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もう会えなくなるなんて思ってもいなかった。〜最後のクリスマスコンサート〜②

〜2021年に解散した韓国のアイドルグループの推しの思い出を綴るnote〜

クリスマスコンサートは、和やかな雰囲気でとても楽しかった。
SHOWBOXで繰り広げられるヲタク達のギスギスしたマウントのような茶々が入ることもなく、存分に楽しむことが出来た。

ソロコーナーで、推しはポール・キムの『緑の光』を歌った。少し物悲しいメロディ。

第一部の公演が終わり、特典会が始まる。
ポストカードへのサイン会で、ソロが素敵だったよと伝えると推しは、「僕の好きな曲です」と少し照れたように笑った。

後で歌詞を調べたら、昔とは変わってしまった自分を懐かしむ内容の曲だった。

30秒の動画メッセージの特典を頼むと、推しは韓国語でメッセージをくれた。
後でそのメッセージを聞きながら訳してみると、

2年間、僕たちを愛してくれてありがとうございます。そして、僕という人間を愛してくれてありがとう。まだ足りない部分の多い僕だけど、いつも可愛がってくれて、フォトブックも作ってくれて…
不足する部分を補えるようにもっと愛されるよう努力して、また会いに来ます。ありがとう、ハルさん。

という内容のメッセージだった。
2年間の総括のようなメッセージに、ああやっぱりこれから新しい道に進んで行くんだなという意思を感じた。
寂しくもあり頼もしくもあるメッセージが、今となっては切ない。もう一度、会いたかった。

特典会のラストは、団体サインだ。
1列に並ぶメンバーに順番にサインをもらう。
人が多くて時間も押していたから、スタッフからは立ったままサインをもらってすぐに隣に移動して下さい、座らないで下さいと事前に注意があった。
テーブルの前に膝をついて話そうとするヲタクたちを流すのが大変そうだった。

推しは、サインを書くと「ご飯ちゃんと食べて下さい」とお決まりのセリフ。
定型文でも仕方ないよなぁと少しだけ残念な気持ちだったが、じゃあねと隣に移動しようとした時に推しは、イタズラっぽく「2部も、叫んで下さい!」と言って笑った。

SHOWBOXでは推しのソロパートの時、私はいつも黄色い歓声を上げるようにしていた。
何となくそうするのがお約束みたいな感じで、使命感のように感じていた。

もしかしたら、こんなおばさんにキャーなんて叫ばれるのは恥ずかしいんじゃないか、嫌なんじゃないかと叫ぶことをやめようかと悩んだ時もあった。
本音では私も叫ぶのは恥ずかしかった。

だけど、推しのファンはいわゆるリアコが多かったから、その手のファンは歓声を上げたり盛り上げたりしない。
地蔵のようにじっと推しを見つめ、推しのレスを待っているのだ。
推しは客席にあまり目線を送るタイプでは無かったから、リアコなファンはズブズブに拗らせるか、別の推しに乗り換えて去っていった。

他のメンバーのファンが歓声を上げるのに、推しのパートで声をあげる人がいなかったから、いつしかそれが私の担当のようになっていた。恥ずかしさを堪えて、推しのパートでキャー!っと歓声を上げ続けた。

大阪公演で、場違いな歓声というか奇声を上げていた推しのファンがいて、推しはその子に「もう少し静かに見てほしい」と言ったという話を知り合いから聞いた。
もしかして、私もそう思われているんじゃないかと怖くなった。
(私も大阪公演でそのファンを見たが、確かに周りに迷惑なほどおかしな奇声を上げていたから、よっぽどだったと思うけど…)

実際に推しがどう思っていたのかわからないが、「次も叫んで」と言ってくれて私は嬉しかった。

コンサート第二部の席は、2列目の1番左端の席だった。
推しの立ち位置は右端だから遠かったけれど、推しの目線を意識せずに見ることが出来て気楽な位置でもある。

中盤にフォーメーションが変わって、推しがステージ左側にやってきた。

推しは私に気付いて、目が合うとニヤっと笑った。私も思わず笑ってしまう。
アイドルが顔に出してはいけないだろうと思いつつ、やはりそういうレスは嬉しかった。
(同担が見たら、そういう仕草は1番不快だろうけど)

その後、横一列に並んで歌うバラード曲。
他のメンバーのソロパートの時にふと推しを見ると、推しもまたこちらを見ていて目が合った。

しばらくじっと見つめる推し。
すべての仕草が、しばらく会えないことを暗示しているように感じてしまう。

曲が終わるとヲタ友が「推しくん、ハルちゃんのこと見てたね」と耳打ちして笑っていた。

目線をくれるのは、素直に嬉しい。
幸せだ。
幸せだけど、少し不安にもなる。

デビューして、もっと大きなステージに立てたら、こんな風に目が合うことも無くなるかもしれない。
私は、大金を積んで最前列のチケットを買うタイプの強火ヲタクではないから、いつか推しに気づかれることは無くなるだろうなと覚悟していた。

