"いなサバ"についての考察①

 8月も末、"いなサバ"漁は盛期に入り、地元では朝から晩までサバの話題ばかり。と言うとさすがに大げさだが、話題にのぼる機会はかなり多い。またどんな漁でも、釣りでもそうだが、日々魚について考えることは色々と多く、昨日釣れたのに今日釣れんのはなんでやろ?とかは残念ながら良くある。釣り上げた魚を捌くことで見えてくる情報というのも多く、その魚が何を食べていたかは漁や釣りにおいて、かなり重要なキーになると思う。今回はそんなネタ。


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 ●いなサバ 

 対馬北西部・伊奈漁協に水揚げされる一本釣りで漁獲された500g以上のマサバ

 

 "いなサバ"と言えば、そのサイズのデカさと脂ノリが良い事が売りである(と思っている)。8-900gクラスまでの水揚げが多いが1kgオーバーも普通に混じり、中には2kgオーバーも。個人的なMaxサイズは1.8kg。去年先輩漁師の船に乗船させてもらって、サバ釣り武者修行?をしている時に釣り上げたものである。
 ブランドサバ界には関サバ(大分・佐賀関)と金華サバ(宮城・石巻)という二大巨頭?が君臨しているので、まだまだ全国的な知名度が高いとは言えないが、"いなサバ"もそれらに負けない良い魚であると思う。と言うのは、ただ個人的に思っているだけではなく、直販を通して多くの飲食店の方からいただいたフィードバックを通しての実感なので、信頼度があるでしょ?

 魚に限らず生物が良く肥える、脂乗り良くメタボになるためには、消費するカロリー以上にカロリーを得なければならないのは当然のことだろう。余剰分のカロリーが内臓脂肪なり肝臓なり皮下なりに蓄えられることで、ヒトの好む食材になる(なってしまう)。そのためにはエサを食いまくる、栄養価の高いエサを食う、楽してエサを食う等が考えられるが、いなサバは一体どうやって脂ノリ良いサバになっているのだろうか?
 地域の漁師と話をしていると、"いなサバ"は漁の時の撒き餌(カタクチイワシ)を毎日食っているから脂ノリが良い、と思っている人が結構居る。彼らがそのように考えるのは、現在は行なわれていないが伊奈漁協内でブリ飼付という漁が行なわれていたことが関係あるのかもしれない。飼付漁というのは、毎日同じ場所で大量のエサを撒き続けることで魚群をそこに留め、充分に太らせてから漁獲する漁法のことで、結構人手と元手が必要な大掛かりな漁法である。気長な漁だなと思ってしまうが、地域の人の話では随分と儲けた船頭も居たそうである。で、"いなサバ"漁もシーズン中ほぼ毎日結構な数の船が漁に出るわけだから、飼付と同じ状態になっていると思っているわけである。

 が、オレはそれは違うんやないかな?と思っている。

 "いなサバ"のワタ(内臓)を出している時に目に付く胃の内容物は、グレーと銀色のドロっとした液体の中に、魚の破片が混じった状態であることが多い。一見すると撒き餌のように見えなくもないのは確かである。が、そこは魚類学者の端くれ(今もプライベーター?として研究心はあるよ)、何という魚か種同定したくなるのは職業病というやつか。ほぼ毎日ワタ出しをしているから気になるというのもあると思うが、シーズンが進むと明らかにカタクチイワシではない魚が"いなサバ"の胃の中から出現する。それは去年も同じでちょうど今頃、8月の終わり頃から。それでは気になる"いなサバ"の胃内容物をご覧ください。

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 あまりにも見にくいのでドロっとした液体を水で洗い流した後の写真である。小魚が沢山というのがパッと見で分かると思う。この中から状態の良い物をピックアップしたのが次の写真↓

