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なんとなく思ってること(ときたま更新中)

こんにちは。毎日しんどいのでネガティブな話が多くなるかも分かりませんが、楽しい事が好きなのでポジティブに行きたいなと思っています。*noteからInstagramに異動となりました。今後はインスタの方でちまちま書いて行きたいと思います。


こだわりの断捨離

一歩を踏み出す。右足からの方が良いか左足からの方が良いか。そんな事はどうでもいいこと。踏み出すことが大切。何が大切で、何がどうでも良いことかを分けると生きやすくなる。変なこだわりがある方。いっぱいいると思いますが、そのほとんどはどうでも良いことじゃないですか。自分の特徴、クセ、こだわりを断捨離してみるとスッキリして生きやすくなると思います、という事を自分に言ってます。

今年のカタカナ

先日、今年の漢字が発表されましたが、京都コレカラでは今年のカタカナを発表したいと思います。今年のカタカナは「ヘ」です。正直、リと迷ったのですが、ヘになりました。理由はカタカナなのかひらがななのか分かりにくい。中途半端。どっちつかずになってるからです。京都コレカラのへっぽこ代表は仕事をしている事もあり、なかなか活動の方に参加出来ていません。仕事と活動どっちの方が大切なのか?2つの事を同時に出来るほど器用じゃないのに、やろうとして中途半端になって、色んな人に迷惑を掛けて…。そんな反省から「ヘ」に決まりました。京都コレカラというより代表の問題なのですが、来年はくらいにはなりたいと思っています。少しは違いを出して行ければと思っています。引き続き京都コレカラを宜しくお願いします。

人間関係

人によって傷つき、人によって救われ。人との繋がり、関係性の大切さを感じる。でも、ロボットも良いな。Zoomなどで間接的にやりとりするよりもロボットを目の前にした方が親近感がわく。

ロマン

なんたら流星群とか、なんとかムーンとか。色々ありますね。知らんけど。

いつの間にか

ハロウィンが終わってた。と思ったらクリスマスに向けて動き出してる。はや。振り返っても、仕事、仕事、仕事。しんどい、しんどい、疲れた。そんな1年だったような。あと2ヶ月。なんか良いことありますように。

秋を感じる

指先カサカサ。もしくはガサガサ。マスクがひっかかる。乾燥肌。

さむっ。あんなに夏暑かったのに(当たり前…)。

10月29日(日)

胃もたれ

牛肉はしんどい。鶏肉と魚が無難。あと、寝る前にチョコを食べて寝ると夜中に気分悪くなって吐く。消化不良なのか。なんなん…。

こだわるタイプと適当なタイプ

外見で判断しない方が良い。見た目で判断するのは良くない、というけれど、毎朝、鏡を見て身なりを整えていたり、髪型を気にしたり、欲しい服があったり、ヒゲを生やしたり剃ったりと、本人もまた見た目で判断しながら生きてるところがあると思う。外見で…という話の場合、ケースbyケースで柔軟に対応するのが一番良いんだろうけど、そういう事を言う人はこだわりのある人が多く柔軟性があまりないように感じるので面倒だなと思う事がある。別にそれくらい良いんちゃう。そこまで気にしなくても。その人たちが楽しいと思ってるならそれで構わないような。自分も柔軟性はあまり無いが適当なのでこだわりはなく、まー良いんちゃうと思う事が多い。などと思った事を適当に書いたので何が言いたいのかよく分からない話になってしまったけど、言いたい事は「適当」と「まー良いんちゃう」を苦労の末に手に入れたという事。良し悪しはあるけど、自分にとっては必要だった。こだわりを無くしてプライドも捨てて、しんどいの果てに見つけたものは、その2つ。そんなもん苦労して手に入れるようなものか?と思う人がほとんどだと思うけど、精神的な負担がかなり減って、その分、気持ちが楽になり、心が軽くなって生きやすくなった。以前のままで現在の環境(就職して正社員として働く)に身を置いていたら、たぶん早々に潰れていたと思う。こんなタイプの人間になってからも毎日しんどいし辛い事が多いけど、仕事なので仕方ないかと思いながら適当に生きている(大きな声では言えないけど)。適当過ぎるのは良くないと思いつつ。ここ大事。ただ、このタイプになると責任感が育ちにくいのが難点。そこは注意。頑張らないと。

親の会

毎月やりたい。京都エスポワールの「親の会」をもっとサポートして毎月開催にしたい。現在は3ヶ月に1回になってるみたいだし。1回参加出来ないだけで半年後になってしまうのはちょっと…。

疲れた(いつも疲れてるけど…)

あー疲れた。秋の運動会シーズンはしんどい。早朝から夜まで働いて、働いて、働いて…。でも一区切り。ようやく休み!嬉しい!自分の為に今日は家でゆっくりしつつ久しぶりに深夜のアレやろっ。京都ぴりりの方で。

路地をてくてく歩いてるような人生

まともな人生を歩んでない。変な人生しか歩んでない。普通の人とは違う人生。望んだ訳ではないけど結果的に。不本意、こんな筈じゃなかったのにと思う一方で、一度きりの人生。変わっていて良いかと。個性があって良いかと。違うことが恥ずかしかったり、惨めだったり、周りと比較してネガティブに思うことも多いけど、一本道の綺麗な人生より、京都の路地のような入り組んでいて細くて色んな分岐があって何処に出るのか分からない道を歩いてる方がワクワク感があって面白いかも。不安もあるけど。

100歳以上の人に聞いてみたい

人生で一番楽しかったのはいつですか?10代、20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代、90代、現在?もし、40代とか50代とか現在とかだったらなんか希望が持てそうな気がする。

あの頃

ジャンプ読んで、ファミコンして、バス釣り行って、公文行って、サッカーの練習に行って。キン消し集めて、ビックリマンのシール集めて、ガンプラ作って。取り敢えず走り回って、川でバシャバシャ遊んで。プロレス見て、大相撲見て、4時ですよーだ見て、ねるとん見て、フジの深夜番組見て。子供の頃は楽しかった。

5度寝

毎日、5度寝くらいしてる。寝て起きて朝だったら仕事に行かないといけないし…。寝て起きたら深夜でまだ寝れるわーというのが好き。1度寝は辛い。5度寝くらいが良い感じ。

