感染症が治らない
「ウイルスPの感染者は、現在20カ国で確認されています。」
数ヶ月前から全世界的に報道が続いている。
ウイルスPによる感染症は、下痢・嘔吐・食欲不振、それに発熱を引き起こす。感染症を原因とした死者は確認されていないが、治療法も見つかっていない。
「いつまでこういうやり取りが続くんだろうね。ストレスで最近太った。」
ディズプレイ越しに話しかけてくる彼女と、僕の目が合うことはない。
「ワクチンの研究は最優先で進んでるみたいだし、多分もうすぐだろ。医療機関以外でも手を出し始めてる。時間の問題だよ。」
ウイルスP感染症は空気を通して感染する。
だから僕らは空気を共有せずに、顔を合わせる。
「つらい?」
「最近は調子いいよ。結構ムラがあるみたい。」
「そうなんだ。」
口数の多い彼女は、口数の少ない時ほど話したいことを山ほど抱えている。
「どうしたの?」
「嫌な気持ちになったらごめんね。」
「うん、いいよ。なんでも言って。体調いい時は機嫌もいいから。」
「はは、そういうもんかな。あのさ、つらくないならさ?」
「うん。」
「私、うつされてもいいよ。病気。」
「ダメ。」
考える時間を持たずに、僕は答えた。
「なんで?」
「もうすぐだから。もうちょっと待てば、ちゃんと会えるようになるから大丈夫。」
「そう言うと思ったよ。でもさ、夢に出てくるあなたはいつも画面に写ってる。匂いとか、体温とか、そういうの全部忘れちゃってるんじゃないかって不安になる。」
同じだな、と思っていた。
でもそれを言ったら会うしかなくなってしまうから、
「こういうのがさ、後で笑い話になるんだって。」
1ヶ月後、医療機関はまだウイルスP感染症の研究を続けていた。
治すためではなく、広めるために。
「新たに確認されたウイルスSによる感染症は、感染力および重篤度が著しく高いことが分かっています。死者もすでに多数出ておりますが、現状の傾向から鑑み、予防のためのワクチンはほぼ完成しているとのことです。」
テレビがネットに変わっても、画面に写る人達の言うことがコロコロ変わるのは日常茶飯事だ。
「ウイルスS感染症が蔓延している地域を見ると、感染または重症化しなかったケースが共通していました。これらに該当する個体は全て、ウイルスPに感染していたことが分かっています。」
笑われる話になった。
けど、二人で笑える話にはならなかった。
彼女の死因はウイルスS感染症。
でも本当はそうじゃないんじゃないか。
夢に出てくる彼女は、いつもディスプレイに写っている。
あらゆる抗生物質が効かない「スーパー耐性菌」、米国で初の感染例
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?