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 これ見よがしに付けてある赤丸部分を見ていただきたい。そこら辺の?普通?の魚にはこんな物は無い。これは剥がれずに残った鱗などではなく、"発光器"である。発光器とは主に深海性の魚がもつ器官で、敵から身を守るためやエサをおびき寄せるために使われると言われているものである。
 で、この魚はいったい何という魚なのかであるが、その発光器の形や位置から"キュウリエソ"である、と思う。生鮮時にキュウリのような匂いがすることからこの名が付けられたそうな。この分野の魚の専門家ではなく、自分なりに色々と調べた結果なので間違っていたら指摘していただきたい。キュウリエソは水深50-300mの中深海性に生息する魚で、日周鉛直移動(一日のうちで生息水深を深浅させる)をするそうである。
 で、キュウリエソがどうした、という話だが、この魚かなり脂質含有量が多いのだ。それも良質の脂であるらしい。その上かなり大きな群れを作り、資源量も膨大だと言われているので、その群れの中に突っ込めばウハウハ状態で食べ放題だと思われる。対馬西方海域で漁獲されるマアナゴは非常に脂が乗っており、黄金(こがね)アナゴとしてブランド化されているが、その黄金アナゴはキュウリエソを多く捕食しているそうで、脂ノリの由来はエサとなっているキュウリエソと考えられている。キュウリエソは中深海性魚類であるが、底生性ではないことを考えると、海底を這い回るイメージのあるマアナゴだが捕食・索餌のために海底を離れて遊泳しているのだろうか。多分そうなんだろうな。固定観念は良く無いなぁ。少し脱線したが、"いなサバ"も一日のどこかでキュウリエソの遊泳層とバッティングするタイミングがあり、キュウリエソ食べ放題に夢中になっているのではないだろうか。もしくは一日中キュウリエソの群れをストーキングしているとか。かなり形がはっきり残った状態で"いなサバ"の胃から出現することを考えると、私たちが夜のサバ漁を行なう少し前、夕暮れから夜の始め頃には間違いなくキュウリエソを食っている。それ以外の時間にも食っているかもしれないが、その事は確かめられない。"いなサバ"も日周的に鉛直移動を行なっていることは、この地域の漁のスタイルからも推察できる。昼間は深い水深帯(100m以深)まで何十本と沢山の鈎を付けた仕掛けを降ろすサバ漕ぎ漁という漁法で漁獲し、夜間には水深20m程度の浅い水深(と言っても水深自体は80-150mくらいあり、その上層にまでサバが浮き上がってくる)で一本釣り(手釣り)により漁獲されている。つまり大胆に言ってしまえば"いなサバ"漁とは、キュウリエソを食いまくっている脂ノリノリのマサバを、撒き餌を撒くことでさらに海面近くへと浮き上がらせ、作業効率の良い水深帯で漁を成立させる漁法である、とオレは解釈している。

 "いなサバ"漁を去年と今年のシーズン途中まで行なって見えてきた魚体コンディションや脂ノリのシーズナルパターンを書いて締めくくろう。7月中旬頃から獲れ始めるが、産卵期真っ只中と思われる生殖腺の発達した個体が多く、内臓脂肪もほとんど無い。お盆を過ぎた頃から生殖腺が退縮した個体の割合が多くなり、8月末には産卵絡みの個体はほぼ居なくなるが、内臓脂肪の付き方にはかなり個体差がある。この頃まで胃内容物は(撒き餌と思われる)カタクチイワシが多いが、急にキュウリエソをがっつり食った個体が出現し始め、内臓脂肪が一気に増えてくる。以降シーズン終わり(去年は年明けしばらくまで釣れたが例年11月一杯くらいまでだそう)まで良い状態が続く。この事実から考えると、"いなサバ"とキュウリエソの浅からない関係が見えてこないだろうか。

 今後も漁を通してデータを取り続け、考察をさらに深めていこう。
 今現在思い当たる欠けているピースについても情報収集を行なっていこう。

皆さん、良い漁師ライフを!


●欠けているピース
・何故キュウリエソが"いなサバ"の異内容物から出現する時期としない時期があるのか(キュウリエソ側の要因なのか"いなサバ"側に要因があるのか)
・本海域でのキュウリエソの日周鉛直移動の詳細について



 ※ネット上からも多くの情報を得ているが、研究論文に代表される客観的事実足るものと推察の域を出ないものとは区別して本文章において表現しているつもりである。
 ただ好き勝手なことを書けるブログは論文と違って楽やなぁ笑
 その分、一回書いて終わりでなくブラッシュアップして行くのが良いんやろなぁ

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