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あっと驚く刑務作業の世界(2)鹿児島刑務所のお茶づくり

日本全国にある刑務所などの刑事施設では、受刑者が刑務作業に従事しています。作業内容は画一的ではなく、じつは施設ごとに個性があります。今回は、鹿児島刑務所で行われているお茶作りを紹介します。【保田明恵】

霧島山麓に広大な茶畑が出現!

鹿児島刑務所(湧水町)が位置する霧島山麓。敷地内には茶畑と茶工場があり、お茶の栽培から加工までを一貫して行っています。ここでできたお茶は、矯正展などでもすぐに売り切れてしまう人気商品です。

刑務作業としてお茶作りを始めたのは1952年頃から。鹿児島県のお茶の栽培は、ここ湧水町で始まったとの説があり、お茶どころにある刑務所らしい取り組みといえます。ちなみに、日本で農場のある刑務所は、西日本の刑務所だとここだけです。

はじめに茶畑を見学させてもらいます。案内してくれたのは川村展大(のぶひろ)さん。作業専門官として、受刑者にお茶作りの技術を指導しています。

庁舎を出て車でしばらく走ると、大自然に包まれた広大な茶畑が姿を現しました。農場全体の広さは東京ドーム24個分ほどとか。その中に大小あわせて65ほどの茶畑がありますが、現在は受刑者の減少により、すべて使われているわけではないそうです。

栽培している品種は「やぶきた」ほか8種類ほど。

「うちではお茶の収穫は、4月の終わり頃から8月のお盆頃まで。三番茶まで、茶刈り機を使って収穫します。秋は肥料をまき、秋整枝(あきせいし)といって、茶樹の面を均一に切り揃える作業もあります。これをしないと、翌年の一番茶の時期に新芽の位置が揃いません。冬は雑草を抜いたり、茶刈り機が入る道の凸凹をならします。冬から春にかけてと、茶摘みの数日前にも肥料を入れます」と川村さん。1年を通して様々な作業があり、すべて受刑者の手で行っているのです。

茶畑はすべて、完全無農薬というから驚きです。

「10年ほど前までは農薬を使っていましたが、『ここは害虫がいないから、農薬をまかないほうがいい』とアドバイスをもらいました。おそらく他の茶畑から離れた山の中にあるので、害虫がつかない状態を保ってこられたようです」(川村さん)

ところで、茶畑には「塀」がありません。そこで逃走防止のため、警備会社と契約し、作業の際は受刑者の腰にGPSをつけているそうです。

1日1000kgほどの茶葉を加工

次に茶工場を案内してもらいます。工場内には巨大な機械が所狭しと並んでいます。

午前中に収穫された大量の生の茶葉が、茶工場へと運ばれます。1日に1500kgを超えることもあるそうです。

とれたての葉に急いで蒸気を当てて蒸し、発酵を止めます。モウモウと上がる蒸気が大迫力! その後、冷却して、味と色がぼけるのを防ぎます。

ここからは機械ごとに、乾燥する、温める、攪拌(かくはん)する、揉むなどしながら、茶葉の含水量をどんどん下げていきます。数ある工程のうち、いくつかをご紹介します。

「揉捻(じゅうねん)」と呼ばれる工程。
重しをかけながら揉み、葉の中の水分を押し出します。
「中揉(ちゅうじゅう)」。
ドラム缶状の機械を高速で回転させながら、
熱風を当てて茶葉を揉み、乾燥させます。

「茶葉をいかに上手に乾燥させるかが難しいですね。一気に乾かしすぎてもおいしくできません。機械の回転数や風量などを、その日の天気などに応じて受刑者が調整しています」と川村さん。

「精揉(せいじゅう)」。
熱で乾燥させて揉みながら、茶葉を細長い形に整えます。

その後、乾燥機で乾かせば、長期保存に耐える茶葉の完成です。この段階のものは「荒茶」と呼ばれます。荒茶を作るまでを茶工場で行い、その後はお茶問屋などで商品に加工するのが普通ですが、鹿児島刑務所ではこの仕上げの加工も手がけています。

