緊張せずに演技していました」

高校時代に全国優勝も成し遂げた野村選手だが、なんと、個人の試合ではまったく緊張しなかったという。ところが、東インカレでは緊張してしまった。「まだ大学に慣れていなくて、自分のスタイルを100%出せなかった。だから全カレでは、もっと気楽に、楽しくラクに演技したい」とのこと。

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野村壮吾選手

タンブリングがめっぽう強い彼は、「新体操界で一番タンブリングが強い人になりたいんです」と、人懐っこい笑顔で言ってのけた。目標とする選手は?と聞いてみると、「好きな選手はたくさんいますが、目標にする人はいません。これまで存在しなかったような選手になりたい」と言う。

体格は小柄だが、心臓はかなり強そうな大型新人登場である。この日の練習で個人選手達はほとんどタンブリングを抜いていたが、彼だけ、時々ギュルギュル回る姿が見られた。それは、「跳ばずにはいられない」という姿に見えた。全日本インカレでは、彼らしい、観客の度肝を抜くような演技を期待したい。

向山蒼斗選手(4年生)

国士舘ジュニア一期生。国士舘高校時代にインターハイ優勝。大学1年時にはドイツ遠征メンバーにも選ばれている。過去の動画を編集していると、しょっちゅう誰かが「あおとー!」と彼の名を呼び、「はい!」と答える声が記録されている。ドイツ遠征でも、先輩達にかわいがられる弟キャラの彼の姿が印象的だった。その「あおと君」がもう4年生とは。

ドイツ遠征の頃の向山選手に対する印象は、「もう一皮むけて、これが向山蒼斗の演技だ!という有無を言わせぬ迫力が出てきたら、彼は日本一になるだろう」というものであった。私がイメージしていたのは、永井直也さんや小川晃平さんが持っていたあの、「有無を言わせぬオリジナリティと動き」のことである。あるいは、堀孝輔さんや城市拓人さんを昨年のクラ選で見た時に感じた、「会場の雰囲気をガラリと変えるオーラ」のことでもある。

城市拓人選手

今年の東インカレで彼の演技を見てたまげた。
あの向山選手は、私が知っている「あおと君」とは別人のように見えた。「異次元」という言葉が脳裏に浮かぶ。彼一人だけ、まるで早送りの映像を見ているかのようなスピード。そのスピードで次から次へと手具が、体が宙に舞う。演技中に手具を持っている時間を測定したら、彼が一番短いのではないか。コロナで試合を見られなかった期間に、彼は向山蒼斗にしかできない演技を作り上げていた。

それでも、東インカレでは優勝を逃した。その理由を聞いてみたところ、「ルールが変わり、ほかの選手も積極的に投げの連続を構成に入れてきたため、差別化がしにくくなったとも言えるのではないでしょうか」という冷静な自己分析であった。日本一への意欲は、もちろんある。

演技の映像を見つめる向山選手

自分の演技映像を見つめる向山選手の姿が、かつての福永将司さんや川東拓斗さんと重なった。今、一番試合で見たい選手の一人である。

織田一明選手(4年生)

私が見学した日は「織田デー」だったようだ。山田監督が個人選手一人一人を徹底指導していくスケジュールの中の、ちょうど織田選手の日だったのだ。

織田選手と山田監督

済美高校時代から知っている選手である。(そしてもう大学4年生!)
彼も多くの高校生選手と同様、団体もやっていた。というより、団体を優先的にやっていた。国士舘に進学する時、団体選手になるか個人をやるか悩んだという。今の彼を見ていると、これほど「個人」な選手もいない、とさえ感じるのだが。

彼は足首に痛みを抱えて演技している。手術をしないとその痛みはなくならないが、「新体操ができていることが幸せなので、痛みはハッピーセットのように必ず付いてくるものだと思っています」と彼は言う。

東インカレでは、最後の演技の後に足を引きずりながら退場し、山田監督の前で膝をついて涙を流した。限界を超えた痛みだったという。その痛みを「ハッピーセット」と表現して少し笑った彼を、なんと形容したらいいだろうか。