理不尽

不条理。屁理屈。現実は藪の中。真実は蚊帳の外。無理が通れば道理が引っ込む。自分勝手。身勝手。ご都合主義。思うことはあるけど、しゃーないか、で済ますことを覚えたことは良かったのか悪かったのか。

人懐っこいネコもいえれば人見知りなネコもいる。人懐っこいネコは愛される。みんなの人気者。人間も同じ。自分から近寄って行けば相手も近づいて来てくれる。相手と距離をとってると相手も距離をとってしまう。ひとりの方が気が楽なのか、ひとりぼっちは嫌なのか、みんなといると気疲れするのか、みんなといると救われるのか。猫を見て色々と考える。

俺もあたしも私もわいも

ひきこもりだけがしんどい訳じゃない。オレも毎日しんどい!なんだこの世の中この社会!でも、自分の性格がもっとオープンでおおらかだったら違う世界のように思えるんだろうな。この性格、特徴がなー。やっかい。

ポン酢

ポン酢が好き。ごはんにポン酢をかけて食べるのが好き。美味しいとかじゃなく。

ジョニーさん

フラワーカンパニーズの「深夜高速」。以前、京都コレカラの居場所でアコースティックギターを弾きながら歌ってもらった。感動した!また、来てもらって歌ってもらいたい。あれは良かった。

二面性

表の顔と裏の顔。良い自分と悪い自分。明るい自分と暗い自分。人には一面だけじゃなく多面性があると思うけど、ポジティブな方とネガティブな方に分けがちな感じが…。春と秋とか、地上と大空とか、女と男とか、パンとごはんとか、冷奴と湯豆腐とか、太陽と月とか。どっちもいい感じ。そんな二面性もあるような。

そこじゃない

そんなんどうでもいい。そんなことじゃない。大切なのはそこじゃない。そこじゃないんですよ。

ひとやすみ

本当に疲れてる時。自分でも分かるくらい元気が無い時。倦怠感が続き、だるさが抜けず、やる気が出てこない時。そんな時はしばらく休んで回復を待つ以外ないと思う。ある程度、時間が解決してくれる事もあるので、何もせず、ぼーとゆっくりするのも悪くないと思う。こんな事してて良いのかな。時間の無駄だし何かした方がいいんじゃないかなと、変な罪悪感や後ろめたさを感じることはあるけど、そんな事よりもゆっくり時間を使い、コンディションの回復を優先した方が良いと思う。心が弱っていたり疲弊している時は休むことにしっかりとした理由があるんだから。

バスケに興味が

サンガは昔から好き。パープルサンガの頃から好き。JFLの頃から好き。小中とサッカー部だったのでサッカーはずっと好き。そもそもスポーツ全般が好き。ただ、バスケにはあまり興味がなかった。が、ワールドカップを観て感動!一気にバスケにも興味が。地元の京都にはハンナリーズがあるので機会があれば観に行ってみたい。

自分次第

たぶん、人間性とやる気があれば必要としてくれる場所や会社はいっぱいあると思う。能力じゃなく。出来たとか出来ないとかそんなことじゃなく。

人生に最短距離はあるのだろうか

苦労は買ってでもしろ。かわいい子には旅をさせよ。色んな事を経験しながら人は成長して行くと思う。当然、嫌なことも辛いことも含まれる。その一つ一つが人としての成長に繋がるように思う。遠回りに思えて実は必要な道もあると思う。仮に都合よく自分に合った環境で努力しやすい場所で自分らしく頑張って、という最高のケースがあったとして、その人の人生はどうなって行くんだろう。中長期的に見てどうなって行くんだろう。幸せな人生がずっと続いて行くんだろうか。

あんなことそんなこと思ってたこと

嫌なことはしたくない。苦手なことは避けたい。自分に向いてる仕事がしたい。1人でコツコツできる仕事が良い。昔よく思ってました。農業やってみようかな。職人になれないかな。伝統工芸とか後継者不足が問題になってるから、そういう道でやって行けないかな。あまり人と関わらなくていい、自分のペースで出来る仕事。早くても雑になるより時間は掛かっても丁寧で質の良い物作りが出来るような仕事がしたい。ホントよく思ってました。でも、残念ながらそんな仕事は無くて…、苦手なこと、不得意なこと、向いてるとは思えないことを必死に頑張ってます。おかげでメンタルは鍛えられてきました。傷だらけですが。結局、あーだーこーだ考えてても言ってても仕方ないなと。やるしかない。頑張るしかない。そういう立場だなと思います。世間の多くの人もしんどい思いをしながら頑張ってる訳だし。努力してる訳だし。性格やタイプを理由に逃げ回ってたらいつまで経っても弱いまま。将来は厳しいなと。とにかく頑張るしかないなと。宝くじとかサッカーくじとか当たったら色んな問題のほとんどは解決すると思うので当てて楽になりたい。コレ本音。

負けっぱなし

雨にも負けて風にも負けて雪にも夏の暑さにも負けて丈夫じゃないので周囲の目にもプレッシャーにも負けて自分にも負けて。小さなことにこだわって、大きな負担を背負い、ちょっとした事で心が揺れ動く。オロオロしたりジタバタしたりソワソワしたりビクビクしたり。褒められる訳もなく非難されたり批判されたり。自分じゃなくても自分のせいにされたり、他の人間がやっていても自分だけが悪者になったり。理不尽な扱いを受けたりやるせない気持ちになったり。なんやかんやで、そんなこんなで全てが嫌になる。そんな人間にはなりたくない。

適当なんですけど

これまで書いてきたものを少し読み返してみたけど、ほんと適当(笑)。その時、思ったことを書いてるだけなので仕方ないけど、書いてることが適当すぎる。自分の性格や特徴はある程度分かってはいるけど…。昔みたいに神経質で几帳面よりかはよっぽど良いけど。適当なこと書いてるなと思った。

そうなん

四国 淡路島は対象外となります。

プライドは無い

自分の人生なんだから等身大でいいんじゃないの。かっこ悪くても、情けなくても、みっともなくても。才能ないし、実力ないし、それは分かってるし。自分を受け入れて、素直に生きて行けばいいんじゃない。辛くてしんどいけど。

仕事の無い世界に行ってのんびり暮らしたい

かっこ悪い人生、爆進中。必死に汗かいて、時々冷や汗かいて、時折落ち込んで、たまたま良い日があっても、次に何が待ってるか分からないと不安になって、度々ミスって、あたふたして、じたばたして、目の前の事に振り回されながら、七転八倒、今日も明日も明後日も生きていく。

