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だれが日韓「対立」をつくったのか(5)韓国はなぜ「話を蒸し返す」のか?

2020年が明けました。昨年1年を通じて「最悪」と言われ続けた日韓関係、今年は改善のきざしが見えてくるのでしょうか。日本政府は「徴用工問題に関する国際法違反状態を韓国政府が解決しないかぎり歩み寄りは不可能」とくりかえし表明しています。しかし、果たしてその「国際法違反」とはどのようなものなのでしょう。焦点となっている2018年の韓国大法院判決を、韓国・慶北大学大学院教授の金昌禄さんが解説します。
*ヘッダー写真:日韓基本条約公布原本(国立公文書館蔵)

金昌禄

金昌禄(キム チャンロク) 慶北大学法学専門大学院教授

2018年10月30日に韓国大法院が宣告した強制動員判決(大法院2018年10月30日宣告2013다61381全員合議体判決)に対して、日本では「なぜ話を蒸し返すのか」という批判がでています。
「蒸し返す」の辞書的意味は、「一度解決した事柄をまた問題にする」ことです。はたして、大法院判決は「一度解決した事柄をまた問題にする」ものなのでしょうか?

「請求権協定」違反?

大法院判決の要旨は、「条約の解釈に関する国際法上の基準によって解釈すれば、請求権協定は日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するためのものではなく、韓日両国間の財政的・民事的な債権・債務関係を政治的合意によって解決するためのものなので、日本政府の韓半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求権は、請求権協定の適用対象ではない、したがって、被告日本企業は原告強制動員被害者に慰謝料を支払うべし」、ということです。ここでの「請求権協定」は、韓日両国が1965年6月22日に締結した「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」を指します。
日本政府は、大法院判決が国際法に違反したと繰り返し非難しています。しかし、その国際法とは何なのでしょうか。大法院判決の直後に出された河野外務大臣の談話(「大韓民国大法院による日本企業に対する判決確定について」)では、「大法院判決が日韓請求権協定第2条に明らかに反」するので、韓国政府は「直ちに国際法違反の状態を是正」するよう求める、と言っています。つまり、日本政府の言う「国際法違反」は「請求権協定違反」なのです。
それでは、日本政府が 「請求権協定違反」と非難する理由は何なのでしょうか。 その理由として「外務大臣談話」に提示されているのは、「請求権協定」の条文だけです。大法院判決は「請求権協定」に対する解釈ですから、それを非難しようとするなら、別の解釈を提示しなければならないはずです。それなのに、解釈の対象である条文のみを提示しているわけです。「われわれの気に入る判決でなければ請求権協定違反、国際法違反だ」、ということなのでしょうか。

「徴用」は解決した

あえて、日本政府の解釈を推測してみるならば、「請求権協定によって解決済みなのに、賠償金を支払えというのは請求権協定違反だ」、ということになるでしょう。問題は、「何が解決済みなのか」ということです。安倍晋三総理は、「旧朝鮮半島出身労働者問題」と言っています。しかし、これはあまりにも漠然たる概念なので、法的な意味をもちえません。
日本政府やマスコミは「徴用工問題」とも言っています。 たしかに、「徴用」は、「一度解決した事柄」です。「請求権協定」第1条には、日本が韓国に無償3億ドルにあたる「日本国の生産物及び日本人の役務(労働などによる務め)」を供与すると規定されおり、第2条には、「請求権に関する問題が……完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」、「請求権……に関しては、いかなる主張もすることができないものとする」と規定されています。また、「請求権協定」に関する「合意議事録(1)」には、「『韓国の対日請求要綱』……に関しては、いかなる主張もなしえないこととなることが確認された」と規定されており、韓日会談中に韓国側が提出した「対日請求要綱」には「被徴用韓国人の未収金、補償金」が含まれています。したがって、「被徴用韓国人の未収金、補償金」は「請求権協定」によって解決済み、ということになります。


ただし、ここでの「解決」が何を意味するのかについては、追加的な確認が必要です。これについて、2018年大法院判決の前提となっている2012年5月24日の大法院差戻し判決(大法院2012年5月24日宣告2009다68620判決)は、「原告の請求権が請求権協定の適用対象に含まれるとしても、その個人請求権そのものは請求権協定のみによって当然消滅すると見ることはできず、ただ請求権協定によってその請求権に対する大韓民国の外交的保護権が放棄」されたのにすぎない、と判断しています。この点は、日本政府や最高裁判所の判断も同じです。ただし、日本政府は「権利はあっても義務がない」、最高裁は「権利はあっても訴権がない」と付け加えている点が違います。つまり、「個人請求権そのものは請求権協定のみによって当然消滅したのではない」、という立場を共有しながらも、三つの解釈に分かれているのです。
しかし、権利があるなら、それに対応する義務もあり、それを訴訟によって実現できる訴権もあるのが自然です。そうではないと言うならば、明確な理由を示す必要があります。しかし、日本政府や最高裁はその明確な理由を提示することができていません。したがって、「被徴用韓国人の未収金、補償金」は「請求権協定」の適用対象ではあるが、それに対する個人請求権は「請求権協定」にもかかわらず消滅していない、と見るべきなのです。