織田一明選手

華やかな容姿と、恵まれた才能と。彼が動くと、薔薇の花びらが周囲を舞うんじゃないかと思うような光り方をする。

練習の合間に、水を飲みながら「きつい、ヤバい」と織田選手が呟く。同期の吉留大雅選手が「だいじょうび!」と少しおどけて答える。いいコンビだ。

吉留選手と織田選手

新体操を始めて、今年で14年目。彼のクラブは曲が新しくなった。あの曲で彼が踊ったら、おそらく客席は涙で溢れることだろう。そんな彼の、男子新体操ファンへのメッセージ。

いつも応援ありがとうございます。自分は自己肯定感が低く、自分なんか、と思ってしまうのですが、試合などで褒めてもらえる機会があると、やって良かったと実感できます。全カレでは、一人一人の選手の魅力を楽しんでください。自分ができることは限られていますが、最大限、皆様を感動させられるように頑張ります。

吉留大雅選手(4年生)

鹿児島実業高校出身の吉留選手は、実はかなり照れ屋なのではないかという気がする。カジツ時代は、人に見てもらい、人に笑ってもらうために演技をしていたわけだが、大学で個人競技をしている吉留大雅は、少し別のところにいるように見えていた。自分を見て喜んでくれる人がたくさんいるという事実を、彼はどう捉えているのだろうか。

吉留大雅選手

一部有観客となった東インカレの感想を聞いてみると、「楽しく演技できました」と言う。最終学年だからどうこうというよりも、人に見てもらえるということが嬉しかったそうだ。やはり鹿実魂は、個人選手・吉留大雅の中にも強く生きているのかもしれない。

ついこの間まで教育実習で鹿児島にいたため、まだあまり動けていないというが、今からもうジャパン後の2回目の実習が楽しみなのだという。さぞかし子供たちに大人気だったに違いない。

「全カレでは、自分がやりたい新体操をやりきれたと思いたいですし、ジャパンが終わってから後悔しないようにしたいんです。見てくれる人の視点も意識して、これが吉留大雅の演技だね、と人の記憶に残る演技ができれば。」

記憶に残る演技を。
カジツ魂健在なり。

大西竣介選手(3年生・恵庭南高校出身)

東インカレを見て、「一番成長した選手」と私は感じた。失礼を承知で言うが、「こんなにうまい選手だったっけ」とびっくりした。コロナの2年間、自分がほとんど試合や練習を見ない間に、選手はくる日もくる日も練習を続けていたという証拠が目の前に形として現れたような、そんな演技だった。

本人に東の感想を聞いてみると、「初めて17点台を出すことができ、自信につながりました」とのことである。

速すぎてなかなか目が追いつかない、大西選手の演技(ブレてて申し訳ない)

「自分の持ち味は、技。常に、手具を触っているという感じです。全カレでは、4種目全てでノーミス、17点以上を目指しています」とのこと。練習風景の動画を編集しながら、本当に技の人だな、と実感した。

尊敬する選手は臼井優華さん、佐能諒一さん。有観客だとやる気が出る、という彼の、さらなる成長を見届けたい。

大塚幸市朗選手(2年生)

東インカレの最終種目。大塚幸市朗選手(袖ヶ浦高等学校出身)の演技の最中に、音楽が突然止まってしまった。会場からは手拍子が自然に沸き起こった。ただ、音楽がないと演技者本人には時間がわからない。タイムオーバーの減点をされないようにと内心あせり、演技が早めになってしまったという。

原因は音響機器のトラブルということで、再度演技のやり直しが認められる。しかし、全力で一本通した後に再び演技をしなければならない。コーチとしてついていた髙橋稜さん(2020年ジャパン優勝メンバー)が声がけをしてくれたことで、心が落ち着いた。全カレ進出の当落線上にいたが、「全カレ出場は二の次。自分しかもらえなかったチャンスを活かし、まずは自分の演技をきっちりしよう」と考えていたという。結果、初めての全カレ出場を決めた。

大塚選手と山田監督

真面目な選手である。こちらの目を真っ直ぐに見て、一つ一つの質問に丁寧に答えてくれた。自分の演技のアピールポイントは?と聞いてみると、「スムーズな流れと動き」とのこと。ちょうどこの日、後輩の指導に訪れていたOBの高橋晴貴さんを尊敬しているという。全カレの目標はもちろん、ジャパン進出だ。

森谷祐夢選手と岡本瑠斗選手も全日本インカレに出場しますが、この日は別の場所で練習でした。)

国士舘大学の練習風景をYouTubeに公開しました↓


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