物事には理由がある

休日のお父さんが、家族サービスもせず家でゴロゴロ寝てるのには理由があるんだなと思うようになった。

元気な人が羨ましい

毎日、プレッシャーを感じながら、重圧と戦いながら生きてるから疲れる。ひきこもっていた頃も、息を潜めて生きていたので種類の違うプレッシャーは日々感じてはいたけど、疲れ方が全然違う。あーしんどい。

将棋部

京都コレカラの将棋部に入部がありました!しかも強くて詳しい。即、部長で決定です。藤井聡太7冠が8冠を目指して王座戦を戦っている現在。入部するなら今です。一緒に将棋を楽しみませんか。

登丘部を作るか考え中

登山はちょっとハードルが高いので、まずは丘からはじめようかと。丘登り。簡単過ぎて達成感も充実感も得られず面白くないかな。

サボり癖

治したい。疲れたを言い訳についつい後回しにしたり、明日でもいいか、まだいいや、と、直ぐやらずに溜め込むとこがかなりある。直ぐやれば良いのに。

折れまくり

メンタル弱男は毎日心が折れてますが、全治1日なので翌日には治ってます。が、また折れます。そして治っては直ぐ折れます。回復力だけで凌いでます。

時間だけはあった

夢も希望も余裕も自信も資格も免許も学歴も職歴も友達も何も無かったけど、時間だけはあった。不自由だけど自由に時間は使えた。何時に起きて何時に寝て何時に何をしても良かった。してもしなくても良かった。今から考えると時間があるというのは大きな武器。使い方次第で無限の可能性がある。もし、目標が出来て、その為に時間を使うようになったら、一気に実現に近づくと思う。時間とやる気。その2つが揃えばかなりの事が出来る筈。

あきらめたらそこで試合終了ですよ

好きな時間に寝て、好きな時間に起きて、何もする事がないと嘆いて、人生を悲観して、環境のせいにしたり、時代のせいにしたり、社会のせいにしたり、周囲のせいにしたり、自分を正当化するために自分以外のところに非を探し求めて、みっともない自分を受け入れなくてすむように奔走して、そんな事をしてる途中で、ふと我に帰って、オレは何をやってるのかと虚しくなって、テンション下がって、全ての事が嫌になって、やり場のない感情が、抑えきれない怒りなのか惨めさなのかなんなのか、自分のことも嫌になって、どうでもよくなって、どうにでもなれという気持ちになって。そんな日もあるかも分かりませんが、実際はそこまで悪くはないと思います。実は色々と出来る事は残されていて、気づいてないだけで、あなたの事が必要な人、あなたの力が必要な場所は何処かにあると思います。どうしても1人でいると、同じような生活を毎日繰り返してると視野が狭くなって考え方も柔軟性が無くなって、自分で自分を追い込むパターンに入りがちになると思うので気をつけてください。実は色んな可能性が残されてますから。

元ひきこもり。現在は?

現在は、生きづらさを痛感しながら生活している「毎日しんどい当事者」。折角、長期ひきこもりから脱したというのに、ため息で呼吸しながら、しんどい思いを繰り返しながら、もがき苦しみながら、仕事終わりのちょっとした開放感に喜びを感じながら、生きてるしがないサラリーマンになってしまってる。

しんどい

好きでもないコーヒーを飲みながらヘタレがちまちま更新中。

こだわりは持たずに

誰であろうが、何処であろうが、なんであろうが。あーだこーだ言わず自由気ままに。みんな仲良く、は出来ないかも分からないけど、別に批判しなくても。良いとこもあれば悪いとこもあるのが普通なんだし。

回復力があればなんとかなる

しんどい。辛い。苦しい。その気持ち分かります。毎日、経験してるので。メンタルが弱いと傷つきやすく余計な事にまで神経を使うので人の倍は疲れます。ただ、心の体力(精神力)があまり無くても、回復力があれば翌日にはある程度元気になってるのでなんとかやって行けます。メンタルが弱くても、精神力があまり無くても、回復力があれば頑張れる。心が折れても全治1日なら翌日には治ってるのでなんとかなる。しんどいのはしんどいけどなんとかやって行ける。ただ、心が変な形に折れ曲がったり、しぼんでぺしゃんこになったり、心の奥がキュッとなってグシャっとなったら、その時は直ぐに病院へ行こう!

夏休み

季節の中で一番好きなのは夏です。たぶん夏休みの影響だと思います。23年間ひきこもりになるような人間なのに子供の頃は活発でした。本来の自分は活動的で外で遊ぶのが大好きだったと思います。小学生の頃、夏休みに入ると虫を取りに行ったり、釣りに行ったり、川に入って遊んだり、ゲームしたり、プールに行ったり、アニメ見たり、とにかく宿題などせずずっと遊んでいました。余計なことを考えず無邪気に遊んでいました。あの時、あの頃。たぶん活き活きしていた時間が多かったと思います。子供の頃が懐かしい。

京都コレカラの居場所の管理人

T氏。頼りになるわー。助かる。ありがとう!

名刺管理

こういう活動をしてると名刺をもらう事が多く、いつの間にか名刺入れがパンパンになって困っていました。以前からスマホで管理出来たら便利だろうなと思い、何か良いアプリはないものかと探しては「なんか違うな」と…。おすすめとして紹介されているアプリをいくつか使ってみたものの「やっぱりなんか違うな」を繰り返していました。そんな折、名刺管理アプリではなくGoogleKeepで名刺管理が出来ますよという記事を見つけ、ものは試しとやってみたらこれが便利!シンプルで使いやすくスマホでもPCからでも利用できてデータの反映も早い。ずっと自分が求めていたシンプルで使いやすいが実現されて凄く助かりました。

出たけど帰れない

ひきこもりから脱して間もない頃。夕方、スーパーに行って晩ごはんの食材を買って帰ると家の近くで近所のおばちゃんが立ち話をしてる時があった。そうなると家に帰れない。いなくなるまで時間を潰さなくてはならず、結局、帰れたのは夜の9時過ぎとかあった…。いなくなったかどうか確認するのもバレないようにしないといけないし、ずっと待ってるのは疲れるからちょっと離れた量販店などに行って時間を潰したりしても、おばちゃんは話が長いから全然いなくならない。

