見出し画像

あっと驚く刑務作業の世界(1)刑務作業ってなに?

「矯正展」って聞いたことがありますか? 桐のタンスや椅子といった家具や伝統工芸品など、さまざまなものが展示・販売されている催しです。
これらの製品は、日本全国にある刑務所などの刑事施設で、受刑者が刑務作業に従事して製作したものです。刑務作業の内容は画一的ではなく、じつは施設ごとに個性があります。
各地のユニークな刑務作業を紹介していく連載を始めるにあたって、刑務作業とはいったいどのようなものなのか、なぜ刑務作業に関心をもったのかについて述べたいと思います。【保田明恵】

刑罰であり、出所後のための訓練

私が刑務作業と初めて「出会った」のは、偶然通りがかった、ターミナル駅の構内でした。そこでは受刑者が作ったという、木製の家具や、革の小物、紙や布の雑貨など、日用品のすべてとでもいえるほどたくさんの製品が並ぶ展示即売会が開催されていました。

ここでまずは簡単に、刑務作業とは何なのかをご説明します。

日本には73の刑事施設(刑務所、少年刑務所、拘置所)があり、収容された受刑者が、刑務作業に従事しています。刑務作業の目的について、法務省のホームページにはこう書かれています。

刑務作業は、刑法に規定された懲役刑を執行する場として、刑事施設に拘置して所定の作業を行わせるとともに、改善更生及び円滑な社会復帰を図るための重要な受刑者処遇の一つです。また、所内で規則正しい生活を送らせることにより、その心身の健康を維持し勤労意欲を養成して、共同生活における自己の役割や責任を自覚させ、職業的知識及び技能を付与することにより、円滑な社会復帰を促進することを目的としています。

(法務省ホームページより引用)

つまり、刑務作業は受刑者に与えられる刑罰そのものであると同時に、出所後の社会復帰へと向けた、トレーニングの機会ともなっているわけです。

刑務作業には4種類あります。物を作ったり労務を提供する「生産作業」、地域の公園の清掃など公益性の高い作業を無償で提供する「社会貢献作業」、出所後就労に有利となる免許や資格、技能などの習得を目的とする「職業訓練」、炊事や洗濯など、受刑者の生活に必要な作業をする「自営作業」です。ちなみに「生産作業」には、民間企業などの発注を受けてのものや、刑務所作業製品、もしくはCAPIC(キャピック)と呼ばれる、刑務所ブランドの製品作りがあります。

刑務作業で生じた収入は国庫に納められますが、刑務所作業製品の場合は、一部は犯罪被害者支援団体などに寄付されます。

刑務作業に従事した受刑者には、原則的に出資後の生活資金を目的とする、作業報奨金が支給されます。1人あたりの平均月額は、約4,516円(2021年度)です。

私があの日、駅の展示即売会で目にしたのは、所狭しと陳列された刑務所作業製品でした。しかし正直なところ、強く興味を引かれることはありませんでした。

矯正展でのキャラクターグリーティング(法務省ホームページより引用)

刑務作業を支える情熱に惹かれて

刑務作業との二度目の出会いは、数年前に訪れました。当時私は、雑誌の仕事で、各地のフリーペーパーやミニコミ誌などを紹介するコーナーを担当していました。そんな折、インターネットで目にしたのが、フリーペーパーの『Lutone…』(ルトネ)について書かれた記事でした。

制作・発行は福岡矯正管区。法務省の地方機関で、九州・沖縄県の矯正施設を管轄する組織です。このエリアの刑務所作業製品を紹介する広報誌ですが、刑務所にそぐわぬ思いきったおしゃれなデザインで、話題となっているようでした。

『Lutone…』創刊号(2021年)

洗練された見た目もたしかに印象的でしたが、私が「おっ!?」と思ったのは、もっと別のところでした。記事によると、創刊号では、鹿児島刑務所の茶畑でのお茶づくりを紹介していると言います。

「刑務所で、お茶を作っているんだ」

刑務所作業製品といえば、冒頭の家具や雑貨といったイメージだった私は、受刑者が農作業をしていると知り意外な感じを受けました。続いて、こうも思いました。「農作業ということはつまり、受刑者は塀の外に出て作業するということだよな……」。

『ルトネ』を実際に読んでみて、私はまたも「おっ!?」と身を乗り出しました。そこには、鹿児島刑務所のある湧水町(ゆうすいちょう)は、県内のお茶の栽培の始まりの地とされ、現在もお茶の生産地なのだと書いてありました。つまり、お茶どころにある刑務所だから、お茶を作っているというのです。

さっそく担当者に電話で話をうかがうことにしました。答えてくれたのは萱原広智(かやはら・こうぢ)さん。当時の福岡矯正管区成人矯正第二課長で、『ルトネ』を企画した刑務官です。

「お茶の産地にある刑務所だからお茶を作っているなんて、刑務作業にも地域性があるのですか?」。疑問をぶつける私に、萱原さんはこう言いました。「全国の刑務所で行われている刑務作業の内容は、じつはそこの地場産業と深いかかわりがあるんですよ。たとえば、後継者が不足した、地域の工芸品を作っているところもあります」。

刑務作業で提供される物や労務は、人知れず地域経済を支えているのだと萱原さんは言います。また、コロナ禍では国の命を受け、不足していた医療用ガウンを、全国の刑務所で140万着ほど製作したそうです。地域だけでなく、国のピンチでも、刑務作業は力を発揮していたのです。

『ルトネ』を立ち上げた理由を、萱原さんはこんなふうに語りました。
「ひとつは、刑務作業が、刑務所と縁もゆかりもない人々の生活に役立っていると、世の中の人に知ってほしいから。もうひとつは受刑者のため。人のために役に立ち、『がんばろう』と思えた時、悪いことを考える人はいませんよね。この冊子を読んで、自分たちの作業が社会で役立っていると受刑者が知れば、更生や再犯防止につながると考えました」

私はハッとしました。単調作業でしかないと思っていた刑務作業は、じつは受刑者にとって、外の世界と自らをつなぐものだった! そして刑務所職員は、受刑者更生の願いと、地域へと開かれたまなざしを持ちながら、刑務作業に日々向き合っているらしい。厳格なルールが支配する刑務所で、刑務作業の背後には、人間味あふれる熱気が渦巻いているのかもしれない――。そう考えた私は、まだはっきりとつかめない刑務作業の世界に惹かれ、各地の刑務所を訪ねてみたくなったのです。

参照:法務省ホームページ

*次回から各地の刑務作業を紹介していきます。

保田明恵(やすだ・あきえ)
ライター。著書に『動物の看護師さん――動物・飼い主・獣医師をつなぐ6つの物語』(大月書店)など。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?