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だれが日韓「対立」をつくったのか(3)韓国メディアは日韓関係の悪化をどう報じ、何を報じていないか?

吉倫亨(キル・ユンヒョン/『ハンギョレ』前東京支局長)
「だれが日韓「対立」をつくったのか」note連載第3回は、韓国側からこの問題をみる視点を提供します。
日本のワイドショーなどでは「反日」一色かのように言われる韓国のメディアにも、当然ながら多様な論調、報道姿勢があります。韓国の日刊紙『ハンギョレ』の前東京支局長である吉倫亨さんにレポートしてもらいました。

韓国のメディア状況

韓国の世論を主導するのは日刊紙です。日本では日刊紙のほかにも、『週刊文春』などの週刊誌や、『文藝春秋』、『世界』のような月刊誌も相当な影響力を有していますが、メディア環境の変化が早い韓国の週・月刊誌は、以前のような力をもっていません。したがって、韓国のメディア動向を確認するためには、主要新聞の報道内容を確認すれば十分です。
韓国には、日本よりも多い10紙あまりの全国紙があります。しかし、世論に大きな影響を与える主要なメディアは、保守の『朝鮮日報』、『中央日報』、『東亜日報』など三大紙と、進歩的な『ハンギョレ』と『京郷新聞』などの2紙です。
韓国の保守紙は韓米同盟と韓米日の三角軍事協力を重視します。いわゆる「朝・中・東」と呼ばれる保守三大紙の外交・安保問題への向き合い方は、日本の主流保守を代表する『読売新聞』と似ています。しかし、保守新聞も日本軍「慰安婦」問題や強制動員被害者(日本では徴用工と呼ばれています)問題など「歴史問題」を扱う時には、韓国人の心情を反映し、日本に批判的な報道をします。そのため、韓日葛藤が安保問題にまで影響を与えるほどに悪化すると、急激に報道方針を変え「和解」や「事態収拾」を主張するなど、右往左往する姿を見せることが少なくありません。

これに対して、韓国の進歩紙の報道姿勢は、保守に比べて一貫性があると言えます。韓国の進歩紙は外交安保問題について日本の『東京新聞』(時として、共産党の機関紙である『赤旗』)に近い視角をもっています。韓米同盟も重要ですが、南北関係改善を重視しており、韓国がうかつに韓米日三角軍事協力に加担することを警戒します。安倍政権が求めるように韓国が北朝鮮を圧迫し中国を牽制する姿勢をとることよりも、南北関係を強化し米国はもちろん中国とも円満な関係を維持することが韓国の国益にかなうと見ているためです。また、歴史問題でもきわめて原則論的な態度をとります。

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「ハンギョレ」トップページ

以下では、①2018年10月30日韓国大法院判決②2019年7月1日日本政府の報復措置③韓国政府の韓日軍事情報保護協定(GSOMIA)延長中断決定など、最近の韓日葛藤における三大重大局面で、韓国の進歩勢力を代表する『ハンギョレ』と保守を代表する『朝鮮日報』がそれぞれどのような報道姿勢をとったのか、検討してみたいと思います。
この二つの新聞の報道を比較することを通じて、韓国のメディアが先の葛藤をどのように報道したのか、90%以上をカバーすることができると確信しています。

大法院判決の報道

まず、『ハンギョレ』は、日本企業・新日鉄住金が韓国人強制動員被害者5名にそれぞれ1億ウォンの損害賠償金を支給しなければならないという趣旨の大法院判決を、とても肯定的に報道しました。判決の翌日である10月31日、1面トップ記事のタイトルは「『裁判取引』で遅延された正義……徴用被害者はあの世で笑うだろうか」でした。

ここでの「裁判取引」とは、この判決の外交的影響を憂慮して、朴槿恵前政権が大法院に圧力を加えたという「スキャンダル」のことを指します。記事はこの判決について原告の李春植氏(当時94歳)の感想を紹介したうえで、「日本の工場で経験した地獄のような労役と蔑視によって、75年続いた恨をはらすには判決はあまりにも遅かった。高齢の徴用被害者にとって、『遅延された正義』は正義とは言えない」と述べています。そして、「日本政府とメディア、当該企業は国際司法裁判所(ICJ)提訴などに言及し、強く反発している。韓日関係など外交的波紋が予想される」と指摘するのを忘れませんでした。
『朝鮮日報』もまた「韓国の裁判所が日本企業に日帝の被害を賠償せよと判決したことは、光復から73年ぶり」のことであるとし、今回の判決の意義を整理しつつ、「この日の判決により波紋は日本企業を越えて両国の外交、歴史分野に拡大する可能性がある」と指摘しました。とくに『朝鮮日報』は、「強制徴用被害14万名……訴訟中である962名も続々と勝訴の可能性」という別の記事で、「(葛藤が)極端に大きくなる前に(財団をつくる方式でこの問題を解決する)政治的措置が必要だという主張もある」という指摘をしました。しかし、「日本政府がこれを受け入れる可能性はほとんどない」という現実的な見通しを示し、記事を締めくくっていました。