履歴書

中卒の自分にとって履歴書はシンプルなもの。特に、ひきこもりから脱した当初は職歴も無いし資格も無いし免許も無いし書くことが無かった。人生で初めて履歴書を書くために文房具店で履歴書を購入して、サンプル(例文)を参考に書いてみるものの、何も書くことがなくてこんなんで良いのかなと思った。学歴も小学校と中学校しか書く事がなくて、しかもサンプル(例文)では小中は省略して高校と大学だけ書いてるサンプル(例文)もあり、はしょっても問題ないくらいの学歴しかない事を痛感しつつ、それでも、そこをはしょるとそれこそ何も書くことが無くなるので、取り敢えず小学校と中学校は書き、次に職歴の欄は空白で、志望動機については生活の為と。そんな感じだったので、ほぼ白い履歴書が出来上がった。それでも、採用してもらえたのでラッキーというか担当者には感謝しかない。本当にいい人で良かった。

心の傷は触るな危険(自然治癒力ありがとう)

道でこけて腕を擦りむいたら血が出て数日間は痛いですが、特に何もしなくても自然治癒力によって勝手に治ってくれます。同じように心が傷ついた場合も数日間は痛いと思いますが、自然治癒力によって徐々に治って行くと思います。もし、治らない、時間が経っても良くならないという場合は、たぶんずっと傷口を触ってるんだと思います。毎日、思い出したり、思い返してはその事について色々と考えてしまってるんだと思います。腕の擦り傷だって毎日触ったりかさぶたを無理に剥がそうとしたらいつまで経っても治らないように、心の傷も思い出したり気にしていたら、傷口を触り続けているのと同じで治らないと思います。体の傷も心の傷もなるべく触らないようにするのが一番。そうすれば徐々に治って行くと思います。たぶん。

毎朝、思ってる

出勤する時にいつも思うこと。今日は平和で穏やかな一日になりますようにと。楽しく生きたい。

怒られるうちが花

胃が痛いし、体力は消耗するし、魂は削られて行くし。それでも、気にかけてもらってるだけ良いのか。相手にされなくなったら終わりだし。

メモの断捨離

iPhoneのメモが溜まりすぎ…。走り書きが多すぎて、整理もしてないから、膨大な量になってしまってる。そこで、少しずつ断捨離して行こうと決め、早速「もみあげ切る」と書いてるのを見つけて直ぐ消した。たぶん、ほとんど削除していいメモばかりだと思う。

もう若くはない

一番心配しないといけないのは本人の年齢と、その年齢に相応しくない経験の無さとメンタルの弱さ。一番しないといけないのは実践経験を積むこと。その中でメンタルも鍛えていかないと。モジモジしてるだけで何もしてないのは良くないし、出来ること、簡単な事を選択していては成長はない。既にそういう段階ではない筈だし、年齢を考えると嫌なことを避けたり逃げるのではなく、むしろ人が嫌がる事も積極的にやって行かないといけない筈。ただ、何もしなくても生活出来てるならそれでも良いのかも。無理に働かなくても。生活できてるなら。どうなんだろ。

小4

しんどいものはしんどい。気にしなくても良いと言われても気になるものは気になる。人は苦手だけどひとりぼっちは寂しい。自分らしく生きたい。本音や愚痴を言える相手が欲しい。普通で十分なので普通の人生を送りたい。こんな筈じゃなかったのに。今ではなんの為に生きてるのか分からない。存在を消して気配を消してどうでもいい事に気をつけながら生きてる事が情けない。周りの目は気になるし、ミスや失敗が多くてプレッシャーはきついし。とにかく生きていて楽しくない。色んな思いや葛藤、諦め、我慢、イライラがある。たぶん、小4くらいが一番楽しくて人生のピークだったように思う。

記憶がごっちゃ

元ひきこもりもしんどい

ひきこもりから脱して、仕事して、と書くと上手く言ってるように聞こえるかも分からないですが…。「おい、京都コレカラのスタッフよ。元ひきこもりと言っても過去の事であり今は順調な人生を送ってるんだろ。そんな奴に現在ひきこもっていてしんどい思いをしてる人間の気持ちなんて分かるのか?たまたまひきこもっていただけで、普通の人間がちょっとひきこもってちょっとしんどい思いをしてただけなんじゃないのか。そんな奴に自分の本当の苦しさなんて理解できないだろ。どうせ上から目線で成功体験を語って優越感に浸りつつ、支援やサポートとキレイな言葉を並べて良い人ぶってるだけなんじゃないのか?」。そう思ってるあなた。確かにそうかも分かりません。いやいや!そんな事ないんですよ。ひきこもりから脱して10年ちょいになりますけど、まーしんどい!ある意味、ひきこもりの頃より辛い。さっさと死んで楽になりたいと思いながら生きてます。ため息で呼吸してるくらいきっついんですよ。元引きこもりではあるものの、生きづらさを抱えて毎日生きてます。現役のしんどさーなんですよ。しんどさーてなに!?なので、京都コレカラのスタッフは元ひきこもりではありますが、みんなしんどい思いをしながら、しんどいと戦いながら、辛うじてなんとか生きてるような感じなので、上も下もなく、同じ目線で協力して行きたいと思っています。

京都コレカラを宜しくお願いします

楽しくないと京都コレカラではない。京都コレカラから楽しさを取り上げたら何も残らない。楽しさを求めて勢いだけで頑張ってる京都コレカラ。ますます爆進します!

