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決断力のある人・ない人

何かを決断しなければならない時、いろんな考えが浮かんでは消えていきます。
「これが一番いい選択肢だ」と思っても、もっといい選択肢があるような気がして、悩むのです。

そんな時は、「自分の判断に間違いはない」と、自分に言い聞かせることも必要です。判断した後にうまくいかない場面に遭遇したとしても、「時間を巻き戻したい」と考えるのではなく、「どう超えていくか」を考えていく思考を持っていることで、能力は磨かれていくからです。

特に、上の立場にいる人(例えば、会社組織で言えば、責任を負う立場にいる上の人)の場合、決断力がないと本当に困ってしまいます。決断力とは、責任を請け負う力と重なりますので、一度決めた決断を白紙に戻してしまったり、部下のミスを責め立てたり、責任を人に押し付けたりする上司のもとでは、長期的に見て、ほぼ間違いなく結果は出てきません。

ところが反対に、決断力はあるのだけれど、決める際の基準が偏る場合、これも困ったことになります。
自分のやりたい「欲求」と、求められる「業績」と、それに関わる人との「調和」を見渡しながら、かかる負荷をざっと見積もって判断していかなければ、結果は伴ってこないのです。

業績を伸ばしたいし、やりたい気持ちもわかるけど、人手が不足しているのに、強引に押し通そうとすれば、人の流出はもっと加速していきます。その場合は、結果の伴わない「決断力」になってしまうというわけです。

これは、何も仕事の上でのことだけではありません。
家庭のことに置き換えることだってできます。

例えば、子どもの受験。
親がのぞむ受験校という「欲求」があり、子どもの「意欲」や「能力」があって、実際に受験のための物理的な条件(通塾や経済力など)があるわけです。その他、様々な要因を見渡しながら、かかる負担を見積もって判断していかなければ、受験というチャレンジが、子どもの心の傷になることだってあるわけです。
決断する人に求められるのは、きっと「自分を客観視できる力」なのかもしれません。

鶯千恭子(おうち きょうこ)



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