輸出規制への反応

大法院判決が出されたのち、予想どおり韓日関係は行き詰まっていきました。これに反発した安倍政権は結局2019年7月1日、フッ化水素等の半導体の製造に必ず必要とされる3品目の物質の輸出管理を厳格化する「報復措置」を発表しました。これ以降、韓国では安倍政権に対する世論のきわめて大きな反発が生じ、その結果日本製品に対する広範囲な不買運動が進められました。さらに、8・9月に日本を訪問した韓国人観光客が半分程度まで減少しました。
『朝鮮日報』は日本政府の措置が発表された翌日である7月2日、一面で「韓国産業の急所つく『日本の報復』」という記事を載せ、今回の事態を分析しました。新聞は「今回の措置は韓国企業に大きな衝撃を与えるが、日本企業にも相当な被害を与えるという分析がある」と見通しを述べたうえで、専門家の意見によりながら「(韓日が)正面からぶつかるよりも、葛藤を解決する積極的外交政策を展開することが必要だ」と注文をつけました。
これに対して『ハンギョレ』は「今月末(2019年7月末)の参議院選挙を前にした安倍晋三政権の国内政治上の目的が、強硬路線の背景にあるという評価が多い」と分析したあとに、社説では「日本は、稚拙な貿易報復措置をただちに撤回せよ」と要求しました。

『ハンギョレ』はこの社説で「経済報復は過去の両国関係でほとんど前例がないことであり、両国の関係をついには元に戻すことが難しいほどの対決と対立、葛藤へと向かわせるものと思われる」と憂慮を示しました。また、「韓国政府が先日、韓日両国の企業が自発的に出資して徴用被害者たちを救済する案を提案したにもかかわらず、日本がこれをめぐる建設的な論議すら拒否したまま、一方的に極端な選択をしたことは、きわめて遺憾である」とし、関係悪化の原因が安倍政権にあることを指摘するのを忘れませんでした。
『ハンギョレ』はさらに8月7日社説で、「安倍政権に反対する日本の市民が日本国内で影響力をもつことができるように、韓国でも支持し連帯することが重要である」という市民団体の発言を紹介するなど、韓国の市民社会の動きを取り上げました。それ以外にも、メディアはソウルの中区庁が「No Japan」という垂れ幕を通りに設置すると、これを一斉に批判しました。

GSOMIA中断への反応

最後に、韓国政府の韓日軍事情報保護協定終了以後のメディアの反応を紹介します。保守の『朝鮮日報』は、その翌日である8月23日付1面で米国が韓国政府のこの判断に「たいへん失望」したという反応を見せたという事実を報道し、文在寅政府を激しく非難しました。8月26日1面では、「韓日軍事情報包括保護協定破棄に続けて、北朝鮮がミサイル挑発を再開し、韓米日三角安保体制がいたるところで動揺している」と指摘しました。これは、現在の状況に対する日本メディアの認識とほとんど同じです。
これに対して『ハンギョレ』では8月23日、この措置について「日本の根拠なき貿易報復措置に対して、引き下がらないという我が政府の断固たる意志を鮮明にしたものであり、韓日関係は長期対立局面に入った」と説明しました。続けて、米国が「日本には『沈黙』しながら、韓国には『失望した』」という反応を見せているとして、これが「米国の同盟外交の素顔」であるということに言及しました。韓日葛藤が安保分野にまで拡大すると、韓国の進歩と保守の反応は明確に分かれることになったのです。

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韓国の「NO安倍」に連帯する日本の市民による集会
(2019年8月、新宿アルタ前)

韓国に「嫌日」は存在しない

以上の内容から確認できるように、韓国メディアの韓日葛藤への見方は、一枚岩ではありません。韓国内でもこの葛藤に対しては多様な認識があり、当然、進歩と保守の意見対立が熾烈です。しかし、明らかなことは、植民地支配や「慰安婦」問題のような不法・非人道的問題に対して、謝罪や反省ではなく曖昧な態度を見せる安倍政権を非難する声は多いのですが、日本を一方的に非難する盲目的な記事は見つけがたいということです。
とくに、韓国には「反日」はありますが、日本の「嫌韓」のような、日本人を日本人であるという理由で差別・排除し蔑視する「嫌日」感情は存在しません。韓国の週刊誌や月刊誌も、盲目的に日本を非難したり、嫌日感情をけしかけたりはしません。韓国には、『週刊文春』がなく、『正論』や『Will』もなく、『夕刊フジ』も存在しません。そして、日本や安倍総理をやたらと誹謗中傷する言葉があふれる地下鉄の中吊り広告も、見つけることはできません。(訳・加藤圭木)

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