好きな言葉

個人的に苦しい時に救われた言葉だったり単純に気に入ってる言葉。「物事には理由がある」。「人生は短い目で見れば悲劇だが、長い目で見ればコメディだ」。「心配事の9割は起こらない」。「人生のチャンスは3回用意されている」。「結果よければ全てよし」。「思い立ったが吉日」。

ヒキコの森

心が弱っている者にしか見えないヒキコの森。夢か現実か幻か。ひとやすみ。ゆっくり出来そう。そんな救いを快く受け入れてくれる優しい森。しかし、一度入るとなかなか抜け出せないクセのある森。戻りたくても戻れない。帰りたくても帰れない。最初は軽い気持ちで、なんとなく足を踏み入れただけなのに。本人も周囲もそんなに焦りや危機感はなく、ちょっとだけのつもりだったのに。少しが、もう少しとなり、更に、もう少しとなって、知らず知らずのうちに深みにはまる。そのうちなんとかなる、なんとかしよう、そのうち…。そんな緩い気持ちにつけ込むように、ちょっとは、しばらくとなり、どんどん先延ばしにされて行く。そして抜け出すタイミングを失い、自力では脱出できなくなってしまう。周囲の人間も次第に事態の深刻さに気づきなんとかしようとするものの助け出す方法が分からず無駄に時間だけが過ぎて行く…。人の弱みにつけこむ恐ろしい森。入るな危険。ヒキコの森。

これから

1年後、上手く行ってたらこれまでの事はちゃら。人生そんなもん。これまで何をしてきたかではなく、これから何をして行くか。全ては上書きされて行く。

みんなしんどい

ひきこもってる時はピリピリしてる事も多かったので、家族との会話に関しては、食事や天気など当たり障りのない日常会話は出来ても、これからどうすんの?とか、ちょっとは将来の事も考えた方が良いでとか、一番気にしてる事、触れられたくない事、デリケートな部分に話が及ぶと途端に不機嫌になり、ほっといてくれ!俺の人生や、いちいちうるさい!とキレるパターンがよくあった。別に誰が悪い訳でもなく。本人はなんとかしたい、周りはなんとかして欲しい。ただ、そう思ってるだけなのに、なんともならないもどかしさと、何も変わらない現実と、ただ時間が過ぎて行く虚しさと苛立ちと。「ひきこもり」は本人も、周りも、みんな疲れて行く。

メンタル弱男が今日も行く

しんどいとか、辛いとか、苦しいとかは日常茶飯事。毎日、何かと戦い、そして負け続けてる男。年間、365戦して365連敗。よく生きてると思う。今日も負けて明日も負けるメンタル弱男。歯を食いしばり、もがき苦しみながらも戦い、また負ける。メンタル弱男が今日も行く。

イライラする元気もない

イライラ出来るのは元気のある証拠。

やるしかない

やるかやらないかの選択肢ではなく、やるとやるか。だから、やるしかない。嫌でも、しんどくても、苦手でも、辛くても、やるしかない。それしかない、頑張るしかない。やるとやるかの2択。

社会復帰

社会とはなんなのか。復帰とはなんなのか。元々いたのか。戻りたい場所なのか。他に活躍できる場所はないのか。

仕事が無かったら自由(休みの日最高)

仕事があるから不自由(仕事の事で精一杯で他のこと何も出来ず)。仕事があるから生活できる(お金が)。仕事が無かったら生活できない(お金が)。仕事があるからしんどい(心身ともにクタクタ)。仕事が無かったらしんどい(不安しかない)。仕事があるから自由になれる(お金が色んな事を解決してくれる)。仕事が無かったら不自由なまま(お金が無いと未解決のまま)。仕事に振り回されている(良いも悪いも仕事次第…嫌だ)

私たちのことは私たち抜きに決めないで

子供のころなんとなく思ってた。子供の問題は子供が考えれば良い。大人が子供のためと思って考えたところで、それは大人に向けての子供の為であって、本当に子供の為になってるのか分からない。子供が考え大人がサポートする。子供が会議して大人が行動する。そんな感じの方が上手く行く…、かは分からないけどまだ納得は行くんじゃないかなと。で、ひきこもりの問題も、ひきこもりが考え、周りがサポートして行く。一緒に考え、一緒に行動して行くのが良いと思う。支援する側だけが頑張ったところで本人不在だと本人の為になってるのか分からない。ただ、私たちではなく、私だと思う。「私のことは私抜きに決めないで」。同じ共通点はあったとしても、それ以外は違う事の方が多いと思う。結局、一人ひとり違うので、意見の集約はせずに個別に対応して行きながら、似てるケース、同じタイプの悩みがあった場合は、活かせそうなものから活かして行く。ただ、あくまでも「私のことは私抜きに決めないで」が良いと思うので、当事者は、ひきこもっていても、人間不信でも、本音を正直に話すのが苦手でも、誰とも会いたくなくても、ほっといて欲しいと思っていても、こうしたい、あれしたい、こうなれば良いのにと思ったことは、言うようにした方が、自分の為にも他の人の為にもみんなの為にもなると思う。外に出なくても良い。動かなくても良い。言うだけで良い。何か言ってくれれば、それをヒントに周りは動きやすくなるし協力もしやすくなる。言ったもん勝ち。言いたい放題、ぶっちゃければ良いと思う。きっと役に立つと思う。

Twitterしてる人は元気

しんどくて疲れてると何もする気にならない。Twitterするにも何カロリーかは消費すると思う。しんどいと呟いてる人はまだ元気があると思う。更新=なんとか元気。たまに更新=休みの日だけ元気。ずっと更新されず=ずっとしんどい。だと思う。

飽き性

熱しやすく冷めやすい。飽き性で長続きしない。そんなタイプなのに23年間もひきこもっていたなんて。よく23年間もひとつの事をやり続けたなと。普通、飽きると思うけど。やりたくてやってた訳じゃないけど。それにしても。

楽しくない

生きるって大変。人生てしんどい。人生って大変。生きるってしんどい。

物事には理由がある

働いてる人には働いてる理由が。働いてない人には働いてない理由が。

忘れる

ジンじゃないけど過去の事は忘れるようにしてる。楽しい人生を送ってる訳じゃないので。

寝るのが唯一の楽しみ

悩みが多い。しんどい。そういう場合、寝られない人もいると思うけど、自分の場合は寝られる。寝ることが唯一の現実逃避なので寝られる。寝ることが一番好き。だから直ぐ寝られる。のび太のように寝る。そして目覚めて現実に戻ってため息をつく。

自問自答

世界という国はない。世界人という人はいない。でも、世界というのは認識というかイメージは出来ると思う。世界レベル、世界的、ワールドクラス、世界の常識。世界とはなんとなく分かってるような知識として頭の中に入ってて、また同様にそのような存在しないけど認識してる情報というのが頭の中に、他にも、いっぱい入ってる。いつのまにか、知らず知らずのうちに、最初はなんだろうと思いつつも、そのうち定着してしまう。社会とか、世間とか、世の中もその類だと思う。そこに反旗を翻すとか、不満を持つとか、怒りの矛先を向けるとか、問題の原因やせいにするとか、それはあり得る事なのか。そもそも可能なのか。そこが全くピンとこない。対象が実際(現実)には無いのに、あるかのように認識してしてしまっている頭の中だけの情報を外に持ち出して現実の世界で行動してしまうと、問題が複雑化したり、解決不能に陥ったりしてしまうように思えてくる。現実を見て、有無を確認して、何が、何処がというのを具体化(ハッキリ)させてから、行動しないと上手く行かないように思う。これは自分の苦手な0~2にも当てはまるように感じ、そこをしっかり作ってから、得意な3~10に取り掛かるように気をつけないと上手く行かないと思う。

