ごめんなさいをする理由

「じいちゃんはさ、裏のおじいさんと仲が悪いじゃん?」

「ああ、田中の爺さんのことかい?」

「そうそ。若いころに喧嘩したんだっけ?」

「うーん。ケンカ、というよりはあっちが一方的に、おじいちゃん達を傷つけるようなことをしたんだよ。まあ昔の話だけどね。」

「裏の、田中のおじいさんは謝らなかったの?」

「謝ったさ。少し、時間をおいてだったけどね。」

「謝ったのに許さなかったの?じいちゃんは。」


じいちゃんは少しの間、何も喋らなかった。

僕は、それに続くじいちゃんの言葉を待つことができなかった。

それはじれったかったからではなく、怖かったからかもしれない。


「友だちと、ケンカをしたんだ。僕は先に手も出しちゃった。」


じいちゃんはようやく、若いころの爺ちゃんから僕の爺ちゃんの中に戻ってきた。


「謝ったほうがいいよね?」

「そりゃあそうさ。」

「でもさ。じいちゃんは田中のおじいさんのことを許してないんでしょ?もしかしたら僕も、許してもらえないかもしれない。」

「許してもらえなくても謝るんだ。謝るのは、許してもらうためじゃないよ。自分の過ちを認めるためさ。」

「過ちを認める?それで、その後はどうなるの?」

「相手のことは分からないよ。許してもらえるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもお前自身はちゃんと向き合った、ということにはなるんじゃないのかな。」

「それはそうだけど。…もし許してくれなかったとしたら、過ちと向き合って何が変わるのかな?」


僕らが腰掛ける縁側から、高い建物で覆われながらもかすかに見える空を覗いて言った。


「同じ過ちは繰り返さなくなるんじゃないかな。」


じいちゃんの場合も、きっとそうだったんだろう。


「じゃあ、謝ってくるよ。僕も。」


駆け出そうとする僕の背中に、じいちゃんの声がゆっくりと追いかけてくる。


「いったい、誰とケンカしたんだい?」

「いつものように遊んでる友だちだよ。だから、明日会う前に謝っとく!」

「そうか。それがいい。どこの子さ?あまり遠くなら一緒に行こう。」

「裏の田中だよ。」

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