「強制動員」は解決していない

ところで、2018年大法院判決の対象は、「被徴用韓国人の未収金、補償金」に対する請求権ではなく、「強制動員被害者の慰謝料」に対する請求権です。
大法院判決は、日本に連れていかれ労働に従事させられた原告たちの被害を、「日本政府の韓半島に対する不法な植民地支配および侵略戦争の遂行と直結した日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員」による被害と規定しています。そこには、「日本の韓半島支配は規範的な観点から見て不法な強占(強制占領)」だという判断があります。2012年大法院差戻し判決は、その判断の理由として、大韓民国の1948年憲法の前文に「悠久の歴史と伝統に輝くわれわれ大韓国民は、己未三・一運動によって建立し世界に宣布した偉大な独立精神を継承」すると明記されていることや、現行憲法の前文に「悠久の歴史と伝統に輝くわれわれ大韓国民は三・一運動によって建立した大韓民国臨時政府の法統……を継承」すると明記されていることをあげています。

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三・一独立運動100周年記念式典で演説するムン・ジェイン大統領

つまり、大韓民国は、1919年の三・一運動の独立精神と大韓民国臨時政府の法統を継承しており、その両者は日本の支配を否定したので、「日本の韓半島支配は規範的な観点から見て不法な強占」である、ということなのです。
さらに、2012年大法院差戻し判決は、その延長線上で、「徴用」の根拠法令である「国家総動員法」や「国民徴用令」などの効力を否定しています。その判断の直接的な根拠は、1948年憲法第100条(「現行法令はこの憲法に抵触しない限り効力をもつ」)にあります。ここでの「現行法令」は、大韓民国政府の樹立の時点に残っていた米軍政の法令と、米軍政によって効力が認められた日本の植民地法令を指しています。第100条の意味は、それらの法令が大韓民国憲法に抵触すれば効力がない、ということです。
大法院は、「徴用」の根拠法令である「国家総動員法」や「国民徴用令」などが、不法な植民地支配に直結するものとして大韓民国憲法に抵触するので効力がないと判断したうえで、原告たちの被害が法的な根拠のない強制動員(強制連行と強制労働)によるものである、と断じたのです。


そのうえで、2018年大法院判決は、原告たちの請求権は「請求権協定」の適用対象ではない、と判断しました。「請求権協定は日本の不法な植民地支配に対する賠償を請求するためのものではなく、基本的にサンフランシスコ平和条約第4条にもとづいて韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を政治的合意によって解決するためのもの」だからです。
サンフランシスコ平和条約第4条は、その第2条による「領土の分離」にともなう請求権問題を韓国と日本が「特別取極」によって処理する、と規定しています。ところで、サンフランシスコ平和条約第2条による「領土の分離」は、分離される前の領土の不法性を前提としたものではなく、そもそもサンフランシスコ平和条約は、「植民地支配責任」をまったく考慮していません。その結果、サンフランシスコ平和条約にもとづいて締結された「請求権協定」においても「植民地支配責任」は対象外だったのです。

この点については、1965年当時韓日の解釈は一致していました。韓国側は「領土の分離・分割にともなう財政上および民事上の請求権」が解決したと解釈し、日本側も「わが国による朝鮮の分離独立の承認により、日韓両国間において処理を要することとなった両国および両国民の財産、権利および利益ならびに請求権に関する問題」が解決したと解釈したのです。当時の韓国政府が言ったとおり、「日本の36年間の植民地的統治の代価」は「請求権協定」の対象ではなかったのです。条約の一方の当事者であった日本政府が、韓日会談の全過程において「植民地支配責任」そのものを頑なに否定したことを考えると、これは当然のことであると言えるでしょう。

上述のように、大法院判決は、 「被徴用韓国人の未収金、補償金」ではなく「強制動員被害者の慰謝料請求権」についての判断です。「請求権協定」によって解決されたものではなく、「請求権協定」の範囲外の「植民地支配責任」についての判断なのです。ですから、約束したことがないのに「約束を守らない」と非難し、 解決した事柄ではないのに「蒸し返す」と非難することは、まったくの的外れとしか言いようがありません。

参考文献
金昌禄「大法院強制動員判決局面の点検」 ①~⑦『オーマイ・ニュース』2019年7月30日~8月30日
金昌禄「韓日請求権協定――解決されなかった『植民地支配責任』」『歴史評論』第788号、2015年12月


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