THE BLUE HEARTS

初めて買ったCDがTHE BLUE HEARTSのアルバムだった。ひきこもりになった時期でもあり、その辺りで時間が止まってる部分もあるから、聞くとなんか良いなと思う。ん、なんで良いなと思うんだろ。人生が狂い始めた時期でもあるので嫌だなと思ってもおかしくないような気もするけど。

ひきこもりとお金

結局のところ世の中お金。お金があれば解決出来る問題は山ほどある。もし、1億円が手に入ったら。たぶん、Aさん(ずっとひきこもり)の問題は解決すると思う。ということは、ひきこもりの問題はお金で解決出来るということなのか?社会復帰とか就職とか8050とか。お金があれば解決出来そう。だったら、お金持ちにはひきこもりの問題を解決する力があるという事になるし支援者として1番向いてるのではと思う。

引き分け

メリットもあればデメリットもある。一長一短ある。なので引き分け。

どうすれば

理屈じゃない。そう理屈じゃないんだと思う。なので難しい。ややこしい。感情的になりやすい。理屈は理解しやすいけど理屈じゃない事を理解するにはどうしたら。その人の事を知る以外ない。だけど正直に話してくれなかったり会話してくれなかったり本音を隠していたり。信頼関係を築くにはどうすれば。一度こじれた関係を修復するにはどうすれば。

夏バテ

一年中、精神的に夏バテ。

「ひきこもり」という言葉

ひきこもりという言葉ですが、「かわいい」と同じくらい幅広く使えて、使われれば使われるほど角が取れて、ネガティブな意味が薄れて、使いやすい言葉になって行っているように思います。それはそれで良いと思うのですが、結果的に、意味が曖昧になり対象者が増えて本当のひきこもりが見えにくくなってしまっているようにも思います。少しは外出できるとか、孤独、ぼっちで家にいる事が多いとか、生きづらさを抱えてるとか。それは、そういう人々であって、ひきこもりではないような気がします。何かの集まりに参加できる人もそう。少なくとも、ずっと外に出られず、ほぼ部屋で生活していた人間(自分)にとってはそういう解釈になります。近くのコンビニに買い物に行けるとかもあり得ないです。近所の人たちや過去の知り合いに会う危険性が大なので絶対に無理です。ひきこもりとは、家にひきこもってる人。ずっと家で生活してる人。外に出られない人。シンプルにそういう意味でも良いような気もしますが、それだと暗いイメージ、ネガティブなイメージになるので、難しいところだなと思います。

ひきこもりは参加しない

京都コレカラでは毎週何かをしたり、不定期に何かをしたり、火曜日以外は居場所をオープンにしているのですが、正直、参加者は0でも良いと思っています。(良いと思ってるのは代表だけで居場所の管理人は参加者が多い方が嬉しそうです)。そもそも、ひきこもりの方は家にいて、部屋にいて、参加しないですから、やってる事に矛盾があるのを承知でやっているところがあります。(ひきこもりっぽい人や生きづらさを抱えてる人が参加してくれるのは嬉しいのですが)。別に参加しなくても、こんな団体があって、スタッフはひきこもってた人で、ずっとひきこもってたのに、ひきこもりじゃなくなった人で、今は新しい道を歩んでて、そういう人生もあるという事を、どんな形であれちょっと知ってもらえるだけでも価値があるかなと思っています。本人含めて分からないものですから人生て。夢も希望も目標も目的もなく、死にたいと言いつつ自殺する勇気もなく、ただなんとなく生きてるだけで、親が死んだり生活出来なくなったら、その時に死ねばいいかくらいの軽い気持ちで、無気力に毎日を過ごしていたのに、どういう訳か、全然違う人生になっているので。参加する事だけが参加ではなく、そういう場所があって、どういう人たちがやってるんだろうとか、何故やってるんだろうとか、そんな事を部屋の中からでも良いのでちょっと思ってもらったり、気にしてもらえたら、それだけで十分かなと思っています。

あーしんどい

相変わらず疲れてます。へっぽこ代表です。メンタル弱いので直ぐ疲れます。その割に朝から夜までバリバリ働いてるという…。10年ちょっと前まで23年間ひきこもってた人間が今では。ギャップが凄すぎて自分でも引きます。結果、京都コレカラの活動があまり出来ずにすみません。更新は遅いし連絡も遅いし。申し訳ありません。

ベテランひきこもりの罠

23年間ひきこもっていて思った事は、ひきこもりのベテランになると、退屈とか暇とかのやりくりが上手くなって、ずっと家にいても、ずっと部屋で過ごしていても、居心地の良さを見つけるのが上手くなってしまう事です。昔みたいにインターネットもなく、スマホもない時代でもそうだったので、今ならもっとだと思います。家にいてもさほど退屈じゃないと思いますし、自分の部屋にいるとある程度は落ち着くし、ひきこもりにとっては助かる時代になってるような気がします。SNSを通じて誰かと知り合えたり勇気をもらったりと良い面もいっぱいあると思うのですが、このままでも良いかなと思ってしまう面もありそうな気もします。段々と環境に慣れて行く、居心地の良さを見つけてしまう、そんな罠があるように思います。

ありがとう店長

中2からひきこもりになって23年。ずっと家。ほぼ部屋にいました。それが37歳になって突然、脱ひきこもりとなり、中卒(ほぼ小卒)、職歴ゼロ、23年間のブランクを背負っての人生再出発でした。あれから10年ちょっと。ほぼ、しんどい毎日を過ごしつつも、バイトしたり一般企業に就職したり、京都コレカラを始めたり。安定した収入を得て一人暮らしを始めたり。自分みたいなひきこもりの中でも最下層で社会の底辺を這いつくばっていたような人間でもなんとかなるという現実。それだけに、現在ひきこもっていて将来に不安を抱えている人たちに、ちょっとだけ言いたい事があります。「大丈夫。なんとかなる!」。思い起こせばひきこもりから脱して1ヶ月。37歳の夏に、初めて履歴書を書いて、真っ白な履歴書を持ってラーメン屋のバイトの面接に行ったのが懐かしい。まー、よく受かったなと。学歴も職歴も免許も資格も何もなく、あるものと言えば負い目と引け目と不安だけ。気にしいでメンタル弱いのに、あの時、気合い入れて面接に行った自分はよく頑張ったと思います。本格的にひきこもりから脱したあの日。もし、断られていたらどうしていたんだろう…。ありがとう店長!