仕上げの加工では、茶葉の大きさごとに機械で振るい分けます。芯や、上の方の小さな葉が多いほど高級品となるため、どのサイズをどれだけ入れるか、価格帯により比率を変えてブレンドします。

最後に火入れをします。火入れにより初めて、あのお茶のいい香りが生成されるのです。完成した茶葉は冷蔵庫で保管。出荷の際の包装や検品もここで行っています。

「無農薬だから、雑草取りが大変」

お茶作りを現場で支える2人の人物に、お話をうかがいました。まずは茶畑と茶工場を案内してくれた前出の川村さん。

川村展大(のぶひろ)さん

――お茶作りを指導するにあたり、ご自身で勉強されたのですか?
「はい。製茶の機械メーカーが開く講習会に参加したり、図書館に足を運んだことも。お茶を講習会に持参して飲んでもらい、アドバイスももらっています。茶葉をさわって、乾燥状態がわかるようになるまで5年ほどかかりました」

――お茶作りで、もっとも大変な作業は?
「どれも大変ですね(笑)、でも一番は雑草取りでしょうか。ここの茶畑は完全無農薬なので、いたるところから雑草が生えてきます。それを受刑者が、茶畑に潜っていって、手で一つひとつ抜いています」

――川村さんからも、励ましの声がけをしますか?
「普通なら、労働の対価として給料がもらえるけれど、ここはそうではありません。『もうこれだけ注文が来ているんだよ』『色んな人に飲んでいただくんだよ』と伝え、モチベーションを上げています」

――受刑者の成長を感じますか?
「来たばかりの時は、他の人についていくのにひと苦労ですが、開放的な自然の中で作業をするうち、体力がついてきます。就業に慣れていない人も多いですが、お茶作りを通して作業の喜びを感じるのでしょう。表情も豊かになってきます」

――みなさん真剣なんですね。
「みな、一生懸命やっていて感心しますね。1年間、苦労して作業してきたから、『ちょっとでも無駄にできない』との気持ちがあるのでしょう。受刑者には、根気よくお茶作りに取り組んだ経験を糧に、社会復帰してくれることを願っています」

「飲む前に、香りも楽しんで」

もうお一人は看守部長の竹下寛晃(ひろあき)さん。2023年3月にお茶作り担当に配属され、受刑者の作業を監督する立場です。

竹下寛晃(ひろあき)さん

――お茶作り担当になった感想を教えてください。
「刑務官になって、まさかお茶を作るとは思っていませんでした(笑)。剣道が趣味なのですが、お茶も剣道も上達に時間がかかる点が同じ。まだまだ勉強中です」

――お茶作りの大変さはどんなところ?
「ほとんどが屋外での作業なので暑さ寒さが厳しいですね。夏場は汗が止まらないし、冬場は指先がしびれます。製茶工場で扱うのは大きな機械ばかりなので、うっかり手がはさまれたりしたら人間の力ではかないません。安全第一で、受刑者に怪我がないよう注意して見守っています」

――お茶作りを通して、受刑者に何を学んでほしいですか?
「就労意欲がないと、社会復帰しても再犯してしまいがちです。受刑者にはお茶作りをとおして、就労意欲を育んでほしいですね。実際、作業にあたるうちに、取り組み方が真剣になり、前向きな発言が聞かれることも多いです」

――それは頼もしいですね。竹下さんは日頃、どんな思いで受刑者と接しているのですか?
「難しいですが、できるだけかすかな変化も感じ取りながら、一人ひとりの心の中を察することを心がけています。刑務官としてはもちろん、人としてどこまで向き合えるのか。どう顔を上げさせていけるのかを考えています」

――最後に、お茶のおすすめの味わい方を教えてください。
「製茶では火入れ作業をして、おいしそうな香りを出しています。コーヒーでいう焙煎でしょうか。あの香りが僕は好きなんです。お茶を淹れたら、まずは飲む前に、香りも楽しんでいただければと思います」

鹿児島刑務所製のお茶についての問い合わせ:0995-75-4342 (企画部門直通)

【撮影:丸田明利】

保田明恵(やすだ・あきえ)
ライター。著書に『動物の看護師さん――動物・飼い主・獣医師をつなぐ6つの物語』(大月書店)など。


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