公演の終盤、メンバーから最後の挨拶のコーナー。
デビューの話は最後まで言わなかったけれど、2年間応援してくれたファンへの感謝と、これから新しい道に進むことになるということを話していた。

私の席の周りにいたファン達は泣いていた。
なぜか…私は泣けなかった。
2年間応援してくれたファンが、果たしてこの会場に何人いるだろう。
私の目の前で泣いていたのは、ファンになって数ヶ月の人たちだ。

何も知らないのになぜ泣けるんだろう、と私は冷めた気持ちで周りを見ていた。我ながら可愛げのない性格だ。

後から知り合いに聞いた話だと、韓国でデビューするために、彼らは今の事務所を離れて韓国の事務所に移籍するそうだ。だからコンサートではデビューの話は出来なかったのだろう。
日本で活動するときだけ今の事務所がサポートしていくみたいだと、知人が教えてくれた。

彼らのデビューが上手くいきますように…
マイナーアイドルのデビューがどれだけ大変か、毎年たくさんのアイドルがデビューして消えていく現実を思うと期待よりも不安の方が大きかった。

2部の特典会は、最後まで残らずに途中で帰ることにした。
思いっきり笑顔でツーショットセルカを撮って、「これでもう帰るね、頑張ってね」と最後に伝えた。

後ろにたくさんファンが並んでいたから、急いで下がろうとすると

ハルさん、ありがとう!

と、推しが叫んだ。
私は振り向いてバイバイと手を振った。

それが最後。

コンサートの後の長時間に及ぶ特典会で、彼らの疲労は目に見えていた。
最後まで残っても、ヲタクたちの要求にこれ以上疲労困憊の姿を見たく無かったから、楽しかったコンサートの余韻に浸りたくて早めに帰ることにした。

ヲタ友と2人、会場を出ようとしたところ、事務所の代表から声をかけられた。
「今日はありがとうございます。もう帰りますか?」と。

はい、今日はもう帰りますと答え、しばらく日本には来ないんですか?と尋ねると「はい、暫くは…」と少し言いにくそうに代表は答えた。

これからどうなるのか知りたかったけれど、このコンサートの余韻が冷めてしまいそうな気がして、私たちは会場を後にした。

これが最後になるとわかっていたら、推しともっと話しておけば良かったなという後悔もあるけれど、疲れ切った推しの姿は見たくなかった。

最後まで残った知り合いから聞いた話によると、会場の撤収時間の関係で思い切り流され、最後の方は疲れ切って適当な対応になっていたと言っていたから、やはり先に帰って正解だったと思う。

推しは態度や顔に出てしまうタイプだから。

デビューしたら、そういう未熟な部分も成長するだろうか。変わってほしいような、変わってほしくないような。

私は、子供みたいな推しが好きだった。

子供みたいにはしゃいで、子供みたいに不機嫌になって、子供みたいに正直で、子供みたいに甘える推し。

クリスマスが来るたびに、あのコンサートホールで歌う推しを思い出す。

広いステージで伸びやかに、幸せそうに歌う推しの姿が、私の目に焼き付いている。


このコンサートの翌日、彼らは韓国へ帰国した。

空港へ見送りに行ったファンも多かったけど、私は行かなかった。

空港のお見送りは毎回、ファン同士のギスギスした揉め事の話があったから、そういう場にいたくなかった。

メンバーが誰のプレゼントを身につけて空港に現れるか、誰のカメラに向かって手を振るか、そんなマウント合戦にも嫌気がさした。

今度また彼らが日本に来た時には、もう少し距離を置こうと思った。自分がそういうファンになりたく無かったから。熱くなればなるほど、周りに対して自己顕示欲の強いヲタクになりそうな気がした。

それが全くの杞憂に終わってしまったけれど。

"推しは推せるときに推せ"
使い古されたヲタクのセリフが、私の頭の片隅によぎる。

もっと熱くなれたら、もしかしたら結果は違っていただろうか。

もっとたくさん公演に通って、CDをたくさん買って、もっと特典会でお金を使っていたら、未来は違っていただろうか。

私は今でも、そんな馬鹿げた後悔をしているのだ。もう会えなくなるなんて、思っていなかったから…

-終わり-

※彼らは帰国後、韓国で正式にデビューしたが、日韓の渡航制限により来日することが出来ず、オンライン公演やオンライン特典会を通して活動し、デビューして1年2ヶ月で活動終了した。

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