ひきこもりは意外に強い

ひきこもりあるあるなのかどうか分かりませんが、ひきこもりだった頃、病気になったらどうしようとよく思っていました。たまに体調不良の時があり、身体に違和感を感じたり、何処かが腫れてきたり、何もしてないのに体の一部が痛かったりすると…。もしかしたら癌かも、とよく思っていました。症状をググるとなんか大きな病気ぽい事が出てきたり、やっぱり癌の可能性もあったり…。でも病院には行けないし、お医者さんに診てもらう事も出来ないし…。普段、死にたいと言ってる割に、ガンは怖いし病気にはなりたくないんですよね。ただ、実際は気にしいで神経質な性格がそう思わせているだけで別に病気でもなんでもなく、そのうち気にならなくなる事がほとんど。案外、ひきこもりは丈夫で元気だと思います。

何かしらの診断はされていたと思う

良いのか悪いのか分からないんですけど、ずっとひきこもりだったので、ずっと家にいたので、病院とかクリニックとかに行くことがなかったので、一度も診断を受けた事がないんですけど、たぶんちょっとは外に出られるひきこもりで、お医者さんに診てもらう機会があったなら、何かしらの病名がついてたと思うんですよね。それが良いのか悪いのか分からないんですけど。たぶん、何かしらの診断はされていたと思います。

ひきこもりの皆さんへ

今日も家にいて、部屋にいて。明日も明後日も、1年後も2年後も家にいて、部屋にいて。そんな生活をしてしまいそうな人にちょっと言いたい事があります。無駄に歳を取るのはもったいないです。自分は23年間もひきこもってしまったので本当に思います。10代の半分以上、20代の全て、30代の半分以上を何もせず、何も経験する事なく、全てが他人事のように時間が過ぎて行ってしまった過去。本当に後悔しかないです。人は経験する事で成長できる。嫌なことも楽しいことも辛いことも嬉しいことも。その全てが成長には不可欠だと思います。それなのに、色んな経験が出来る10代、20代、30代を何もせず家にいて部屋にいて時間を潰したことが悔やまれます。自分には青春も楽しい経験も甘酸っぱい思い出も何もないです。それだけに、外に出て色んな経験をした方が良いと言いたいところなのですが、ひきこもりから脱するのは一番の難関…。巨大な壁。自力で解決は困難で、他力か何かいいきっかけがないと難しいところ…。ただ、必ずチャンスやきっかけは訪れるので、ひきこもっている現在、少しずつでもその時のために準備はしておいた方が良いと思います。無理に自分を正当化する訳でも否定的に捉える訳でもなく、自分と向き合い、強いところと弱いところ。得意な事と苦手なこと。性格や特徴、クセ。良いところも悪いところも素直に受け入れて、自分との戦いに負けず、目をそらさず、逃げず、頑張って欲しいと思います。心の準備と気合は大切です。そして、いずれ訪れるチャンスを活かして欲しいと思います。

言葉は難しい

言葉に気を遣います。相手次第なので解けない問題を解こうとしているようなものなのですが…。結果的に言葉遣いや表現次第で相手を傷つけてしまう事があると思います。直接、話す時も気を使いますが、メールやLINEの場合は文字として残るのと何度も読み返すことが出来るだけにより気を使います。下書きを書いては修正し、書いては修正しの連続で時間が掛かります。嫌な思いをさせないように、傷つけないように、不快な表現は避けつつ、いかに思いや考えを上手く伝えられるか。難しいです。ただ、言葉は相手を傷つけることもありますが、勇気や元気を与えることも出来ます。ある一言で人生が変わった人もいると思いますし、その一言があった事で救われた人もいると思います。言葉の力によって元気になれた人はいっぱいいると思います。表現の上手い人や、切り返しの上手い人、着眼点がよく気の利いた返事ができる人、世の中には話術に長けた人がいますが、羨ましい限りです。ある本に書かれていた事ですが、「変な人」がいたとして、「あの人、変わってるな」、「あの人、個性あるな」、「あの人、面白いな」。思ってることや言いたいことは同じでも、表現次第で全然違ってきます。相手の特徴をポジティブに捉えて上手く言葉に変換できるようになりたい。そう思う今日このごろです。

寄り添う、の向き不向き

ずっとひきこもっていて、自信のない、負い目や引け目、劣等感のある人間の近くに、寄り添いたい人(職員や専門家。資格を持っている人など)が行ったところで受け入れてくれるのでしょうか。目立たないように気付かれないように生きていて、無職で自信の無い人間にとっては心理的な圧力が掛かってしまうような気がします。近くに来られるだけで拒否感や嫌悪感が出てきてしまうような気がします。出来る事なら同じような立場の人間。しんどい思いをしながらもなんとか生きてるような人間。人生うまく行かず苦しんでる人間。そういう人の方が受け入れやすく安心感があるように思います。資格や免許を持っていて、支援します、サポートしますと言われても、いいからほっといてとなるような気がします。肩書きがあった方が親や関係者は安心しますが、当事者からすると荷が重く、できる人間に来られても自分とのギャップがあり過ぎて辛い…。そんな心理が働くと思います。なので、ピアサポーターくらいの方が良いと思うのですが、それよりも50歳無職だけど元気に生きてます!くらいの別世界の人間が来てくれた方が話しやすいのではと思います。もしくは、心を閉ざしていて人間不信で気持ちが不安定であったり弱っている人間には、子供や老人(おじいちゃんかおばあちゃん)の方が向いてると思います。子供寄り添い支援員とか、おじいちゃん寄り添い支援員、おばあちゃん寄り添い支援員とかが出来たら面白そうだなと思います。小2の子供が話を聞きに行くとか、80歳のおばあちゃんが訪問して「そうやな。そらしんどいやんなー」と聞くくらいの方が上手く行くような気がします。お箸で豆腐をつかむくらいの力加減が良いのではないかと。もしくは、子供のテンションとか明るさ、多少の事は全然気にしない前向きさは心に響くものがあると思うので、豆腐をスプーンで食べてもOK!みたいな違う角度からのアプローチも良いと思います。あと、犬とか猫とかも向いてると思います。人によって向き不向きはありますが、自分が長期引きこもり中だった時、甥っ子と猫に救われたのでそう思います。

元気と笑顔はつくりもの

から元気も元気のうち。作り笑いも笑顔のうち。そんなスタイルで頑張ってます(笑)。偽物というか作り物でも無いよりまし。なんとなく自分への励みにもなってるし。

座右の銘

「思い立ったが吉日」。「鉄は熱いうちに打て」。熱しやすく冷めやすいタイプなので、気持ちが高ぶってる時、やる気がある内にやってしまうようにしています。徐々に段階を踏んで、無理のないペースで、じっくり時間を掛けながら、というのがセオリーだと思いますが、自分の場合はそれでは絶対やらなくなるしゴールに辿り着けない自信があるので一気にやってしまいます。スローペースではなく勢い任せにハイペースで行きます。短期決戦が好きです。長期戦は苦手なんです…。なので思いつきで行動する事が多いです。

まずやる。やってから考える

京都コレカラはコネもしがらみもなく自由な団体なので、思い切った事が出来ます。思いつきで行動する事が多いので行き当たりばったりですが、他の団体がしない事、やりそうにない事もやっていきたいと思っています。取り敢えずやる、やってから考える。その大胆さと無計画さが京都コレカラの良さだと思っています。ひきこもりは神経質で慎重、悪い言い方をすると臆病で、ちゃんと準備してからでないと行動できない方が少なくないと思います。そうなると、しんどいし時間が掛かるし、結局、時間に追われて思い通りにならずイライラして嫌になる事もあると思います。そんな人たちに向けてという訳ではないですが、京都コレカラでは取り敢えずやってみる!を実践しつつ、代わりに失敗して恥をかいて、それでも前に進んでる事に価値があるという事を見せたいなと思っています。。上り坂であれ下り坂であれ前に進んでいることに変わりはなく前進してる事に違いはなく。七転び八起き。前進あるのみです。かっこ悪いけど。

羨ましい!

密かに他の団体がSNSを更新しているのを羨望の眼差しで見ています。というのも京都コレカラだってやりたい事はいっぱいあります。アレもコレもソレも。ただ、時間も余裕もなく、やりたくても出来なくて。悔しい!ただ、現在の京都コレカラというか代表の姿は、ある意味リアルなんじゃないかと思います。ひきこもりから脱するとこうなるという一例。ひきこもりから脱して、働いて、自立すると疲れます。そうなると自分の事を最優先し、他のことは二の次。両立できる器用さがあれば良いのですが不器用で要領の悪い代表には無理。そんな感じです。ただ、どの団体や組織の活動でも良いので、その集まりや企画が、誰かのためになって誰かの役に立って、人生のきっかけとなればと願っています!皆さん頑張って下さい!京都コレカラも少しは人の役に立ちたいと思いつつ応援しています。

仕事は大変

仕事でのミスや失敗が多く苦労が絶えません。そもそも2軍の選手が1軍の試合に出てるようなものなので毎日必死です。全力出してようやく普通。なんとか周りに迷惑を掛けないように、足手まといにならないように一生懸命です。それだけに毎日クタクタで疲れます。自分で言うのも変ですが、23年間ひきこもっていた奴が、中卒で職歴の無かった奴が、今では日々全力で働いているという不思議さ。人生の波が大きすぎて、過去の自分とのギャップが大きすぎて、不思議というかなんというか。なんだろこの人生。

男の修行

前職の社員旅行で行った時に自分へのお土産として買ったタオルに書かれていた山本五十六の言葉を紹介したいと思います。なぜそれ買った(笑)。「苦しいこともあるだろう。言いたいこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣きたいこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である」。男やけど…。修行のようなしんどい毎日を送ってるけど。嫌やな…。

マリオは100回でも死ねるけど自分は1回死んだら終わり

死にたいとか。死にたくないとか。そんなことを言ったり言わなかったり。思ったり思わなかったり。本気で考えてる人もいれば、いつもの口癖のようにつぶやいている人もいると思います。自殺するにしても痛くない方が良い。迷惑を掛けない方法が良い。そんなことを考えていると、もっと他に考えた方が良いことがあるように思えてきます。いますぐ死ぬ必要はなく明日でも良いなら明後日でも良いと思います。だったら来年でも良いように思います。戦争で死ぬのも、事故で死ぬのも、地震や台風で死ぬのも、誰かに殺されるのも、自殺するのも、老衰で死ぬのも。死んだら終わりです。マリオじゃないので残機は常に1機。毎日しんどいですね。明日もしんどいし明後日もしんどいのは分かっている訳です。それでも何故か生きてると…。なんの為に生きてるのか分からない訳ですが、毎日ため息つきながら生きてる訳です。「死んだらあかん!」と言うのは簡単。でもキレイゴトじゃないんだよ。ただただしんどいの…。そんな、しんどい生活を毎日送っていると死にたいと思うのは当然かも分かりません。但し、なにごとも経験は大事ですが、ちょっと死んでみて、その経験を次に活かしてという訳には行きません。人間は死んだら終わりですからね。マリオじゃないので。無限1upは使えません。次は無いです…。そんなあれやこれやと考えてると結論は出ないし、明日になるし、そうなると取り敢えず今日も生きてたという事になる訳です。ハッピーエンドか、ゲームクリアか、ゲームオーバーか、バッドエンドか。現実はメトロイドなみに難しいですけど、もしかしたら良い裏ワザが見つかるかも分からないし、都合の良いバグが発見されるかも分かりません。これまでが不幸な人生なら逆に「幸せ貯金」がいっぱい貯まっている筈なので、もう少し頑張ってみるのもありかも分かりません。何か良いきっかけがあり、ターニングポイントとなり、止まっていた人生が動き出すかも分かりませんからね。

主人公はあなた

2021年の春。ひきこもりの当事者団体「京都コレカラ」を立ち上げました。仲間づくりだけでなく当事者やご家族の支援・サポート・応援が出来ればと思っています。宜しくお願いします。